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はてなの逆淘汰
梅田望夫氏によれば、はてなの取締役会で「ネットイナゴ問題」が話し合われているそうだ。私の問題提起を受け止めていただいたようなので、参考までにこういう問題について経済学ではどう考えているかを説明しておく。
小飼弾氏のように、この種の問題を個人の「鈍感力」に帰するのはナンセンスである。それは不潔な食堂が「食中毒に免疫のある客だけが来ればよい」と開き直っているようなものだ。問題は個人の性格ではなく、平均的なユーザーにとってどういうことが起き、それがシステム全体にどういう影響を及ぼすのかということだ。
こういう現象は、ネットワークでは珍しくない。1970年代には、市民バンドが「誰でも参加できる無線コミュニケーション」として大流行したが、2ちゃんねるのような状態になって自壊した。TVゲーム業界で有名なのは、1980年代の「アタリ・ショック」と呼ばれる現象だ。質の悪いゲームが大量に出回ったため、消費者が不良品をつかまされるリスクを恐れて、ゲーム市場が崩壊してしまった。同様にインターネットでも、初期に主要なアプリケーションだったネットニュースは、今ではS/N比が悪すぎるため、ほとんど使う人がいない。
これは経済学で「逆淘汰」とよばれる、おなじみの問題だ。たとえば中古車の質に「情報の非対称性」があり、どれが不良品かわからないとき、消費者は不良品をつかまされるリスクを一定の確率で評価するから、不良品の確率が高いと中古車の価格は下がる。そうすると価値の高い(不良ではない)中古車は市場に出てこなくなって不良品だけが出回り、消費者も買わなくなって市場が崩壊してしまうのである。
同様にネットワークでも、イナゴが群がってS/N比が下がると、ブログの社会的評価が下がる。そうすると、価値の高い記事を書く人にとっては、ブログで得られる評価よりイナゴに食われるコストのほうが大きくなるので、質の高い記事は出てこなくなる。そうすると価値の低い記事ばかりが出回ってS/N比がさらに下がる・・・という悪循環によって誰もブログを読まなくなり、悪貨が良貨を駆逐するわけだ。私も、最近はヤフーの「ブログを含めない」という検索オプションを使っている。
こういう問題を避ける制度設計は、たくさん提案されているが、はてなの場合に適しているのは、eBayなどでも使われている「評判メカニズム」だろう。これは不良品を売りつけた業者をユーザーがeBayに報告し、そういう評判をeBayのサイトで公開し、トラブルが一定の限度を上回ると取引を禁止するものだ。はてなの場合には、ブックマークや日記で名誉を傷つけられた人からの苦情を受け付ける窓口を設け(*)、それを本人に通告するとともにサイトで公開し、トラブルが一定の限度を超える場合には除名すればよい。
現実には、多くのISPが非公式にこういうルールをつくっている。たとえばアダルトサイトは、大手ISPでは禁止だ。こういうガイドラインを名誉毀損に拡大すればいいのだ。そういう自主規制をきらうユーザーは、他の(影響力の小さい)サービスに行けばいい。こういう措置が「言論の多様性」を奪うという批判は、逆である。小倉秀夫氏も指摘するように、イナゴによる逆淘汰で、日本のブログは鈍感力の強い人しか書けない状態になっているのだ。
ウェブは、十分大きくなった。これからは量の拡大を求めるのではなく、質の高いコンテンツをフィルタリングするシステムが必要だ。それにはサービス業者が介入するより、ユーザー同士でチェックし、格づけするのがウェブらしい解決方法だろう。はてなブックマークは、もとはそうしたメカニズムの一つだったが、それ自体がイナゴの巣になっているのではしょうがない。
コムスンやNOVAの例をみてもわかるように、ベンチャーから成長した企業は、顧客を増やすことを最優先して、品質管理を後回しにする傾向が強い。そういう行動は今度のような事件を引き起こし、結果的には行政の介入をまねいてしまう。このままイナゴの増長を許していると、彼らとともにWeb2.0バブルが崩壊するおそれが強い。その前に、はてなが賢明な措置をとることを期待したい。
(*)今でも形式的にはそういう窓口があるが、私が問い合わせたときは回答までに5日もかかったあげく、「当事者間で解決せよ。削除してほしてければ、次のフォームに記入せよ」という返事が来た。このように被害者にコストを負担させる設計は間違っているし、システム側の効率も悪い。
小飼弾氏のように、この種の問題を個人の「鈍感力」に帰するのはナンセンスである。それは不潔な食堂が「食中毒に免疫のある客だけが来ればよい」と開き直っているようなものだ。問題は個人の性格ではなく、平均的なユーザーにとってどういうことが起き、それがシステム全体にどういう影響を及ぼすのかということだ。
こういう現象は、ネットワークでは珍しくない。1970年代には、市民バンドが「誰でも参加できる無線コミュニケーション」として大流行したが、2ちゃんねるのような状態になって自壊した。TVゲーム業界で有名なのは、1980年代の「アタリ・ショック」と呼ばれる現象だ。質の悪いゲームが大量に出回ったため、消費者が不良品をつかまされるリスクを恐れて、ゲーム市場が崩壊してしまった。同様にインターネットでも、初期に主要なアプリケーションだったネットニュースは、今ではS/N比が悪すぎるため、ほとんど使う人がいない。
これは経済学で「逆淘汰」とよばれる、おなじみの問題だ。たとえば中古車の質に「情報の非対称性」があり、どれが不良品かわからないとき、消費者は不良品をつかまされるリスクを一定の確率で評価するから、不良品の確率が高いと中古車の価格は下がる。そうすると価値の高い(不良ではない)中古車は市場に出てこなくなって不良品だけが出回り、消費者も買わなくなって市場が崩壊してしまうのである。
同様にネットワークでも、イナゴが群がってS/N比が下がると、ブログの社会的評価が下がる。そうすると、価値の高い記事を書く人にとっては、ブログで得られる評価よりイナゴに食われるコストのほうが大きくなるので、質の高い記事は出てこなくなる。そうすると価値の低い記事ばかりが出回ってS/N比がさらに下がる・・・という悪循環によって誰もブログを読まなくなり、悪貨が良貨を駆逐するわけだ。私も、最近はヤフーの「ブログを含めない」という検索オプションを使っている。
こういう問題を避ける制度設計は、たくさん提案されているが、はてなの場合に適しているのは、eBayなどでも使われている「評判メカニズム」だろう。これは不良品を売りつけた業者をユーザーがeBayに報告し、そういう評判をeBayのサイトで公開し、トラブルが一定の限度を上回ると取引を禁止するものだ。はてなの場合には、ブックマークや日記で名誉を傷つけられた人からの苦情を受け付ける窓口を設け(*)、それを本人に通告するとともにサイトで公開し、トラブルが一定の限度を超える場合には除名すればよい。
現実には、多くのISPが非公式にこういうルールをつくっている。たとえばアダルトサイトは、大手ISPでは禁止だ。こういうガイドラインを名誉毀損に拡大すればいいのだ。そういう自主規制をきらうユーザーは、他の(影響力の小さい)サービスに行けばいい。こういう措置が「言論の多様性」を奪うという批判は、逆である。小倉秀夫氏も指摘するように、イナゴによる逆淘汰で、日本のブログは鈍感力の強い人しか書けない状態になっているのだ。
ウェブは、十分大きくなった。これからは量の拡大を求めるのではなく、質の高いコンテンツをフィルタリングするシステムが必要だ。それにはサービス業者が介入するより、ユーザー同士でチェックし、格づけするのがウェブらしい解決方法だろう。はてなブックマークは、もとはそうしたメカニズムの一つだったが、それ自体がイナゴの巣になっているのではしょうがない。
コムスンやNOVAの例をみてもわかるように、ベンチャーから成長した企業は、顧客を増やすことを最優先して、品質管理を後回しにする傾向が強い。そういう行動は今度のような事件を引き起こし、結果的には行政の介入をまねいてしまう。このままイナゴの増長を許していると、彼らとともにWeb2.0バブルが崩壊するおそれが強い。その前に、はてなが賢明な措置をとることを期待したい。
(*)今でも形式的にはそういう窓口があるが、私が問い合わせたときは回答までに5日もかかったあげく、「当事者間で解決せよ。削除してほしてければ、次のフォームに記入せよ」という返事が来た。このように被害者にコストを負担させる設計は間違っているし、システム側の効率も悪い。
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テロと救済の原理主義
秘密の国 オフショア市場
まぐれ―投資家はなぜ、運を実力と勘違いするのか
財投改革の経済学
中山信弘:著作権法



アルファはてなーであるNC-15ことid:muffdiving氏の記事ですが、
書き手側の品格
http://d.hatena.ne.jp/muffdiving/20070610/1181558490
「本物」は表現する時点で「多少のコストを覚悟」してると思うが
http://d.hatena.ne.jp/muffdiving/20070615/1181827716
「ネットイナゴ問題」は、書き手の品格が問題であると仰っています。
やはり、ブログを続けるためには自分が強くなるしかないのでしょうか。
技術屋の中には、無駄な趣味の記事の中に驚くほど助かる技術的な事が隠されているときもある。
その手の人は、やはり「品位・格付け」などと言われたら書かなくなるだろう。
悪貨・良貨と決めるのはあくまで読み手個人であって、その他大勢であってはならないはず。
そもそもが、それが「平均して正しく」評価されていれば、「質が悪い」と断じて良いのはなぜなのか?
ネットイナゴには耐える必要がないのに、「正しい評価」には耐えなければならないのは、なぜなのか?
「正しい評価」をスルーできる鈍感力があれば、「ネットイナゴ」などなんでもないだろう・・・
いまひとつ、話が見えない。
ネットイナゴとは、産経新聞記者のブログに群がっているアカい人達のような人達の事でしょうか? それなら、その中の一人が小倉秀夫弁護士ですね。
名誉毀損、侮辱などの違法行為をやりたい放題させることで、目に見えない形で大きなものを失っているということにはてなが気づけるかどうか、見守っていきたいと思います。
またイナゴを生む土壌には匿名性があると思うのですが、評判メカニズムは匿名では成り立ちません。
イナゴの抑止力としての評判メカニズムの有効性には疑問を呈さざるを得ません。
・全てのユーザがコメントを書き込みできる。
・コメント禁止
この2つしかコメントの機能に対して選択肢がありません。
しかし、Exciteのblogでは、もう1つ選択肢があります。
それは、ExciteのIDを持っているユーザだけコメントを書き込める機能です。
さらに、特定のIDを持つユーザのコメント禁止することも出来ます。
注意1.特定のIDのみコメントを許可する機能がないので、無差別にIDを作られ炎上する場合があります。
注意2.izaのblogでは、izaのIDを持ったユーザしかコメント出来ません。
他のblogも、ユーザのニーズに合うコメント記入方法をblogに作れば解決するのではないでしょうか?
炎上に対して倫理や法で対応するのも良いですが、横断歩道や歩道橋のようなシステムを作って対応する道も残っているはずです。
ネットイナゴしかり、このような問題の多くはA対Bの構図になると私は考えています。評判メカニズムには各個人の主観が入ることが避けられないため、AとBのどちらの評判が正当であるかは一概には判断できず、最終的には仰るとおりに各チームの人数の問題になります。しかしイナゴに数で勝つのは難しいのではないでしょうか。
このご意見を是非政府に言ってほしいものです。
今の政治の状態では、まさしく逆淘汰が起こり、組織票がある詐欺師が当選してしまうという悪循環になっております。
政治家や官僚などを適切に評価し、逆淘汰が起こらない状態に出来ないものでしょうか・・・
------
精神障害が急増、300万人突破…07年版白書
6月15日13時42分配信 読売新聞
政府は15日午前の閣議で、2007年版「障害者白書」を決定した。精神障害を持つ人の数は05年に約303万人となり、02年から約45万人増え、初めて300万人を超えたことがわかった。疾患別では、そううつ病などの「気分(感情)障害」が増加し、33・3%で最も多かった。
高齢化に伴うアルツハイマー病の増加も精神障害の急増の原因になっている。
精神障害を持つ人のうち、在宅(通院)は02年から44万人も増えて約268万人に、施設入所は1万人増えて約35万人になった。白書をまとめた内閣府は、「現代社会のストレスの増加や、心療内科の増加などで医療機関を受診しやすくなったからではないか」と見ている。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070615-00000003-yom-pol
もしブログなどに良し悪しを付けた場合、個人的にはその読者の都合・趣味・風潮などに依存してしまうような気がしますが・・・。
はてなで評価をするために行った結果が、現状のはてなブックマークだと思います。
また、池田先生のおっしゃっている「社会的価値の高い記事」とはどんな定義なのでしょうか?多数の人から良い評価を得られる記事であれば、ネットイナゴのようなネガティブな発言はされないのではないでしょうか?
色々な視点で書いていますが、結果、ネガティブなコメントが書けないようにするべきと考えているのですか?もしそうであれば、余計に質の高い記事はなくなるような気がしますが
はてなはマイナス評価には二の足を踏むことが多いようです。
数ある制度設計の中から「評判メカニズム」を選んだ理由、とりうるパラメータとその影響、他の手法とかにはどのようなものがあるのでしょうか?
記事の評価、そして評価者の評価、相互牽制のメカニズムの導入が効果的です。この記事ははてなに届くでしょうか。
専門書の売り上げが娯楽雑誌の1%にも満たないからといって、娯楽雑誌は専門書より百倍必要だということではありません。娯楽雑誌のマナーが、すべての分野に通用するわけでもありません。
ネットワーク上の人付き合いの手法は、記事の有益性と関係ない。ウェブの集合知としての魅力を考えたとき、重視されるべきは筆者がコメント欄とのつきあいかたがうまいかではないはずです。
自分が今、演劇の「観客」なのか講義の「聴講者」なのか、より建設的な「参加者」なんて、利用者側の自覚すべきマナーでしょう。
圧倒的に人数が多いからといって、「観客」気分の利用者のさばきかたを身につけるべきだと言われたら、専門書の世界からの参入は止まってしまいます。すでに、人付き合いに積極的な人以外には敬遠されていますが、魅力的な元記事を書けそうなかたは日本にまだまだたくさんおられます。
コメント欄やトラックバックを使う前に、自分がなぜそのblogの記事を読んでなんのためにそのアプローチをするかを、利用者が立ち止まって考えられるマナーが醸成されるとよいなと思います。
それで、匿名同士とか、記名同士のコミュニティならば、お互いに対等なので問題なありません。これもそれぞれ一長一短なので各人の好みの問題だと思います。
問題になるのは、記名 vs 匿名 になる場合ではないでしょうか。一人の記名者に複数の匿名が寄ってたかるブログなんかそうですね。2ちゃんねるでも問題になるのは、特定の個人や団体を複数の匿名が攻撃する場合です。
記名と匿名を明確に区別する考え方が重要ではないでしょうか。
そういった考え方をもとにシステムを構築するのが望ましいと思います。受け手の我々も、記名の情報と匿名の情報の重み付けをすべきでしょう。
前述のとおり、ブログはシステム的に 記名 vs 匿名 が宿命付けされているので、
鈍感力がないとやってられないと思います。
何もインターネットで頑張らなくても、現実での表現が報われればイナゴになる必要なんてありません。
現実を見てください。現実で報われている人はイナゴになんてなりません。大学教授もニートも同じです。俺は上流イナゴ、あいつらは下流イナゴ。そう思いたいのかもしれませんね。
イナゴはなんの為にblogを書くんですかね。いろいろ暴れるんですかね。何か満足したいんだろうね。普段の評価では得られない何を得たいんじゃないかな。
大学教授なのに、博士なのに、誰にも尊敬されない。でもネット界のイナゴになら上に立てる。そういう人、結構多いんじゃないかな。
放っておくと、完全に食べられて枯れてしまいます。
害虫対策をしないと作物は人間の役に立ちません。
一匹一匹つまみ出す、忌避剤を撒く、ハウスで育てる、など、対策を立てないとだめです。
害虫などに負ける弱い作物が悪い、などと言っていたのでは害虫に食い尽くされ、ペンペン草も生えない荒野になってしまいます。
ネットの意見はくだらない害虫の自己満足のために食い荒らされている状況ですね。
対策が必要な時期にとっくになっているでしょう。
任天堂は、ゲームソフトを審査するシステムを批判されたとき、「自由につくらせるとアタリのようになる」として、自社の方針を正当化しました。しかしアタリの没落は、その機能的限界やPCゲームとの競争に敗れたという原因が大きいようです。
> 「市民バンド(CB)が2ちゃんねるの様な状態になって自滅した」
私の認識では、CBが廃れたのはパーソナル無線に移行したせいで、
パーソナル無線が廃れたのは携帯電話やPHSが普及したせいだと思っていました。
この根拠を示して欲しいと思います。
> この種の問題は、ネットワークでは珍しくない。
ネットは市場原理ではなく、ボランティア(自発性)によるものですので、
テレビゲームや中古車の様な経済活動とは違うのではないでしょうか?
> 初期に主要なアプリケーションだったネットニュースは、
> 今ではS/N比が悪すぎるため、ほとんど使う人がいない。
Wikipediaでは
# インターネット掲示板やブログなどに押され、衰微しているニュースグループも多い。
となっていますが「S/N比が悪すぎるため」との根拠を示してください。
仮に先生の主張が正しいとして、
今のところ掲示板やBLOGはニュースグループよりも使われています。
掲示板やBLOGの方がニュースグループよりもS/N比が高いのは何故でしょう。
(私の認識は逆なので)
私は先生の現状認識に疑問があります。
この様な認識では、妥当なモデルが構築できない様に思います。
そもそもどうして「経済学」をモデルにするのですか。
GEグループなどでは90年代ごろから言われていたのですが、新しい用語だと誤認している人が多いのは微笑ましいですね。
と考えていらっしゃいますが、
ネットイナゴは結局は駆除できない気がします。
あるサイト(URLは忘れた。)でネットイナゴというのは人々がリビングで
テレビを見ながら「おおすごい」「こいつつまんね」
というのと同じということが書いてありました。
私もこの意見と同じでインターネットというもの自体が不特定多数の人間が自由に書き込める、つまりリビングでの愚痴が今ネットに広がって
いるだけなのではないでしょうか?
ネットイナゴの本質は昔からあり、それが
今のインターネット社会でただ見えるだけになったことという気がします。
http://www.tokai-bt.soumu.go.jp/denpa/zitugai/huhoupersonal.html
や
http://www.shinetsu-bt.go.jp/sbt/infonet/infonet31.pdf
や
http://www.hokkaido-bt.go.jp/K/003/003_personal.html
が参考になるでしょう。
「評判システム」の適用は興味深く読みました。
はてなは池田さんを顧問に迎えればいいんじゃない?
実は情報の非対称性は、逆淘汰の必要条件ではありません。情報が対称であっても、消費者がその情報を利用して選別できないときは、逆淘汰が起こりえます。ブログの場合、記事があまりにも膨大で読むべきものとそうでないものを区別できないので、質を確率的に(平均値で)評価するしかなく、イナゴが平均値を下げて逆淘汰を引き起こすわけです。
私の事ですね。41行ありました。20行では有効な反論は出来ない様に思いますが、分割しただけでは、ダメですよね。抜粋しました。
> ブログで得られる社会的評価
これを問題にするかどうかで「匿名」か「実名」かが分かれる様に思います。ネットの大多数である匿名の人間にはその様な物を求めていません。
実名の人は「売名(社会的評価を高める)行為」もしくは実社会での「エスタブリッシュメント」をネットに持ち込もうとしている様に思えます。
しかしながら、ネットは実社会と違って基本は匿名の社会です。匿名であるが故に平等なのです。実名を名乗るのは勝手ですが、その様な場で「俺様は学者先生だ!言葉遣いに気を付けろ!!」と主張すれば、当然反発されます。
この意味において、実名の人はネットに「いやらしい思惑」を持ち込んでいるとも言えます。
確かに駐車禁止区域内の車をひたすら燃やしまくっていれば違法駐車はなくなるでしょう。しかし同時に治安に対する不安を抱いてその町からは人そのものが姿を消してしまうのではないでしょうか?その町に残るのは火をつけまくっていた荒くれ者だけです。
この場合、先に取り締まらなくてはならないのは違法駐車でしょうか?それとも放火魔?
品格を看板に掲げる輩ほど・・・まぁこの先は言わずもがな、です。
それができないうちは、上限金利規制と同様なんらかの規制が必要なのだと思います。
Selectionを「淘汰」とせずに「選択」と訳すようになったのは、漢字制限のためですが、あまり正確ではありません。選択というと主体的に選んでいるみたいですが、実際には劣った個体が競争に敗れるという客観的な結果を示す言葉なので、淘汰のほうが正しい。
とはいえ2chも今のところ、淘汰される存在ではなくてむしろ黒字らしいです。
利用者はSNSのようなある程度閉鎖的な環境も含めて、自分にとって最も利益を上げるような工夫を行っている事業者を選択して、その時々に最適なblogに引越しするのがあるべき姿なのでしょうかねぇ。
その点はてなのblogにはいつでも引越し自由なエクスポート機能があり、先進的な会社のような気がします。他の会社にもインポートとエクスポートの導入を強制させれば、使えるblogがわりと早く現れる気がします。
経済学的に携帯のNBPがありなら、blogでもやってみるというのはどうでしょう。
四半世紀も前にいしかわじゅんが短編ギャグ「憂国」で書いてるようなことなんで、今更感はぬぐえない。
まわされているわけですが、いまだにうまい方法を見つけ出すための
試行錯誤が続いている状態ですよね?
素朴な実装は脊髄反射者の巣窟となったりして、いくつものコミュ
ニティを滅ぼしてきました。
最近はwhuffieみたいなアイデアもあるわけですが、そのあたり、なに
か見解がおありですか?
つ検索エンジン
> 選択というと主体的に選んでいるみたいですが、実際には劣った個体が競争に敗れるという客観的な結果を示す言葉なので、
最近の淘汰->選択の用語置換に違和感を覚えていたので、賛意を表します。
natural selectionという表現は、あたかも自然が意志をもって選択した「かのように」見える、と捉えるのが正しいのではないかと思います。
そういう意味では、淘汰->選択置換は、原語に忠実になりすぎて原意を外している悪訳の典型だと思っていたのですが、なるほど、漢字制限ということなのですね。
いつまで優生学を信じておられるのじゃ・・・
お主のような知恵者がこれではわしも悲しいぞい。
ちとぐぐってみんかい。
梅田さんは「強靭さを高めてサバイバルが必要」と個人のあり方の話をしていて
何か基本的な所で問題意識が噛み合っていないのでは?という印象を受けました。
耐性を高めたほうがこの先の時代にマッチした生き方だ、とする意見は、それはそれで同意ですが、
・発言者の鈍感力の高低と、意見の有益性は、基本的に関係がない。
・今のはてな周りは、有益性を評価し意見をフィルタリングする仕組みが充分に機能していない。(支持の多さが質を保証する、っていう考えもあるでしょうが、世間話レベルならともかく、例えば専門性の高い分野でそういう仕組みが適切に機能するかは甚だ疑問)
という点は真だと考えます。
イナゴの一匹としては、有益な意見交換を目的としないネット利用法も存在すると考えるので、あくまで世間話レベルとして勝手なことを言い合いたいだけなら、2ちゃんねるみたいな場所もアリだとは思います。
が、質の高い議論が展開されるのを期待する場で、これを混同した人が遠慮なしにノイズを放り込まれたんでは、確かに困るなあ、と。
球場にレスラー軍団が乱入、プロレスで勝負を要求。「これが世間のルールというものだ」
拒否されれば「臆病者の背は追わん」ということにされたんでは、観客としても何を身に来たのかわからないわけで。
はてながどのようなルールを採用するかには注目したいと思います。
一方このシステムがいわゆる<炎上>を起こりやすくするシステムであることも容易に予想ができ、その現場を目撃すると大変だなあと思います。が、それって、もともとの(ネット外メディアにこそ多く存在する)情報発信者と受信者の間にある発信者優位の抑圧の反動であり、ダイレクトに両者をつないで受信者(as 評価者)→発信者の回路を作った結果の必然の結果という気も・・。
長くなりそうなのではしょり気味に。これを緩和するためには評価者自体も評価されるようなシステムを構築すべきだという池田さんの提案は妥当だと思います。 が、ここで提案されているようなあるライン以下の人を除名するようなフラットなモノではおそらく駄目で、評価者をある程度階層化して、ロングテールの端の良質な評価能力を持つものを浮き出させるようなシステムが望まれると思います。長文失礼。
実名で議論されてる池田さんに敬意を評します。
> あんのうん様
書き手の品格を唱えるNC-15ことid:muffdiving氏は、下記の記事で『法で裁くよりも、自主防衛が必要』とあるように、ネットには自身のような私的な警察が必要だと主張しています。
http://d.hatena.ne.jp/muffdiving/20070615/1181912849
しかし、池田先生が提案するような健全なネット社会が実現されると、私的な警察活動に対する需要がなくなってしまいます。したがって、あんのうん様が懸念する「放火」は、正義の御旗のもとに今後も続くのではないかと私も危惧します。なぜなら、id:muffdiving氏が自ら仄めかしているように、「キチガイ晒し」は莫大なPVを稼ぎ出すからです。しかも、晒しても決して反撃されないような叩きやすい相手をターゲットにしているわけですから、罵倒する側が負担するコストはゼロに近い。
それにしても、池田先生はこれほどの罵倒を受けて平気なのでしょうか。私が同じ立場なら、こんな激しい罵倒には、とても耐えられそうにありません。
先生が望まれる良いコメントの条件とは何でしょうか?
例えば過去の「このコメントは気が利いていた」とかあるのでしょうか?
逆選択の対策方法としてはスクリーニングやシグナリングがあるそうですが、「評判メカニズム」の他に何かあるでしょうか?
実際に(私自身も身の周りもそうですが)購読しない、観ない、という選択肢の一般化は実現しつつあります。
しかしWebでの情報発信の場合はチャネル数が無数に存在し、その中から見ない、読まないという選択がごく当たり前に実行できることになります。極論ですがたとえば池田先生のBlogのように優れた情報発信源からリンクを辿るだけでも有意義となのです。
また、池田先生ご自身がご指摘されている通りアタリショックも“単純なS/N比による逆淘汰”ではありません。Webでは消費者側が選択して対処できるのですから、S/N比がどれほど悪化しようと“S”が一定数確保できれば衰退はしないのではないでしょうか?。
同様に取捨選択をできるCATVがあまり“浸透していない”理由について今一度ご一考ください。
諸問題について、その集団(市場)は何らかの自浄作用により手段や方法を変え進化(拡大)していくものだと思います。WEB2.0の世界において、逆淘汰というよりは、単純な淘汰が進み、今回問題とする「はてな」は淘汰されていくだけと考えるのが普通だと思います。
WEB2.0の知(笑)って、集合してるんだろうか?
http://kirik.tea-nifty.com/diary/2007/04/web20_aa2e.html
結局叩かれ強い人間しかその空間で生き残らない。しかも、そういう人に限ってノイズを流したりする。
思うに、ネットのような媒体というのは、極端に人間の想念が発現する世界ではないでしょうか?
またこれは、新聞や書籍とは異なり、物理的距離というのがゼロに等しいため起きる現象だとも云えます。
そして今回ご指摘は、ネット企業に何らかの社会的責任がある見れば当然の事だと思われます。
ですが、ネット企業の如きにそれを求めるのは、具体性が定着していない今、困難な事だとも思えます。
やはり、企業側の努力というものに期待する他は無いのかもしれません。
簡単なようですがこれがないと、群集の英知は「群集の無知」、逆選択の嵐しか呼ばないことになります。
明白だと思いますよ
CATVが浸透していないのは日本だけ。日本ではCATVのチャンネル単価が高すぎるため。
それは煎じ詰めれば規制の多すぎ。
これも一種の「制度設計」でしょうか。国の政策ではないので、我々が自由に出来ます。ルール作りで大事なのは、明確に定義されてそれが周知されている事です。
ソフトライセンスの「GPL」のように、運営モデルに分かりやすい名前を付けて普及させればいいのではないかと思うのですが......
そのような呼称が普及する事で、利用者側にも分かりやすいと言うメリットがあり、ネット上の住み分けも促進されるでしょう。
「このブログサイトはイケダモデルで運営されています」とか。
「どんな書き込みも可。しかしどんな削除依頼も受け入れます。」というのが「2ch方式」?
韓国のように規制してしまうよりは、イナゴの巣のようなサイトがどこかに存在する方がましで、仕方がない気もします。
市場(世の中)には、自然治癒力(自浄作用が働くメカニズムが備わっているはず論)がありますが、問題を解決する手段や方法に対して、行政の規制や介入の不適切(癒着・汚職・寄付)行為により、自然治癒活動が制限・抑止されていく場合が発生したとき、時に逆淘汰が進みやすくなると私は考えています。
しかし、そのような規制・介入が少ない市場では、自然淘汰が進むと考える方がナチュラルですし、それが日ごろの池田先生の論であると思います。
今回の池田先生の記事投稿の目的は、日ごろの自説展開とはやや違う印象ですね。
はてなユーザーを釣ろうとしている感じですね。
この間は2ちゃんユーザーを上手くつり上げましたよね。
情報発信者の自主規制は、法的な威嚇がないと行われにくいでしょう。ブログ開設者による、緩やかな、恣意的でない、一貫したコードによる管理が適正だと考えます。厳格であったり、厳しすぎる管理は、ブログの衰退を招きそうです。
私的な警察活動によって長期的にみて、成功した例はあるのでしょうか。 運用上の困難性を感じます。
当ブログでの20行規制は、どのような影響を与えているか議論の余地があると思いますが、今のところ緩やかな制限が施行されているようで、適正なのかもしれません。
その後、逆淘汰が実際に起こっているかどうかについての実証研究はたくさん行なわれましたが、少なくとも中古車市場では起こっていないようです。一般的にもかなりまれな現象で、上にあげた市民バンドやアタリなども別の説明が可能です。
しかし「悪貨が良貨を駆逐する」というアネクドートを論理的に説明した点ではおもしろいし、それを避けるためのフィルタリング技術についても、経済学の道具が使える可能性はあります。eBayなどは、経済学者を顧問にしてオークションを設計しています。
日本では実名でブログを書くことのリスク・リターンを十分考慮されていない発言を目にしました。残念です。実名でラジカルなことを書かれている方をみるだけで、内容に関わらず応援したいと考えています。
政府が掲示板を放置しているのも、掲示板に凄まじい負のエネルギーを爆発させることで、現実社会で暴動が起きるのを防ぐ効果を見込んでいるという説もあります。
現実社会ではエリートが主役です。ネットでは、名も無き民が主役なのです。
名目的等価性が、信頼を失い、実質的な価値で取引されると、悪貨の名目的価値も低下するものと思われます。結局、貨幣も商品性があり、最終的には市場の判断する価値で取引されるでしょう。
悪貨と良貨の判定が困難な場合は、等価性のある貨幣として、流通するが、両者の判定が、明瞭なら、まず選別が始まり、市場が混乱し、収束へ向かうということになるでしょう。
悪貨が良貨を駆逐できるのは、一時的現象であり、最終的には、それぞれの価値として、市場に流通するか淘汰されることになるでしょう。良貨は、いずれ正当な扱いを受けることになり、市場に流通するのではないでしょうか。(市場がコラプスしない限りにおいて)
悪貨が良貨を駆逐すると言うのは、まさにアネコデートで、神話や伝説に過ぎないのかもしれませんね・・・・・。
イナゴ・・・天災
ネットイナゴ?・・・人災
私も実感する事があります。
統計的なデータを持っている訳ではなく、
年齢にも左右されるので、間違った認識かもしれませんが。
女性ユーザはネットに関してヘビーユーザとは異なった認識・価値感を持っていると思います。
自然治癒力(免疫力)に期待するのか、それとも今ワクチン投与か?悩ましいところではありますが、ブログの欠点を補完するものとしてSNSはその役割を果たしています。ユーザーの動向、そしてサービス提供会社は、体内の様々な細胞活動のようなものですからね。私たち細胞が順応していくのをもうしばらくの間見守るのも一つかもしれません。
うんと卑近に考えれば、ROMは完全公開、コメントはメアドレベルのユーザー登録が必要とし、その上で「応用eBay方式」、IPアドレスによるブロックやブロガーによる任意削除などを併用するあたりが実用的な線かもしれません。それでも粘着してくるイナゴはいるでしょうが…
別にネット全体が同じパターンで統一されている必要は無く、現状のSNSと完全公開のブログの中間に、いくつかの実用的なパターンを考え、ブログの性質によって使い分ける事が出来ればよいと思います。
ブロガーのポリシーとして完全公開を選ぶも良し、完全登録制を選ぶも良し。棲み分けが出来る事が大切だと思います。
それと行政機関などではなく、サイト主催者も含めたネットの住民が自ら工夫して実現する事。
多くの人は建設的な討論はSNSでしています。今後もミクシィは拡大していくでしょう。既にミクシィは携帯による認証を取り入れ、「量から質」へと転換しています。
女性ヘビーユーザーも一定数存在することをお忘れなく。
わざわざネットイナゴという単語を定義し使うまでもなく、各個人の資質と状況認識だけの問題な気がします。BlogでもSNSでもWikiでも、ネットイナゴは十分いますしね。
GIGAZINE が「ネットイナゴ問題」に言及しています。
http://gigazine.net/index.php?/news/comments/20070617_net_community_collapse/
しかし、GIGAZINEにおいても、この問題の本質を理解していないように思います。なぜなら、『コミュニケーションを否定して拒否するコミュニティは成長せず崩壊する』との一文に見られるように、この「コミュニケーション」が抱える欺瞞を理解していないからです。
ネットイナゴ問題の本質は、「コミュニケーション」と称して大勢で押しかけたり、「書き手側の品格」を御旗に激しく罵倒し続けた結果、日本のブログは鈍感力の強い人しか書けない状態に陥ってしまっている点にその本質があります。
したがって、GIGAZINEのいう『円熟したコミュニティの参加者の一部が一種の「暴徒」と化』したとの指摘は、まったく問題の本質を捉えていませんし、責任を「一部」に転嫁しているにすぎません。
GIGAZINEもNC-15ことid:muffdiving氏も、この点を完全に見誤っていると思います。
ところで、ekken氏は、次のような記事を投稿しています。
http://ekken.blog1.fc2.com/blog-entry-600.html
池田先生や小倉弁護士が「みんなのため」の議論をしようと問題提起しているのに対し、ekken氏のように「自分のため」の議論をしようと呼びかけている人がいるのは興味深いです。
前者は評判メカニズムを導入しようと主張し、後者はテメエで自衛しろと言う。
果たして、私のような一般人は、どちらの「国家」に住みたいと思うでしょうか。
人類の救世主のネオと最強の悪役のスミスは、強調された雨の降りしきる(どこか黒澤映画を想起させる)ポストモダン的な状況の中で、黙示録的な戦いを繰り広げ、ネオの誘い水に乗った、スミスが、”初めあるものには終わりがある”というコードを発して自壊する。この物語の終焉には、様々な含意があると指摘したい。それは、ポストモダン的表現の終焉であり、エクリチュ−ルのパロールに対する敗北であり、人類の楽観主義による慰めである。
スミスを打ち破って人類を救った様に見えるネオであるが、実は、ネオとスミスの複合体が、機械文明の支配力を削いだと見るべきである。この善と悪との複合体が人類を救うのであり、彼らの存在を起点にして新たな年代記が刻まれるべきである。
この広大無辺な、スミスとネオの物語は、20世紀のネイティブ達が後の世に残した伝承されるべき神話である。
>ここをとったら切りつけられても
「ここ」って、どこですか? 言葉と言い回しの意味がよく分からないので解説いただけると助かるんですが。普通の女性ユーザーってのもよく分からないんですけど、何が普通なんですかね? そういった「一見の他者に不親切な文章を書くこと」が普通の女性の条件なんですかね? 「普通の人はそこまで気が回らない」って意味では、確かに普通だと思うんですけど。
申し訳ないですけど、文章を読めるようにしていただければ幸い。
ブログ界がスラムや鉄火場のようだと言いたいのでしょう。
要は住み分けすれば良いだけの事だと思いますけどね。選択肢は既に色々あるのだから。何をムキになっているのやら。
そのような排除の俺様ルールは各のブログの主が自分のブログ内で実行すれば良いのであって、ネット全般にまでそれを適用しようとする事には危惧を覚えます。
この私の書き込みに関しても、池田氏が削除(ここは承認制なので掲載しないという事になりますね)するのは全くのかまわないのですが、得体の知れないサイバーポリス、あるいはお偉い大学や弁護士のセンセの作った俺様法で削除されるとしたら、それはそのような自称ポリス・お偉いセンセによるネット統制に過ぎません。
逆に考えると、個々のブログなんてものは極私的なものでしかないわけですから、その主の自由にやれば良いんです。 気に食わない奴は排除すれば良いんです。付けられたコメントが客観的な批判であるか誹謗中傷であるかなんて関係ありません。問答無用で排除してしまえばいいんです。その人の自由ですよ。客観的か誹謗中傷かを判断する基準も人によって違うわけですしね。
例えば、このブログから、私が排除されたとしても、私は逆恨みなんてしません。なぜなら、このブログは池田氏の私物だからです。 が、その俺様ルールをネット全体にまで適用するような動きがあるのなら、私は絶対に受け入れられません。
> Unknown様
> 自分と意見を異にする人をネットから排除したいだけじゃないの?という人もたまに見受けられます。
それは、具体的にはどこで見受けられたのでしょうか。教えて頂けると大変助かります。お願い致します。
> 得体の知れないサイバーポリス、あるいはお偉い大学や弁護士のセンセの作った俺様法で削除されるとしたら、それはそのような自称ポリス・お偉いセンセによるネット統制に過ぎません。
逆にお伺いしたいのですが、ネット上には、自分の意に沿わない言論を潰そうとするブログがあります。Unknown様は、そのようなブログを放置してもよいとお考えなのでしょうか。
近年、マスコミ不信などと言われますが、私はネット上の言論に対して不信感を抱きつつあります。実際問題、「俺様は罵倒するが、だからといって俺様を取り締まるな!」という旨の俺様ルールを振り回すブログが一部にあるのも事実です。
そのような品格を備えたブログは、誹謗中傷まですべて正当な批判にカテゴライズしてるふしがあり、反対意見を問答無用で排除する姿勢を見せています。このような状況下では、人々の間に、良い情報を提供をしようというインセンティブは生まれないのではないでしょうか。
それでも昨日は、池田先生がYuanying氏とうまく対話しているのを見て、ネットの言論も捨てたものではないのかなと思いました。しかし、今日のUnknown様の残念なコメントを見ると、やはり対話は難しいのかなと思わずにはいられない私がいます。
http://blog.goo.ne.jp/ikedanobuo/e/31e93631310649419220ba30ddba14dd
誰かを誹謗中傷することを厭わない人がいて、その人の顔色を伺わなければ何も書けない。そんな窮屈な世界で、果たして質の高い言論が集まるでしょうか。非常に疑問に思います。
タグとか追うとわかります。
池田さんのブログは有名なのに、慰安婦問題とかでマイノリティーの人たちにとっては都合の悪い記事を書かれるので、潰したいのだと思います。
池田さんのブログの信用を貶めたいのだと思いますよ。
負けないでがんばってください。応援しています。
特にイナゴの副作用として、彼らが悪口を書くためにブックマークすると、そういうネガティブなコメントを集めた記事が上位に出てくるというバイアスが発生します。結果的に、はてブの2ちゃんねる化が急速に進行しているように見えます。
情報量(エントロピー)的観点から割とシンプルに考えればよいのでしょう
※web2.0的でもなんでもありません。極めて原理的で普遍的な方法です。
同じ(ような)情報は何億件あっても全て同じものとみなせばよいのです。
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同じ情報が何億件あっても、ただ一つしかなくても、両者の価値は本質的にはほとんど変わらないでしょう。
..........自分の宣伝ですが、そういう研究をしています
http://blog.livedoor.jp/tak_tak0/archives/51084184.html
※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。
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