ホテル・カリフォルニアの支配人が、We haven't had that spirit here since 1969. と愛想なくつぶやくとき、それは、あの”異議申し立て”の時代の終焉をほのめかしていたとは、思いもいたらなかった。同様の文脈で、ロックエイジが、商業主義に塗り替えられて、神様ではあるが、愚かな消費者として、安閑としたホテル・カリホルニアに滞在し続けた者が、うかつではあるが、この世に、戦争や、支配や、著作権が、決してなくなることなく、悩みの種であり続けることにようやく気づく。とにかく、ここを出よう。かくも長き滞在が、取り返しのつかなくなる前に・・・・、無慈悲な矢弾に打ち砕かれようとも・・・・・・。
♪ポールがもはやクリエーターでないと自分で気付いたとき、
妻のヨーコがやってきて抜け目のないことを言った
「著作権よ」
彼らが20年延長された所有権を主張した時
マリア様が現れて賢明な言葉を述べた
「ほっときなさい」
When Poal find himself is no longer creater
my wife Yoko come to him
speaking words of clever
Copyright
When they claim possessions extended for 20 years
Mother Mary comes to me
speaking words of wisdom
Let it be
Let it be.....
中国では海賊版が一般的で、ビートルズもCD1枚15元(220円ぐらい)で売っています。日本人を含む外国人はこのような中国の状態を非難しますが、私は自然な状態だからぜんぜん問題ないと思います。著作権料なんて払う気はありません。
北京でのOL時代、私の月給は日本円で大体5−6万円程度でした。だいたい、プール付(ゴルフ場付きもあるそうですが)の大邸宅に住むハリウッドスターたちに献上するため、安月給を必死でやりくりしている中国のOLに、著作権料という名目でさらにお金を払わせるのは正義でしょうか。知的財産権について日本政府は「創作者の権利を保護するため、元来自由利用できる情報を、社会が必要とする限度で自由を制限する制度」(特許庁のホームページ)と解説しています。
もし「創作者の権利」を強く主張することが社会正義に反するとしたら、それは「社会が必要とする」と言えるのでしょうか、そのために「自由を制限する」ことが本当に必要なのでしょうか。特許庁の奥歯にものの挟まったような言い方は、つまりは知的財産権の判断はひとえに「日本国民のCommon Sense」にかかっているという意味だと理解しています。
日本では自動販売機のコーラは120円で売られています。(ビックリです)中国では同じメーカーのものが一缶2元(30円)、アメリカでも50セント(55円)程度です。そんな品物にメーカーが正規料金と称する120円を払っている日本人は、既成事実を疑ったり文句をつけたりすることは潔くない行為と思っているのではないですか。でもその美意識のために「市民としてのCommon Sense」を発揮する機会を失ってしまっているように私には見えるのですが・・・・
その意味で池田先生の意地悪な言い方はホントに大好きです。
秋
情報は公開した時点で社会の共有物であるべきです。
有難うございます。
18日、深夜のNHK ビートルズの番組、
とても感動しました。
著作権は、「お布施」の時代になることが理想ですね、
「人々が兄弟になって音楽を共有する日はいつ来るんだろう」
同感です!
早く来て欲しいです!!!
下のリンクの件なんかひどすぎる。
生演奏で元曲に興味を持ち、CDを買うことだってあるだろうに。
http://blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/848210.html
Let it beはそのままにしておけって意味でしたっけ?
ポールを代弁した替え歌も作らないとある意味不公平だと思いますね。
趙秋瑾さんへ
中国がもう少し発展して自分のアイデアで製品を開発できるようになっても同じ意見をおっしゃるなら尊敬しますね。中国政府の行動パターンから、手のひらを返して特許や著作権を主張し始めると自分は予想しています。中国政府にはImagineじゃなくてジャイアンのテーマソングがぴったりだと思います。
全世界でヒットチャートのベスト1になったって?
ロックは1970年に終わったんだね
同感。
>ポールもヨーコも「著作権を死後70年に延長しろ」といってるけど
それは自分がもうクリエイターではなくなったと告白してるんだよ
傑作(笑)
作詞した“ジョン”はやっぱり天才だった。
既得権といっても、インプットだけで(勉強だけで)とれてしまい、アウトプットは適当でも守られてしまう資格や免許や正社員の地位などとは違い、著作権というのはアウトプットに対する保護です。多くの人に望まれる作品だからこそ価値が上るわけで、それを提供することによって収入が確保されるからこそ、次の作品を生み出す動力にもなります。
死に行く人にとって、著作権なんて知ったことじゃないと思うんですけどね。
そりゃ、後世まで自分の名前が残ることに執着するというのなら理解できないでもないですが、著作権が存在し続けることにこだわって何の意味があるんでしょうね。
松本零士という漫画家は存命中ですが、最近この人が表舞台に出てくる機会は大抵、999やヤマトなどの過去のヒット作にあやかったイベントです。
気障な言い方かもしれませんが、いい加減に999やヤマトを酷使するのはやめて、穏やかに余生をおくらせてやれないのかと。作者が一番残酷なような気がします。
ネットがこれだけ普及した世の中において、これらの大作についての情報は30年後も50年後もWikipediaには残るでしょうし、何も心配する必要は無い。
昭和のクリエイターのお歴々は、このあたりのことが案外、飲み込めていないのではないでしょうか。
マイクロソフトの著作権料金が高すぎると思えばその変りにリナックスを使えば良いのではないですか。
海賊版を楽しむ人々の意識には何の正義も進歩性も見えません。
人間の自由権利を殆んど制限しない著作権を批判する前にまず特許制度を廃止しなければ辻褄は合いません。
特許は広範囲な行為を禁止することにより業界への中小企業による新規参入を抑止して、リナクス等による「過当競争」を防止する制度ですから、最近数年の市場開放運動の一環として日本政度は特許制度を廃止するどころかそれを柱とした「戦略」を打ち立て、しかも今年一月にソフトウェア特許を推進するワークグループまで作ったのに、それに対して日本国内で誰も反論していないのが何故でしょうか?
想像ですが、もともとは「オレが作ったものを泥棒するな」という原始的な要求からできたものではないでしょうか。
死後70年の保護は行きすぎですが、著作権制度の存在は仕方ないと思います。
権利を排他権から使用料を受ける権利くらいに格下げし、一元的に処理できる機関をうまく使えばある意味規制緩和になるかもしれません。
権利保護を強くするのに比べて弱くする場合には条約などが足枷になるので現実には厳しいでしょうね。
http://www.k-ocd.com/
こういう日本の音楽をコピーして飯を食う企業が当たり前のようにあるようですね。
この前米アマゾンのマーケットプレイスで買い物したところほとんどがこのレーベルでした。
アマゾンの対応はといえば、出品者に返品するよう指示した後で調べるからサポートに送れと言い出す始末。
それを追求すると以降メールを無視。
海賊版を禁じているくせに出品者と組んで揉み消すところがダブルスタンダードだなぁ。
認可(届出)による国の介入する料金である以上、全利用者に公平で市場に適正連動する料金体系が構築されていなければなりません。国の制度上そうであるべきところですが、公取委から排除命令を受けたJASRACは「政府の介入は不当だ(社会悪)」と力説しておりますね(汗
14日に審判第二回で公取委の反論があるはずだったような。
ここまでくるともうギャグかと。
ある程度の期間であれば店で値段を付けて売ることもできる。しかしさすがに「死後+70年」は長すぎでしょう。
個人的には、全部のコンテンツを一律延長するぐらいなら、商標のように維持年金を払う人だけ延長させる方がまだマシだと考えています。年金を払うことで維持されたコンテンツと、誰でも使えるようになったコンテンツに、市場がどのような選択をおこなうのか見てみたい。
著作権など無ければ良いというのも、現状ではまだ早い。
中国や韓国で経済的問題を言い訳にしてコピーを黙認しているのは、無賃乗車(タダ乗り)と言われても仕方がない。
これは悪意のあるコピーであるが、一方でタイムシフト視聴のようにどう考えても悪意のない行為にまで同じ法律を当てはめるのも無理がある。
食品の違いも加味した賞味期限の落としどころをさぐる調整作業にはパーキンソンの凡俗法則が働きなかなか決着がつかないが、スウェーデンで海賊党が議席確保したのは注目したいと思います。
http://www.southparkstudios.com/guide/709/?
そう思っているのは一人じゃない
いつか君も僕の仲間になって
音楽は皆のものになる^^
ミュージシャンはコンサート収益に力を入れ始めてるみたいですね。日本でもライブの収益が伸びている見たいです。(9月15日のyahooニュースによると)
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