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セキュリティはなぜやぶられたのか
2007-03-07
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最初にクイズをひとつ:次のリストは、アメリカで1年間に死ぬ人の死因をランダムに並べたものだが、このうちリスクが最大と最小のものは何だろうか?
1.飛行機事故
2.ハリケーン
3.洪水
4.列車事故
5.ソファ類(引火)
6.保育製品(ゆりかごなど)
7.鹿(自動車と衝突)
答はコメント欄に書いた(本書p.45参照)が、当たった人は少ないだろう。これぐらい、リスクの評価というのは主観的なのだ。アメリカ人が1年間に自動車事故で死ぬ確率は1/7500だが、アメリカ政府が数千億ドルを費やしているテロで死ぬ確率は、1/60万だ。今では、これよりも「対テロ戦争」で死ぬ確率のほうが大きい。
変な邦題がついているが、原題は"Beyond Fear"。原著は9・11の後、シリコンバレーのベンチャーはセキュリティがらみばかりという「セキュリティ・バブル」の時期に出たもので、リスクを過剰に恐れないで客観的に評価し、それを防ぐ方法を合理的に考えようという、セキュリティについての定評ある解説書だ。
著者は暗号技術の専門家として有名だが、実際にはセキュリティの問題のほとんどは技術ではなく、経済問題だという。リスクをゼロにするのは簡単だ。ハイジャックのリスクをゼロにするには、飛行機を飛ばさなければよい。だから問題はセキュリティを最大にすることではなく、どういうリスクをどこまで減らすかという目標を設定し、それに必要なコストを計算して、そのトレードオフの中でどこをとるのかという選択なのである。
主観的なリスク評価にもとづいて、コストを考えないで「絶対安全」を求めるほど有害なことはない。当ブログでも取り上げたように、
BSE
や
ダイオキシン
の対策は何の意味もないし、パスポート電子申請システムや
e-Tax
は、だれも使わない税金の浪費になってしまった。
リスク評価を歪める最大の原因は、事件・事故を興味本位で取り上げるマスメディアのバイアスだが、それにあおられて人気取りのために過大なセキュリティを求める政治家と、保身のためにコストを考えないで闇雲に高いセキュリティを実装させる官僚、そしてそれを食い物にするITゼネコンが、問題をさらに悪化させている。愚かな電子政府を運用している霞ヶ関の人々には、ぜひ本書を読んでほしいものだ。
コメント (
26
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2
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匿名の暴力
霞ヶ関テルミドール
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コメント
答
(
池田信夫
)
2007-03-07 22:21:04
リスクの大きいほうから
5,1,4,3,7,6,2
つまり最大は「ソファ」で、最小は「ハリケーン」。
Unknown
(
)
2007-03-07 22:57:20
ソファは当てました!「ヤバイ経済学」でも家のプールで溺死する子供の方が銃の暴発で死ぬ確立が100倍高いとか、「環境危機をあおってはいけない」の中でも残留農薬による死亡リスクは100万分の一で自転車に40分乗るのと同じくらい危ないとかそういうリストがあった気がします。
引火?!
(
かり
)
2007-03-07 23:28:44
ソファに引火、という意味がわかりません。
ガソリンに引火、とか、漏れたガスに引火、というならわかりますけど。
そう思って検索したら、「たばこの火が服に引火し男性焼死」とか、「熊本・南阿蘇で原野火災、延焼中 カップめん調理で引火」という記事が見つかりました。そういうのって、中学校の理科で習った「引火」には当たらないと思うのですが。
ちなみに、
http://law.e-gov.go.jp/
での検索結果によると、法令での「引火」というコトバは、中学校で教えているとおり用いられているようにみえます
Unknown
(
zain
)
2007-03-08 00:34:08
>引火の意味云々
失礼ですがあまりにも些末な問題化かと思います。
理科で習うのは引火点
(
Unknown
)
2007-03-08 01:39:26
>かり様
むしろ理科用語の「引火点」「着火点」が一般的に使われる「引火する」「着火する」より極めて限定的内容を意味するだけのことです。zain様のいうとおりどうでもよいことですが中には「大したことのない間違いだけど間違った用法」と勘違いされてしまう方もおられるかもしれないので。
yahoo辞書より
いん‐か【引火】
[名](スル)他の火や熱が移って燃えだすこと。「火花がガソリンに?する」
いんか‐てん【引火点】
可燃性の物質から発生する蒸気が火を近づけたときに発火するようになる最低温度。
Unknown
(
猪口冷斗
)
2007-03-08 01:52:57
私も当てましたよ。(笑)
保育製品とソファは悩みましたが、対象が多い方がリスクが大きいということで判断したらドンピシャ!
最小の方は全く悩みませんでした。
これから本文とコメントを読みます。
Unknown
(
猪口冷斗
)
2007-03-08 02:24:34
本文と現時点のコメントを読みました。
そういえば最近、酒酔い運転の罰則が強化されるべく道交法の改正が上程さされるようです。
酒酔い運転での死者数と自殺者の数を比較すれば、なぜ酒酔い運転の罰則がこれほど強化されなければならないのか不思議という論理も成り立ちますね。
この際だから、お酒を飲んでも普通に運転可能かどうかの試験を実施し、普通に運転できるのなら免許証に「酒酔い運転許可」とでも記して欲しいところです。(笑)
認知症
(
猪口冷斗
)
2007-03-08 02:34:56
もう一つ思い出しました。
運転免許の更新時(新規も一緒と思いますが)に75歳以上の方に認知症(痴呆症)の検査を行うそうです。
これって、同じ検査を20代の若者に行っても、必ず落ちるやつは出てくると思うのですが、どうなんでしょう。
認知症の交通事故におけるリスク評価なるものが行われているのか甚だ疑問に思った次第です。
公平性のためには、検査をやるんなら全員を対象にすべきでしょう。
Re:認知症
(
kota
)
2007-03-08 07:36:09
>公平性のためには、検査をやるんなら全員を対象にすべきでしょう。
それに対する一つの答えが本文に書かれているのではないかと思います。
でもねぇ
(
練馬太郎
)
2007-03-08 08:04:45
交通事故と子供が殺されるリスクは前者の方が圧倒的に大きい訳だし、前池田さんが書いてたように、中高年の経済苦自殺と子供のいじめによる自殺じゃ、前者の方が桁外れに多いわけじゃないすか。でもマスメディアの立場としては、前者より後者を数倍派手に煽って取り上げないと絶対商売にならんわけです。池田さんブログが取り上げるイシューを児童殺人や飛行機事故と同じボリュームで問題提起するマスメディアは確実に潰れますw。受け手も刺激的で不安を煽るニュースを求めるし、それが「民意」とかいって政策にも影響する。これはどこの国でも同じでしょう。仕方のないことです。
BSEなんかよりe-Taxみたいな一般人が興味を持たないような問題から徐々に合理的な政策の策定・見直しをしていくしかないんじゃないでしょうか。
飛行機
(
安野
)
2007-03-08 09:38:16
飛行機の順位が高いのはアメリカだからでしょうね。「一番安全な乗り物」と言う説もあったと思います。日本だとまた違った順番になるでしょう。
Unknown
(
ysn
)
2007-03-08 10:31:43
猪口さんは答えは当たっていても、ここで池田さんがいいたいことを余り理解されてないようで。。。
2000年問題
(
腰痛もち
)
2007-03-08 14:29:26
急に思い出したんですけど、2000年問題ってのも不安を煽るITゼネコンの仕業だったんですかね?
人命のコスト
(
北風
)
2007-03-08 18:13:48
>だから問題はセキュリティを最大にすることでは(中略)どこをとのかという選択なのである。
上の論点については同意ですし、リスクについても大筋は同意です。
>実際にはセキュリティの問題のほとんどは技術ではなく、経済問題だという
リスク一般としては、歪みを生む部分と思います。
食品や事故など人命がかかわってくる問題についてはその損害は人命にかかわってきます。ここを、経済的なものとして割り切れるか、というのも、歪みの問題となると思います。
(人命の金額をどう置くかも問題でしょうが、感情的な歪みを生む要因として)。
論点のすり替え
(
fuji
)
2007-03-08 20:27:43
なぜ主観的なリスク評価は有害なのでしょうか?人々が危険と思うことへのセキュリティーに最大のコストをむしろかけるべきではないでしょうか。ハリケーンで死ぬ恐怖を味わうくらいならソファの防火対策が不十分で死ぬ方がましですね。そういう意味では北風さんの後段に同意しますし、それを経済問題にすり替えるのはどうかと思います。
最大当てました
(
BUNTEN
)
2007-03-08 20:56:27
寝たばこ火事の多さとか考えたらそこしかないでしょ、っていうクイズですね。最小はともかく最大を当てられない人はあまりいないのでは? (^_^;)
果たして...
(
Dyun
)
2007-03-08 23:08:53
リスクの大小を現時点における発生件数の大小で論じてしまって良いものなのでしょうか?テロや環境問題は、現時点で大きなリスクではないにしても、放置することでリスクが増大し、やがては取り返しのつかない事態に発展することに恐怖を覚えます。結局のところ、有効な対策があるか否かに帰結するのでしょうが、難燃性の素材を使用するなど、いくらでも対策が出来そうなソファが最もリスクが高く、大自然が相手で、有効な対策など何もなさそうに思えるハリケーンのリスクが低いとは、何とも皮肉なものです。難燃性の素材として思いつくのが少々値の張る天然皮革。。。なるほど、やはり経済問題(ふところ具合)の様です。
技術的側面
(
北風
)
2007-03-09 08:00:12
>だから問題はセキュリティを最大にすることではなく、どういうリスクをどこまで減らすかという目標を設定し、それに必要なコストを計算して、そのトレードオフの中でどこをとるのかという選択なのである。
これは全くそのとおりです。
ただ、そこには、「現在のリスクはどれだけで、どれだけのコストをかければどれだけのリスクを低減できるか?」という技術的な予測が伴う必要があります。
>主観的なリスク評価にもとづいて、コストを考えないで「絶対安全」を求めるほど有害なことはない。当ブログでも取り上げたように、BSEやダイオキシンの対策は何の意味もないし、パスポート電子申請システムやe-Taxは、だれも使わない税金の浪費になってしまった。
BSEやダイオキシンについては、前のコメントで述べた「命にかかわってくる」歪みに加えて、「現在のリスクはどれだけか?」という技術的な部分がマスメディアなどでバイアスがかかって伝えられていた部分が大きいと思います。
また、「有効な対策があるか否か」と言ってもいいのでしょうが、「(現在のリスクはどれだけで)どれだけのコストをかければどれだけのリスクを低減できるか?」という技術的な予測が明確でないものについては、過剰な対策が求められがちなのもやむをえないのかな、とも感じます。
安全とリスク
(
wood
)
2007-03-09 16:56:10
>コストを考えないで「絶対安全」を求めるほど有害なことはない。
みなさんはここに引っかかっているようですが、そもそも絶対安全など無いと思います、いくらコストをかけてもです。例えばダイオキシンなどを完全に排除するのは不可能です。検出技術の向上により極低濃度であっても存在していることが分かりました。
クルマを止めても代わりの絶対安全な輸送機関など存在しません。従ってベネフィットとリスクを合理的に判断してクルマを使用しているわけですね。リスクがあるのが分かっているから保険に入るわけですね。人に危害を与えるためではなく、もし危害を与えてしまった場合の補償の原資として保険を活用しているのです。
全ての安全性はリスクとコストとベネフィットのバランスで決まります。
例えば(ダイオキシンなどの)未知の化学物質暴露の危険性も合理的な推定でもってリスク評価できます。
食事や生活環境だけは別だ。という意見の人が多いようですが、「絶対安全」などないのです。絶対安全を求めても到達せず、コストは上昇します。
>なぜ主観的なリスク評価は有害なのでしょうか?人々が危険と思うことへのセキュリティーに最大のコストをむしろかけるべきではないでしょうか。ハリケーンで死ぬ恐怖を味わうくらいならソファの防火対策が不十分で死ぬ方がましですね。
主観は個人々々により違います。逆に「死亡率の高い燃えるソファーを売るのは違法にしろ」という人がいた場合を対に考えるとその意見は暴論です。
バランスの重みづけ
(
北風
)
2007-03-10 01:40:45
>全ての安全性はリスクとコストとベネフィットのバランスで決まります。
これは「決まる」というのか、現実にはある範囲に収束しているというのか。
許容できる範囲のリスク内でかつ許容できる範囲内のコストでベネフィットが大きく損なわれてない対象のモノ・サービスなどは実際に、その社会で受け入れられている、というところでしょう。
車については年間に交通事故の死傷者はかなりの数に上っています。「運転免許」という資格を得たものしか使えない機械にしては相当に高いリスクです。
ベネフィットやコストからそれが社会的に受け入れられている=自動車が現行使用されていることは確かです。
ただ、「そのリスクを減らすためにどんな対策があって、それぞれどれだけのコストをかければどれだけにリスクが減る、だからこの対策をしてリスクをある容認できる範囲に収める」というトレードオフの結果なのか?という点では疑問に思います。
我々の意識
(
Dyun
)
2007-03-10 05:22:02
例えば、自動車事故に関して申し上げますと、見通しの悪い交差点や、停車している車の脇を通過する際、「いきなり子供が飛び出してくるかも知れない」などと予測しながら運転する「かも知れない運転」によって、事故を未然に防げることを、我々は経験的に知っております。これはほぼコストゼロのリスク回避対策です。
第三次世界大戦という巨大なリスクと隣り合わせであった米ソ冷戦構造。その終結に向けてどれだけのコストが動いたかなど想像もできませんが、少なくとも終結を決定付けたベルリンの壁崩壊は、ドイツ市民のハンマーと労力のみで達成されました。
こう考えますと、最もローコストで効果の大きな、リスク回避対策は、やはり我々の意識の中にありそうな気がして参ります。
フロンガスのオゾン層への影響は、もはや周知の事実ですが、フロンガスがもてはやされていた当時、その様なことは誰も予想しませんでした。
このフロンに関する経験などにより、安全性が確認されたからといって、全ての因果関係を知り得たわけではないのだということを我々は学び、例えば遺伝子組み換え食品などに対しても「危険かも」と考える様になりました。
必要以上に不安感を煽る報道や、税金の無駄遣いにはもちろん反対ですが、意識を高めることや、慎重に慎重を重ねることは、コストや技術などとは無関係に、リスク回避を決定付ける重要なファクターであるとの考えに至った次第です。
Unknown
(
Unknown
)
2007-03-10 08:55:12
コストパフォーマンスと、最も重視すべきリスクの、各々の意味を理解していない方が一定数存在するのは(皮肉ではなく)面白い現象ですね。確かにこれだけ非合理的プレイヤが存在したのでは、ゲーム理論的な演繹が単純には成立しない道理です。
例えば昨今、不審者から子供を護れと称して自治体が莫大な予算を投じ警察OBや警備員を雇ったり、監視カメラを設置したりといった風潮があります。
しかし実際に子供を殺害する犯罪者の大半は保護者や親族であり、その面識率は9割を超える以上、これは不審者対策などで防げる類の犯罪ではないことは自明です。しかも数は年間数十人程度に過ぎません。おそらく不審者対策が行き過ぎて近所の住人が子供に声をかけづらくなる、結果として不慮の事故が増える、といったマイナス要因の方が強くなるであろうことは容易に予想できます。
一方、子供の生命に対する最大のリスク要因は交通事故であり、であるならば上記の様に高額を支払って警察OBや警備員や監視カメラを配置するよりも、ボランティアを募って緑のおばさんを多数配置した方が遥かに有効となる可能性が高いと言えます。
個人が自身のリスクに対して行動するのであれば、寝タバコで死に至る可能性の高いソファで休みつつ厳重なハリケーン対策を採ったとしても自由ですが、公金を投入するようなケースでそういったリスクとコストパフォーマンスを無視した行動を執るということは、リスクよりも行動自体を重視した対応である、ということになります。
上記子供の例で言えば、不審者対策を実行するということは『子供の生命<不審者の排除or監視社会の実現』という命題を自明として採用している、ということですね。
非合理性の必然性
(
北風
)
2007-03-10 12:33:14
エントリ中で紹介されている書籍中のチェックリスト
1.守るべき資産は何か
2.その資産はどのようなリスクにさらされているのか
3.セキュリティ対策によって、リスクはどれだけ低下するのか
4.セキュリティ対策によって、どのようなリスクがもたらされるのか
5.対策にはどれほどのコストとどのようなトレードオフが付随するか
によってある程度、非合理性は排除できるとは思います。
上のコメントにあります、「子供の生命」についても、「そもそも現状のリスクが低く効果も薄い対策をしても無意味」「最も高いリスクを改善すべき」ということは非常にもっともです。
ただ、個々のリスクのバラツキについては、非合理性というか主観やいろいろと思惑が絡んできますので、ある意味仕方がないのかも。
・日本人の死因についてピックアップした下のHPがあります。
http://www.ricotti.jp/risknavi/box/tetsudo6.html
・道路交通事故による死者の割合は、5.8人(10万人中)で、例えば、鉄道事故による死者の割合は、0.24人(10万人中)です。
・これが高いのか妥当なのかむしろ安全とみるのか(どれくらいレベルに抑えるべきか、そのレベルに対してどれくらいのコストが容認されるのか?)というのは基準はないです。現状、便利さなどの思惑から、消極的容認?されているというところでしょう。
・また、道路交通事故のリスクが一応許容されているのだから、他のリスクは(過剰対策気味で)、対策コストを抑えていってもいいのか?ということになるのかといえば、私は何かおかしいように思います。
・がんが一番リスクが高いのだから、他の対策でなく、がんへの対策に最も費用をかけるべし、というわけでもないでしょう。
Unknownさんへ
(
fuji
)
2007-03-11 11:06:07
「コストパフォーマンスと、最も重視すべきリスクの、各々の意味を理解していない」とはどういうことでしょうか?泡を吹いて倒れていく牛の肉は安くて安全だから食べても大丈夫ですよ、と言われたら、高い肉を買うのを止めてそちらを買って食べることでしょうか?
Unknown
(
wood
)
2007-03-11 21:23:13
>泡を吹いて倒れていく牛の肉は安くて安全だから食べても大丈夫ですよ、と言われたら、高い肉を買うのを止めてそちらを買って食べることでしょうか?
まず(ふらつく等の)BSEの疑いのある固体の輸入は禁じられています。またBSEの危険性のある月齢21ヶ月以上の牛は全数調査が行われています。さらに日本への輸入再開案では全数検査が行われる予定です。また感染危険部位は切除されています。
泡を〜は事実と異なります。またここでいうリスクとコストは「月齢21ヶ月以上はBSEにはまずならない」という科学的事実を受け入れるか、コストをかけても検査済みの若い牛を食すか、はたまた牛は食べないのかを判断する事と思います。食については個々の判断を主観的に決められる(選択の余地のある)ジャンルですので答えは御自分で判断してください。
>ただ、個々のリスクのバラツキについては、非合理性というか主観やいろいろと思惑が絡んできますので、ある意味仕方がないのかも。
個々の判断内では全く異論はありません。現実的ではないかも知れませんが山奥で自給自足で暮らせば現代的なリスクはほぼ減らせます。ただし、このエントリーの主題である、
>主観的なリスク評価にもとづいて、コストを考えないで「絶対安全」を求めるほど有害なことはない。
ため、政策への意思決定において主観ほど有害なものは無いと思います。食や住環境の安全性は科学的な知識が行き渡ると誤解は減ると思うのですが。
http://www.yasuienv.net/
(北風さん、fujiさんの気持ちも良く判っているつもりですが議論の答えとして)
woodさんへ
(
fuji
)
2007-03-11 23:55:51
私としては、主観的なリスク評価(≒感情)を無視してコストパフォーマンスを重視するやりかたが有益で、それにもとづいて「絶対安全」を求める姿勢を有害と決め付ける態度には賛成出来なかったので極端な例え話を持ち出してしまいました。
機会があればwoodさん宛訪問させて頂きます。ご回答ありがとうございました。
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5,1,4,3,7,6,2
つまり最大は「ソファ」で、最小は「ハリケーン」。
ガソリンに引火、とか、漏れたガスに引火、というならわかりますけど。
そう思って検索したら、「たばこの火が服に引火し男性焼死」とか、「熊本・南阿蘇で原野火災、延焼中 カップめん調理で引火」という記事が見つかりました。そういうのって、中学校の理科で習った「引火」には当たらないと思うのですが。
ちなみに、http://law.e-gov.go.jp/での検索結果によると、法令での「引火」というコトバは、中学校で教えているとおり用いられているようにみえます
失礼ですがあまりにも些末な問題化かと思います。
むしろ理科用語の「引火点」「着火点」が一般的に使われる「引火する」「着火する」より極めて限定的内容を意味するだけのことです。zain様のいうとおりどうでもよいことですが中には「大したことのない間違いだけど間違った用法」と勘違いされてしまう方もおられるかもしれないので。
yahoo辞書より
いん‐か【引火】
[名](スル)他の火や熱が移って燃えだすこと。「火花がガソリンに?する」
いんか‐てん【引火点】
可燃性の物質から発生する蒸気が火を近づけたときに発火するようになる最低温度。
保育製品とソファは悩みましたが、対象が多い方がリスクが大きいということで判断したらドンピシャ!
最小の方は全く悩みませんでした。
これから本文とコメントを読みます。
そういえば最近、酒酔い運転の罰則が強化されるべく道交法の改正が上程さされるようです。
酒酔い運転での死者数と自殺者の数を比較すれば、なぜ酒酔い運転の罰則がこれほど強化されなければならないのか不思議という論理も成り立ちますね。
この際だから、お酒を飲んでも普通に運転可能かどうかの試験を実施し、普通に運転できるのなら免許証に「酒酔い運転許可」とでも記して欲しいところです。(笑)
運転免許の更新時(新規も一緒と思いますが)に75歳以上の方に認知症(痴呆症)の検査を行うそうです。
これって、同じ検査を20代の若者に行っても、必ず落ちるやつは出てくると思うのですが、どうなんでしょう。
認知症の交通事故におけるリスク評価なるものが行われているのか甚だ疑問に思った次第です。
公平性のためには、検査をやるんなら全員を対象にすべきでしょう。
それに対する一つの答えが本文に書かれているのではないかと思います。
BSEなんかよりe-Taxみたいな一般人が興味を持たないような問題から徐々に合理的な政策の策定・見直しをしていくしかないんじゃないでしょうか。
上の論点については同意ですし、リスクについても大筋は同意です。
>実際にはセキュリティの問題のほとんどは技術ではなく、経済問題だという
リスク一般としては、歪みを生む部分と思います。
食品や事故など人命がかかわってくる問題についてはその損害は人命にかかわってきます。ここを、経済的なものとして割り切れるか、というのも、歪みの問題となると思います。
(人命の金額をどう置くかも問題でしょうが、感情的な歪みを生む要因として)。
これは全くそのとおりです。
ただ、そこには、「現在のリスクはどれだけで、どれだけのコストをかければどれだけのリスクを低減できるか?」という技術的な予測が伴う必要があります。
>主観的なリスク評価にもとづいて、コストを考えないで「絶対安全」を求めるほど有害なことはない。当ブログでも取り上げたように、BSEやダイオキシンの対策は何の意味もないし、パスポート電子申請システムやe-Taxは、だれも使わない税金の浪費になってしまった。
BSEやダイオキシンについては、前のコメントで述べた「命にかかわってくる」歪みに加えて、「現在のリスクはどれだけか?」という技術的な部分がマスメディアなどでバイアスがかかって伝えられていた部分が大きいと思います。
また、「有効な対策があるか否か」と言ってもいいのでしょうが、「(現在のリスクはどれだけで)どれだけのコストをかければどれだけのリスクを低減できるか?」という技術的な予測が明確でないものについては、過剰な対策が求められがちなのもやむをえないのかな、とも感じます。
みなさんはここに引っかかっているようですが、そもそも絶対安全など無いと思います、いくらコストをかけてもです。例えばダイオキシンなどを完全に排除するのは不可能です。検出技術の向上により極低濃度であっても存在していることが分かりました。
クルマを止めても代わりの絶対安全な輸送機関など存在しません。従ってベネフィットとリスクを合理的に判断してクルマを使用しているわけですね。リスクがあるのが分かっているから保険に入るわけですね。人に危害を与えるためではなく、もし危害を与えてしまった場合の補償の原資として保険を活用しているのです。
全ての安全性はリスクとコストとベネフィットのバランスで決まります。
例えば(ダイオキシンなどの)未知の化学物質暴露の危険性も合理的な推定でもってリスク評価できます。
食事や生活環境だけは別だ。という意見の人が多いようですが、「絶対安全」などないのです。絶対安全を求めても到達せず、コストは上昇します。
>なぜ主観的なリスク評価は有害なのでしょうか?人々が危険と思うことへのセキュリティーに最大のコストをむしろかけるべきではないでしょうか。ハリケーンで死ぬ恐怖を味わうくらいならソファの防火対策が不十分で死ぬ方がましですね。
主観は個人々々により違います。逆に「死亡率の高い燃えるソファーを売るのは違法にしろ」という人がいた場合を対に考えるとその意見は暴論です。
これは「決まる」というのか、現実にはある範囲に収束しているというのか。
許容できる範囲のリスク内でかつ許容できる範囲内のコストでベネフィットが大きく損なわれてない対象のモノ・サービスなどは実際に、その社会で受け入れられている、というところでしょう。
車については年間に交通事故の死傷者はかなりの数に上っています。「運転免許」という資格を得たものしか使えない機械にしては相当に高いリスクです。
ベネフィットやコストからそれが社会的に受け入れられている=自動車が現行使用されていることは確かです。
ただ、「そのリスクを減らすためにどんな対策があって、それぞれどれだけのコストをかければどれだけにリスクが減る、だからこの対策をしてリスクをある容認できる範囲に収める」というトレードオフの結果なのか?という点では疑問に思います。
第三次世界大戦という巨大なリスクと隣り合わせであった米ソ冷戦構造。その終結に向けてどれだけのコストが動いたかなど想像もできませんが、少なくとも終結を決定付けたベルリンの壁崩壊は、ドイツ市民のハンマーと労力のみで達成されました。
こう考えますと、最もローコストで効果の大きな、リスク回避対策は、やはり我々の意識の中にありそうな気がして参ります。
フロンガスのオゾン層への影響は、もはや周知の事実ですが、フロンガスがもてはやされていた当時、その様なことは誰も予想しませんでした。
このフロンに関する経験などにより、安全性が確認されたからといって、全ての因果関係を知り得たわけではないのだということを我々は学び、例えば遺伝子組み換え食品などに対しても「危険かも」と考える様になりました。
必要以上に不安感を煽る報道や、税金の無駄遣いにはもちろん反対ですが、意識を高めることや、慎重に慎重を重ねることは、コストや技術などとは無関係に、リスク回避を決定付ける重要なファクターであるとの考えに至った次第です。
例えば昨今、不審者から子供を護れと称して自治体が莫大な予算を投じ警察OBや警備員を雇ったり、監視カメラを設置したりといった風潮があります。
しかし実際に子供を殺害する犯罪者の大半は保護者や親族であり、その面識率は9割を超える以上、これは不審者対策などで防げる類の犯罪ではないことは自明です。しかも数は年間数十人程度に過ぎません。おそらく不審者対策が行き過ぎて近所の住人が子供に声をかけづらくなる、結果として不慮の事故が増える、といったマイナス要因の方が強くなるであろうことは容易に予想できます。
一方、子供の生命に対する最大のリスク要因は交通事故であり、であるならば上記の様に高額を支払って警察OBや警備員や監視カメラを配置するよりも、ボランティアを募って緑のおばさんを多数配置した方が遥かに有効となる可能性が高いと言えます。
個人が自身のリスクに対して行動するのであれば、寝タバコで死に至る可能性の高いソファで休みつつ厳重なハリケーン対策を採ったとしても自由ですが、公金を投入するようなケースでそういったリスクとコストパフォーマンスを無視した行動を執るということは、リスクよりも行動自体を重視した対応である、ということになります。
上記子供の例で言えば、不審者対策を実行するということは『子供の生命<不審者の排除or監視社会の実現』という命題を自明として採用している、ということですね。
1.守るべき資産は何か
2.その資産はどのようなリスクにさらされているのか
3.セキュリティ対策によって、リスクはどれだけ低下するのか
4.セキュリティ対策によって、どのようなリスクがもたらされるのか
5.対策にはどれほどのコストとどのようなトレードオフが付随するか
によってある程度、非合理性は排除できるとは思います。
上のコメントにあります、「子供の生命」についても、「そもそも現状のリスクが低く効果も薄い対策をしても無意味」「最も高いリスクを改善すべき」ということは非常にもっともです。
ただ、個々のリスクのバラツキについては、非合理性というか主観やいろいろと思惑が絡んできますので、ある意味仕方がないのかも。
・日本人の死因についてピックアップした下のHPがあります。
http://www.ricotti.jp/risknavi/box/tetsudo6.html
・道路交通事故による死者の割合は、5.8人(10万人中)で、例えば、鉄道事故による死者の割合は、0.24人(10万人中)です。
・これが高いのか妥当なのかむしろ安全とみるのか(どれくらいレベルに抑えるべきか、そのレベルに対してどれくらいのコストが容認されるのか?)というのは基準はないです。現状、便利さなどの思惑から、消極的容認?されているというところでしょう。
・また、道路交通事故のリスクが一応許容されているのだから、他のリスクは(過剰対策気味で)、対策コストを抑えていってもいいのか?ということになるのかといえば、私は何かおかしいように思います。
・がんが一番リスクが高いのだから、他の対策でなく、がんへの対策に最も費用をかけるべし、というわけでもないでしょう。
まず(ふらつく等の)BSEの疑いのある固体の輸入は禁じられています。またBSEの危険性のある月齢21ヶ月以上の牛は全数調査が行われています。さらに日本への輸入再開案では全数検査が行われる予定です。また感染危険部位は切除されています。
泡を〜は事実と異なります。またここでいうリスクとコストは「月齢21ヶ月以上はBSEにはまずならない」という科学的事実を受け入れるか、コストをかけても検査済みの若い牛を食すか、はたまた牛は食べないのかを判断する事と思います。食については個々の判断を主観的に決められる(選択の余地のある)ジャンルですので答えは御自分で判断してください。
>ただ、個々のリスクのバラツキについては、非合理性というか主観やいろいろと思惑が絡んできますので、ある意味仕方がないのかも。
個々の判断内では全く異論はありません。現実的ではないかも知れませんが山奥で自給自足で暮らせば現代的なリスクはほぼ減らせます。ただし、このエントリーの主題である、
>主観的なリスク評価にもとづいて、コストを考えないで「絶対安全」を求めるほど有害なことはない。
ため、政策への意思決定において主観ほど有害なものは無いと思います。食や住環境の安全性は科学的な知識が行き渡ると誤解は減ると思うのですが。http://www.yasuienv.net/
(北風さん、fujiさんの気持ちも良く判っているつもりですが議論の答えとして)
機会があればwoodさん宛訪問させて頂きます。ご回答ありがとうございました。
※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。
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