古代日本の歴史を謎解き

日本の古代史の謎に挑戦します。

神功皇后 の 三韓征伐

2016-10-11 07:56:45 | 歴史
神功皇后は、第十四代仲哀天皇の皇后で、第十五代応神天皇の母親になります。
仲哀天皇の急死(200年)後、神功皇后が201年から269年まで政事を執り行ないます。
お腹に子供(のちの応神天皇)を妊娠したまま筑紫から玄界灘を渡り朝鮮半島に出兵して
馬韓(後の百済)・弁韓(後の任那・加羅)・辰韓(後の新羅)を攻めます。
渡海の際は、お腹に石を当ててさらしを巻き、冷やすことによって出産を遅らせたりします。
韓軍は倭軍をみておびえて逃げ出し、戦わずして降服します。
帰国後、応神天皇を出産します。
関門海峡を造ったのも神功皇后となっています。
続いて、高句麗・百済も服従を誓う。  お話です。

実は、神功皇后は、架空の人物で作り話です。
201年から269年は、魏志倭人伝で、卑弥呼が紹介されている時代
朝鮮半島の先端、狗邪韓国が倭国の領土です。

では、何故、こんなうその話が日本の史記に書かれたのか??
元々、初代天皇 神武天皇が紀元前660年の設定になっています。
507年に継体天皇が26代目で即したとすると
約1200年で26代 1代平均 47年天皇を続けることになります。
当時の平均寿命と兄弟で順番に即位するなどあり、絶対に無理です。
そこで取られた手法が
1、天皇の年齢をごまかす。(長くする)
  先に紹介した継体天皇も58歳で即位して、子供を造っていますから、だいぶブラックです。
2、架空の天皇を追加する。
  神功皇后が、魏志倭人伝にある卑弥呼を題材に追加された架空の天皇なのです。
  この記事の挿入で、中国の史記との整合性を造ったと思われます。
  子供だましですね。

まあ、倭国が朝鮮半島を支配した時代があるので、
「三韓征伐がありました」程度にしておいてください。
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