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学生反乱はなぜ消えたのか
2007-04-30
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かつて「学生運動10年周期説」というのがあった。1950年前後に共産党が指導した山村工作隊などの武装闘争の時代、1960年の安保闘争、そして1970年ごろの学園闘争である。この法則からいうと、1980年にも同じような事件が起こって不思議ではなかったが、何も起こらなかった。
世界的にも「1968年反乱」以降、大きな学生運動は起こっていない。特にイラク戦争は、ベトナム戦争と同じぐらい不人気なのに、かつてのような暴力的な抗議行動は起こっていない。この原因を
ベッカー
は、1973年に徴兵制がなくなったことに求めている。徴兵制の廃止を提案したのはミルトン・フリードマンで、彼はこれを「自分の人生でもっとも有意義な仕事だった」と回顧している。
これに対して
ポズナー
は、他にもいろいろな原因をあげているが、おもしろいのはインターネットなどの電子メディアが暴力に訴える前の「ガス抜き」になったという点と、学生反乱の究極の理想としての社会主義が崩壊したという点だ。これは
当ブログ
の「2ちゃんねるが学生運動の代わりになっている」という話と同じ趣旨だ。
日本で学生運動がなくなったもう一つの原因は、もはや学生が社会を指導するエリートではなくなったからだろう。途上国では、いまだに学生が反体制運動を指導する傾向が強い。社会主義革命が成功したロシア、中国、ベトナム、カンボジアなどをみても、欧米に留学したエリート学生が革命を指導したケースが多い。
そういう革命が成功しなかったことは日本にとって幸運だったが、70年安保を闘った団塊の世代では、多くの人が人生を棒に振った。最近、新著を出した山本義隆氏は、かつては将来のノーベル物理学賞候補ともいわれたが、東大全共闘の議長になってドロップアウトし、予備校教師になった。彼の『磁力と重力の発見』という難解な大著が予想外のベストセラーになったのも、そうした団塊の世代のルサンチマンに訴えたからだろう。
そういう意味では、学生運動なんかないほうがいいのだが、最近のあまりにも無気力な学生を見ていると、かつてキャンパスで怒号が飛び交った時代がなつかしくなる。学生時代にマルクス主義の影響を受けたことは、私にとっては貴重な経験だった。いわばマルクス主義は思想的な「父」であり、こうした「大きな物語」と格闘し、それを乗り越えることで初めて思想的な自立ができたように思う。その意味では、今の学生はいつまでも乳離れしないように見える。
コメント (
49
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Moral Sentiments...
ポスト戦後の思想
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コメント
中央教育審議会の方針
(
徳永和男
)
2007-04-30 16:24:09
中央教育審議会の方針などで「国家に逆らう人間」を
排除した結果ではないでしょうか?
骨抜きにした結果の弊害も考えずに。
もどき
(
学生
)
2007-04-30 16:38:13
回顧(懐古)趣味は老化の前兆ですよ!
学生がなにを目指しているか理解しようとするのがアンチエイジングなのでは?
マルクス主義はファッションか?
(
一言
)
2007-04-30 17:01:16
『マルクス主義が父』であればその1つである北朝鮮のチュチェ思想の在り方は是認されるということでしょうか?TVのワイドショーコメンテーターのある男性が元共産主義者を自称しながら都知事選で安倍政権・石原陣営を擁護し、社民推薦の福祉都政を目指すとした浅野陣営を強く批判したのに呆れました。こうした矛盾思考は何処から起こるのか不思議です。政治とはイデオロギーなのか?政策なのか?学生運動とはファッションなのか?それとも真摯な取組みなのか?現実論と観念論の区別も必要です。学生を貶める前に一考されるといいと思います。
Unknown
(
PK
)
2007-04-30 17:50:06
安く性能の良い日本製のカメラやテレビ機器が世界に広く普及するようになったからでしょう。
情報量の不足が馬鹿な争いを招くことは、情報量の不足した社会である常に怒り不平を言い続けている韓国や中国に近接している日本に住む人間なら、すぐに理解できることです。
情報量が多くなって、長嶋が歩く珍獣になり、政治家や官僚の威信が地に落ち、学者やジャーナリストの信頼性も低下したわけです。
棒に振った人、振らなかった人
(
Inoue
)
2007-04-30 18:25:45
全学連の指導者で忘れちゃいけないのが、池田氏も良くご存知の西部邁。一度、東大を退学処分になったのにすぐに復学して教授になりましたね。
民主党国会議員の江田五月は復学後に裁判官です。司法試験は点数だけで通してくれるでしょうが、もっとも保守的であるはずの最高裁がなぜ採用したのかよくわからない。
この辺の事情って、すでに風化していて私もよく知らないんですけど、どうなってるのでしょうか。
TarO
(
ネット右翼
)
2007-04-30 18:36:40
今のネット右翼は、右翼思想を持っているわけではないですからね(韓国や中国を批判して快感を得ているだけで、彼等が政治に与える影響はないでしょう。)。まぁネット右翼は大学生ではなくて、引きこもりやニートでしょうけれど。
フランスは?
(
fuji
)
2007-04-30 19:09:41
去年でしたかフランスで学生の暴動がありあましたよね。解雇制度か何かで。日本でも格差社会が進めば可能性はあるのでは?
Unknown
(
ソクラテス
)
2007-04-30 19:10:22
学生の乳離れは少し酷じゃないですか。
その時代背景も今と違いますし、仮に池田氏が今の時代学生なら、生き方も違ってきてるでしょうし。
あまり責任転嫁するのはよくないですが、いつの時代も年配は若者批判しますから。
Unknown
(
hamanako
)
2007-04-30 20:32:54
2ちゃんねるは父にはなり得ませんか。
当時を知りませんが
(
蝦夷王
)
2007-04-30 21:09:28
スターリン批判以後もマルクス主義を信奉し続けるのは知的に不誠実か怠惰な人間だったのではありませんか?
1980年にはソ連のアフガニスタン侵攻やイラン革命が起こっていてとてもとても「社会主義革命の幻想」に浸ってる状況ではありませんでしたね。
70年代に既にレーニン系のマルクス主義は完全に思想的に死んでいたので学生もそれに拠って立つわけに行かなかったでしょう。
Unknown
(
gen
)
2007-04-30 21:24:49
若い世代をたたきつぶすことばかり考えている、高齢者層が増えたせいもあるんでしょう。
なるべく目のつかないところで、なるべく目につかないように活動するようになるのは自明では?
Unknown
(
SUN
)
2007-04-30 21:24:54
うーん、「今の時代に合った、気力の充実した学生」ってどんなんでしょうね?
ベンチャーを立ち上げる?
成功したらホリエモンと同じように、大きな力に押しつぶされて終わりって考えるのが普通じゃないですかね?
何か新しいwebアプリかビジネスモデルでも考えてgoogleかyahooにでも買ってもらう。
これじゃもっとがんばれよって言われそうですねぇ。でもがんばってもホリエモンの二の舞か、星の数ほどあるベンチャーに埋もれるかの二択。
じゃぁ、普通に大学に通ってそこそこ遊んでそこそこ勉強して普通に就職する。
これも戦ってない、と言われそう。
必死に勉強しまくる?若い時代はある程度遊べ、って言う人も多いですよねぇ。
なんというか、何をしても駄目か、がんばっても文句いわれるかどっちか。そりゃ普通に生きますよ。普通に生きて何が悪いのか。
学生運動とベンチャーの違いは、思想は同じでもいっしょに戦えない。全員が敵。商売敵。
いっしょに戦えるから学生運動になったんであって、ベンチャーじゃそういうのは無理。
学生運動のよかった点は、普通の人でも参加できたこと。皆が味方だったので達成感が得やすかったこと。2chの祭りと同じ。
今は単独か少人数で戦うしかない。
ホリエモンみたいに単独で戦える能力を持ってる人なんてそうそういない。
どういう学生が理想像なんですか?
反論
(
ある大学生
)
2007-04-30 21:24:57
私は就職活動を終えた大学4年生ですが、就活を通して出会った学生たちはみな、自分なりに色々とチャレンジし、努力しています。最近の学生が無気力になったのではなくて、力を入れて取り組むものが、時代が作り出したとも言える学生運動から本来的な学生生活に変わっただけだと思います。そして、情熱を持って取り組む対象が学生運動でなければならないはずはありません。
また、百歩譲って、学生運動や思想的な議論の源泉となる社会や自分自身への問題意識が、人間の人格形成に必要であるとおっしゃりたいのだとしても、最近の学生がそれを持たないということはないと思います。直接的な意識の表れとして、政策を議論する学生団体は数多くあります。また、学生時代に与えられた時間の中で色々なものに取り組むことを通して自分を鍛え上げること自体が、社会に出た後のパフォーマンスを上げ、社会の発展に寄与すると考えれば、その背景にあるのは立派な社会や自分自身への問題意識です。断じて、乳離れしない、と評されるような現状であるとは思えません。
結局、現象として表れる形態が異なるに過ぎないのではないでしょうか。
池田さんの文章のように、学生に対する低い評価をそこかしこで耳にしますが、情熱を持って取り組む対象が、学生の本分をほっぽり出して自由を求め、自らの思想を振りかざしてプライドを満足させる学生運動などから、本来的な学生生活の中での一見華やかさやのない勉学や部活動に移行したわけで、むしろ学生は強くなったのではないかとさえ思います。
Unknown
(
SUN
)
2007-04-30 21:46:53
>ある大学生さん
有名すぎるけど、ピラミッドかなんかの壁に「最近の若いもんはなっとらん」って落書きがあるんですよね。
池田さんの今回の文章を見るに、
「若いときの自分と全く同じこと」をしないと
がんばってるようには見えないんでしょうか。
それで何千年も同じことがループしてるんですかね・・?ということは私自身もそうなるんでしょうね(笑
一体、池田さんにとって、「気力が充実し乳離れが済んでいる学生」というのはどういうものなのでしょう。
一部の、突出した能力を持っている人ではなく、昔の学生運動のように「普通の人」でもできる「戦い」ってなんなんでしょう?
Unknown
(
ある40代
)
2007-04-30 22:17:54
闘争などと言って、暴力に訴えてもなにひとつ良いこがないという事が行き渡った、法治国家としてしごくあるべき姿だと思います。
政治のことを語るのはダサイと言った空気の中で青春時代を送った私としては、2ちゃんねるなどで、真剣に日本の先行きを憂い、政治を語る人々が若者を含めてたくさんいる事に、まだまだ我が国も捨てたものでは無いと感慨を深くしています。
自分達より若い世代を見れば、必ず物足りないと感じるのが常ですから、自戒せねばならないと思っています。
>まぁネット右翼は大学生ではなくて、引きこもりやニート
典型的なジリ貧サヨクのレッテル貼りですね。
サヨクがばら撒いてきた嘘がバレるのを食い止める為の印象操作です。
Unknown
(
EMU
)
2007-04-30 22:56:52
池田さんは若い人間以上に活動がパワフルで、学生以上に学問に情熱を傾けていらっしゃるし
時代の変化にも柔軟に適応しておられる珍しい人材(失礼)といつも思っていますので、
今回のエントリにはよく年上の人が口にするものとは別の特別な重みが自分には感じられました。
Unknown
(
44
)
2007-04-30 23:09:46
>マルクス主義は思想的な「父」であり、こうした「大きな物語」と格闘し、それを乗り越えることで初めて思想的な自立ができたように思う。
この認識がまったく違うように思います。
「学生運動世代」は父(マルクス主義)と格闘などせず、父の言う通りに行動し、父の猿真似の言動で他を威嚇し、父が没落するとその不名誉を拭おうとも負債を引き受けようともせずのうのうと現代まで暮しているだけ、究極の過保護世代、無責任世代です。
それが見えている現代の学生が旧世代の轍を踏まないのはむしろ賢明であって、表面的に無気力に見えるのは当然でしょう。
池田さんは苦戦するでしょうねえ、、、
(
平宮康広
)
2007-04-30 23:16:20
池田さんは、一番言ってはいけないことを言ってしまったという気がします。若い人たちは、大いに反発していいですよw
昔の若者たちのすべてが今の若者たちよりも良かったというわけではありません。少し後になるけど、たとえば三里塚へ援農支援しに行く若者たちよりも、キャンディーズが解散するとかいって泣いていたバカな若者たちのほうがはるかに多かったですよ。僕は、自分は少なくともあんなバカな連中とは同じでないと、いつも思ってましたね。
そんなバカな連中が大人になって、たいしたことをしているとは、ちょっと考えにくい。資本論なんて読んだわけでもないのに、「社会主義は終わった」だとか「マルクスはダメだ」だとか、そんな知ったかぶりばかりしているように思いますね、いけしゃあしゃあと。
僕が若い人たちに要望したいのは、ハウツーものばかり読んで、それで勉強したという気分にはならないでほしいということです。また、昔でしたら「歩くカタログ」なんていう言い方をしてたのですが、今なら「歩くWebサイト」という言い方になるのかもしれないけど、知識を蓄えて思考の怠慢な人間にはならないでほしいということですね。
Unknown
(
Unknown
)
2007-04-30 23:23:53
かつて学生運動をしていた人たちが「今の若いモンは…」などと言っている場面に遭遇するたびに、社会的には結局全く無意味だった学生運動に夢中になっていた自分を正当化するための若者批判ですか?と言いたくなってしまいます。
Uknownさんへ
(
平宮康広
)
2007-04-30 23:53:08
「今の若いモンは、、、」とか言うのがたくさんいるのですか。そんなのに限ってキャンディーズが解散するとか言って泣いてたのではないかと思いますけどね。
僕なんか、自分と同世代の連中で、若い頃には何もしていなかったくせして、「今の若いモンは、、、」とか言ってる連中に腹が立つけど、、、
運動は運動であって、「学生運動」の「学生」という部分は形容詞にすぎない。そめてそれくらいは、わかってないといかんでしょう。
Unknown
(
Unknown
)
2007-05-01 00:03:22
いつも勉強になるエントリーを有難うございます。
ここで池田氏を非難されている方々は、当エントリーの一番下の段落をことさらに取り上げていて少々過剰に反応されているのではないかと思われるのですがいかがでしょうか。
全体の流れからすると、さらっと感想を述べた程度という印象を持ちました。そこまで噛み付かなくてもいいのでは?
それよりもむしろ、上段部分の学生運動が無くなった理由についてのお話の方が、個人的にはより興味を持ちました。
池田先生がまさか知らないとは思いませんが、、、
(
コバコバ
)
2007-05-01 00:53:09
>学生運動10年周期説
60年安保闘争と70年安保闘争は、日米安保条約のが10年毎の見直しを規定していたから10年周期になったんですYO!
60年の安保条約改定で、第10条に「当初の10年の有効期間(固定期間)が経過した後は、1年前に予告することにより、一方的に廃棄できる旨を定める」と定められたために、1970年以降は10年周期の運動に意味がなくなっちゃったというわけ。
それじゃあ70年以降は毎年のように安保改定の運動がおきてもおかしくないわけですが、、、締め切りや期間限定のない「目標」「運動」にはイマイチ気合が入らないっていうのがいかにも人間の悲しい性と言うか、なんと言うか、、、
Unknown
(
PK
)
2007-05-01 01:16:10
教育に関しては、改善しつつあると思います。
良い例が、先日あったテストです。
問題も良かったし、あれを批判してボイコットまでするような教育関係者は今すぐ辞めた方が良いでしょう。
昨日の日経新聞の最後の紙面に美術鑑賞法の記事も載っていたし、いくつかの新聞や雑誌などのマスコミ関係者にも今回のテスト問題を作成した出題者と同様の問題意識をもった人達の記事・特集が増えてきたと思います。
現在の方向性で進めば、日本の文化は明治以来初めて欧米の文化に肉薄することになるでしょう。
1億人で英語圏4億に匹敵するブログを立てる国民が、ウィキペディア日本語圏362,522 本の記事数レベルから、ドイツ語圏577.536本の記事数レベルに向かう国民に変化するのだろうと思います。
Unknown
(
通りすがりでごめんなさい
)
2007-05-01 01:24:01
私は30台の前半で塾の講師をやっておりますが、最近の子供は乳離れしていません。という言い方には語弊がありますが、自立心というか自律心が欠けている子供が多いような気はします。自尊心が多大な子はたくさんいます。
一概に何が問題なのかは浅学の身なので分かりませんが、感覚的には、怠惰な若者が増えているといいますか、利己的な或いは計算高い子供は増えてきています。
それが池田先生の仰ることにつながるのかどうかは分かりませんが、おそらく、そういう印象を仰りたいのではないかと思います。
30代の私が言うのもなんですが、昔に比べたら、他人を巻き込んでまで、物事に相対するという情熱が無いということは言ってよいのではないかと思います。私もそこまでの情熱を持ったことは無いので、あまり他人を批判できません。むしろ、自分が食べてゆくことに汲々としているので、子供達に情熱を持てと指導する気にはなりません。彼らは彼らなりに自分たちの時代を作ることになるわけで、それがどのようにあるべきかを大人が指導してゆくのではなく、自分たちで掴み取って欲しいと思っています。不真面目な講師で申し訳ありません。
昔は私も、今の若者は・・・という決り文句のフレーズには反発していたものですが、年を重ねるにつけ、視野が少しづつ開いてくるにつれて、そういう決り文句には反論できなくなる自分がいたりするものです。
学生運動の功罪は、良く分かりませんが、若い人が反発するように仕向けるというのは、大人(或いは年長者)の役割という面もあると思いますので、池田先生にはこの調子で、今の若者は・・・論を立て続けて欲しいと思います。
Unknown
(
日本\(^o^)/オワタ
)
2007-05-01 03:02:18
学生反乱はなぜ消えたのか?
学生運動の終着駅が結局は、内ゲバによる血みどろの殺し合い(某山荘事件)だったのも影響しているのかもしれませんね…。
Unknown
(
moss
)
2007-05-01 03:34:08
「乳離れ」にこれだけの反発がある事に驚きです。
現在の池田さんに到る『土台』として
マルクス主義との出会いと、その格闘は無駄で無かった、
とおっしゃてるではないですか。
反発される方は紆余曲折なく今の価値観を得たのでしょうか。
だとすれば、そちらの方が怖いと感じます。
特定のキーワードに過剰反応して
じゃあ、マルクス主義の○○○を認めるんですかぁ??
ってな発言は正に幼稚で「乳離れ」出来てない証拠なのであって
そんな予想通りの発言は池田さんに釣られていると
思った方がいいような気もします。
※私も今から思えば、踏み台として「本田勝一」の著書を
真面目に読んだ時代がありましたw
大丈夫ですよ
(
U.Tak
)
2007-05-01 03:52:13
一応、自分は若い世代に属するかと思うのですが、思想的には自立しているでしょうね。というか、自分の納得のいかない意見に耳を貸したことがありません。昔から。知識欲は旺盛で自己主張も激しかったので、さぞかし変な子だったろうと思います。自分の中で消化されてない意見も、基本的に、はいたことがないはずです。まぁ誤った意見も量産したかも知れませんが若気のいたりです(ということにしてください)。
自分から見て、池田さまは、いい意味で特殊です。このブログはより良質なものは、そうはないと思って読んでますけど、当然、納得のいかないところは、聞く耳、持ちません。今の時代、マルクス主義は力を失っていますが、このブログをはじめ、高い壁は存在していると思います。
若者はなぜホリエモンが好きなのか?
(
snowbees
)
2007-05-01 07:16:03
http://blogs.dion.ne.jp/2001/archives/5312189.html#top
世代間対立の問題も検討すべきでは。
Unknown
(
池田氏は日本の宝
)
2007-05-01 07:42:14
PVが池田氏の才能を語っています。
論壇系ブログNO.1ですね。
Unknown
(
山本義隆氏
)
2007-05-01 07:47:43
湯川秀樹に1000人に1人の天才と言わしめたそうですね。もったいない。
学生運動の本質
(
団塊Jr.
)
2007-05-01 07:58:40
私は父母が学生運動に身を投じていた世代ですが、当時の旧友らと父母は自宅にて毎月のように『昔はよかった』的な愚痴を言い合う類の宴会を開いていて、そこでは(子供には理解できないと思っていたのかも知れません)暴力行為の数々だの、文字通りの『火事場泥棒』が上手かったのでセクト内で重宝された、だの、多くの犯罪行為の吐露が行われていて、子供心に衝撃を受けると共にあきれ果てた覚えがあります。
今にして思い返せば、どうも彼ら彼女らは『娯楽の一種として』『学生運動を楽しんでいた』様に感じます。学生運動が娯楽としての性質を持つのであれば、娯楽文化が多様化している現代に多くの犯罪行為と結びつきやすい学生運動が下火になっている理由も理解しやすいように思います。
Unknown
(
学生
)
2007-05-01 08:44:55
池田先生が父になって学生を扇動してくださいよ。
右翼 左翼 池田翼
Unknown
(
PK
)
2007-05-01 09:05:25
学生運動というのは、高度成長が引き起こした田舎から都会への大規模な社会的移動と関係があるでしょう。高齢化して社会的移動が少なくなった日本では、学生運動が労働者の運動まで広がることはないでしょう。米国の昨年のデモもフランスのデモも移民が背景になっていますので、将来日本で運動が起きるとしても移民を背景としたものか、よほど大きな経済的変動があった場合だけでしょう。
Unknown
(
富田メモ検証報告by日経
)
2007-05-01 09:18:36
http://www.nikkei.co.jp/sp1/nt82/20070430NS000Y83430042007.html
A級戦犯合祀、天皇の「不快感」再確認――富田メモ委検証報告
故富田朝彦・元宮内庁長官が書き残した「富田メモ」(日記、手帳)について、日本経済新聞社が設置した社外有識者を中心に構成する「富田メモ研究委員会」は30日、最終報告をまとめた。
同委員会は昨年10月から、計11回の会合を重ねメモ全体を検証した。その結果「これまで比較的多く日記などが公表されてきた侍従とは立場が異なる宮内庁トップの数少ない記録で、昭和史研究の貴重な史料だ」と評価。特に昨年7月、本紙が報じたA級戦犯靖国合祀(ごうし)に不快感を示した昭和天皇の発言について「他の史料や記録と照合しても事実関係が合致しており、不快感以外の解釈はあり得ない」との結論に達した。
(以下省略)
Unknown
(
松の介
)
2007-05-01 09:48:44
学生運動は学生が自前のメディアをもつ運動だったともいえないでしょうか。2CHやMIXIのコミュニティで盛り上がっていればよいことを学生寮なんかでやっていた。そのエネルギーを利用しようとしていた政治勢力があったのは冷戦構造からともいえるでしょう。革命で政権をとった国が近所にあったわけですから。
今ならタテカンは景観を破壊する、スピーカーを使った演説は聞きたくない権利を侵害すると学生仲間にいわれるかもしれません。
個人主義
(
とりあえず仮名:1
)
2007-05-01 10:31:44
ただの個人主義ですよ。
自分の領域が守られれば、他人や社会に関心がないだけです。故に学生運動をする必要もなければ、したくもないということです。
核家族化の進展や娯楽の多様化、個人の部屋を持つようになったことに関連があるんじゃないでしょうか?
フランス in 2006
(
かり
)
2007-05-01 11:02:19
>fujiさん
神田カルチェ・ラタン(昭和43〜44年)に名を借用された本家フランスのカルチェ・ラタンで昨年春に大規模な闘争があり、日本外務省が渡航情報を出すほどの騒ぎになりました。動員は主催者発表で150万人、警察発表で50万人だとか。
結局、国会が法律を改正し、前月追加した条文を削除して解決しましたけど、フランスにはまだそれだけの運動が起きる力があるわけですね。
S47年生まれの言い分
(
双子の片割れ
)
2007-05-01 11:35:27
ザ・デイ・アフター(原題The Day After)世代かな・・・
僕の意識では、小学生後半に見たこのアメリカのフィクション(確かNHKが取り上げていたと思う)の印象が鮮烈でしたね。
基本的に、人間の叡智では回避できない現実(ゲーム理論の一部なのでしょうが)を突きつけられました。
「風の谷のナウシカ」の映画もこのころで、当時は(そして今も?)破滅的な未来感を持っていたものです。
学生運動参加者の世代と比較すると明らかに僕たちの世代は「人間の叡智」に対する不信感が強かったと思います。
私の親世代は「人のミスが人類を滅ぼす」という意識でしたが、僕らの時代からは「人の営みが人類を滅ぼす」という、
今のエコロジー的な考え方にスイッチした時代であったと思います。
このエコロジーの考え方が正しいかどうかは、僕の浅い知識ではわかりませんが、少なくとも学生運動に代表される浅薄な考え方では、世の中は良くならないと観念してしまった世代であるとは言えますね。
まあ学生運動精神の汚染を受けた浅はかな教師達から、中学高校と教えを受けたことから、
「説教がましいことばかり言っているが、お前たちのザマは何だ」とも皆が思い続けていたことも、
僕らの世代で学生運動が盛り上がらなかった理由かなとも思いますが。
Unknown
(
およよ
)
2007-05-01 14:17:55
左に寄り過ぎたマスコミの、≪うそ臭〜い≫人権・差別・(表現の)自由などに日頃からウンザリしている訳で、当時の学生より今の学生の方が遥かに「自分を客観的に見れている」と言う事ではないか。
醒めていると言ってもいいかも知れない。
確か当時、大学を占拠して学生による自治を要求してたらしいが、とても学生にマトモな自治が出来たとは思えない。
資本主義や大企業を批判してた学生の多くが、そそくさと大企業に就職を決めて行ったあたり、特段今の学生と変わらないと思う。
また、学生運動を裏で仕掛けていたのは、共産党などの左翼政党でしょ。
科学哲学者としての山本義隆
(
真津武
)
2007-05-01 16:26:20
私は山本義隆氏の一連の科学研究を大いに評価するものですが、池田さんが氏を「人生を棒に振った」「ドロップアウト」として捉えておられる点について、コメントしたいと思います。もし山本氏が闘争に関わることなく素粒子理論を続けていたとしたら、どうなったでしょうか。
その後の素粒子理論は、ゲージ理論による力の統一というシナリオにそって発展しましたが、その枠組はすでに東大闘争時代に完成しつつあったワインバーグ・セーラム理論からの延長上にしかすぎず、80年代以降、電磁・弱・強の3力統一がうまくいかないことが陽子崩壊実験により明らかになって以降、理論面の発展が余り見られていません。90年代以降は、超対称性・超紐・ブレーン、そしてM理論など、いわば数学にとって代わられた素粒子物理学の発展の様子を見れば、山本氏が超一流の学者として大いに業績をあげたのは間違いないとしても、それはあくまでも狭い物理学のコミュニティの中の出来事であって、蛸壺的知性としてその才能を浪費することになったのではないかと想像します。
かたや、在野の学者として山本氏が80年代以降に問うた「古典力学」「熱力学」の基礎をあきらかにする一連の著作やカッシーラー・ボーアの翻訳は、山本氏が素粒子物理学への集中を止めたことではじめて、我々が共有できる知見となったものと思います。そして大著「磁力と重力の発見」に至って、ついに山本氏の科学者としての才能が惜しげもなく科学哲学へと注がれ、それは近著の「一六世紀文化革命」へと繋がります。日本が誇るべき稀有な知財です。結果論ですが、我々にとっては、山本氏が野に下ってはじめて大いにその知性を享受できたことになります。
団塊世代の学生時代
(
ダンカイ23
)
2007-05-01 16:36:47
私の場合、70年安保の時には大学はロックアウトされ
校内広場では、秋田明大?が陶酔しきて演説をしているのを眺めていました。私達ノンポリには「子供の戦争ごっこ」にしか見えませんでした。もともとは我ら世代の一回り上の世代、60年安保世代の影響を大変受けていたのです。60年安保世代に負けてはいられないというようなノリで。
闘争の口実は各大学いろいろありました。日大の場合校長(総長?)が金をくすねていたとか。
新宿駅の騒乱の時は、付き合っていた女の子と一緒に見に行って興奮し、そのあとその子と初セックスをしたのをおぼえています。
いまだに私のコンプレックスになっているのは、そんなこんなで、ほとんど勉強しないのに卒業証書を手にいれることができたのです。そお、ほとんど勉強しなかった。色々な硬派軟派のアルバイト。その金で生活費以外中古車購入でマイカー学生。その車で女の子をハントと淫らな生活。ともかく逞しく生活力を磨きました。
双子の片割れさんへ
(
平宮康広
)
2007-05-01 17:01:06
全共闘運動の後にエコロジー的な潮流が新たに生まれたという認識は正しいと思います。多くの人がその方向でがんばったと思うし、一定の歴史的役割をはたしているとも思います。
ただ、僕なんかはちょっとついて行けそうにはなかったですね。今の若い人たちはどうなんでしょうねえ、、、
新しいの運動が過去の運動を否定するのはかまわないと思います。しかし学生の本分は勉強だとか言って運動そのものを否定するのは、キャンディーズが解散するとかいって泣くのとあまり大差ないでしょうね。
それと、大学をドロップアウトしたからと言って、人生を棒にふってしまったというのは大げさすぎ。人生は大学なんかよりもはるかに大きい。もしも若い人たちが落第や中退を怖がってるとしたら、ちょっと情けない。
ガス抜きもしくは2チャンネル化
(
enagoya
)
2007-05-02 09:17:11
最近はこのブログが池田さんご本人の「ガス抜き」になっていることが多いようですね。「利他的な遺伝子」の話題も然り。個人のブログだから何を書かれても自由なのですが、読者としてはもっとご専門に近い話題を希望します。現状では、仮に池田信夫がもう1人いたら、「これだから日本のブログはダメなのだ」と言われかねません。
理解できないのは、池田さんの「ガス抜き」に諸手を挙げて追従する人がいること。平宮さんみたいにご自分の立場を持っておられる人のコメントは参考になりますが、例えば池田さんがNATROMさんを批判したら、相手のブログをろくに読まずに尻馬に乗る人がいるのは、2チャンネルの「祭り」を見ているようです。
池田さんから頼まれたわけでも褒められているわけでもないのに、こんな「下駄の雪」みたいな行動をする人は何を考えているのでしょう。少なくとも、動物行動学について議論したいのなら、ここでコメントするよりNATROMさんのブログに乗り込んで意見を交わせばいいでしょう。向こうもしっかりした人物のように見えますから、根拠のある批判には応えてくれるはずです。
敗れ去った神
(
双子の片割れ
)
2007-05-02 13:15:29
平宮さま、お返事ありがとうございます。
また池田先生、経済学に関する掲示板を汚してしまい申し訳ありません。
僕の考えを申し上げれば、マルクス主義は宗教の一種ではないかと考えております。”宗教はアヘンだ”とアジッたのはマルクスではありますが、キリスト教(ユダヤ教)との類似性は良く知られているとおりです。他の政党を禁じて一党独裁制をとっている不寛容さも、昔のカトリックを思わせます。マルクスの著作に関する無批判な受け入れを要求する点も、聖書に対する態度を連想させますね。
それでここで言いたいのは、僕が大学生であった90年代前半はソ連が崩壊していたため、マルクスは既に堕天し敗れ去った神であったという点です。この点は彼の全能性を信じられた60年代、70年代と明白に異なります。彼の教えを全能神として信じられていた昔であれば、退学なんて怖くなかったのだと思いますが、我々の世代には退学と引き換えにできるほど魅力はなかったと断言しておきます。もっともその隙間を埋める形でオウムを代表とするカルトが大学に入ってきたのは、困り者ですが・・・。ただその教えに魅入られて退学したもの、アカデミックポストを去ったものは信者数を考えれば少ないものではなかったと思いますので、その意味では我々の世代の健闘を認めてください(汗)。
マルクスの目指した経済学は現実には役には立たないものだったとは思いますが、池田先生が最近議論を広げているように、人間の心の中にある効用を意識した経済学を開いた点では卓見があったのだと思います。彼は宗教と経済をセットにすることで解決を図ったわけですが、現在において何を目指せばよいのかを考える場合に参考になるのかもしれません。
双子の片割れさんへ
(
平宮康広
)
2007-05-03 23:46:46
僕は資本論を読んでよかったと思ってますよ。おかげで門外漢のくせして、相手が著名なエコノミストでもガチンコ議論がやれてますからね。他の著名な経済学者が書いた本でしたら、いくら読んでも、ガチンコ議論はやれないでいたでしょう。
僕は、ケインズ派の誰かが書いた本を読み、その誰かを批判することはあります。しかしケインズ本人を批判したことはありません。なぜならケインズが書いた本を読んでいないからです。
同じことがマルクスについても言えます。マルクスを読んでもいないあなたが、どうやってマルクスを批判できるのですか?マルクス主義者のA氏が書いた本を読んで、そのA氏を批判するのはかまいません。しかしそれは、マルクス批判ではなくA氏批判になります。
乳離れしていないという気がします。
高度成長が、
(
鉄塵28号
)
2007-05-05 13:11:42
お金儲けの神様こと邱永漢氏が次のように述べています。
台湾の高度成長がはじまると、
GDPはすぐ1000ドルをこえました。
1000ドルが1500ドルに達すると、
人々の精神状態に大きな変化が起り、
「三民主義」とか「反攻大陸」を口にする人は
目立って少くなりました。
国民の平均所得が1500ドルをこえると、
人々は主義とか思想の話をしなくなることを目の当りにしました。
更に経済成長が進んで、GDPが3000ドルに達すると突然、
消費ブームが澎湃として起ります。
私は高度成長が学生運動が起こらなくなった最大の要因と見ています。
慶応義塾学長であった故小泉信三氏が、共産主義は組織的嫉妬である、と看破した言葉がありますが、学園紛争当時、資本論、まじでよむほどアホじゃなし、というザレ言葉がありましたが、一部の学生が当時の学生運動のある本質を本能的に見抜いていたところから出たものでしょう。
他人を巻き込むには思考が必要
(
toorisugari
)
2007-05-08 13:20:13
>30代の私が言うのもなんですが、昔に比べたら、他人を巻き込んでまで、物事に相対するという情熱が無いということは言ってよいのではないかと思います。
と、塾講師の方の発言がありましたが、これは当ってると思います。ついこないだまで学生だったけど。
個人主義って言葉で片付けるのは楽なんですが、
「自分が社会的に恵まれていない状況にあること」
を誰のせいにするかというところに帰着するように
思えます。
最初の方に、学生さんのコメントが多々ありますが、
それは、「思考のできる学生さん」のお話。
「思考のできない学生さん」は確実に増えていると思う。それは、このままだとフリーターになるとか、
あるいは、社会的に不公平な負担(年金など)があっても、それを知ろうとも、それを是正しようと行動しようともしないから。
なぜそういう状況にあるのか?他者に原因をもとめないので、思考が深まらないのです。「俺、勉強できないし」「仕方ない」とかね。それでも生活できてるからかもしれないけど。意識の高い学生の、周辺のレベルの野心が細りきってるんだよね。
例えば、高度経済成長期に地方から出てきた次男、三男は、創価学会という勢力を作り上げて、庶民政党として制度改変をうったえ、また、相互扶助をしていたわけだけど、そこには
「なんで、都市でこんなおもいせなあかんのや」
「のしあがってやる」というものがあったと思う。
現在は、学会も高学歴集団になってるけどね。
だけど、いまの都市貧民の行動パターンが全然違う。
自分の枠の中で終了するね。
それから、もう一つ、フリーターみてるとさ、なんだかよく分からないままに、キャリアパスの見えない「労働」をひたすらやってるんだよね。なぜか、超真面目なの。そんなことにそんなに真面目になんなくてもいいじゃんって正直思う。もっと立ち止まって考えて、キャリアとかビジネスとか起こした方がどんだけ、君の時間は有効だろうと。でも、「今目の前にある仕事」に追われるんだよね。これはなぜか?その方が楽だからだよ。思考ができないひとにとってはね。
思考ができないひとは、自分に壁作るしね。
Unknown
(
ブログの内容を「剽窃」
)
2007-05-09 18:13:10
http://www.encount.net/rettou/2_2202.php
ここ、2ちゃんねるにリンクがありましたが、内容は池田さんのブログのパクリですね。困ったことだ。
Unknown
(
Tyler
)
2007-10-05 16:35:41
最近の若い者ですが、自分は周りよりそこそこ考えてるつもりです。
そして学生運動について賛成で、やっぱり学生じゃないにしても社会派運動やデモは必要だと思います。
どこかの国は明らかに横暴ですし、日本も逆らいもせずい指をくわえて右往左往するだけですし。
基本島国根性でいつも他人事、国民は御楽と引き換えに金と思考を失っている。
それが常習化してきて不思議に思う人すらいない。
自分の国の資源も自分で保てず、自分の国を自分で防衛することさえ許されない平和ボケした国家に未来はないと思います。
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排除した結果ではないでしょうか?
骨抜きにした結果の弊害も考えずに。
学生がなにを目指しているか理解しようとするのがアンチエイジングなのでは?
情報量の不足が馬鹿な争いを招くことは、情報量の不足した社会である常に怒り不平を言い続けている韓国や中国に近接している日本に住む人間なら、すぐに理解できることです。
情報量が多くなって、長嶋が歩く珍獣になり、政治家や官僚の威信が地に落ち、学者やジャーナリストの信頼性も低下したわけです。
民主党国会議員の江田五月は復学後に裁判官です。司法試験は点数だけで通してくれるでしょうが、もっとも保守的であるはずの最高裁がなぜ採用したのかよくわからない。
この辺の事情って、すでに風化していて私もよく知らないんですけど、どうなってるのでしょうか。
その時代背景も今と違いますし、仮に池田氏が今の時代学生なら、生き方も違ってきてるでしょうし。
あまり責任転嫁するのはよくないですが、いつの時代も年配は若者批判しますから。
1980年にはソ連のアフガニスタン侵攻やイラン革命が起こっていてとてもとても「社会主義革命の幻想」に浸ってる状況ではありませんでしたね。
70年代に既にレーニン系のマルクス主義は完全に思想的に死んでいたので学生もそれに拠って立つわけに行かなかったでしょう。
なるべく目のつかないところで、なるべく目につかないように活動するようになるのは自明では?
ベンチャーを立ち上げる?
成功したらホリエモンと同じように、大きな力に押しつぶされて終わりって考えるのが普通じゃないですかね?
何か新しいwebアプリかビジネスモデルでも考えてgoogleかyahooにでも買ってもらう。
これじゃもっとがんばれよって言われそうですねぇ。でもがんばってもホリエモンの二の舞か、星の数ほどあるベンチャーに埋もれるかの二択。
じゃぁ、普通に大学に通ってそこそこ遊んでそこそこ勉強して普通に就職する。
これも戦ってない、と言われそう。
必死に勉強しまくる?若い時代はある程度遊べ、って言う人も多いですよねぇ。
なんというか、何をしても駄目か、がんばっても文句いわれるかどっちか。そりゃ普通に生きますよ。普通に生きて何が悪いのか。
学生運動とベンチャーの違いは、思想は同じでもいっしょに戦えない。全員が敵。商売敵。
いっしょに戦えるから学生運動になったんであって、ベンチャーじゃそういうのは無理。
学生運動のよかった点は、普通の人でも参加できたこと。皆が味方だったので達成感が得やすかったこと。2chの祭りと同じ。
今は単独か少人数で戦うしかない。
ホリエモンみたいに単独で戦える能力を持ってる人なんてそうそういない。
どういう学生が理想像なんですか?
また、百歩譲って、学生運動や思想的な議論の源泉となる社会や自分自身への問題意識が、人間の人格形成に必要であるとおっしゃりたいのだとしても、最近の学生がそれを持たないということはないと思います。直接的な意識の表れとして、政策を議論する学生団体は数多くあります。また、学生時代に与えられた時間の中で色々なものに取り組むことを通して自分を鍛え上げること自体が、社会に出た後のパフォーマンスを上げ、社会の発展に寄与すると考えれば、その背景にあるのは立派な社会や自分自身への問題意識です。断じて、乳離れしない、と評されるような現状であるとは思えません。
結局、現象として表れる形態が異なるに過ぎないのではないでしょうか。
池田さんの文章のように、学生に対する低い評価をそこかしこで耳にしますが、情熱を持って取り組む対象が、学生の本分をほっぽり出して自由を求め、自らの思想を振りかざしてプライドを満足させる学生運動などから、本来的な学生生活の中での一見華やかさやのない勉学や部活動に移行したわけで、むしろ学生は強くなったのではないかとさえ思います。
有名すぎるけど、ピラミッドかなんかの壁に「最近の若いもんはなっとらん」って落書きがあるんですよね。
池田さんの今回の文章を見るに、
「若いときの自分と全く同じこと」をしないと
がんばってるようには見えないんでしょうか。
それで何千年も同じことがループしてるんですかね・・?ということは私自身もそうなるんでしょうね(笑
一体、池田さんにとって、「気力が充実し乳離れが済んでいる学生」というのはどういうものなのでしょう。
一部の、突出した能力を持っている人ではなく、昔の学生運動のように「普通の人」でもできる「戦い」ってなんなんでしょう?
政治のことを語るのはダサイと言った空気の中で青春時代を送った私としては、2ちゃんねるなどで、真剣に日本の先行きを憂い、政治を語る人々が若者を含めてたくさんいる事に、まだまだ我が国も捨てたものでは無いと感慨を深くしています。
自分達より若い世代を見れば、必ず物足りないと感じるのが常ですから、自戒せねばならないと思っています。
>まぁネット右翼は大学生ではなくて、引きこもりやニート
典型的なジリ貧サヨクのレッテル貼りですね。
サヨクがばら撒いてきた嘘がバレるのを食い止める為の印象操作です。
時代の変化にも柔軟に適応しておられる珍しい人材(失礼)といつも思っていますので、
今回のエントリにはよく年上の人が口にするものとは別の特別な重みが自分には感じられました。
この認識がまったく違うように思います。
「学生運動世代」は父(マルクス主義)と格闘などせず、父の言う通りに行動し、父の猿真似の言動で他を威嚇し、父が没落するとその不名誉を拭おうとも負債を引き受けようともせずのうのうと現代まで暮しているだけ、究極の過保護世代、無責任世代です。
それが見えている現代の学生が旧世代の轍を踏まないのはむしろ賢明であって、表面的に無気力に見えるのは当然でしょう。
昔の若者たちのすべてが今の若者たちよりも良かったというわけではありません。少し後になるけど、たとえば三里塚へ援農支援しに行く若者たちよりも、キャンディーズが解散するとかいって泣いていたバカな若者たちのほうがはるかに多かったですよ。僕は、自分は少なくともあんなバカな連中とは同じでないと、いつも思ってましたね。
そんなバカな連中が大人になって、たいしたことをしているとは、ちょっと考えにくい。資本論なんて読んだわけでもないのに、「社会主義は終わった」だとか「マルクスはダメだ」だとか、そんな知ったかぶりばかりしているように思いますね、いけしゃあしゃあと。
僕が若い人たちに要望したいのは、ハウツーものばかり読んで、それで勉強したという気分にはならないでほしいということです。また、昔でしたら「歩くカタログ」なんていう言い方をしてたのですが、今なら「歩くWebサイト」という言い方になるのかもしれないけど、知識を蓄えて思考の怠慢な人間にはならないでほしいということですね。
僕なんか、自分と同世代の連中で、若い頃には何もしていなかったくせして、「今の若いモンは、、、」とか言ってる連中に腹が立つけど、、、
運動は運動であって、「学生運動」の「学生」という部分は形容詞にすぎない。そめてそれくらいは、わかってないといかんでしょう。
ここで池田氏を非難されている方々は、当エントリーの一番下の段落をことさらに取り上げていて少々過剰に反応されているのではないかと思われるのですがいかがでしょうか。
全体の流れからすると、さらっと感想を述べた程度という印象を持ちました。そこまで噛み付かなくてもいいのでは?
それよりもむしろ、上段部分の学生運動が無くなった理由についてのお話の方が、個人的にはより興味を持ちました。
60年安保闘争と70年安保闘争は、日米安保条約のが10年毎の見直しを規定していたから10年周期になったんですYO!
60年の安保条約改定で、第10条に「当初の10年の有効期間(固定期間)が経過した後は、1年前に予告することにより、一方的に廃棄できる旨を定める」と定められたために、1970年以降は10年周期の運動に意味がなくなっちゃったというわけ。
それじゃあ70年以降は毎年のように安保改定の運動がおきてもおかしくないわけですが、、、締め切りや期間限定のない「目標」「運動」にはイマイチ気合が入らないっていうのがいかにも人間の悲しい性と言うか、なんと言うか、、、
良い例が、先日あったテストです。
問題も良かったし、あれを批判してボイコットまでするような教育関係者は今すぐ辞めた方が良いでしょう。
昨日の日経新聞の最後の紙面に美術鑑賞法の記事も載っていたし、いくつかの新聞や雑誌などのマスコミ関係者にも今回のテスト問題を作成した出題者と同様の問題意識をもった人達の記事・特集が増えてきたと思います。
現在の方向性で進めば、日本の文化は明治以来初めて欧米の文化に肉薄することになるでしょう。
1億人で英語圏4億に匹敵するブログを立てる国民が、ウィキペディア日本語圏362,522 本の記事数レベルから、ドイツ語圏577.536本の記事数レベルに向かう国民に変化するのだろうと思います。
一概に何が問題なのかは浅学の身なので分かりませんが、感覚的には、怠惰な若者が増えているといいますか、利己的な或いは計算高い子供は増えてきています。
それが池田先生の仰ることにつながるのかどうかは分かりませんが、おそらく、そういう印象を仰りたいのではないかと思います。
30代の私が言うのもなんですが、昔に比べたら、他人を巻き込んでまで、物事に相対するという情熱が無いということは言ってよいのではないかと思います。私もそこまでの情熱を持ったことは無いので、あまり他人を批判できません。むしろ、自分が食べてゆくことに汲々としているので、子供達に情熱を持てと指導する気にはなりません。彼らは彼らなりに自分たちの時代を作ることになるわけで、それがどのようにあるべきかを大人が指導してゆくのではなく、自分たちで掴み取って欲しいと思っています。不真面目な講師で申し訳ありません。
昔は私も、今の若者は・・・という決り文句のフレーズには反発していたものですが、年を重ねるにつけ、視野が少しづつ開いてくるにつれて、そういう決り文句には反論できなくなる自分がいたりするものです。
学生運動の功罪は、良く分かりませんが、若い人が反発するように仕向けるというのは、大人(或いは年長者)の役割という面もあると思いますので、池田先生にはこの調子で、今の若者は・・・論を立て続けて欲しいと思います。
学生運動の終着駅が結局は、内ゲバによる血みどろの殺し合い(某山荘事件)だったのも影響しているのかもしれませんね…。
現在の池田さんに到る『土台』として
マルクス主義との出会いと、その格闘は無駄で無かった、
とおっしゃてるではないですか。
反発される方は紆余曲折なく今の価値観を得たのでしょうか。
だとすれば、そちらの方が怖いと感じます。
特定のキーワードに過剰反応して
じゃあ、マルクス主義の○○○を認めるんですかぁ??
ってな発言は正に幼稚で「乳離れ」出来てない証拠なのであって
そんな予想通りの発言は池田さんに釣られていると
思った方がいいような気もします。
※私も今から思えば、踏み台として「本田勝一」の著書を
真面目に読んだ時代がありましたw
自分から見て、池田さまは、いい意味で特殊です。このブログはより良質なものは、そうはないと思って読んでますけど、当然、納得のいかないところは、聞く耳、持ちません。今の時代、マルクス主義は力を失っていますが、このブログをはじめ、高い壁は存在していると思います。
世代間対立の問題も検討すべきでは。
論壇系ブログNO.1ですね。
今にして思い返せば、どうも彼ら彼女らは『娯楽の一種として』『学生運動を楽しんでいた』様に感じます。学生運動が娯楽としての性質を持つのであれば、娯楽文化が多様化している現代に多くの犯罪行為と結びつきやすい学生運動が下火になっている理由も理解しやすいように思います。
右翼 左翼 池田翼
A級戦犯合祀、天皇の「不快感」再確認――富田メモ委検証報告
故富田朝彦・元宮内庁長官が書き残した「富田メモ」(日記、手帳)について、日本経済新聞社が設置した社外有識者を中心に構成する「富田メモ研究委員会」は30日、最終報告をまとめた。
同委員会は昨年10月から、計11回の会合を重ねメモ全体を検証した。その結果「これまで比較的多く日記などが公表されてきた侍従とは立場が異なる宮内庁トップの数少ない記録で、昭和史研究の貴重な史料だ」と評価。特に昨年7月、本紙が報じたA級戦犯靖国合祀(ごうし)に不快感を示した昭和天皇の発言について「他の史料や記録と照合しても事実関係が合致しており、不快感以外の解釈はあり得ない」との結論に達した。
(以下省略)
今ならタテカンは景観を破壊する、スピーカーを使った演説は聞きたくない権利を侵害すると学生仲間にいわれるかもしれません。
自分の領域が守られれば、他人や社会に関心がないだけです。故に学生運動をする必要もなければ、したくもないということです。
核家族化の進展や娯楽の多様化、個人の部屋を持つようになったことに関連があるんじゃないでしょうか?
神田カルチェ・ラタン(昭和43〜44年)に名を借用された本家フランスのカルチェ・ラタンで昨年春に大規模な闘争があり、日本外務省が渡航情報を出すほどの騒ぎになりました。動員は主催者発表で150万人、警察発表で50万人だとか。
結局、国会が法律を改正し、前月追加した条文を削除して解決しましたけど、フランスにはまだそれだけの運動が起きる力があるわけですね。
僕の意識では、小学生後半に見たこのアメリカのフィクション(確かNHKが取り上げていたと思う)の印象が鮮烈でしたね。
基本的に、人間の叡智では回避できない現実(ゲーム理論の一部なのでしょうが)を突きつけられました。
「風の谷のナウシカ」の映画もこのころで、当時は(そして今も?)破滅的な未来感を持っていたものです。
学生運動参加者の世代と比較すると明らかに僕たちの世代は「人間の叡智」に対する不信感が強かったと思います。
私の親世代は「人のミスが人類を滅ぼす」という意識でしたが、僕らの時代からは「人の営みが人類を滅ぼす」という、
今のエコロジー的な考え方にスイッチした時代であったと思います。
このエコロジーの考え方が正しいかどうかは、僕の浅い知識ではわかりませんが、少なくとも学生運動に代表される浅薄な考え方では、世の中は良くならないと観念してしまった世代であるとは言えますね。
まあ学生運動精神の汚染を受けた浅はかな教師達から、中学高校と教えを受けたことから、
「説教がましいことばかり言っているが、お前たちのザマは何だ」とも皆が思い続けていたことも、
僕らの世代で学生運動が盛り上がらなかった理由かなとも思いますが。
醒めていると言ってもいいかも知れない。
確か当時、大学を占拠して学生による自治を要求してたらしいが、とても学生にマトモな自治が出来たとは思えない。
資本主義や大企業を批判してた学生の多くが、そそくさと大企業に就職を決めて行ったあたり、特段今の学生と変わらないと思う。
また、学生運動を裏で仕掛けていたのは、共産党などの左翼政党でしょ。
その後の素粒子理論は、ゲージ理論による力の統一というシナリオにそって発展しましたが、その枠組はすでに東大闘争時代に完成しつつあったワインバーグ・セーラム理論からの延長上にしかすぎず、80年代以降、電磁・弱・強の3力統一がうまくいかないことが陽子崩壊実験により明らかになって以降、理論面の発展が余り見られていません。90年代以降は、超対称性・超紐・ブレーン、そしてM理論など、いわば数学にとって代わられた素粒子物理学の発展の様子を見れば、山本氏が超一流の学者として大いに業績をあげたのは間違いないとしても、それはあくまでも狭い物理学のコミュニティの中の出来事であって、蛸壺的知性としてその才能を浪費することになったのではないかと想像します。
かたや、在野の学者として山本氏が80年代以降に問うた「古典力学」「熱力学」の基礎をあきらかにする一連の著作やカッシーラー・ボーアの翻訳は、山本氏が素粒子物理学への集中を止めたことではじめて、我々が共有できる知見となったものと思います。そして大著「磁力と重力の発見」に至って、ついに山本氏の科学者としての才能が惜しげもなく科学哲学へと注がれ、それは近著の「一六世紀文化革命」へと繋がります。日本が誇るべき稀有な知財です。結果論ですが、我々にとっては、山本氏が野に下ってはじめて大いにその知性を享受できたことになります。
校内広場では、秋田明大?が陶酔しきて演説をしているのを眺めていました。私達ノンポリには「子供の戦争ごっこ」にしか見えませんでした。もともとは我ら世代の一回り上の世代、60年安保世代の影響を大変受けていたのです。60年安保世代に負けてはいられないというようなノリで。
闘争の口実は各大学いろいろありました。日大の場合校長(総長?)が金をくすねていたとか。
新宿駅の騒乱の時は、付き合っていた女の子と一緒に見に行って興奮し、そのあとその子と初セックスをしたのをおぼえています。
いまだに私のコンプレックスになっているのは、そんなこんなで、ほとんど勉強しないのに卒業証書を手にいれることができたのです。そお、ほとんど勉強しなかった。色々な硬派軟派のアルバイト。その金で生活費以外中古車購入でマイカー学生。その車で女の子をハントと淫らな生活。ともかく逞しく生活力を磨きました。
ただ、僕なんかはちょっとついて行けそうにはなかったですね。今の若い人たちはどうなんでしょうねえ、、、
新しいの運動が過去の運動を否定するのはかまわないと思います。しかし学生の本分は勉強だとか言って運動そのものを否定するのは、キャンディーズが解散するとかいって泣くのとあまり大差ないでしょうね。
それと、大学をドロップアウトしたからと言って、人生を棒にふってしまったというのは大げさすぎ。人生は大学なんかよりもはるかに大きい。もしも若い人たちが落第や中退を怖がってるとしたら、ちょっと情けない。
理解できないのは、池田さんの「ガス抜き」に諸手を挙げて追従する人がいること。平宮さんみたいにご自分の立場を持っておられる人のコメントは参考になりますが、例えば池田さんがNATROMさんを批判したら、相手のブログをろくに読まずに尻馬に乗る人がいるのは、2チャンネルの「祭り」を見ているようです。
池田さんから頼まれたわけでも褒められているわけでもないのに、こんな「下駄の雪」みたいな行動をする人は何を考えているのでしょう。少なくとも、動物行動学について議論したいのなら、ここでコメントするよりNATROMさんのブログに乗り込んで意見を交わせばいいでしょう。向こうもしっかりした人物のように見えますから、根拠のある批判には応えてくれるはずです。
また池田先生、経済学に関する掲示板を汚してしまい申し訳ありません。
僕の考えを申し上げれば、マルクス主義は宗教の一種ではないかと考えております。”宗教はアヘンだ”とアジッたのはマルクスではありますが、キリスト教(ユダヤ教)との類似性は良く知られているとおりです。他の政党を禁じて一党独裁制をとっている不寛容さも、昔のカトリックを思わせます。マルクスの著作に関する無批判な受け入れを要求する点も、聖書に対する態度を連想させますね。
それでここで言いたいのは、僕が大学生であった90年代前半はソ連が崩壊していたため、マルクスは既に堕天し敗れ去った神であったという点です。この点は彼の全能性を信じられた60年代、70年代と明白に異なります。彼の教えを全能神として信じられていた昔であれば、退学なんて怖くなかったのだと思いますが、我々の世代には退学と引き換えにできるほど魅力はなかったと断言しておきます。もっともその隙間を埋める形でオウムを代表とするカルトが大学に入ってきたのは、困り者ですが・・・。ただその教えに魅入られて退学したもの、アカデミックポストを去ったものは信者数を考えれば少ないものではなかったと思いますので、その意味では我々の世代の健闘を認めてください(汗)。
マルクスの目指した経済学は現実には役には立たないものだったとは思いますが、池田先生が最近議論を広げているように、人間の心の中にある効用を意識した経済学を開いた点では卓見があったのだと思います。彼は宗教と経済をセットにすることで解決を図ったわけですが、現在において何を目指せばよいのかを考える場合に参考になるのかもしれません。
僕は、ケインズ派の誰かが書いた本を読み、その誰かを批判することはあります。しかしケインズ本人を批判したことはありません。なぜならケインズが書いた本を読んでいないからです。
同じことがマルクスについても言えます。マルクスを読んでもいないあなたが、どうやってマルクスを批判できるのですか?マルクス主義者のA氏が書いた本を読んで、そのA氏を批判するのはかまいません。しかしそれは、マルクス批判ではなくA氏批判になります。
乳離れしていないという気がします。
台湾の高度成長がはじまると、
GDPはすぐ1000ドルをこえました。
1000ドルが1500ドルに達すると、
人々の精神状態に大きな変化が起り、
「三民主義」とか「反攻大陸」を口にする人は
目立って少くなりました。
国民の平均所得が1500ドルをこえると、
人々は主義とか思想の話をしなくなることを目の当りにしました。
更に経済成長が進んで、GDPが3000ドルに達すると突然、
消費ブームが澎湃として起ります。
私は高度成長が学生運動が起こらなくなった最大の要因と見ています。
慶応義塾学長であった故小泉信三氏が、共産主義は組織的嫉妬である、と看破した言葉がありますが、学園紛争当時、資本論、まじでよむほどアホじゃなし、というザレ言葉がありましたが、一部の学生が当時の学生運動のある本質を本能的に見抜いていたところから出たものでしょう。
と、塾講師の方の発言がありましたが、これは当ってると思います。ついこないだまで学生だったけど。
個人主義って言葉で片付けるのは楽なんですが、
「自分が社会的に恵まれていない状況にあること」
を誰のせいにするかというところに帰着するように
思えます。
最初の方に、学生さんのコメントが多々ありますが、
それは、「思考のできる学生さん」のお話。
「思考のできない学生さん」は確実に増えていると思う。それは、このままだとフリーターになるとか、
あるいは、社会的に不公平な負担(年金など)があっても、それを知ろうとも、それを是正しようと行動しようともしないから。
なぜそういう状況にあるのか?他者に原因をもとめないので、思考が深まらないのです。「俺、勉強できないし」「仕方ない」とかね。それでも生活できてるからかもしれないけど。意識の高い学生の、周辺のレベルの野心が細りきってるんだよね。
例えば、高度経済成長期に地方から出てきた次男、三男は、創価学会という勢力を作り上げて、庶民政党として制度改変をうったえ、また、相互扶助をしていたわけだけど、そこには
「なんで、都市でこんなおもいせなあかんのや」
「のしあがってやる」というものがあったと思う。
現在は、学会も高学歴集団になってるけどね。
だけど、いまの都市貧民の行動パターンが全然違う。
自分の枠の中で終了するね。
それから、もう一つ、フリーターみてるとさ、なんだかよく分からないままに、キャリアパスの見えない「労働」をひたすらやってるんだよね。なぜか、超真面目なの。そんなことにそんなに真面目になんなくてもいいじゃんって正直思う。もっと立ち止まって考えて、キャリアとかビジネスとか起こした方がどんだけ、君の時間は有効だろうと。でも、「今目の前にある仕事」に追われるんだよね。これはなぜか?その方が楽だからだよ。思考ができないひとにとってはね。
思考ができないひとは、自分に壁作るしね。
ここ、2ちゃんねるにリンクがありましたが、内容は池田さんのブログのパクリですね。困ったことだ。
そして学生運動について賛成で、やっぱり学生じゃないにしても社会派運動やデモは必要だと思います。
どこかの国は明らかに横暴ですし、日本も逆らいもせずい指をくわえて右往左往するだけですし。
基本島国根性でいつも他人事、国民は御楽と引き換えに金と思考を失っている。
それが常習化してきて不思議に思う人すらいない。
自分の国の資源も自分で保てず、自分の国を自分で防衛することさえ許されない平和ボケした国家に未来はないと思います。
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