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所有という幻想

松本零士氏がセリフの「盗用」をめぐる裁判で敗訴した。彼がpro-copyright派の愚劣さを世の中に示した功績は大きいが、この事件もいろいろなことを考えさせる。

松本氏の脳内では、すべての情報は作者が所有しているのだろうが、これは著作権という誤った制度が生み出した幻想だ。情報の複製が「盗用」なら、彼の「銀河鉄道999」は宮沢賢治の盗用だ。そもそもヴィトゲンシュタインが指摘したように、自然言語の文法も語彙も社会的に共有されているのだから、私的言語はありえない。複製や共有を盗用というなら、すべての表現は盗用なのだ。

トヨタの没落も単なる販売戦略の誤りではなく、「自家用車」という幻想の終わりの始まりではないか。私は免許をもっていないが、今まで不自由したことはほとんどない(例外はシリコンバレーでタクシーがなかったとき)。少なくとも日本の都市では、タクシーですべて用は足りる。わざわざ自家用車を所有して、週末にドライブするぐらいしか使わないのは社会的な浪費だ。

同じように浪費されているのはコンピュータだ。PCは1日のうち平均1時間も稼動していないだろう。これをつないで使う「クラウド」は、従来のハードウェアを所有するという考え方を変えて、必要なときだけ借りて使うものだ。これは実は、新古典派経済学の企業理論と同じである。資本財に完備市場があれば、設備を企業が所有する意味はなく、必要なときだけ借りて使えばよい。そんなことは普通の資本財では不可能だが、インターネットはそういう世界を実現しつつある。

契約理論が教えるように、所有権は将来どのように資源を使うか予想できないとき、その残余コントロール権を特定の人が独占することによって権利の配分を効率化する次善のしくみだ。しかし情報のように共有可能な公共財では、このような所有権は意味がない。物的な資源も、クラウドのように事前に予約せずに自由に使うことができれば所有権で囲い込む必要はない。

半導体が絶対的に供給過剰になれば、価格メカニズムで計算資源を節約する意味はなく、むしろそこにアクセスする人の関心が稀少になるので、その個人情報を売買するビジネスのほうが有望だ。グーグルのAdSenseは、間接的に個人情報をmonetizeするしくみだが、プライバシーについての無意味な規制が撤廃されれば、もっと直接に個人情報を売ることもできよう。

今後100年を考えると、おそらく近代社会の基本的な枠組である所有権の意味が薄れ、情報資源は必要なときだけレンタルするしくみに変わっていくのではないか。このとき問題なのは、物と所有者が1対1に対応しなくなり、価格形成がむずかしくなることだが、それは資源や情報を共有する最善のシステムを実現することに比べれば大した問題ではない。価格メカニズムは、所有権という非効率な権利を効率的に配分するしくみにすぎないからだ。

だから今は、所有権=価格メカニズムという300年ぐらい続いたシステムから、次のシステムへの過渡期だろう。次にくるのがどんなシステムなのかまだよくわからないが、その移行を実験しているのが(彼らが自覚しているかどうかは別として)グーグルだと思う。彼らが電波の「コモンズ」に強い関心を示しているのは、たぶん偶然ではない。
コメント ( 32 ) | Trackback ( 3 )
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コメント
 
 
 
免許 (passer-by)
2008-12-27 08:25:09
免許を持っていないという話にびっくりしました。

現在、都市圏では自家用車を持たない若者が増えていると思いますが、それでも免許は当たり前のように取得しているようです。そのために、30万円ほどかかる教習所に通うのは厭わないようです。

将来的には免許を取らない若者が増えることにより教習所も過当競争になるのかもしれない、と思いました。
 
 
 
Unknown (gase2)
2008-12-27 09:29:03
 地方都市に住んでいると、自家用車は必須です。電車と地下鉄でどこでも行ける都会とは違って、最寄の駅は遠く、バスは地元の業者が独占しているため本数が少ないうえに値段が高いのです。横浜から渋谷までの電車賃で、地元のバスは5kmも運んでくれません。仕方なく、自家用車を使っています。
 ただ、トヨタが売っていたのは「幻想」であるというのは賛成です。私は自動車業界の末端にいますが、普通車の部品の売り上げはどんどん減って、軽自動車に移行しつつあります。誰もが「俺はこんな車に乗っている」と自慢することをやめて、車を移動用の道具として割り切りつつあるのです。ですから私も、国内の事情を見る限り、トヨタの没落は始まったばかりのように思えます。
 
 
 
車が好きですが (abcd)
2008-12-27 09:54:00
>トヨタの没落も単なる販売戦略の誤りではなく、「自家用車」という幻想の終わりの始まりではないか。


自動車文化の成熟の果てにはそういうことになるんでしょうな。
まあ、自分は自動車無しでは生活できない地方に住んでいますが、電鉄の経営が苦しくて。
 
 
 
耐久消費財メーカーの"終わり"の始まり (ひろ“ゆ”き)
2008-12-27 12:40:49
モータージャーナリストの清水草一氏はフェラーリをクルマの最上のものとした上で、日常の移動空間として軽自動車を用い、取材先では1,300ccを借りると言う。
氏はそれで「十分以上」と言う。

私も車を必要性に駆られて乗っているが、都市のように交通機関が充実しているなら、持たないだろう。

クルマだけではなく「所有」と言う必要性や見栄や損得で、家や様々な機械を所有している。
それらの耐久消費財を削ってしまえば、維持・管理の煩しさからどれほど開放されて清清しい事だろう。

クルマは某トヨタ製ではあるが、昨今の経団連会長会社の"ノブレス・オブリージュ"を忘れた振る舞いから、買い換えるとすれば他メーカーの車に、と思う今日この頃である。
 
 
 
Unknown (akasaka_moon)
2008-12-27 12:51:16
>・・すべての言語は盗用なのだ。

以前、坂本龍一氏が「どんな偉大な作曲家が作る曲でも本当にオリジナルな部分は1〜2割程度だ」と言っていたのを思い出します。

>銀河鉄道999は宮沢賢治の盗用。

この明白な自己矛盾について松本氏は何か弁明してないのでしょうかね?

>自家用車は社会的浪費。

地方圏から東京圏に引っ越してきて自家用車を手放し、普段の足は電動アシスト付チャリ、公共交通の便の悪い地域に行くときはレンタカーで軽自動車を借りるというライフスタイルです。これで何の不自由もないどころか、合理的生活がもたらす爽快感に浸っています。
大都市部ではカーシェアリングなどのビジネスを国を挙げて支援すべきだと思うし、「モータリゼーション(笑)」に頼った無計画な面的拡散をしてしまった地方都市は、「コンパクトシティ」に転換できるかがどうかが生き残りの鍵となってくるんでしょうね。
 
 
 
今の派遣切りと同じ (googoomobile)
2008-12-27 13:13:49
>今後100年を考えると、おそらく近代社会の基本的な枠組である所有権の意味が薄れ、情報資源は必要なときだけレンタルするしくみに変わっていくのではないか。

現在の派遣切り問題ですが、これは終身雇用という企業の労働資源の所有形態が、派遣という期間限定のレンタルの仕組みに大きくシフトした結果ですね。所有から、必要なときに共同利用(レンタル)する「クラウド労働資源」と言えます。

正規社員の流動性が低くなった現代では、外国人労働者の雇入れや派遣社員という仕組みは、企業にとって労働資源の流動性を確保できる合理的なメカニズムです。情報資源だけでなく、労働資源も例外ではなく、すでにクラウド化が始まっていると思います。
 
 
 
タクシーはちょっと高い (x-accountant)
2008-12-27 13:42:21
私も池田先生のお住まいの近所の地域に住んでいますが、自家用車(軽ですが)を持っています。やはり週末しか乗らないのですが、マンションが駅から遠い(徒歩15分くらい。バス停は目の前ですが・・・)こともあり、使用頻度は高いです。タクシー代に換算すると、年間170万円分くらい使用しており、タクシーには乗せられないような大荷物も良く載せるので(ペットとそのケージ、買い物など)、駐車場代・ガソリン代・車検費用その他を勘案しても、大幅に割安です。
まあ、区内では駅から少々遠くても、たいていは徒歩5分圏内にスーパーもコンビにもあるし、バス路線も充実しているので、確かに無いなら無いで生活できてしまえるのですが、目黒通、駒沢通、世田谷通、甲州街道、環七、環八、多摩堤通などの幹線道路沿いはロードサイトの店舗や公園なども結構充実しているのです。
ただ、区内の道路事情や、移動手段として割り切ってコストパフォーマンスを考えると、「軽」が最適で、今のような乗用車大型化の流れはやはりバブルなのでしょう。
 
 
 
環境にやさしい車 (池田信夫)
2008-12-27 13:44:05
・・・というのをトヨタはアピールしてるけど、いちばん環境にやさしいのは車を減らすことです。これによって交通事故で失われる人命も少なくなる。しかしメディアは絶対にそれをいわない。いったらトヨタに「広告を出さない」と脅されるからです。

警察もそれをいわない。車が減ったら交通警察官の雇用が失われるからです。政治家もいわない。車が減ったら、道路に税金をばらまく理由がなくなるからです。「自家用車」こそ崩壊すべきバブルだと思います。
 
 
 
自家用車の少ない社会 (aobajam)
2008-12-27 14:29:22
>警察もそれをいわない。車が減ったら交通警察官の雇用が失われるからです。政治家もいわない。車が減ったら、道路に税金をばらまく理由がなくなるからです。「自家用車」こそ崩壊すべきバブルだと思います。

なるほど、これは目から鱗が落ちました。自家用車が減れば環境にもよく、無駄な道路工事もなくなり、交通事故も減り、輸送や公共交通の質が上がれば社会にとって素晴らしいことです。
ただし、自家用車の激減は自動車産業はもちろん、石油業界、ロードサイド店舗など多くの雇用を失います。この大転換の痛みを社会はどれだけ寛容できるでしょうか?あるいは今がその絶好のチャンスかもしれません。

反対に、自動車会社トップと一部道路族の政治家が癒着し、外国からの圧力だといって日本を無理やり左側通行から右側通行にしよう(左ハンドルの車にさせる)なんて言い出さなければいいのですが。
 
 
 
ウォーレンバフェット、鉄道株買い増し (青木)
2008-12-27 14:58:35
ウォーレンバフェットも、自動車は廃れ、鉄道の時代がやってくると見ているかもしれません。
 
 
 
Unknown (フロレスタン)
2008-12-27 15:06:48
松本零士は、そんなこと言ったら宇宙戦艦ヤマトのイスカンダルという名称やヤマト自体のデザインだって盗用になってしまうはずなのに。何を勘違いしてダブルスタンダードになっていることやら。

所有とバブルということで言えば、日本の1980年代後半も今回のアメリカも不動産絡みですが、一方不動産の所有を国有化していたのは崩壊したソ連始め、共産主義国。自由主義陣営でも社会民主主義的な色彩の強いところは公有地の比率が高いはず(少なくともかつてのスウェーデンなどはそうだった。最近の状況はよく知りませんが)。民有地が少なければ、やはりその争奪や条件のよい公有地の払い下げなどはバブルの潜在的要因でしょう。

ほとほどというのがない分野かもしれません。
 
 
 
車は安価すぎるのでは。 (迎 秀昌)
2008-12-27 15:21:58
地方に住んで、田んぼの中の町工場に働き始めた時、苦労して免許を取りました。
確かに便利ではあるが、自転車と公共交通で暮らせないというのは嘘だ。
だってほんの数十年前は車は一部の人の乗り物だったのだから。
自動車が生み出す社会的コストを加算したら、多分自動車は不当に安価に購入できているということだろう。

信長が馬で遠乗りするのが好きだったようだが、馬を所有するには大変なコストがかかったのではないか。
武田の騎馬軍団なんかの維持も半端ではなかったのでは。
戦国時代が終わると鉄砲と馬は廃れたようだ。

町工場にいた時、小生が軽自動車に近い車を買ったら、オーナーが渋い顔して、ベンツとは言わないまでも並みの従業員よりは高級車になぜ乗らない、とのたまわった。

一豊の妻のように名馬を買わないと出世に差し支えたようです。
 
 
 
「自家用車」バブルは崩壊しない (x-accountant)
2008-12-27 17:37:53
「自家用車」バブルは滅びぬ!何度でも蘇るさ。「自家用車」の力こそ人類の夢だからだ
・・・まあ、日本もついこの間までは平均寿命50歳代だったわけですし、平均寿命をそこまで戻すことこそ、今の少子高齢化・投資機会の無い衰退社会を解決する抜本的な「最終解決策」のわけですが、それこそ日本が途上国レベルまで転落しない限り、絶対に実行されない「最終解決策」でしょう。「自家用車」バブルも同じことと思います。
むしろ、先に崩壊するのは、「東京型密集公共交通」バブルでしょう。「東京」であることに異常な付加価値を置く社会(企業も大学も住居も、「都心」というだけで飛躍的にイメージが高まってしまう)、通勤者に満員電車の非人間的な環境を強いることで成立する過密な公共交通、軽自動車でも入れないような狭隘な路地に木造住宅の密集する震災時には大惨事必死な「高級住宅地」(ex自由が丘)・・・これ全て例外なく東京型密集公共交通」バブルの賜物です。
こんなものは、マグニチュード8クラスの大地震が直撃すれば、全て崩壊する砂上の楼閣です。東京の鉄道交通の安価さもまた、満員電車の不快さ・災害時の脆弱性などの「費用」を無視した経済原理に反する運賃の「規制」によって支えられている「バブル」に過ぎません。
結局、都心の教育環境・利便性・娯楽・ビジネスチャンスなどへのアクセスの希少性が「囲い込み」を生じさせているわけです。所有権の意味が薄れるクラウド的な社会が実現するのであれば、東京バブルも崩壊し、適度に効率性を保てる規模の都市(百万人くらいか)に分散し(一方で大都市に人口の9割が集中し)、その都市間をリニアや高速道路などのネットワークが密に結ぶような社会じゃないでしょうか。そこでは(コンパクトシティ化はするにしても)、当然に今の東京のような密な公共交通は維持できないでしょう。
 
 
 
産業構造の大転換 (googoomobile)
2008-12-27 17:40:28
>いちばん環境にやさしいのは車を減らすことです。これによって交通事故で失われる人命も少なくなる。

池田先生、よくぞおっしゃってくださいました。自動車産業が衰退することで、マイナス弊害が出てきますが、同時に私たちは政府が作った枠組みのなかで、国民が膨大なコストを税金という形で知らず知らずのうちに支払っています。自動車産業を保護するために、今までどれだけの税金が使われてきたのでしょうか?
低利政策で私たちの預金利息はほとんど付かず、おまけに円安を維持するために、政府はドル買い介入を長年に渡り続けてきたわけです。政府保有のドル資産は、今後ますます進む円高時代に、一体いくらの損失になるのかを考えただけで怖くなります。
また道路に投入される無駄遣い税金で、自動車産業の衰退による弊害を税金で負担したとしても、まだお釣りがくるのではないかとさえ思います。
自動車産業になんらかの関わりのある労働人口は、全国で500万人と言われていますが、しかし今後は日本の主要産業の大転換を真剣に考えなければいけない時代になったと私は思います。政治家と大企業は、もう国民をダマスことをどうか止めてください。
 
 
 
サラリーマンの夢 (りす)
2008-12-27 17:47:17
高度成長期のサラリーマンの夢といえば、
マイカー、マイホーム、マイワイフ(笑)

マイカーはたしかにあると便利だけど、コストや環境以外に、
交通事故を起こすリスクをかかえるという問題があります。
みなさん意外に無頓着ですが、車の運転をしない人は
交通事故を起こす確率がゼロなんです。

マイホームについても都市部では、買うのがいいのか、
賃貸のほうが得なのかという議論があります。
つかこうへいさんのように引越しが好きな人は
賃貸のほうがいいのかもしれません。

マイワイフについては所有以外の・・・

失礼しました。
 
 
 
松本氏の弁護ではないですが (Unknown)
2008-12-27 21:16:19
>>銀河鉄道999は宮沢賢治の盗用。
>この明白な自己矛盾について松本氏は何か弁明してないのでしょうかね?

明らかなソースを示せず申しわけないのですが、松本氏は連載開始後に宮沢賢治の遺族に承諾を得ているとのことです.

>松本零士は、そんなこと言ったら宇宙戦艦ヤマトのイスカンダルという名称やヤマト自体のデザインだって>盗用になってしまうはずなのに。何を勘違いしてダブルスタンダードになっていることやら。

なにが言いたいのか理解できません.
 
 
 
自家用車の方が安い (ossan)
2008-12-27 22:04:39
地方にいると、公共交通機関より、自家用車の方が安いです。
15年で15万キロ走るとして、自動車代が1キロ10円です。(高速道路は、ほとんど走っていません)
ガソリン代は、1キロ10円。
諸経費を入れても、トータル1キロ30円くらいです。

タクシーの賃率を300mで80円で計算して初乗り運賃を加えると、1キロ300円を越えます。

バスは3〜4キロで200円。賃率は1キロ50円以上になりますので、バス停の目の前に住んでいたとしてもバスは割高になります。

 
 
 
所有というしあわせ (五年兵)
2008-12-27 22:08:24
>、「自家用車」という幻想の終わりの始まりではないか。私は免許をもっていないが、今まで不自由したことはほとんどない


山手線の内側に住んでいました、今は郊外に住んでいます。
昔、ほしい車のスペックを穴のあくほどながめて購入しました(中古のスポーティーカー)、そのとき懸命に働き洋服や食事、遊びに消費しました。
所有する喜びは不自由とか家計の負担とかを超越していました。また、住んでいる場所で「自家用車」の所有必要性は関係ありません。
所有が幻想だとか経済的のどうのこうの解釈する方がいても否定しません。
ただ所有というささやかなしあわせを否定するのはやめてください。

 
 
 
Unknown (ossan)
2008-12-27 23:30:14
自動車が減って困るのは、不動産関連(および固定資産税を得ている国・政府)ではないでしょうか?
自動車があり、道路があるからこそ、地方の土地にそれなりの値段がついてるわけで、もし道路がなかったら地方の土地は、今以上に暴落してると思われます。


それと、田舎の都市で交通関係の警察の人がそれほど多いとも思えません。 100円コミュニティバスとかは客5人に運転手1人くらいが妥当実情だと思います。


都会へでて、唖然としたことがあります。
レンタルのDVDを借りに行くのに、電車にのって片道200円とか払ってる。
キャンペーン価格80円のDVDを借りるために、電車賃400円(タクシーだと1200円)とか払うのなんて、地方ではあり得ないことです。

求めるモノの価値と、ガソリン代を計りにかけますので、80円のものを借りるなら、せいぜいガソリン代80円くらいでしょうか。
80円のものを借りるのに交通費1200円払う感覚の方が不思議です。 そういう感覚が耐えられないくらい嫌だから、高くて無駄だとわかっていても、人々は自家用車を求めるのであろうと、わたしは考えます。

 
 
 
「オリジナル」という幻想 (センパイ。)
2008-12-28 00:43:52
>以前、坂本龍一氏が「どんな偉大な作曲家が作る曲でも本当にオリジナルな部分は1〜2割程度だ」と言っていたのを思い出します。
押井守氏や大友克洋氏が散々語っていた言説を、ここでも「引用」しなければなりませんね。

「全てのものにオリジナルは存在しません。個々の作品も製品でさえも、『記憶』と『引用』だけで造られているのです」
 
 
 
私的言語について (opccd6)
2008-12-28 01:26:49
いつもブログを拝見しているファンの一人です。
原典を読んだことも無く、また当然専門家でもないので深い議論はできませんが、気になったので学生時代にレポートや卒論を書くときに読んだ本を出し少し読み返してみました。

たしかにヴィトゲンシュタインは私的言語を否定しましたが、彼の言う私的言語とは、平たく言えば「私(個人)にしか理解できない言語」と言う意味だったと思います。
ですので、彼の私的言語を、所有権(著作権?)が個人に属する言語というような意味使うのは適切で無い気がします。
 
 
 
模倣なくして創造なし (宮本洋一)
2008-12-28 02:22:53
野口悠紀雄氏も『超発想法』で記してましたね。

先人の業績の上に著作はなりたっているので、全くのオリジナルというのは存在しないと考えます。

また、「創造的剽窃行為」との言葉もありました。そのままコピーするのでなく、自分で何か付け足すことで、新しいものを生み出すことができるのではないでしょうか。
 
 
 
あーと いーくつ ねーるとー (f008)
2008-12-28 02:34:00
いつもこの種の議論が出てくるとオリジナルやら権利の帰属主体やらの認識のばらつきが目立ちますね。

過渡期とはいっても、いい加減同じ議論が繰り返されるのを見ていると、なんだかむずむずしてきます。一億総クリエイター時代なんじゃないのか!?笑

ここの読者の中には分かってる人も多いでしょうに・・。

ちなみに↑の方のコメント、「記憶」と「引用」でしかないってのもどうかと。オリジナルってのをいい加減あやふやな主観の領域から切り離して捉えてみたらと思います。もっと原理的なものだから「オリジナル」なんでしょ。
 
 
 
確かに車のない時代は交通事故がなかったが (enagoya)
2008-12-28 12:57:55
>いちばん環境にやさしいのは車を減らすことです。これによって交通事故で失われる人命も少なくなる。

その点だけ見れば正しいと思います。ただし自動車産業以外に競争力のある産業が少ない現状で、これを失うことは年間3万人超の自殺者(原因の圧倒的1位が経済的なもの)を大幅に増やすことになると思います。交通事故死は年間1万ちょっとなので、国民が病死以外の不慮の死を遂げる原因としては車よりは貧困であると推察します。また、経済的崩壊により医療システムが維持できなくなるので病死も増えるでしょう。

もし政策的に車を大幅に減らして、天寿を全うできない国民が増えることがあれば、それこそ「事後の正義」と言われるような気がしますが。
 
 
 
スーザン・ソンダク (tanaka)
2008-12-28 13:56:47
20年前に「車を所有する不自由さにはうんざり。必要なときにタクシーで移動すれば十分」と看破したのはアメリカの故スーザン・ソンダクさんでした。
日本のようなコンパクトな国は、地方都市含め、鉄道(路面電車含む)を充実させれば、環境にも経済にも光明を与えるはずです。しかし誰もいいません。蒸気機関車が良いのはオブジェとしてだけでなく、当時の日本の近代化への息吹といった明治の指導者たちの雰囲気も感じられるからです。現代は私欲だけの政治家や役人だらけで本当に空しくなります。
 
 
 
Unknown (enagoya)
2008-12-28 21:43:41
すみません。自殺の原因で不動の1位は健康問題(病気)ですが、自動車事故死と病気以外の不慮の死を比較するつもりだったので、最初から除外して推論しており、誤解を招く書き方になってしまいました。

特にこの10年の自殺者増加は経済的な問題が主な原因になっている可能性が高く、どうも気になります。
 
 
 
遺族に承諾 ?? (comap)
2008-12-29 00:31:07
>松本氏は連載開始後に宮沢賢治の遺族に承諾を得ているとのことです.

これが事実だとさらに分が悪いのでは?
賢治の遺族にそれなりの報酬を払っているかどうかですけど、もし著作権の有効期間が過ぎているからという理由だけで無償利用を承諾させたのなら、同じ基準で自分の作品の位置も踏まえるべきです。そもそも松本先生は、著作権が切れて権利がなくなることが許せないわけでしょう?

他人に厳しく自分に甘い。これでは筋が通らない。
 
 
 
経済学はムズい (ぽえぽえ)
2008-12-29 06:43:17
>>いちばん環境にやさしいのは車を減らすことです。これによって交通事故で失われる人命も少なくなる。
>その点だけ見れば正しいと思います。ただし自動車産業以外に競争力のある産業が少ない現状で、これを失うことは年間3万人超の自殺者(原因の圧倒的1位が経済的なもの)を大幅に増やすことになると思います。

このご指摘も、個々人が天寿をまっとうすることが社会全体での幸せにつながるという前提上のことですね。社会がサポートできないほど人が多くなりすぎると、それはそれで不幸な結果を全体的に招くので、不運な個人が自らの不幸な存在を放棄する選択をすること自体は、倫理的にはともかく、必ずしも社会にとって悪影響を及ぼすわけではないと思います。

蛇足ですが、経済学が前提とする一般的な「幸せ」とはなんなのか、私には全く分からない。経済学はテーマとして大変面白いと思うのですが、この根本的な前提が何なのか私には未だ理解できない。知れば知るほど、奥歯に挟まったサキイカを舌で一日中弄んでいるような気分のみが残ります。
 
 
 
駐車場代がネック (akito)
2008-12-29 23:54:49
都内在住の若造です。保有するコストと運用するコストを考えると、自分は自家用車の所有は必要ないと考えます。たとえば以下のような試算(とても大雑把ですが)で、電車・バス、気楽にタクシーを使うことにしました。自転車も使ってます。

・車の購入費用(150万)
・車の整備費用(10年で60万)
・車の租税および保険(10年で90万)
・車の安置場所の費用(10年で300万)
・車の運用費用(10年で150万円)

たしかにカーシェアリングが進むと嬉しいのですが、日本の環境からするとなかなか進まないと思っています。
 
 
 
re:駐車場代がネック (x-accountant)
2008-12-30 03:43:57
>車の安置場所の費用(10年で300万)

23区内でも、駅から15分離れた立地のマンションの自走式駐車場なら、その想定額の半額で済みます(さらに軽自動車にすればその他の費用も割安になります)。逆に言うなら、最も駅から離れたところでも15分以内になるような鉄道網が密な所(都心)で車を持つことは、非常に高価になります。
また、例えば夫婦で行動することが多いと、それだけで電車・バス代が倍になりますし、目的地まで電車やバスを幾つも乗り継ぐ場合は面倒ですし、荷物が多ければタクシーを捕まえに大通りに出るまでに青息吐息です。そういったことに悩まされる経験が多いと、自家用車のメリットは非常に大きく感じます。逆に言えば独り身の人、行動範囲が限定されている人、大荷物を持つことが少ない人、は車の所有の経済的メリットが無く、趣味的要素が強まると思います。私も独り身の時は(車を持っていましたが)ほとんど必要性を感じたことはありませんでした。
都心で駅まで5分以内といった利便性の高い場所に住んでいたこともあるので、そういった環境にも魅力を感じますが、仕事以外の生活と言う面では今の駅から遠い環境の方が良好に感じます(通勤も自転車やバスを使えば駅まで10分かからないですし)。
 
 
 
所有の非効率を排除して経済は成り立つ? (素人)
2009-01-10 17:14:32
情報財はともかく、車に限らず耐久消費財全般、いや理論的には消耗品以外のすべての物について、「所有という幻想」がなくなれば、確かに消費は著しく効率化されるというのは、確かに私のような素人でもわかります。

しかし、消費が効率化されるという事はとりもなおさず経済規模が縮小するということですよね。生産者は効率を上げて消費者が効率を下げる事が経済をまわす事、もっと言えば有り余ってしまった社会の生産性を所有の幻想による著しい無駄で浪費することで経済が成り立っているのが現代とイメージしています。

その様な消費の効率化がされる事は、その面のみでは適正と思いますが、それで社会は持つのでしょうか。外界も同様に効率化されるという前提で外需依存でしのぐというのは無しで。
 
 
 
成熟社会での早い者勝ち保障は若年者を絶望させる (kensho)
2009-01-28 17:09:29
ちょっと古いエントリにコメですが、何となく思ったことを。

もし地球が100人の村で、全ての土地や有限な資源が100人全員によって所有し尽されたとする。ここに新たに1人の人間を追加したとき、彼に自由はあるのだろうか。

現代に戻って同じように考えてみると、日本からは外部性を持つフロンティアは消滅しつつあるように思う。しかし未だ国家は所有権を既得権として保障している。所有権は既に若年層に対して「後から生まれた」というだけのくだらない理由で様々な不平等を課しているのではないだろうか。エントリにあるように必要なときにレンタル、という考え方の方が納得が行くし、効率的だと感じる。

…まぁ、まだ明確にはならないのですが、社会に接する度に微妙な不信感が蓄積される所があるので。そういえば所有権と財産権って違うのだろうか。知的財産権とかもあるようで、あーあー難しい。
 
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