炎上状態における(あるいはそれ以外でも)、反論と言うよりはいちゃもんといったほうがいいような書き込みは、そういった書き込みをすることが倫理的に望ましくないことが分かっていて書き込んでいると思われることが多々あります。IDの表示により、そういった書き込みが抑制されることが期待できます。また、自分の気に入らない人間を執拗に攻撃するようなことをする人物に対して、掲示板の管理者などが ban (書き込み禁止)する等の措置もとれるようになります。賛同者の人数を偽ったり、自分が不利になると新参者のふりをしてまた議論を最初に戻し、相手を疲弊させるなどのアンフェアな戦術は、ID表示により原理的に不可能になります。
大学の教室ならば実名。電車の中は匿名。喫茶店の中も店員は実名だが、お客は匿名。それぞれのコミュニティーの特性を絡めなければ、実名・匿名を論じてもあまり意味はありません。
いま、ネットで起きている混乱は、電車の中で出席を取ることだったり、大学の教室を匿名にすることだったり、そういうことです。大学の教室で匿名の議論になった場合、実力のない教授は負ける。だから、実名を強いる。逆に、電車の中で出席をとられれば寛げない。目の前に自分の会社の上司がいれば座ることもできない。ネット者は教室、電車を移動していく。そういうイメージ。
ネットは物理的には一つの世界ですが、ネット上の言論には断絶があり、ひとつの世界になっていないのが現状ではないでしょうか。
実名登録派は、実名以外のコミュニティには出入りせず、実名以外の意見は無視すればいいだけです。(現状で実名を担保するシステムは無さそうなので、それを実証するための商用サービスを立ち上げて欲しいものです。)
池田さんのような固有ID派は、トラックバックとIDつきのコメントだけ受け付ければよい。
私は今日も匿名コミュニティに出入りする。
それだけの話です。
そこで、何の会話をするんでしょうか?匿名どうしで覆面のままで会話するの?無理でしょ。
「実名世界」「匿名世界」と乱暴に二分すると、前者はそれだけでやっていけるのに対して、後者は実名世界のことに言及することしかできない。対称ではないのです。
だから、コミュニティを切り分ければ済むという問題じゃない。
ここのエントリを、はてブで誹謗する匿名コメンテイターはいっぱいいますが、匿名コメンテイターどうしの会話なんてありえない。特定できないんだから。
どうして無理と判断するのですか?
2chをはじめ匿名同士で会話していますが?
その他、実社会でも実名を必要としないシチュエーションなども多くありますが。
>「実名世界」「匿名世界」と乱暴に二分すると、前者はそれだけでやっていけるのに対して、後者は実名世界のことに言及することしかできない。対称ではないのです。
実名世界に対する言及を「匿名」でやっちゃいけないのですか?議論のポイントがずれています。
コミュニティを分け、人が必要に応じて匿名、実名を使い分ければ良いだけだと思います。
実社会では実現しているのですから
あれのどこが会話なんですか?言葉を発している主体がどこからどこまで一貫しているんだかわからない。単に言葉の投げつけあいがあるだけです。だから「議論」ではなく、同じ方向でのファッショになるんです。
>その他、実社会でも実名を必要としないシチュエーションなども多くありますが。
その場合は相手が「見えて」いるでしょう。1分前の発言と10分後の発言とで、対応がつかなくなるということがない。
2chでは都合が悪くなったら沈黙して、ほとぼりが醒めると、また同じことを言い立てる人がいると思う。これでは議論にならない。
>実名世界に対する言及を「匿名」でやっちゃいけないのですか?
かまわないですが、「名無し」「とおりすがり」の言うことなんぞ、説得力もなにもありませんな。
>実社会では実現しているのですから
してないですよ。電車の中ですら、名前を知らないというだけで、目の前の個人は特定できているんだから。
一見匿名に見えるものでも現在ある技術を使えば個人を特定することは可能である。
ゆえに「実名推進派」が主張する「完全匿名」というシチュエーションはネットでは存在していない。
出発点が違うから「実名・匿名論争」はいつまでたっても収束しない。
実名でやりたい人は実名にすればいい、ただし、何らかの誹謗中傷が発生することを覚悟した上でやれば良いと思う。
(一種の有名税に近いもの)
>完全匿名の補集合は完全実名ではない。
この下りは非常に同意できるのですが、
>リバタリアンは、こういう「ルールは何も必要ない」
という部分は不要だったのではないでしょうか?(論点がかすむと言う意味で)
ピンポンダッシュしている子供のような人間ばかりなってしまった今の日本では大人になるために必要な儀式のようにも思えます。
はてなアノニマスブックマークでもあれば別ですが、どのコメントも記名制ですよね
あとgooもソーシャルブックマークやってませんでしたっけ
池田さんの場合、自分のコントロール出来ない場所で一方的な批判をされるのが嫌なだけではないでしょうか
匿名でも自分の意志を主張し、その主張に賛同する/反対し、議論を行うというのは可能である。
「顔」が見えるかどうかが問題であれば、ネット社会は不要であり、そもそもの議論の成り立ちに成りえない。
議論をする最中に「誰が言ったか」を考えるよりも「何と言われているのか」が問題だとは考えないのかな?
しかし匿名同士の掲示板は作り話として楽しむ人にはよいかも知れませんが、事実と虚構が混在するため、まともな神経では見るだけ時間の無駄でしょう。
ブログ管理者がそのブログにふさわしくないと判断する人の書きこみを拒否するのは当然のことです。
うるさい匿名コメントを排除するためのGooID使用の試みは一つのモデルケースになるのではないでしょうか。
…と書いてみたところで「はてな」は取り上げるつもりはないようです。そもそも「はてな」に情報としての価値を期待してはいけないのでしょう。所詮「へんな会社」が作った変なサービスですから。俳句作ったりロクロ回したりと、コンセプトは「情報の手遊び」と言ったところでしょうか。
なのに何故、池田さんがいつも「はてな」に噛み付くのか良くは判りませんが、たぶん「はてな」をだしに日本のネットコミュニティーについて問題提起をされているんだろう、と解釈しておきます。
で、その点については私も同意見です。オタク談義ではなく、社会の深部に迫るテーマについて、論理的に意見交換できる場が極端に少ないと感じます。全く無いとは言いませんが、例え芽が出ても、結局は匿名気分でストレス発散の落書きか、逆に人畜無害な事だけ書いて、上辺だけの仲良し村の維持に神経をすり減らすか、のどちらかに集約されてしまうように見えます。
これって思いっきり伝統的な村社会ですよね。もしネット利用者の殆どが、そうしたコミュニティーを望んでいるとしたら…もう「日本終わってる」ってことじゃないでしょうか。
私も2chを見ますが、あれは一種のゲームです。
「自分と異なる意見を持った様々な人がいるのだなぁ」という社会の多様性を認識するための場であり、答えを出す場ではありません。「釣り」のように自分と異なる価値観の人間を演じてみたり、複数のIDを使って議論を誘導しようとしたり、という一種の社会ゲームです。それを真に受ける人の方が現実とネットの区別が出来なくなってるだけだと思います。「嘘を嘘と(ry」ですよ。
はてブのことは判りませんが。
「しかしながら、当時の時点でも海外での議論と日本の議論を比べると、数段劣っている印象がありました。」
それは、当時の日本ではネット上での言論が社会的評価に結びつかなかったためプロが参加して来ていなかったからではないでしょうか?今は状況が変わって来ていると思います。
様々なルールの場が並存する中で、場の選好を通じて、共通のセンスが形成されてくるのを待つしかないのでしょうねえ。
ムラ社会的で勢いに流されやすい、付和雷同的な「古い日本人」のメンタリティーの典型事例ですね。
サイバーリバタリアンにある梅田望夫氏の、「イデオロギーとか政治にかかわること」を書かなければ炎上しないよ、という発言は、中央公論にコラムをもっている識者のものとは信じられません。そういうことを書くと袋叩きにされてしまう状況自体が、まず問題だと思わないのでしょうか。表現の自由の重要性について、先進国の平均的市民程度の認識もないと言わざるをえないでしょう。
これはサイトオーナの趣向にあっている人が集っていると言うことなのでしょうか?
何を根拠に断定できるのでしょうか?
そのような事象を論理的に説明できますか?
議論好きな日本人はスポイルされなければならないのですか?
2chで匿名で議論し、銚子鉄道の経営難を救った話や自殺を止めた話(これは議論ではなく説得ですが)などはバーチャルな話なのでしょうね。
実名でコメントすれば議論であり、匿名であれば釣りであるという見方をするのは自分自身が情報の取捨選択が出来ないということを宣言しているだけですよ。
議論とは「誰が発言したのか?」が重要ではないんですよ。
「イデオロギーとか政治にかかわること」を書かなければ炎上しないよ」
今まで炎上して話題になった事例ではイデオロギーや政治はほとんど関係なかったと思います。どちらかと言うと「道徳」に関することの方が多かったのでは?
TVでは「朝まで生テレビ」や「日本のこれから」などが有名ですがWeb上でTV局が掲示板を準備することはしません。番組中にヘッドフォン姿の女性がズラッと映し出されて「アンケートにご協力下さい。電話受付中です。お掛け間違いの無いようにお願いします」とまるでTVショッピングのようです。
色々考えてみると最も匿名を望んでいるのは官僚とマスコミ関係者ではないでしょうか?個人情報保護法に守られた不良公務員と電波利権を独占する官僚・マスコミは同類だと思いますが、いつでも逃げられる匿名社会は彼らにとっても好都合です。元NHKの手嶋氏が元旦の「朝まで生テレビ」で喋っていました。「メディアの官民談合があるのはアフリカの小国と日本くらいで言論の自由は現職の大臣にすら無い」そうです。
Wikipedia(「炎上」)には、「批判の対象になっている法案・条例や、憲法、外交、歴史、国会にまつわる話で、インターネット上の大勢に反する発言をすると火がつく。対象者は、政治家や弁護士、市民団体などそれなりに社会的地位があることが多い。特定の立場からの否定的コメントが一度に多数投稿される事例も後を立たない。」とあります。
私はこれが事実がどうか断言できませんが、そういう状況があるのだと認識している人が(望田氏)、「火をつける」側を批判するのではなく、政治的言論を控えましょう、と言っているのがおかしいと思った次第です。
あと、さきほど「古い日本人」と批判してしまったコメントは、発言した方(zxreak_2008さん)自身が匿名で暴言を繰り返しているわけでもないのに、失礼しました。謝罪・撤回します。
なるほど。そういう炎上の対象が地味(メディア的に)な事例はメディアで話題にならないので知りませんでした。元々はそっちのほうが「炎上」の起源なんでしょうね。
しかしイデオロギーや政治に関する話では、書いた本人にも信念があるでしょうから炎上したとしても本望なのではないかと思います。それに対し、無知や偏見などを不用意に書いて炎上させてしまう人はネットというものを全く理解出来ていないのでしょう。冷たい言い方になりますが自業自得です。
>私も2chを見ますが、あれは一種のゲームです。
2chだけじゃないんですが、人が大量に出てきてエキサイトするスレを細かく見てると、実はうまく大勢の意識を一定方向に動かしてる知能犯みたいな人がいたりしますね。あまり多く発言はしないんですね。絶妙にいい場所でクィっクィっと流れをひねる感じで、ひとつの流れを作って行くんですね。何度かすごい人材を目撃しましたがw、あれはもう職人芸でしょうねぇ。
2chでも政治関連スレだとそういうのの海千山千ですね。確かにゲーム的ではあるけど明確に戦略的な何かの上に乗ってる場合がけっこう多い気がします。最近はさすがに飽きて2chには行きませんけどw
自分たちの利権(具体的には高額な報酬)のためには「捏造偏向は当たり前、人権蹂躙何のその」の彼らが良心を取り戻すとは考えにくい。最近では乳児を殺害された若い母親が執拗な取材攻勢のために自殺したと言われていますが当のマスコミが自主規制で詳細がわからない有様です。また「朝まで生テレビ」に関するスレッドが最も多く立つのは2チャンネルですが、私はマスコミと「2ちゃんねる」は親和性が高いと見ています。匿名コミュニティの雄2ちゃんねるが潰れて困るのは日本の官僚(ファンが多いらしい)とマスコミかも知れません。
マスコミやその取り巻きである広告業界主導の情報発信の形態から,受け手であった私たちからの情報発信の形態に移行しきれていないのが,現状かなと思います。
池田さんご指摘のように,実名で堂々と意見を戦わせるfacebookのコミュニティのようになるには,かなり時間がかかりそうですね。
利用するコミュニティやSNS等,厳しい考え方で厳選するこだわりを,私たちが持つことが,ポリシーの無い
運営サイトの駆逐に繋がるのだと思います。
実名・匿名論争にかかわらず、既存の体系を変えようとする提案には必ず反対意見があるもので、それを”お子様”と一概に切り捨てるのはあまり賢くないなぁ……と思ってしまいます。
ところで本記事の話題とは離れますが、実名・匿名論争で本来取り上げるべき be.2ch.net がここまで無視され続けるのは何故なんでしょうか。BeID でログインしておきながら平気で荒らす人とか結構多くて、格好のサンプルになりうると思うのですが……。
オンラインでもオフラインでもそういった方はいますよね。
その人の意見が本当に正しいかどうかも検証しないでそっちの方向に流されるケースがしばしば発生します。
個人的には対面で議論するよりもネットで書き込みをするほうが冷静に判断できるケースが多いので、ネットの議論は好きなほうですね。
2chだと政治や新製品情報は情報操作(というよりも意見の押し付け)が多く、静かに技術的な議論や相談ををするほうが多いですね。
2chだからとか匿名だからという形だけで見ないで、本質的な部分の見てから判断して欲しいですね
実名で投稿して、中傷を受けるのがイヤなら、そういうところに出入りしなきゃいいし、匿名でコメントできるサイトを利用すればいい。
あなたは誰かに強制されたの?と聞きたい。その選択は、全部自分の意思でやっているのだから。
言われてるのかと思いますが
(いかんせん読みにくい文章なので全部は読んでいませんが)
じゃあ実名で報道しといて責任とった人間がいるのかというと
見当たりません
TV各局の「報道」をしてい番組の司会者やコメンテーター
専門家と言われる人たちが
いかに嘘をつき視聴者を騙しているか
ネット上ではよく聞く話ですよね
匿名の複数名がそういう事に関心を持ち
活動している結果だと思いますが
それとこれは単に疑問に思ったんですが
実名で発言した場合
同姓同名の他人にもその影響は及ぶのではないでしょうか?
これに対し現金で支払うなら、これは匿名で行われる行為であり、現金には匿名性がある、などと言う。
一方、2チャンネルで書き込みをする。
これも匿名の行為である。
しかし、この二つの匿名性はまったく違う。
お店で買い物をする場合、お客の氏名や住所などは分からないが、支払いをする意思のある存在として現実に目の前に実在していることは確かである。
性別やおおよその年齢も知られる。
いわば実在性が担保されているのだ。
もし支払いをせずに逃走すれば、追いかけて捕まえることも可能である。
トレーサブルなのである。
2チャンネルの場合は様子が異なり、書き込んだ誰かがいるということは確かでも、何の担保もない。
その人に関する一切の属性情報がなく、どんなにコストをかけても本人にたどり着くことはできない。
トレーサブルではないのだ。
リアルの世界では、落書きなどがこのレベルの匿名性と言えよう。
そこで私は次のように分類したい。
実名 本人を特定できる情報が開示されている場合
仮名 本人特定情報は非開示だが実在性がTrusted Third Party(認証局など)により担保されている場合
匿名 本人を特定できず実在性も担保されていない場合
そして、ネットの世界で中心的な位置を占めるのは仮名である。
実名が求められるのは申請や届出などの場合であり、ほとんどの取引は仮名で十分である。
むしろ、個人情報の流出問題などを念頭に置くと、ネットで実名を使用するのは例外的としなくてはならない。
たとえばオークション。
出展者も落札者も、落札され実際に取引が始まると、実名を開示しなくてはならない。
しかし、住所氏名が知られれば、自宅に押しかけてこられるようなことがないとは限らない。
骨董品や美術品のオークションは別にして、リアルの世界のフリマなどでは実名を交換する必要はないのに、ネットオークションがそうなっているのは、実在性を担保しながら匿名であり続けることができないという技術的制約が原因と思われる。
もし仮名で取引が完結すれば、このような問題はいっさいなくなる。
そのためには、利用者と認証局との間で後述する「利用契約」を結んでおき、特定目的に限って個人情報を引き出すことが認められている事業者、つまり配送業者や金融機関、クレジット会社などのには本人情報を開示できるようにしておけばよい。
また、法執行機関の要請があれば開示するものとする。
もちろん、このあたりの設計は慎重に行う必要があるのは言うまでもないが。
スラッシュドットでは匿名だと ポイントが0
アカウントであれば 1からスタートし、
モデレート、メタモデレートにて調整が半自動的にかけられています。
すべてのブログや掲示板に同じような事が出来る訳ではありませんが、やはり発言の重みを尊重する慣習法を確立するのは良いと思います。
「2チャンネルの場合は様子が異なり、書き込んだ誰かがいるということは確かでも、何の担保もない。
その人に関する一切の属性情報がなく、どんなにコストをかけても本人にたどり着くことはできない。」
この点は明らかに事実誤認だと思います。昔はどうか知りませんが、現在の2chは発言者をトレース出来ます。
kenkouhoushiさんの仰る仮名に近いですが、一人の人間が複数のハンドルを持てるのでは、完全ではないように思えます。
結局のところ、匿名の議論で何が問題かと言うと、書き逃げや荒らし、複数HNで自分の意見を擁護したり、時と場合によってまったく異なる方向の意見を使い分けたりといったことでしょう。
こういうのを防止するには、実名の必要性はありませんね。
むしろ、実名は他の方も指摘しているように、リアル社会の立場にとらわれて本音の議論が出来ないとか、個人情報が漏れるとかいった弊害の方が大きいです。
ですので、完全にやるなら個人と一対一対応しているIDで、通常はIDから個人を辿れないような仕組みが必要です。
しかし、これを実現するとなると、運転免許やパスポートと言った感じの、単一認証局を設ける必要があり、それは現状だと政府関係に頼るということを意味します。
さらに、家族や知人のIDを使えないようにする生態認証的な要素も必要になり…
と現実的な話ではなくなってしまいますね。
というわけで、現状だと完璧な対応は無理でしょう。
2chのように、ノイズが大量に乗ることを承知でほぼ匿名とするのか、池田先生のようにgooID等を使って多少なりともコテハンに近づけるのかを、ケースバイケースで使い分ける。
参加者も、その場が「どういう場なのか」を理解して発言する。
って事に落ち着くのではないでしょうか。
#長々書きましたが、要するに「現状肯定」という意見なのですがね
前半部分は中傷のオンパレードなので、中盤あたりから読むことをオススメする。
私の勝手で2コメントに分割してしまい申し訳ない。
ネットを総仮名にする取り組みは悪くない。
だが、そうしたことで中傷がなくなり、責任が発生するかというと、そういうことは無いだろう。
イジメだとか政治家だとか教授だとか、実名が存在するにもかかわらずそういうことをする人間はたくさんいる。
よって、この案について、システム構築よりも人間の構築、すなわち「教育による解決」のほうがより効果的だろう。
さて「このコメントのリンク先」を見てほしい。
この掲示板は、始めこそ中傷が多すぎて見ていられるものではないが、終盤では、匿名BBSにしては珍しく、それなりの議論がされているように見える。
匿名であろうが意見交換は可能であるようだ。
匿名の廃止、総仮名制度については実装すべきだろう。
意見を言い合うとき、情報が多いほうが良い。
それと平行して、「匿名であろうが責任を持つ意思のある人物」を育成することも重要である。
欧米では建設的な議論がネット上でもなされている、日本はダメ、という論調をよく耳にしますが、具体的にどこのサイトで建設的な議論が行われているのか教えていただけませんか?
以前捕鯨問題の件でBBCや他の英語メディアを見ていたのですが、彼らは基本的に一方的な意見を言いっ放しで、アンカーが飛び交う2chなどよりずっと不気味な感じがしましたが。
加えて捕鯨の件ではどう見ても西洋人が論理的とは思えませんでした。彼らはかなり感情的だと思いますけどね。犯罪率も日本の10倍以上ですし、統計的には連中の方が情緒的だと思いますが。
>実名で投稿して、中傷を受けるのがイヤなら、そういうところに出入りしなきゃいいし、匿名でコメントできるサイトを利用すればいい。
>あなたは誰かに強制されたの?と聞きたい。その選択は、全部自分の意思でやっているのだから。
匿名での議論が、そうでない掲示板の内容等について一切の批判的内容を書かないのであれば、そういう論理もあり得るのかもしれません。しかし、実際には実名での書き込みに対する(的はずれな)批判が匿名でなされることが多く、しかも困ったことに批判側が間違いに気づかず、所謂「炎上」状態になり、収拾がつかなくなってしまったことが今までに何度もありました。
そういった集団リンチを回避するためには、まず犯罪的書き込みを行った者を処罰できるように、トレーサビリティが必要になってきます。「それならば2ちゃんねるでも逮捕者が出ているし、2ちゃんねるのシステムでも十分ではないのか」という意見もありますが、実際上そうではありません。炎上状態になると、あるいはならなくても、犯罪的書き込みを行う者の数が多すぎ、警察による取り締まりには限界があります。また、掲示板の仕組みのうち、大きな部分を行政に依存してしまうのは問題があります。犯罪的とまでいかなくても、アンフェアな議論の方法を使用できてしまうという問題もあります。
掲示板のシステムとして、なるべく行政に頼ることなく、自立的に犯罪的またはアンフェアな書き込みを減らす方法として、発言者が各個人と一対一対応するIDを表示することが有効ではないか、ということです。
炎上状態における(あるいはそれ以外でも)、反論と言うよりはいちゃもんといったほうがいいような書き込みは、そういった書き込みをすることが倫理的に望ましくないことが分かっていて書き込んでいると思われることが多々あります。IDの表示により、そういった書き込みが抑制されることが期待できます。また、自分の気に入らない人間を執拗に攻撃するようなことをする人物に対して、掲示板の管理者などが ban (書き込み禁止)する等の措置もとれるようになります。賛同者の人数を偽ったり、自分が不利になると新参者のふりをしてまた議論を最初に戻し、相手を疲弊させるなどのアンフェアな戦術は、ID表示により原理的に不可能になります。
2chが発言者トレーサブルであること、知りませんでした。
ご指摘有難うございました。
ただ、私のイメージするトレーサビリティは、認証局が住所氏名性別生年月日といったいわゆる基本4情報を含む個人情報を保有し、必要に応じて利用契約で認められている仲介時業者や法執行機関に開示できるとするものです。
B51さん
個人と一対一対応しているIDを実現するには単一認証局を設ける必要があるというご意見、同意です。
複数のIDを取得して、あたかも別人のように振る舞われたらどうしようもありません。
仮に犯罪捜査にでもなって司法当局に調べられたら分かってしまいますが。
でも、それだけでもある程度の抑止力にはなると思いますし、一定の節度が期待できるように思います。
甘いでしょうか?
なお、仮にMSがYahoo!を買収して、LiveIDとYahooIDがOpenID形式で一体化し、それが電子証明書でendorseされるようになれば、そしてOS/Outlookの証明書ブラウザがもっとフレンドリになれば、さらにYahooメールなどのWebメールが電子署名に対応するようになれば、これが私の言う仮名IDとしてデファクトで機能することは十分あり得ると思います。
>実際には実名での書き込みに対する(的はずれな)批判が匿名でなされることが多く
と
>そういった集団リンチを回避するためには、まず犯罪的書き込み
がリンクしません。
物事をどのように捉えるのかについては人それぞれだから、批判が出るのは当たり前ですよね。それが的外れなことも往々にしてあります。
でもそれらは犯罪的なものではなく、単なる議論のひとつですよね。
仮に「炎上状態」になたっとしても対応さえ間違えなければ鎮火させることも可能です。
大半の人間が鎮火に失敗をしてしまい収拾がつかなくなってしまっているのではないでしょうか?
過去の例でも炎上したままblogを閉じているケースや真摯に対応して鎮火して今でも継続しているケースなど色々とあります。
批判・炎上が怖いから実名やID必須にしたいと言うのは自分でリスクが被れないから安易に権威にすがりたいと見えます。
本当に犯罪的書き込みがあるのであれば、警察やプロバイダに相談することが良いと思います。
kenkouhoushiさん
MSがYahooを買収してIDを統一したらそれをデファクトにするなんて怖いですね。
いち民間企業にそのような管理をさせて安心できますか?
ちなみに、YahooInc.とYahooジャパンは親子関係に無いですから、YahooInc.がMSに買収されたからと言って、YahooジャパンがMSになると言うことは無いです。
現在の資本上の関係だけの話で、今後、政策的に変化する可能性はあると思いますが・・・・
>MSがYahooを買収してIDを統一したらそれをデファクトにするなんて怖いですね。
もちろんコワイというかイヤですね(笑)。
ところで、私の知人が関係しているSingaCertという会社が「ホワイトリストによるセキュリティ対策」という新しい考えかたを提唱しています。
従来の、コンピュータウイルスやマルウェア(悪意のあるプログラム)、悪質サイトのURLなど、システムにとって好ましくないものを「ブラックリスト」に入れて管理しようとする方法論は本質的に「脅威への後追い」であり、ホワイトリスト、つまり「信頼できるもののリスト」を用いて白(間違いなく正しいもの)を判別するほうがはるかにシンプルで安全な方式であるという主張です。
私は現在猖獗を極めているスパムメールなどを根絶するには、このアプローチしかないと思っています。
つまり、電子署名付きのメール以外は排除するやり方です。
(詳しくは言えませんが、経産省もそのような考え方を検討しているようです。)
サイトに節度を持たせたい場合も、仮名IDで発言に署名させる方法があります。
でも、IDのようなプラットフォームビジネスはアプリケーションがなければキャズムを超えられず失敗します。
この点で、すでにYahoo IDとして多数のカスタマーを抱えているヤフーと、メーラーやブラウザなどのアプリケーションのトップベンダーであるMSとの組み合わせは、キャズムを超えるポテンシャルを十分備えていると思われます。
個人的には抵抗がありますが。
名前を書く前にうっかり送信してしまい失礼しました。
確かにそういう意味でのトレーサビリティはありませんね。今は容易にトレース出来るのはIPアドレスまでで、その先をトレースするには警察などの現実側の人員を割く必要があります。そうなると現在のところ犯罪的な書き込み全てをトレースするのはコスト的に不可能でしょう。
ただ思うのですが、そもそも犯罪的な書き込みを全て取り締まったり規制したりする必要があるのでしょうか?現実世界においてさえ犯罪的な発言や行為が全て取り締まることすら出来ていないのに、ネット世界でそれを求めるのは土台無理難題なのではないかと思います。それに出来たとして「水清くして魚棲まず」ではありませんが、綺麗で清潔なネットなんて魅力半減です。この玉石混淆の混沌こそが新しいイメージの源泉であると思っています。
「面とペルソナ」に書かれているように、人間は多かれ少なかれ現実世界では場に合わせてペルソナを使い分けています。ネットはそれを使い分ける必要がなく、全てのペルソナを使った表現や発言を見ることが出来るのが魅力なのです。
「信頼できるリスト」の定義は?それを私企業がやることにどのように正当性を表明できるのでしょうか?恣意的なものが発生していないことを常に証明しないと、フィルタリングを行う企業自体が「信頼されない」ものになってしまいます。
ホワイトリストを使うときの問題点としては、
新規企業がWebサイトを立ち上げたときに「信頼できるリストに入れてもらう」までに時間がかかってしまいビジネスが出来なくなってしまった。
一度信頼できるサイトに登録されたサイトが転売されて不正なサイトになってしまった場合にリストを持つ企業が訴訟対象になってしまう。
など問題点が多いです。
以前、Webフィルタリングソフトの技術者と話をしたときにはホワイトリストの場合は運用が非常に難しく実現は不可能だ。(技術的には当然可能)
ブラックリストを定期的に配信し、ユーザ側の判断で編集できるようにしないと実運用は出来ない。
とのコメントをもらっています。
例えば、下着の通販サイトは一般の企業から見ればブラックリストに入っているべきサイトですが(実際にフィルタリングソフトではブラックリストに入っていました)アパレルメーカでは参照可能にしないといけないなどのケースがあります。
人によってはブラックかもしれないが、別の人には必要なものと言うものが存在します。
それを否定するようなホワイトリスト方式と言うのは実運用上は使い物にならないでしょう。
こんな話は現実的には5年以上前からされているのですが・・・
まだ完全実名をというのなら話はわかります(そんなものは不可能だと思いますが)。単なるIDならば、はてなにもあるじゃないですか。先に指摘された方もいらっしゃいますが、gooIDとはてなIDの差異がまったくわかりません。
まして、個人管理のブログへの罵詈雑言コメントを排除したいという話ではなく、自分の管理外のサイトにおいて批判される事を避けたいという話ですよね。
それが一部企業によるIDによってどう避けうるのか、全くわかりません。
そもそも、個人の識別ができても質があがらない事など、Netnewsでも、slashdotでも、mixiでも、自明であると思いますしね。
その際のホワイトリストはユーザ側で設定する方式になっています。
(ベンダ側はあくまでもサンプルを提供するだけで、実運用は全てユーザサイドで実施すると言う方式です)
ソフトウエアのホワイトリスト方式は聞いたが無いです。ブラックリスト方式の防御ソフトなら聞いたことがありますが。。。
これも企業向けのシステムには良いかも知れませんが、フリーウエアなどを多用するユーザには使い物にならないでしょう。
たしかに論点が拡散してしまったかもしれません。
もともと池田さんはご自分のブログにおける不愉快な事象を取り上げて論じていただけなのに、私はそれをネット一般に拡大して論じてしまったと思います。
ただし、完全な匿名という立場は、人を無責任で過剰に攻撃的な発言に誘う傾向があることは否めないと思います。
それを実在性を担保した仮名IDに切り替えることで、「ある程度」の節度が期待できるのではないかと申し上げました。
bobbob1978さん
上記のような趣旨での発言とご理解下さい。
また、私も綺麗で清潔なネットになんか魅力を感じません。ストレートで「ある程度」過激でないと困ります(笑)。
さらに、皇室関係や宗教団体、やくざ・暴力団などに関しては匿名でないと怖くて発言できません。
いろいろな「場」があって当然と思います。
zxbreak_2008さん
ご教示いただき有難うございました。
何をもってホワイトリストとするのか、ケースごとによく考える必要があります。
電子署名付きのメールをホワイトリストと考え、それ以外を排除するという考え方も、その妥当性をよく検証してみるべきですね。
私がコメントした会社は、想定したシステム・ソフトウェア構成をもってホワイトリストを定義し、知らずに侵入してくるソフトを署名技術により検知して排除するという意味で使っております。
これはクローズドドメインだから可能な話で、パブリックなシーンでは無理です。
では、例えばさくらちゃんの件の場合、どのようにすれば鎮火できたとお考えですか?
>本当に犯罪的書き込みがあるのであれば、警察やプロバイダに相談することが良いと思います。
上に書いたとおり、それでは不十分です。
何度でも言うよ。IDの個人特定性なんて、大して意味を持たないよ。
知名度を上げたいだとか、「特定して欲しい人」にはもちろん意味があるけれど。
「匿名でありたい人」は、カスみたいな登録情報で、いくらでも使い捨てのIDを作ればいい。
コメントや批判を受ける側こそ、もっとそういった認識を持つべきだよね。
わざわざ匿名で書くのには意味がある。言いたいけれど、個人を特定されるのは怖いから。
でも、言いたい。だから匿名。僕も、使い捨てID(笑)。
つまり、匿名性が保たれるからこそ得られる本音があるのだと思うのだけれどね。
それをつぶして、ネット上でまでおべっかを使う人間ばかりにしようとするのは、どういう了見なのかね。
堂々と顔出して言える肝の据わった奴だけそうすればいい。
そうじゃない人間にまで押し付けるのは、いかがなものなのかねぇ。
>では、例えばさくらちゃんの件
さくらちゃんて誰のこと?
人に意見を求めるのであればもっとまともな質問をしてください。
大人数で罵詈雑言をぶつける「毒をもって毒を制する」事で、場を保っていたわけです。
しかし、少人数の「マトモな」スレの場合、どうしても罵詈雑言を繰り出す「ノイズ」への対抗手段が無いし、頭がおかしい人間が居座れば、議論が成立しなくなる。
この点において、2ch以前のツリー型BBSは、ハンドルネームがあっても、発言は一部禁止用語以外、自由放任であり、小数の「問題児」の遊び場になってしまった状況と酷似していると思います。
ネットには未だ「法治」の体系が成り立っていない、と思います。実名・匿名論争は、まず「一貫性のある匿名」を志向した上で、マトモな「ジャッジ」と「見ない自由」を実装することが必要かと思います。
「表現の自由」は結構ですが「拒絶する自由」も無いと。
実名するメリットがなければ、実名にはしませんよ・・・。実名にする理由が「こいつの家に殴りこみに行ってやりたい!!」では、あまりにも情けない。もっと実名にすることの良さが出てこないと説得力がありません。ちなみに私は仮名にしています。一応名前は残したいので。
実名と書き込みの質との相関関係はあると感じます。その一つに実名になると異様によそよそしくなり、形態だけを取り繕う現象がある。いわゆる慇懃無礼なことです。これでは実名にしても面白くないですね。一方で仮名・実名であること自体が価値になっている事もある。
日本語版のウィキペディアに関して、実は匿名を推奨しているのは管理者自身のようなのです。アカウントを取得して書き込んでいても、ある日突如、書き込みを規制されるようです。つまり言論弾圧。しかも、その論理や主張も、たらい回しで堂々巡り。一度回りだすと何時まで経っても、結論が出ないままです。「コミュニティーの合意で規制することになった」とか、「犯罪予告だから」とか、色々と理由は付くのですが、どれも場当たり的であり運用の軸が不在のようです。「方針」に至ってはどうやら英語版をただ翻訳しただけの文書であり、経験による学習ではありません。だから方針としての根拠がまるでない。ただ確実なのはウィキペディアは権力であるという事です。
あと、哲学関連の項目がひどい。《科学》という言葉がマジックワードとして機能していたり、「この名称が使われるのには理由がある」と書いてあったりします。名称なんて定義を変えれば済むことなので、そんな大した物ではないにも拘わらず、「○○という名称には特別な意味がある」と、論文音痴を欺こうとするような内容が多い。しかも哲学系の人は、メディアリテラシーが決して高いとは言えない。なので、本気で百科事典だと思っていて内容を信じ込んでいたりする。あの宗教的な広告の影響も少なからずあると思います。
言いたい事は、システムとしては匿名、仮名、実名と選べても、文化的な背景や、運用者の意識が匿名を望むのであれば、構造的な問題であり、簡単には変わらないだろうという事です。
「誰が言ったか」ではなく、「何を言ったか」はもっともだと思います、しかし状況はまた変わってきていると思います。その「発言内容」が一人歩きを初めてしまうんですよ。まるで生き物のようにコピペ的に増殖していき、偶像崇拝するかのように言い訳の材料にされるのです。最初に出てくる批評や分析は比較的まっとうでキチンとしているのですが、しばらく経つと必ず劣化するんです。劣化しだすと「顔がキモイ」だとか「バカだ」とか、批評としてのレベルもぐーんと下がっていきます。最後には「アンチ」だの「信者」だの、ラベル貼り合戦になります。結局は匿名的なレベルで「誰が言ったか」に落ち着いてしまって、「何を言ったのか」ではなくなっていくのです。「何を言ったのか」はテンプレになっていくんですね。
同じことはスレッドでも言えます。最初は活気があって創造的で楽しいスレでも、スレが有名になってくると物凄い勢いで劣化していきます。書き込みたい衝動を抑えることが出来ないのでしょう。いわゆるアンチも初期の頃は質が良いのですが、途中から集まってくるのはバカアンチばかり。読んでても深みがなく一体感を得るために対象を叩いているだけになっている。
実際のところ「”誰が言ったか”ではなく”何を言ったのか”が重要」論、それ自体も、古い言説であり時代とともに劣化してると思います。すでにテンプレートになっていて、議論という程の深みは既に期待できない主張になっている。保守的な言葉です。
実名と匿名を選べるようにしても、実際のところは排外主義の口実にされているだけでしょう。特に「荒らし」にも二種類ありましてね、一つはいわゆる荒らしであり掲示板やチャットをメチャメチャにするケースです。もう一つは排除の理由にしている場合です、これも非常に多いと感じる。気に入らないユーザーに対し、一つの事例を強調して取り上げて「だから、この人は荒らしです」と言っちゃうんですね。異文化との接触や価値観の多様性を消し去ってしまう可能性がある。だから、ある程度の強制力を維持して、気に入らない人だけど共存するしかない状況を擬似的にでも作ったり、まったくの部外者を呼び込むような仕組みにしないと、水は濁っていくだけです。
※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。
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