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利他的な遺伝子
当ブログには、多いときは1日20ぐらいリンクが張られるので、ほとんど相手にしていないのだが、同じパターンのナンセンスな話が繰り返されることがあるので、たまには反論しておこう。NATROMなる人物によれば、私の記事は「トンデモ」なのだそうである。彼はこう批判する:
「いまどき種淘汰か」って何のことかね。「種淘汰」なんて概念はないのだが。彼のいおうとしているのは、群淘汰(あるいは集団選択)のことだろう。これは利他的行動を説明するために生物が集団を単位として淘汰されるとしたWynne-Edwardsなどの理論で、1960年代にハミルトンによって葬り去られたと考えられていた。集団内では、利他的な個体は利己的な個体に食い物にされてしまうからだ。実証的にも、生物は集団に奉仕するのではなく、自分と同じ遺伝子をもつ親族を守っていることが明らかになった。
しかし1990年代になって、ハミルトンの理論で説明できない現象が報告されるようになった。中でも有名なのは、細菌の感染についての実験である。細菌が宿主に感染している場合、その繁殖力が大きい個体ほど多くの子孫を残すが、あまりにも繁殖力が強いと宿主を殺し、集団全体が滅亡してしまう。したがって、ほどほどに繁殖して宿主に菌をばらまいてもらう利他的な個体が生き残る、というのが新しい群淘汰(多レベル淘汰)理論による予測だ。これに対して血縁淘汰理論が正しければ、繁殖力が最大の利己的な個体が勝つはずだ。
これは医学にとっても重要な問題なので、世界中で多くの実験が行なわれたが、結果は一致して群淘汰理論を支持した。繁殖力の強い細菌の感染した宿主は(菌もろとも)死んでしまい、生き残った細菌の繁殖力は最初は強まるが後には弱まり、菌の広がる範囲が最大になるように繁殖力が最適化されたのである(Sober-Wilson)。
個々の細菌にとっては、感染力を弱めて宿主を生かすことは利他的な行動だが、その結果、集団が最大化されて遺伝子の数も最大化される。同様の集団レベルの競争は、社会的昆虫のコロニーなどにも広く見られる。もちろん個体レベルの競争(血縁淘汰)も機能しているので、淘汰は集団と個体の二つのレベルで進むわけだ。これが多レベル淘汰と呼ばれる所以である。E.O.ウィルソンによれば、遺伝子を共有する親族の利益をBk、集団全体の利益をBe、血縁度(relatedness)をr、利他的行動のコストをCとすると、
rBk + Be > C
となるとき、利他的行動が起こる。ここでBe=0とおくと、ハミルトンの理論になる。つまり多レベル淘汰理論は、血縁淘汰理論の一般化なのだ。
これは経済的な行動を説明する上でも重要である。新古典派経済学では、「合理的」とは「利己的」の同義語で、利他的に行動することは不合理な感情的行動としてきたが、きのうの記事でも書いたように、そういう経済人は進化の過程で淘汰されてしまうので、合理的とはいえない。行動経済学や実験経済学の結果をこうした「進化心理学」で説明しようという実証研究は、現在の経済学のフロンティアである。これについては、記事を改めて説明しよう。
追記:NATROMから「再反論」が来たが、ここで挙げた反例にも答えず、問題をすりかえて逃げ回るだけで、話にならない。コメント欄参照。
利他的な行動は利己的な遺伝子によって説明できるってことを「利己的な遺伝子」でドーキンスは主張した。そもそも「個体を犠牲にして種を守る」って何?いまどき種淘汰か。母親は自分と遺伝子を共有する個体を守っているのであって、種や個体群を守ろうとしているのではない。これだけ読んでも、彼が自称する「生物学の専門家」ではなく、アマチュアにすぎないことは一目瞭然だ。まず彼は、遺伝子を共有する個体を守る行動を説明したのが「ドーキンスの利己的な遺伝子」だと思い込んでいるようだが、これはドーキンスの理論ではなく、ハミルトンの非常に有名な論文(1964)によって確立された血縁淘汰の理論である。ドーキンス(1976)は、その理論を「利己的な遺伝子」という不正確なキャッチフレーズで普及させただけだ。
「いまどき種淘汰か」って何のことかね。「種淘汰」なんて概念はないのだが。彼のいおうとしているのは、群淘汰(あるいは集団選択)のことだろう。これは利他的行動を説明するために生物が集団を単位として淘汰されるとしたWynne-Edwardsなどの理論で、1960年代にハミルトンによって葬り去られたと考えられていた。集団内では、利他的な個体は利己的な個体に食い物にされてしまうからだ。実証的にも、生物は集団に奉仕するのではなく、自分と同じ遺伝子をもつ親族を守っていることが明らかになった。
しかし1990年代になって、ハミルトンの理論で説明できない現象が報告されるようになった。中でも有名なのは、細菌の感染についての実験である。細菌が宿主に感染している場合、その繁殖力が大きい個体ほど多くの子孫を残すが、あまりにも繁殖力が強いと宿主を殺し、集団全体が滅亡してしまう。したがって、ほどほどに繁殖して宿主に菌をばらまいてもらう利他的な個体が生き残る、というのが新しい群淘汰(多レベル淘汰)理論による予測だ。これに対して血縁淘汰理論が正しければ、繁殖力が最大の利己的な個体が勝つはずだ。
これは医学にとっても重要な問題なので、世界中で多くの実験が行なわれたが、結果は一致して群淘汰理論を支持した。繁殖力の強い細菌の感染した宿主は(菌もろとも)死んでしまい、生き残った細菌の繁殖力は最初は強まるが後には弱まり、菌の広がる範囲が最大になるように繁殖力が最適化されたのである(Sober-Wilson)。
個々の細菌にとっては、感染力を弱めて宿主を生かすことは利他的な行動だが、その結果、集団が最大化されて遺伝子の数も最大化される。同様の集団レベルの競争は、社会的昆虫のコロニーなどにも広く見られる。もちろん個体レベルの競争(血縁淘汰)も機能しているので、淘汰は集団と個体の二つのレベルで進むわけだ。これが多レベル淘汰と呼ばれる所以である。E.O.ウィルソンによれば、遺伝子を共有する親族の利益をBk、集団全体の利益をBe、血縁度(relatedness)をr、利他的行動のコストをCとすると、
rBk + Be > C
となるとき、利他的行動が起こる。ここでBe=0とおくと、ハミルトンの理論になる。つまり多レベル淘汰理論は、血縁淘汰理論の一般化なのだ。
これは経済的な行動を説明する上でも重要である。新古典派経済学では、「合理的」とは「利己的」の同義語で、利他的に行動することは不合理な感情的行動としてきたが、きのうの記事でも書いたように、そういう経済人は進化の過程で淘汰されてしまうので、合理的とはいえない。行動経済学や実験経済学の結果をこうした「進化心理学」で説明しようという実証研究は、現在の経済学のフロンティアである。これについては、記事を改めて説明しよう。
追記:NATROMから「再反論」が来たが、ここで挙げた反例にも答えず、問題をすりかえて逃げ回るだけで、話にならない。コメント欄参照。
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彼の話がお笑いなのは、「『種淘汰』なんて古い。ドーキンスが正しい」というアマチュアらしい夜郎自大の主張をしていることです。実際は逆で、この知識そのものが古いということを実験の例まであげて説明したのに、これについては何も反論できないで、最初の記事と同じ話を繰り返すだけ。Sober-Wilsonを読んだかのごとく書いている(読んだとは書いてない)が、本当に読んだのなら、ちゃんと反論してみろよ。
生物学者に「お医者様が生物学を語ると、『??』なことも多いです。ご専門の医学分野に話題を限られたほうがよろしいかと思います」とコメントされているのが笑えますが、医者だというのも本当かどうかはわからない。本当だとしたら、こういうあやふやな知識を振り回す医者は、本業の知識も怪しいので、かからないことをお勧めしますね。
http://www.misokichi.com/2006/03/post_139.html
<「いまどき種淘汰か」って何のことかね。「種淘汰」なんて概念はないのだが>
と書いたでしょ。「種を守る」というのがおかしいなら、「種淘汰」という学説はどこに存在するのかね。
http://d.hatena.ne.jp/NATROM/20040810#p1
http://d.hatena.ne.jp/NATROM/20060715#p1
http://d.hatena.ne.jp/NATROM/20060914#p1
そもそも遺伝子というのがかなり怪しい。DNAの螺旋構造は地球の重力によって生じたという説もあるわけですよ。だとしたら、利他因子も利己因子も重力との関係で生じたのかもしれません。
・特定の分野についてディレッタント的にくわしいが、アマチュアなので根本的な認識がずれている
・自分が無知なのに「相手が間違っている」と思い込み、どうでもいい細かい話にこだわる
・無知を指摘されても理解できず、逆上して同じ話を繰り返す
・相手にされないと、自分のブログで遠吠えを始める
最近では、慰安婦問題で意味不明のコメントをして当ブログを追い出され、しつこくブログで吠えているのがいましたが、特徴はまったく同じ。単純なスパムより、こういう連中のほうが、まったくのバカではないだけに厄介です。対策は、無視することしかない。
>馬鹿馬鹿しい議論はやめたほういがいいですよ
こんな言葉を吐くのはblog主に対して失礼ではありませんか?
礼儀を失すると、何を言っても周りは受け付けませんよ。
あなたのこそ利他も利己の区別もつかないタダの、自己虫だから、そう言う意見になるのではないですか?
礼儀を重んじている人が、他人に自己虫と言ってのけるのも不思議ですがw
熱くなると自分を見失う方の典型ですね。
おそらく、池田さんは「手を滑らせた」程度の記述だったのではないかと思ってるんですけど。NATROMさんについてはyahoo掲示板で活躍されていた頃からから知っていますけど、嘘が嫌いな人なんだと思いますよ。もしかすると、進化生物と経済学のESSを介した関係をNATROMさんは知らないのかもしれない。
問題は、そんな用語法ではないのです。彼の「母親は個体群を守ろうとしているのではない」という主張こそ、現在の生物学ではトンデモなのです。それを私が指摘しているのに、彼がそれに答えないで問題をすりかえて逃げ回っているから、話が混乱するのです。
理論的な議論にしばしば見られる、いわゆる"孫引き"は伝言ゲームみたいに大元の理論を少しずつ簡略化するとともに、次第に間違った解釈になりがちです。したがって、"研究者"の中にも、池田さんのおっしゃる「アマチュア」に近い人が多かったりします。そういう意味で池田さんのコメントは耳が痛かったです。幅広く、そして深く。断片的な知識の寄せ集めでなく、見識を持てるよう心がけたいと思いました。
これは次の記事のように人間の社会を理解するとき特に重要で、前に紹介したフランクの"Passions within Reason"などは、1988年に出たとき「アナクロの群淘汰理論だ」と批判を浴び、「文化的進化では群淘汰が起こる」と反論するのに苦労したようです。
池田先生の見識は多岐にわたる専門書の読書経験から来ているのだと改めて感じ入るに至りました。
しかし僕の書き込みは、NATROM氏も読むかもしれないので、僕の考えを少し書きます。
意識は精神や肉体に対して外在していると思います。内面と外面の狭間にあるといってもいいでしょう。すると、意識が下す判断は、たとえ遺伝の影響を受けることがあるとしても、支配されることはないわけです。にもかかわらず観察者は遺伝によるものと考えてしまう場合がある。なぜなら、人体を解剖することができても、意識を解剖することはできないからです。
イタリアにロンブロゾーという人がいました。もしも利己的遺伝子なるものが、ロンブロゾーが言うようなものであるとしたら、それは大変なことになってしまいます。しかし、それはないと思います。利己的遺伝子なるものも利他的遺伝子なるものも、結果からの推測により、「事後的に発明された原因」でしかない。ドーキンスが、これでもか、これでもか、というくらいに事例を書き並べているのはまさにそうだからでしょう。
それからMOMOさんへ。
まさかMOMOさんに自己中と言われるとは思いませんでした。まさにマイクロソフトがグーグルを「独占企業だ」と言い出す時代に入ったのだと、そう感じました。
・NATROMなる人物が「群淘汰は過去の理論だ。利他的行動はドーキンスの理論で説明できる」と勘違いして、私の記事にコメントした
・私が「それこそ過去の話で、血縁淘汰で説明できない現象がある」と反論した
・NATROMはそれに反論できないため、「種という言葉の使い方のおかしいような奴の話は信用できない」と論点をすりかえて逃げた
・私が「肝心の論点について答えろ」というと、ようやく多レベル淘汰を認めたが、それが自分の当初の主張と矛盾することについては、何も答えない
ここでも指摘されたように、彼は過去にあちこちで喧嘩を売った前歴があり、自分の主張に弱みがあるとき、こういう「非建設的」なレトリックでごまかす病気があるようです。本当は医者じゃなくて患者じゃないですかね。
まぁそんなことは、一般読者にとってはどうでもいいことです。はっきりしておきたいのは、「利他的行動は血縁淘汰で説明できる」という通念は誤りだということです。
等号記号が入るなら、個体の死が、集団の利益に等しくなる可能性を含めるため、利他的な個体の死が想定できるように思います。
というより、むしろこの方程式は、集団の利益の観点で成立する式で、個体のコストの大きさ(死)を想定していないため、個体の側から見ると、あらかじめ個体が、集団に資するものと想定されているように思います。
小生自身は、”利己的、利他的”表現には、疑義を唱えたいわけですが、
ウイルソンの方程式が、正鵠を得ていると仮定すると、(人類という複雑な生物を持ち出すと混乱の原因になるかもしれませんが) 戦争に駆り出された兵士が、死を賭して国を守ろうとする行為は、文化的遺伝子か、教育や宗教(来世信仰 等)による錯誤がなければ成立しない事を、物語っていると言うことなのでしょうか・・・・・・・・・。
なんとも、ここまで噛み合わないと
傍で見ている分にはちょっとしたエンターテイメントですね。
専門でない分野を論ずるには謙虚さが必要だということがよくわかりました。
自戒とせねばなりませんね。
それは、巧妙に形作られた錯誤による結果かもしれないが、集団の規模が大きく成ればなるほど、個体の利他的コストの割には、集団の利益が見込めなくなり、個体の利他的行動は影を潜めることになる。小さな集落レベルでは、個体の影響力が実感されるため、食料を分け合うという行為は成立しやすいが、現代のような巨大な集団の中では、その巨大な集団に対する利他的な行動は、限りなく行われなくなり、利己的行動によって、経済的な活動は行われるようになる。
結論をいそぐと、利他的行動を多く発生させる社会を形成するには、小集団を核とした集落的結びつきを有した社会構成が必須であり、おそらく、そうした基本を踏まえた社会を作ることが、今世紀の課題なのではないだろうか・・・・・・・。
>血縁度(relatedness)をr、利他的行動のコストをCとすると、
>
>rBk + Be > C
>となるとき、利他的行動が起こる。ここでBe=0とおくと、ハミルトンの理論になる。
>つまり多レベル淘汰理論は、血縁淘汰理論の一般化なのだ。.
その通りですね
こちらに詳しく紹介されているように血縁淘汰理論とコロニー淘汰理論は対立するものではなく,相補的な関係にあります
http://transact.seesaa.net/article/40480504.html
また,『利他的遺伝子』も「利己的遺伝子」と対立するものではなく,
「利己的遺伝子」の一種でしょう
つまり,『利他的遺伝子』とは「利他的行動をコードする(利己的)遺伝子」のことだということです
http://transact.seesaa.net/article/40456660.html
ちなみに「種淘汰」という言葉もありますが、文脈がまったく違います。NATROM氏が「群淘汰」を誤記したことは明らかで、彼の「非建設的」な論法をまねると、こんな初歩的な間違いをする奴の話はすべて信用できない(笑)
>これは「広義の血縁淘汰」論者も認めてますよね。
そうですね
「動物の母親が子供を守る行動」などの利他行動の例は
個体レベルに働く血縁淘汰で説明できますが,
それでは説明できないコロニーのレベルの淘汰も存在するということです
>ちなみに「種淘汰」という言葉もありますが、文脈がまったく違います。
>NATROM氏が「群淘汰」を誤記したことは明らかで、
その通りです
現在,種レベルで淘汰が働くと考えている進化生物学者はいたとしても少数派でしょう
「個体を犠牲にして種を守る」ように働く選択は否定されています
もし,NATROM氏が本当に「群淘汰」を「種淘汰」と誤記したのだとすれば,大問題ですね
昔は家の維持のため女性は商品化され、近代は男性を労働者とするため、労働意欲を失わせないようにするため女性に処女性や貞節を求めた。
上野千鶴子などだと家と資本制はつながっているので、性の自由(自由恋愛を含む)を認めれば、男性が放浪して家(農家や個人商店等)や労働者の確保が難しくなると主張していたと思います
そして社会の安定性を高めるため必要悪として売春を管理(国や自治体)し、他方で売春を(女性が)非難していた。
そういう見方に従えば、売春の完全自由化は社会の体制や経済の仕組みに大きな影響を与える可能性があるように思います
>・NATROMなる人物が「群淘汰は過去の理論だ。利他的行動はドーキンスの理論で説明できる」と勘違いして、私の記事にコメントした
NATROM氏は最初、池田先生のエントリーの中の「母親が命を捨てて子を守る行動は、個体を犠牲にして種を守る「利他的な遺伝子」によるものと考えられる。」について「これについては利己的遺伝子で説明できる」と反論したのであって
彼は「すべての利他的行動は利己的遺伝子で説明できる」なんてことははじめから言ってないんじゃないでしょうか?
事実「限定された条件下では群淘汰が起こりうるという話はあるが」ということも最初に書いてあり、彼は最初から「ドーキンスがすべて正しい」などということは言ってないように思えます
池田先生が勘違いなされたか、それとも自分の間違いが明らかになるのが嫌で故意にNATROM氏の主張をすり替えたのか(先生の著作の読者でもあるので、できればそう信じたくないですが) よかったら説明いただけたらと思います
このNATROMなる人物は、群淘汰という言葉を知ったかぶりで使っているだけで、理解していません。「集団選択と群淘汰」などと書いているのが、その証拠です。これは両方ともgroup selectionの訳です。
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