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自民党が参院選に勝つ唯一の道



自民党の総裁選がおもしろい。特に河野太郎氏は、森喜朗氏や町村信孝氏が彼の推薦人集めを妨害したことを実名で暴露し、「派閥の親分でありながら、小選挙区で当選されず比例代表で上がった[町村氏のような]方は、比例の議席を次の順番の若い世代に譲って頂きたい」と発言した。谷垣禎一氏の「全員野球」という方針については、「全員野球には私は反対です。あしき体質を引きずっている人はベンチに入れるべきではない」と、青木幹雄氏も名指しで批判した。

小泉改革の評価については、他の2人が曖昧な態度に終始したのに対して、河野氏は「方向性として官から民へ、中央から地方へという動きは正しかった」と小泉政権の構造改革路線を肯定的に評価し、「小さな政府」路線を明確に打ち出した。

きわめつけは、総裁選に敗れた場合の身の処し方として「自民党が再生できなかったら、みんなの党と一緒にやるかは別にして、何らかのことを考えることはあり得る」と離党をほのめかしたことだ。これは彼の父親の河野洋平氏も新自由クラブでやったことだが、あのときに比べれば自民党本体はボロボロなので、彼のグループが集団離党してみんなの党と合流すれば、野党第一党になる可能性もある。

自民党にとって来年の参院選は生命線だ。ここで民主党が単独過半数をとったら連立を解消して安定政権になり、自民党が政権に復帰する道は絶たれて消滅の道をたどるかもしれない。逆に河野総裁を選出してみんなの党が復党し、新しい保守主義を掲げて闘えば、金融社会主義をとなえる亀井郵政・金融担当相やテレビ局べったりの発言を繰り返す原口総務相など、迷走し始めた鳩山政権に政策論争で勝つことはむずかしくない。

もちろん河野氏の主張は自民党の国会議員の中では超少数派だから、だれも過半数を取れなかった場合に国会議員の決選投票に持ち込まれたら不利だ。その場合も、河野氏がかつての小泉氏のように地方票(国会議員の1.5倍ある)で圧勝した場合に、それを無視して国会議員が選挙で勝てない候補者を総裁に選ぶことは考えにくい。かつて河野氏に劣らず少数派だった小泉氏が自民党を救った経験に学べば、自民党の取るべき道はおのずから明らかだろう。
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ツイッターはなぜノイズが少ないか

ゲーム理論にメカニズムデザインという分野がある。これ自体は非常に数学的に高度なので、一般の読者にはおすすめできないが、基本的な考え方は福祉経済学を拡張した規範的ゲーム理論だ。普通のゲーム理論は、あるゲームのルール(利得行列)のもとで人々が合理的に行動するとどうなるかという結果を予想するが、メカニズムデザインでは逆に、望ましい結果を実現するゲームのルールはどのようなものかを考える。重要なのは、第三者(政府)が介入しないで、当事者の合理的行動だけによって目的が実現するようにルールを設計することだ。

最近、2週間ほどツイッターを使ってみて、意外にノイズが少ないことに気づいた。直感的には、断片的な「つぶやき」を全世界に発信できるとノイズだらけになりそうなので、私もアカウントをとったまま休眠状態だった。しかし先週のネットラジオで聴取者の反応を募集するために使ったら、意外にちゃんとした意見が集まった。これについて先週のASCII.jpで書いたら、いろんな反応がきた。

Dankogaiは「たとえ@celeb 三国一のバカと @nobody がtweetしたとしても、 @celeb のTLにその発言は現れない」とコメントしているが、そんなことは問題ではない。たしかに@celebあてのメッセージはTL(タイムライン)には出ないが、@celebを参照すれば見える。celebで検索する機能もあるが、それで見ても印象はあまり変わらない。TLではS/Nが50倍ぐらいだとすれば、@では30倍、検索でも20倍ぐらいだろう。2ちゃんねるは1/100、はてなブックマークは1/10ぐらいだから、ツイッターのS/N比は格段に高い。

いろいろな条件で検索すれば、ノイズはたくさん出てくるだろうが、重要なのはツイッターではほとんどの人がわざわざ検索しないということだ。私の場合、フォローしている相手は8人しかいないが、@ikedanobの含まれているメッセージだけで1日に100件ぐらい来るので、クライアントの画面はそれで埋まってしまい、それ以上わざわざ検索して読む気にならない。100人以上フォローしている人は、たぶんTLもそれ以上のペースで埋まるだろう。

つまり、これまで検索エンジンでやっていた「自分に必要な情報」と「自分についての情報」だけが自動的に集まるしくみに(結果として)なっているのだ。メッセージ自体は短いが、ほとんどにはリンクが張られているので、ウェブ上の情報へのリンク集になっている。悪意のメッセージも1日に数回は来るが、こういう場合にはブロックという便利な機能がある。下らないメッセージを出した相手をブロックすると、相手からも自分が見えなくなるのだ。

もし私が誰かにスパムを出してブロックされると、向こうから私のメッセージが見えなくなるだけではなく、私が彼のメッセージを見ることもできなくなる(検索しても出てこない)。したがって価値のある情報を出している人にスパムを出してブロックされると、自分が情報を得られなくなるのだ。ブロックはアカウント単位で、ブロックされたほうからは解除できない。したがって一度バカなことをいうと自分の存在が抹殺されてしまうので、自分の評判を守るインセンティブが生じる。この評判メカニズムは、アカウントが実名か匿名かにはあまり依存しない(この点で私のASCII.jpの記事はミスリーディングだった)。

こういうルールはFacebookに似ている(Facebookにツイッターを表示することもできる)が、Facebookは承認した友人どうしなので、ノイズはゼロだが新しい出会いもない。逆にEメールは新しいメッセージが来るが、膨大なスパムが含まれ、それをフィルタリングするには高度な技術が必要だ。ツイッターは毎日、新しい人からのメッセージが届くがノイズが少ない。システム管理者の介入なしにend-to-endでこうした自生的秩序ができるのは、意図した設計ではなかったと思うが、結果的に見事なメカニズムデザインになっている。

サマーズもいうように、世の中にはバカがたくさんいるが、彼らがバカなことをやって損するのは自己責任だ。問題は彼らが他人に悪影響を及ぼすことだから、そういうバカよけ(foolproof)のメカニズムがあればいいのだ。経済政策でも、政府が裁量的に介入するのではなく市場にまかせることが重要だが、バカが多すぎると市場は暴走する。それを防ぐ「行動経済学的メカニズムデザイン」を考える上で、ツイッターはおもしろい練習問題になるかもしれない。
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霞ヶ関維新

民主党政権の最大の課題は、官僚機構との闘いである。さっそく消費者庁や概算要求をめぐって鞘当てが始まっているが、こういうとき厄介なのは、官僚機構の匿名性だ。個人が反撃されないように責任の所在を曖昧にし、面従腹背で「よそもの」である政治家を情報的に孤立させてコントロールするのが彼らの常套手段である。この点、本書の著者である若手官僚は、実名で改革を提言している。霞ヶ関も、少しは変わりつつあるようだ。

しかしその改革の内容は、残念ながらよくも悪くも官僚的だ。最初に日本の「国力低下」を指摘して、それを建て直す「国家戦略」の必要を説き、その戦略を実現する官邸中心の「組織再編」を提言する構成は、審議会に提出される「事務方」の資料とよく似ている。15人の著者の共著であるため、一通り問題点は整理されているがメリハリがなく、本としてはつまらない(所属官庁への遠慮もあるのだろうが)。

最大の問題は、著者が「官僚機構は必要なのか」という根本問題を問わないで「霞ヶ関維新」を論じていることだ。必要なのは霞ヶ関の改革ではなく統治機構の改革であり、民主党のいうように明治期に日本が採用した官僚中心の国のかたちを見直すことが第一だ。それを抜きにして官僚機構だけを手直ししても意味がない。人事制度などについて部分的にはおもしろい指摘もあるが、20〜30代の官僚が書いたにしては発想に新鮮さがない。

Silbermanなども指摘するように、日本のような行政中心の統治システムは、後発国の「追いつき型近代化」のために資源を総動員するには適しているが、経済が成熟して資源を最適配分することが重要になると、うまく機能しなくなる。効率を上げるにはシステムを分権化する必要があるが、官僚機構が権限を離さないからだ。こういうときは、まず行政に集中した権力を立法や司法に分離する必要がある。民主党のIT政策の目玉である「日本版FCC」も、むしろ総務省の裁量行政を司法に分離することを考えたほうがいい。

この点で、経営工学の博士号をもつ鳩山由紀夫氏が首相になるのはいい機会だ。彼の専門はOR(ネットワーク理論・ゲーム理論)だというから、最適配分の専門家である。大学でゲーム理論を講義できる首相が誕生するのは画期的なことで、システムを合理的に設計する技法については、オバマ大統領よりはるかにくわしいはずだ。数学の得意な鳩山氏には(最近発展した)メカニズムデザインを学んでいただき、政府が直接介入しないで人々のインセンティブを生かして効率的な結果を実現する制度設計を考えてほしいものだ。
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梅田望夫氏の開き直り

梅田氏のインタビューが、あちこちで話題になっている。私が一番ひっかかったのは、次の部分だ:
ただ、素晴らしい能力の増幅器たるネットが、サブカルチャー領域以外ではほとんど使わ[れ]ない、“上の人”が隠れて表に出てこない、という日本の現実に対して残念だという思いはあります。そういうところは英語圏との違いがものすごく大きく、僕の目にはそこがクローズアップされて見えてしまうんです。
この「残念」な状況を作り出した大きな原因は、はてなである。梅田氏が「バカなコメントが多い」といったように、実名の生産的な批判より匿名の悪罵のほうが圧倒的に多いことが「上の人」を萎縮させ、日本のウェブのレベルを下げているのだ。その結果、アメリカのブログは著名人が既存メディアの枠を超えてリアルタイムで議論する場になり、大手メディアに対抗する存在になりつつあるのに、彼も嘆くように日本のブログはますます劣化している。

私は、この原因は「日本人の国民性」だとは思わない。それは戦後の日本企業システムの鏡像である。長期雇用のもとでは、絶えず他人の噂話による「360度評価」にさらされるので、ちょっとした失敗やトラブルがあると、そのreputationが数十年にわたって社内で積み重なり、出世に大きく影響する。このシステムはモラルハザードを抑制する上では強力な効果を発揮するが、上司を批判できず転職という逃げ場もないため、そのストレスが匿名による悪罵にはけ口を求めているのだ。

そして、はてなブックマークの「書き捨て」に適したアーキテクチャが、結果的にはこういう卑怯者がreputationのコストを負わないで他人を罵倒するのに最適のツールになっている。こういう状態を改善することは、技術的には可能だ。せめてDiggやSlashdotのように、発言を互いに(正にも負にも)評価して低ランクのコメントを隠すようにできないのか、と近藤淳也氏や伊藤直也氏にも言ったが、「検討する」というだけで何もしない。他人の迷惑によって利潤を上げるのが、はてなのビジネスモデルなのだろう。

日本をだめにしているのは、このような日本企業の家父長的な構造と、それにチャレンジしないでストレスを飲み屋やウェブで発散するサラリーマンだ。はてなは結果的には、こうした卑怯者に「ガス抜き」のプラットフォームを提供することによって、この救いのない(梅田氏も嫌悪する)システムを延命する役割を果たしている。このアーキテクチャを個人が変えることはできないが、はてなの取締役である梅田氏には現状を改善する意思決定は可能だ。それをしないで他人事のように「残念」というのは、加害者の開き直りにしか見えない。

追記:「上の人」かどうか知らないが、アゴラは卑怯者ではない人々がウェブで発言する場を提供する試みだ。基本的に誰でも投稿は歓迎するので、管理者までメールを。
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「史上最大の景気対策」についての懐疑的リンク集

今までに何度も書いたので、もう繰り返さない。その代わり実名の記事に限ってリンクを列挙しておく:麻生首相の誤解とは異なり、不況になったら財政支出を増やせという「常識」なんか経済学にはもう存在しない。この問題は、上のように世界の経済学者の中でも論争の最中であり、少なくとも潜在成長率を引き上げない短期的なバラマキは有害だという点については、財政積極派のサマーズも含めてコンセンサスがある。100兆円以上にのぼる史上最大の無駄づかいをした日本の政府が、その教訓を理解していないのは、悲劇的というしかない。
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上杉隆氏が理解していない簿記の基本

私の記事に対する上杉隆氏の反論がダイヤモンド・オンラインに出ている。当ブログは、実名の批判には基本的に答える方針なので、お答えしておこう。彼はこう書く:
給付金は、税の還付であるかどうかは議論の分かれるところだが、少なくともその財源について〈国債の増額〉〈必ず増税〉ということはない。今回の第二次補正予算でも明らかなように、その大部分には「埋蔵金」が当てられる。
定額給付金が減税であるか還付であるかはどうでもよい。問題は、それが国の資産を2兆円減らすということだ。国の財政を複式簿記であらわすと、資産には税収と国有財産があり、負債には国債がある。政府債務843兆円に見合う資産が843兆円あるとすると、税金(資産)を2兆円取り崩すと、何らかの方法で資産を2兆円増やさないと債務不履行が生じる(国有財産の売却は、もともと資産に計上されている項目を現金化するだけなので、バランスは変わらない)。現実には、現在の税率では税収は国債残高に見合わないので増税は不可避だから、2兆円は将来の増税に上乗せされる

「財源は埋蔵金を使うから国債は増えない」などという政府の説明を上杉氏が信じているのも驚きだ。埋蔵金は特別会計の剰余金だから、要するに税金である。つまり減税するぶん他の税金(国債の償還財源)を取り崩すだけなので、負債(国債)が減らないかぎり、今年の減税2兆円は将来の増税で必ず相殺される。それが2年後の消費税かどうかなんてナンセンスな問題だ。一般会計の税収は、特定の使途に特定の財源が結びついているわけではない。重要なのは政府のバランスシートの純債務であり、どの税収を何に使うかではない(そんなことは予算にも書いてない)。

定額給付金を埋蔵金でファイナンスするのは、資産の項目を変えて一つのポケットから別のポケットに税金を移すだけだ。卑近な例でいうと、上杉氏の収入が原稿料だけだとしよう。あるとき貯金が底をついて、タンスの中にあったへそくりを出して昼飯代に使ったとすると、上杉氏は得をしただろうか?タンスの中にあろうと銀行にあろうと、上杉氏の本源的な収入は原稿料しかないので、彼は得も損もしていない。政府支出は国民の税金を国民に還元するだけなので、長期的な経済効果はプラスマイナスゼロである。

これはリカードの中立命題として、200年前から周知の事実だ。バラマキ政策が一時的に効果をもつように見えるのは、国民の錯覚を利用しているだけで、それも何度も繰り返すと、国民も学習してだまされなくなる。定額給付金を信用しない日本人は、中立命題を学んだのである。それを理解していないのは、簿記も知らないジャーナリストだけだ。

追記:自民党は、関連法案の成立をまたず、政府短期証券を発行して定額給付金を支給する方針を打ち出した。これで上杉氏の「財源について〈国債の増額〉ということはない」という根拠も崩れたわけだ。要するに埋蔵金も国債も同じで、最後は税金なんだよ。
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アゴラ

ライブドアの協力で、オピニオンサイト「アゴラ」を立ち上げた。これは複数アカウントで投稿することによって、Huffington Postのような「言論プラットフォーム」をつくる試みだ。日本では匿名掲示板の悪影響でウェブ上の言論が壊滅状態なので、専門家が実名で発言することによって、政策担当者やジャーナリスト、あるいは一般市民との交流をはかりたい。創立メンバーは次の5名である:
  • 池田信夫
  • 高橋洋一
  • 西和彦
  • 松本徹三
  • 渡部薫
まだベータ版なので、4月の本格サービス開始までに、いろいろなご意見を取り入れて改善してゆく予定である。livedoor IDをとって管理人の承認を得れば投稿できるので、専門家の参加を歓迎する。
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「意味づけ」の病

元厚生事務次官殺害事件は、やはり頭のおかしい男の場当たり的な犯行のようだ。ワイドショーでは朝から晩まで、いろんなコメンテーターがこの事件の「意味」を解説しているが、それは無駄である。「犬の仇討ち」というシュールな動機も、本当かどうかはわからない。むしろ統合失調症のような疾患を疑ったほうがいいだろう。

秋葉原殺人事件のときも、私のところにコメントを求める取材や、本で対談してくれという話が来たが、すべて断った。精神異常者はどんな社会にも存在し、彼らは一定の確率で殺人をおかす。その対象が家族であればベタ記事にしかならないが、「秋葉原」や「厚生省」という意味がつくと、メディアが大きく取り上げる。この種の報道は憶測ばかりで、犯罪の連鎖を呼ぶ有害無益なものだ。

こうしたワイドショー的発想の典型が本書である(リンクは張ってない)。内容は、およそ論評にも値しない無内容な雑文の寄せ集めだ。本として最低限の品質管理も放棄し、犯人の名前さえ実名と匿名が混在している。編者(大澤真幸氏)の本が分厚いばかりで中身がないことはこれまでにも書いたが、本書は彼にとっても岩波書店にとっても記念碑的な駄作である。東浩紀、平野啓一郎、本田由紀、雨宮処凛といった「読んではいけない」メンバーが見事にそろっている。

犯罪に過剰な意味づけを行なう傾向は、私の印象ではオウム事件のころから顕著になってきたと思う。カルトというのは集団的な精神病で、それが犯罪を引き起こすのもありふれた現象だ。それに無理やり「日本社会の病理」とか「安全神話の崩壊」などという意味を与え、破防法まで動員して大騒ぎした。

こういう過剰報道は読者からは理解しにくいが、供給側からはごく自然な現象だ。個々の記者や編集者にとっては、社内で陣取りするとき、意味づけが不可欠だからである。前にも書いたことだが、私がかつてニュース番組でビル・ゲイツへのインタビューを提案したとき、デスクが彼の名前を知らないので「全米一の金持ちゲイツさん」という企画で通した。マイクロソフトのCEOという業界ネタではニュースにならないが、「37歳の大富豪」という意味づけがあればオジサンにもわかるのだ。

メディアの社内競争は激しい。特に記者のランクは、どれだけ大きいニュースを出したかで決まるので、編集会議でなるべく社会性のある意味をつける必要がある。単なる交通事故が、「激増する飲酒運転」という意味がつけば(実際には増えていなくても)トップニュースになる。暖かい日が続いたという程度の話も「地球温暖化」と結びつければニュースになる。

1990年代から、このような「物語」づくりが顕著になったのは、おそらく偶然ではない。かつては資本主義と社会主義という大きな物語があり、各メディアは自社の方針に沿って主張すればよかったが、社会主義が崩壊してから「革新勢力」の依拠した物語が失われてしまった。そこで彼らは「格差社会」とか「コンピュータによる人間疎外」とかいう小さな物語をつむいで、反体制のポーズを守ろうとしているのである。
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霞ヶ関の2ちゃんねらー

本書の112〜4ページに、話題を呼んだ怪文書「公務員制度の総合的な改革に関する懇談会報告書への素朴な疑問」の全文が出ている。おもしろいのは、最初に出ている(スペースも最大の)論点、「政と官の関係」だ。見出しには「なぜ集中管理が必要?国会議員が情報を得られなくなり、かえって『官僚主導』になるのではないか?」と書かれ、「政官の接触の集中管理」の禁止を彼らがもっともいやがっていることがよくわかる。

著者によれば、これを書いたのはなんと当時(今年3月)の行政改革推進本部事務局に総務省から出向していた次長だったという。公務員制度改革の責任者が、渡辺大臣の方針を全面的に否定する怪文書を流していたのだから恐れ入る。彼は今年の異動で本省に戻ったが、この怪文書の筆者であることは霞ヶ関に知れ渡っていたので、増田総務相の怒りを買って左遷されたそうだ。

民間の常識では考えられないが、霞ヶ関や永田町にはこういう怪文書が実に多い。昔、佐高信氏に「NHKは、怪文書が多いのとタクシー券の使い方がでたらめなのはナンバーワンだ」といわれたことがあるが、そのNHKにいた私でも驚くほど、日常的にこういう「紙爆弾」が飛び交う。特に権限縮小になるような改革に対しては組織を挙げてサボタージュを行い、「大臣のお考えとは違いますが・・・」といって官僚が政治家に勝手な根回しをするのは日常茶飯事である。皮肉なことに、この怪文書が「なぜ集中管理が必要?」という質問の答なのだ。

そもそも正式の公文書が、怪文書のようなものだ。省内で回ってくる書類には「・・・課」までしか書かれておらず、ペタペタ決裁印が押されて責任者は誰かわからなくなっている。政策の責任は組織が負うので、あとになって問題が起きたときも最初の起案者は追及されない。事件が表面化したときの責任者が公式には責任を負うが、彼は実際には経緯を知らないので、処罰されることはない。この徹底した匿名性は、2ちゃんねるよりはるかに悪質で影響が大きい。

90年代に住専処理を誤って6850億円の税金を浪費した寺村信行銀行局長も、東京の2信組のbailoutで不良債権処理を致命的に混乱させた西村吉正銀行局長も損害賠償責任は問われず、大学教授として優雅な老後を送っている。日債銀で「奉加帳」を回して銀行に2100億円の損失を与えた銀行局の中井省審議官は、検察がいったんは詐欺罪で立件を検討したが、見送った。奉加帳は「組織としての決定」で、個人に責任を負わせることはできないという判断だった。

これは著者もいうように、情報の非対称性を利用したモラル・ハザードである。官僚(エージェント)が匿名で、大臣(プリンシパル)が情報劣位にあるかぎり、エージェントが利己的な行動をとることは避けられない。これを改革する方法は情報の非対称性をなくすことだが、エージェント(代理人)は定義によってプリンシパル(依頼人)より多くの情報をもっている(そうでなければ依頼人が自分でやればよい)ので、非対称性を完全になくすことはできない。

日本でまともな政策論争が成り立たない原因も、霞ヶ関の2ちゃんねる体質にある。著者のように霞ヶ関を批判する側は実名なので、いろいろな誹謗中傷を浴びるが、それをつぶそうとする官僚は匿名だ。「素朴な疑問」は品のいいほうで、最悪なのはブラック・ジャーナリズムに情報を流して金や女の話を書かせる手法である。この匿名性は、日本のウェブがガラパゴス化する原因でもある。少なくとも公文書についてはすべて責任者の署名を義務づけ、霞ヶ関から「2ちゃんねらー」を追放すべきだ。
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ジャーナリズム崩壊

本書に書かれていることの多くは業界では周知の事実だが、一般読者には信じられないような非常識な話が多いだろう。特に私の印象に残っているのは、NHKの黒田あゆみ事件だ。これは彼女が離婚していたことをスポーツ紙に書かれたことが原因で、「生活ほっとモーニング」のキャスターを途中降板した事件で、彼女は放送で離婚を隠していたことを謝罪した。

これに対して、福島みずほ氏などが「離婚はプライベートな出来事であり、降ろすのは男女差別だ」と批判し、これをNYタイムズが記事にした(署名はフレンチ支局長だが、著者が取材したらしい)。ここまではちょっとした街ネタにすぎないのだが、当時のNHKの広報担当(春原秀一郎・現山口放送局長)がNYタイムズの支局に電話してきて「貴様、ふざけんな。貴様のような野郎はNYタイムズで働く資格はない。NY本社の知り合いにかけあって絶対クビにしてやる」などと、どなり散らした。これがさらに報道されて、NHKは世界の笑いものになった。

その後、海老沢会長にインタビューしたとき、著者が「会長の入局には橋本登美三郎(元衆院議員)の力添えがあったのか」と質問したところ、横にいた三浦元・秘書室長(現・福岡放送局長)が立ち上がって「その質問を取り消してもらおう」とどなったそうだ。三浦氏は私もよく知っているが、海老沢氏にいつもくっついて歩き、局内では「小海老」と呼ばれていた。

・・・といったお粗末なメディアの内情(もちろんNHKだけではない)が実名で暴露され、関係者にはけっこう笑える。ただ「記者クラブの閉鎖性」などの繰り返しが多く、論理が展開しない。またNYタイムズも、ノリミツ・オオニシが多くのデマゴギーをまき散らし、批判にもまったく答えないなど、説明責任を果たしているとはいえない。別にアメリカだけが立派なわけじゃなく、どこの国でも絶対的な「第四権力」(*)は絶対的に腐敗するということだろう。

ただ最近の「ダビング10」をめぐる騒動をみると、第四権力に風穴が開いてきたような気もする。この問題で読売新聞が「ダビング10 メーカーの頑固さ、なぜ?」という社説で、あからさまにテレビ局の立場から、ダビング10を妨害しているのはiPod課金を拒否するメーカーだと非難したのに対して、小寺信良氏などのブロガーが一斉に反論し、iPod課金を中止に追い込んだ。これは新聞が「最後の審級」ではなくなった日として、日本のメディアの歴史に残るかもしれない。

(*)本書でこれを「立法・行政・司法に次ぐ権力」としているのは、よくある誤り。これはフランス革命のときの第一身分(聖職者)、第二身分(貴族)、第三身分(平民)に次ぐ「第四身分」が、のちに新聞をさすようになったもの。
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落書きと割れ窓


日本人の旅行者がフィレンツェの大聖堂に落書きして停学や懲戒処分を受けたことを、イタリアの新聞が批判しているが、これはお門違いだ。上のようにイタリアの遺跡は落書きだらけで、これがイタリア経済の低迷する原因を象徴している。

こういう軽犯罪は、一つ許されると広がり、放置すると手の施しようがなくなる、という事実が割れ窓理論として知られている。みんなが書いていると、自分がひとつぐらい書いても目立たないから、「落書きなし」と「落書きだらけ」の二つのナッシュ均衡があるのだ。この場合、一定の臨界値を越すと、一挙に悪い均衡に移るので、初期の段階で厳罰を科すことによって、割れ窓が広がるのを防がなければならない。

日本は割れ窓の少ない社会だが、ウェブの世界だけは別だ。2ちゃんねるという割れ窓が、日本のネット上の言論を壊滅させてしまった。ウィキペディアでも「はてな」でも、落書きは当たり前で、システム管理者も放置している。おかげでFacebookのような実名の人的ネットワークが、日本では育たない。

ただ先日の秋葉原事件以来、殺人予告で逮捕されるケースが増えてきた。将来のことを考えると、まだ割れ窓は広がり始めたばかりともいえるので、今のうちに管理者が落書きを厳重に取り締まるべきだ。「死ね」「殺す」の類は削除するのが当然だ。このまま放置すると、ネット規制は未成年だけではすまない。
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プライバシーを取引する

きのうの記事でふれたLinkedInが、5300万ドルの追加出資を受けたというニュースが、NYタイムズなどで話題になっている。これでLinkedInの評価額は10億ドルになり、YouTubeやFacebookには及ばないが、MySpaceの買収額を上回る。

LinkedInの特徴は、ただアクセスを集めるだけの「Web2.0」企業と違って、それを金に換えるビジネスモデルをもっていることだ。彼らの主要な収入源は広告ではなく、会員の求人・求職を仲介するビジネスである。したがって実名で登録することが前提で、その経歴も詳細に出ている(私も4年前から登録している)。その一部を非公開にして、特定の求人企業だけに有料で見せることも可能だ。普通のヘッドハンターより、はるかに効率的で安い。会員は最近、急速に伸びて2000万人に達し、すでに黒字になった。

ここで収益を生み出す資産は、会員のプライバシーである。日本では、個人情報といえば「住基ネット反対」みたいな幼稚な議論しかないが、個人情報は著作権などで守らなくても自然に秘匿できるので、稀少性がある。これからはニュースなどの誰にでも手に入る情報はコモディティ化して無料になる一方、稀少な個人情報の価値が上がり、その取引を仲介するビジネスが成立するだろう。Facebookも法人向けサービスを始め、日本でもSBI Businessが同様のビジネスを始めている。
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自主規制をどうワークさせるか

ちょっと前に、佐々木俊尚氏のコラムに私の名前をあげて事実誤認の記述があったので、コメントで訂正したのだが、今月の『諸君』にも同様の記事が出ている。さすがに私の名前がはずされているのは、事実誤認は認めたということだと思うが、これは私個人の問題を超えて、今度のネット規制法の運用にもかかわる問題なので、コメントしておく。

今度の規制については、「有害情報の例示」や「登録制」など問題は残るが、基本的に民間による自主規制という線が守れたのはよかった(高市氏は採決に欠席したそうだ)。これは民主党が粘った結果で、「健全野党」としての存在感が示されたと思う。しかし問題は、民間だけでどこまで実効あるコントロールができるかということだ。携帯はともかく、ウェブでは(海外も含めれば)最初から100%取り締まるのは不可能で、これは公的規制にしても同じだ。

問題は、最初からルールを守る気のない確信犯である。たとえば天羽優子氏は、私や多くの人々の批判に対して「私信の公開はマナーとしてすべきではないことは私も同意する」と非を認めながら、問題の記述を削除しなかったが、最終的には大学のサイトから追い出された。つまり悪質な確信犯は、サイト管理者が制裁するしかないのである。

これを「所属志向に囚われている」とかいう佐々木氏の批判は(彼も認めたように)お門違いである。責任は、彼女がどんな組織に「所属」しているかとは無関係に、そのブログをホスティングしている業者に発生するのだ。たとえば彼女のブログがgooにあれば、私はgooの事務局に抗議する。通告があった場合に業者が違法なファイルを削除することは、プロバイダ責任制限法で義務づけられている。

今度はそれが有害情報まで広がったわけだが、こうなると「有害」の基準がむずかしい。今度の規制法では、3類型が例示されているが、それに該当するかどうかは自主規制機関が判断するので、公的な強制力はない。はてなのように「違法でない限り削除しない」という方針を公然と掲げている業者は、最初から自主規制団体に入らない可能性もある。

率直にいって、これは自主規制の限界である。ISPでフィルタリングが始まれば、2ちゃんねるがその対象になることは確実だが、そうすると「うちは2ちゃんねるが見られます」というのを売り物にするISPが出てくるだろう。もちろん彼らは自主規制団体に入らないから、制裁もできない。さらに個人でサーバを立てれば、まったく規制の対象外になる。そういうISPやサイトが大量に出てくれば自主規制は尻抜けになり、「それ見たことか」と高市氏がまた登場するだろう。

これはもう民度の問題だ。Facebookのみならず、校内網でも日本人よりはるかに多くの中国人が実名で議論しているのに、日本のSNSもブログも匿名だから、人的ネットワークが広がらない。最近、急成長しているLinkedInでは、SNSで求職できるが、そういうビジネスも匿名では生まれない。

先日も、アメリカの友人(日本語も読める)に「日本人は、ふだんはシャイで礼儀正しいのに、匿名になると、なぜ人が変わったように攻撃的になるのか」と質問されて、恥ずかしかった。彼のいうように「先進国で最低」の日本のウェブがこれ以上、劣化するのを防ぐには、小倉秀夫氏の提唱する実名制も一つの選択肢になるかもしれない。
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日本のウェブが中国に抜かれる日

中国のインターネット人口は世界一になったが、そのうち質でも日本を抜くだろう。ソフトバンクが資本参加したオークパシフィックのSNS「校内網」は、ご覧のとおりFacebookのクローンである。プロフィールも実名・写真入りで公開するのが原則。会員はすでに2200万人と、mixiを抜いた。


中国語だけなので広がりは限られ、当局の検閲があるので内容にも制約があり、(おそらく検閲サーバを通るため)アクセスが非常に遅い。しかし言論統制のきびしい中国でさえ、実名でネットワークが構築されているのは注目すべき現象だ。ASCII.jpにも書いたように、今後Web3.0ともいうべき真のセマンティック・ウェブができるとすれば、それはグーグルのようなページのリンクからFacebookのような人のリンクになると予想されるからだ。

Facebookでは"FREE TIBET"というグループが95000人のメンバーを集め、多くの中国人が実名で参加している。たぶん海外在住者だろうが、帰国後に迫害を受ける可能性は高い。それなのに、何の危険もない日本のブログは「バカ」だの「死ね」だのという匿名の悪口で埋まっている。先日あるグーグル関係者が「日本のウェブサイトのS/N比は先進国で最悪だ。特に新しくできるブログの4割がグーグルのSEOをねらったスパムブログだから、抜本的な対策を講じないと、グーグルもゴミに埋もれてしまう」と憂慮していた。

実社会でも、重要な情報は人脈をたどって得られる固有名詞つきの情報だ。「あの人のいうことは聞いておこう」というように、意味は人に付随しているので、セマンティック・ウェブは人間のネットワークになるだろう。そのとき匿名で他人の悪口をいうだけの日本のブログは、数は世界一かもしれないが、質は中国より低い。日本のウェブをだめにするのは、ネット規制のような外敵ではなく、こうした内なる敵である。

追記:日本にもFacebook型のSNSができている。SBI Businessは実名ベースで人脈をつくるネットワークだ。
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ウェブを「匿名の卑怯者」の楽園から脱却させるには

「サイバーリバタリアン」の第2回は、永遠のテーマ「実名・匿名」論争である。当ブログでこういうテーマを扱うと、はてなブックマークがいつも大騒ぎになる。そこに群れるお子様たちは、匿名で悪口を書ける(しかも反撃されない)おもちゃを取り上げられるのがいやなのだ。既得権にしがみついて自立できない古い日本人の卑しさを、彼らも受け継いでいるわけだ。

コラムにも書いたように、私は小倉さんの提唱する実名登録制には反対だが、松岡美樹氏などの主張する「何もするな」という主張は、もっと有害だ。彼は「ネットの本質は性善説」だというが、何世紀の話をしているのか。世の中が善人ばかりなら、情報セキュリティは必要ない。そのうち韓国のように匿名の中傷が原因で自殺者が出たりすると、ウェブを規制したい政治家たちに絶好の口実を与えるだろう。

松岡氏もDan氏も勘違いしているが、完全匿名の補集合は完全実名ではない。OpenIDでもいいし、当ブログのようにgooIDでもいい。diggやSlashdotのようにメンバーどうしで格づけして悪質なコメントを隠すしくみもあるし、Boing BoingのようなIDと事前承認の2段構えもある。何もしないと、日本のウェブは芸能情報とオタク情報で埋め尽くされるだろう。

リバタリアンは、こういう「ルールは何も必要ない」という無政府主義を、もっとも強く批判する。それはハイエクの主著『法と立法と自由』のタイトルだけで明らかだろう。自由とは、数百年にわたる多くの人々の闘いと犠牲によって獲得された貴重なルールなのだ。自由のコストがゼロだと思っているのは、その闘いの経験のない日本人だけである。

追記:O'Reilly Radarによれば、Google、IBM、Microsoft、VeriSign、Yahoo!がOpenID財団に参加したそうだ。
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