古代日本の歴史を謎解き

日本の古代史の謎に挑戦します。

古事記について、やはり知っておこう。

2017-06-10 12:36:56 | 歴史
古事記に的を絞って、古事記・日本書紀の成り立ち(前書き)より色々と知っておきましょう。
古事記
・第40代 天武天皇(673年~686年)が編集をはじめさせた。
・712年に太安万侶が編纂し、第43代 元明天皇に献上された。
編集の始まりの年はよくわかりませんが、天皇家で4台、30年くらいかかっています。
現在残っているのは、信瑜の弟子の賢瑜による写本ですので、当時の筆使いを知ることは出来ません。
歴史の背景として
・671年  天智天皇が病死、子供の大友皇子が弘文天皇として即位
・672年  壬申の乱で、天智天皇の弟 大海人皇子が(第40代)天武天皇となる。
・690年  持統天皇(天智天皇の娘、弘文天皇と兄弟)女帝が誕生
       (当時、天武天皇の息子 草壁皇子が病死、軽皇子は当時7才と若かった)
・697年  天武天皇の孫(草壁皇子の子供)文武天皇即位
・707年  元明天皇(天智天皇の娘、弘文天皇と兄弟)またもや女帝が誕生
・715年  天武天皇の孫(草壁皇子の子供)元正天皇即位 またもや女帝
39代弘文天皇(大友皇子)から44代元正天皇まで、天智天皇家と天武天皇家の家系が交互に即位。
在位年数も10年未満と短く、女帝が、3人もいます。
この当時に伊勢神宮も出来ていますので、天照大神を神とする天皇家の神社制度も確立されています。
天照大神と云う女性の神様をトップにしたのは、元明天皇が女性であったためでしょう。

古事記は

古伝承とその意義
天武天皇と古事記の企画
太安万侶の古事記撰録

上巻(日本神話)
天地開闢 天地(あめつち)の創成、天地の初め
伊邪那岐命(いざなきのみこと)と伊邪那美命(いざなみのみこと)
天照大神と須佐之男命(すさのおのみこと)
邇邇芸命(ににぎのみこと)の天孫降臨 から 海幸彦(うみさちひこ)と山幸彦(やまさちひこ)など

中巻
神武天皇の 神武東征 から仲哀天皇の皇后 神功皇后の神がかり、応神天皇 まで

下巻
仁徳天皇 から 推古天皇(593年1月15日 - 628年4月15日 やはり女帝)

舒明天皇(推古天皇以降)から持統天皇 までは「日本書紀」に記載されています。

この上巻、中巻、下巻の意味を続けて考えてみます。





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