Bryan Caplan のポストで; have you ever noticed how some very socially awkward people have charming Internet personalities? Does the charm they practice in the virtual world eventually spill over to real life?なんてありましたけど、charmをmaliceに反転すると、イナゴの生態にあてはまるのかなと思いました。
罵詈雑言を浴びせかけといて「お前はスルー力が足りない」って、ねえ?。格闘ゲームと勘違いして、現実社会で満たされない攻撃欲を吐き出しているんでしょうか。福岡の飲酒運転で子供3人を殺された両親の手記で「ネットで誹謗中傷された」というくだりがあったと思うのですが、皆さんは愛する子供を目の前で失った両親に対しても「お前はスルー力が足りないよ」って言えますか? ま、ネットを利用するには多重人格が前提だそうですから、私のようなまともな人間は付き合いきれません。 http://enterprise.watch.impress.co.jp/cda/ogawa/2007/06/13/10484.html Web 2.0は多重人格としてのつきあい方に始まる
いわゆる2ちゃんブログですが、2ちゃんねらーたちは意外にもネットイナゴと言う言葉をすんなり受け入れてます。
もちろんサイバーカスケードが起こっていて、好意的な意見ばかりに収斂してしまったかもしれないですけど、大体は池田先生と同じような意見ですね。むしろ自分達がろくでもない存在だと言うことを認識している分はてブの人よりもマシかも知れません。
リアル住人→SNSで鍵つき
日本のネット界隈は罵倒・中傷されることの「スルー力(りょく)」がないと発信できない空間になってしまいました。
私ももう、普通の人のブログや掲示板は見なくなりました。有益な情報があることもわかってはいるのですが、ストレスを感じることも多いので。
政党=徒党と、昔の人たちは、政党を認めなかったようです。
イナゴ議員もいっぱいいるような気がします。
徒党を組むことが、民主主義の代議員制であったら、国民は不幸になるのは仕方がないと思っていました。
この記事を読んで、国民自体がそうだったんだあーと思いました。
短いコメントで非難をもらっても、何枚にもなりそうなものもあったり、なかなか難しいものですね。バーチャルも……。
そういうコメントは保持にしたまま、考慮中のものもありますが、相手はもう忘れていることでしょう……。
実は社会では、こういう脳の小さいイナゴがsilent majorityなのですが、そういう連中は普通の学校や職場では発言の場がない。それが、だれでも発言できるウェブで多数派を占めてしまったということでしょう。
こういうノイズが増えると、記事の平均的な質が下がるため読む人がいなくなり、おかげで書く人もいなくなる・・・というadverse selectionが起こってメディアが崩壊してしまうことは、ネットニュースなどで経験ずみです。ブックマークは、そういう結果を避けるために記事を格づけするシステムなのに、それが逆淘汰を促進してるんじゃしょうがない。
学者だろうが政治家だろうが著名人だろうが、ネット上では同列だと。
ところがいざ理屈で相手をやり込められるかと言えばそう簡単にはいかない。
なので捨て台詞でピンポンダッシュの書き逃げ。
そう言いつつ我が身を振り返ると・・・
ん〜
人が集まっている所につられて行くってのはないか。
(これはイナゴというより蛾のような気もする)
だが結果として集まってる所に行ってしまったという場合もあるしなぁ。
もう少し自省してみますわ。
これもそれもネットに集う人々というのが、そもそも本を読まないところに原因があって、ある種世間から取り残されない為に互いに情報を共有することを目的にしているからなんだと思う。これは日テレが崖から落ちそうな犬を救助するところを放映した所、続けざまにテレビ朝日がくいつくのとなんら違わない。
ポッドキャスティングなんかもそうだが、いずれただで情報提供するのがばからしくなってきて、情報を売買する仮想の取引所ができるのではないか。
ネットで引用される情報ソースが新聞に依拠しているのは確かだが、ネット新聞の記者が記者クラブに入っていないことが原因なんじゃないか(逆に入ってしまえば記事の内容がつまらなくならざるをえない)。
ネットが真実性の担保に欠けると言う話を聞くが、書籍にも同じことが言えないか。編集者が責任を負うものの、編集者に著者と同じだけの知識がなければ、同じ事が言えるだろう。ただネットの場合、匿名さんは訴訟提起されにくいという特徴は残る。
読売新聞が、2チャンネル管理人が匿名さんに替わって削除しなかった責任を、あるいは訴訟で負けても賠償に応じない姿勢を問い続けるのも、そうしたことが背景にあるのだろうが、見方を変えれば新聞がネットを軽視しているようにしか見えない事もない。
すいません。また長くなってしまって。ちなみに私自身はそんなにネットのことは詳しくないので、めちゃくちゃな事を言ってれば削除して置いてください。
私もあのようなブックマークの現状が良いとは思わない人間ですが、このような記事は意味の無いものではないでしょうか?寧ろ逆効果な気がしてなりません。
はてなに品位を求めるのは筋違いでしょう。学校でしつけを教えてくれというようなものでは?個々の問題であってはてながどうこうする問題ではないように思います。
それにしてもYou Tubeに見られる動画投稿サイトに猥褻画像ばかり集積してしまうのは無理ないとして、管理人はなぜすぐ削除できないのか。削除以来がなければ削除できないものなのか?
掲示板は週刊誌のように結論ありきでないところが魅力的だと思う。一方、週刊誌はテレビ・新聞より信頼性は劣る点では掲示板と共通するが、訴訟提起されればそれに応える準備ができている点で異なると思う。掲示板の場合、管理人が削除しない責任を問われることはあっても(名誉毀損にあたるかどうかが争点になるにすぎず)、それが事実かどうか匿名さんに尋ねようがないから、逃げ得が成立してしまう。そうなると、管理人は積極的に削除に乗り出すか、あるいは放置するかの2元的にならざるをえない。
これは提案だが、掲示板管理人はある種のコードを作るべきだと思う。でなければ、行政の介入は絶対に避けられない。後手後手になると関テレの二の舞になる。今でもあるといわれればそうだが、自主規制で成功した試しがない。放送の倫理規定も抽象的な文言が盛り込まれてるにすぎず、発動させないようにしているとしか思えない。
表現の自由は絶対で法廷の場でしか制限されることはないというのは驕りだ。権力者は表現の自由を規制したいという思惑に必ず駆られる。とすれば単に反対反対と唱えるのではなく、ステイクホルダーになって議論を先行させることも戦略の一つではないか。社会党が自衛隊廃止を唱え続けるも支持を得られなかったのはこのへんにあるのではないか。PKOに派遣したいのなら自衛隊法を改正させるべき、と自衛隊の存在に反対の党が矛盾することを言い、しかも派遣を容認しながら銃の携帯は禁ずるとか正当防衛でないと撃てないと主張すること自体無理があるのだから・・・。
知識が広く深く正しく。ネットイナゴなんかに負けずに頑張ってください!
ちなみに「ネット右翼」よりもセンスの無い同義語に「プロ奴隷」というのがあります(ありました)。
「一定の品位を求める」というのも意味不明です。池田さんなら、どういう「品位」であれば書き込みを許すのでしょうか?それは他の人にとっても妥当な基準になりうるのでしょうか?
たとえば、goo がブログの内容を見て、ある人の文章は品位が無いので、品位を求める+改善されないなら閉鎖といった状況が、池田さんにとって良い世界なのでしょうか?
もし池田さんの提案が通れば、一番喜ぶのは、政府もしくは権力を持つ人々でしょうね。自分たちに都合の悪いこと=品位が無いと言い切れば良いだけですので。
私が思うに、現状の「はてなブックマーク」のコメント欄がベストだと思っている訳ではありませんが、許容範囲だと思っています。
今まで、多くの人には多くの人に意見を表現する手段が無かったのですから、最初は混乱するでしょうが、ある程度の時間の長さが、それを収束させていくような気がします。
ネットイナゴ・・・・上手い表現ですね。
今まではてなのサービスはアンテナとダイアリーとブックマーク(あくまでも自分だけのため)しか使っていなかったのですが、最近少しはてなに深入りしてみて、ぞっとしました。
特に、ブックマークのコメント欄!
わたしは、ブックマークのコメント欄で会話みたいなものが成り立っているのが不思議でなりません。
それに、否定的なコメントをつけるなら、「アホ」などの言葉じゃ全く意味ない。ただ「アホ」と言いたいなら、その人のブログへ行って直接言うほうが、まだマシ。
それと、はてな匿名ダイアリーでの人叩き。
あまりにも長引くと、うんざりしてきます。
はてなが気味悪くなってきたので、最小限の関わりだけにして、ダイアリーもやめました。ブックマークもプライベートにするつもりです。
一行レスの集積なんて、いくら集まっても便所の落書きでしかないんですから、見なければ済むことで、言論を抑圧するとか、悪貨が良貨を駆逐するなんてことにはならないと思うんですけど。
コメントスパムやトラックバックスパムは対処の方法を考える必要がありますが、はてなブックマークは無視できます。
はてなという、技術者が中心になって作られたSNSという特性からか、プログラミングやソーシャルハックなどの記事がランキングされることも多く、そうした記事を見つける良い機会である!
といいたいところですが、正直どうでもいいようなTipsであったり、洋書や海外BLOGをあたればより詳細な情報が分かる場合がほとんどですね・・・
イナゴも結局は生き物。地球の生物の一員なのです。
意味があるのかわかりませんが、いるということは、何かしらの意味があるからいるということなんだと、先人の偉い人が言ってることを思い出しました。
なお、一度間違えてポストしたかもしれないので、誤っておきます 申し訳ないです。
ところで、アメリカの奴隷制度下では、アフリカ系奴隷の家長の父性を奪い取るほどの過酷さを有していましたが、日本の状況は、それほど過酷ではないにせよ、父性の一定度の毀損があると推定しています。予め毀損された、父性に対する反抗はおそらく、限度を越えた、際限のないものと成るでしょう。
つまり、ネットイナゴは社会現象の一部で、日本のマクロ的環境に変化がない限り、存在し続けるだろうと言う事です。
従って、”悪貨が良貨を駆逐する”状況を改善するには、マクロ環境を変えるか、存在を否定しないで、現実的な対応策を立てる必要があります。一定度の隔離を図るほか、今のところ思いつきません。コメンターターに課金し、その資金を環境問題等に振り向けさせるか、あるいは、その個人の個人年金や、生命保険に積み立てられるような、システムを構築すれば、課金に対する、コンセンサスも得られやすく、一定度の敷居の高さを維持することができるのではないでしょうか。瑕疵のある合理的経済人である 私は、そのビジネス環境に参入したいと思うばかりです。
> 実は社会では、こういう脳の小さいイナゴがsilent majorityなのですが、
> そういう連中は普通の学校や職場では発言の場がない。
> それが、だれでも発言できるウェブで多数派を占めてしまったということでしょう。
人間は個別の能力がとても限定されているので個別の人生を掛けて専門性を獲得していきます。そしてそれが集合してより優位な人類として成立しているのです。
先生が経済学や天下国家に詳しいのは先生が生物的に優れているからではありません。結果的にはその理解に向いているとされて天下国家の理解に集中的に関わることが出来るように配分されているのです。
そしてその専門性は自らの自己満足ではなく床屋のはさみのように現実に利用されていくべきです。具体的に言えば、その「愚か」だが学問に専従することを支持している人たちに何を選択すべきか、なぜそうなのかを説明しなければなりません。
床屋がはさみを上手く扱えないから客に動くなと怒鳴るのはありがちでも憚らず公言すべきことでしょうか。
そのことを思えばこのご発言はあまり適切では無いように思います。私は先生のブログを楽しみにしておりますが、このような態度は根拠もなく人を見下す2ちゃんねらの品位となんら変わらず、結果としてダブルスタンダードをお持ちに見え、より品位に劣って見えます。
御懸念の部分は分からなくもないですが、単に「論壇」や「業界」という形で閉じているならいざ知らず、まがいなりにも実社会になんらかの影響を及ぼそうとする人が、「ネットイナゴ」的な存在の行動を考慮、あるいは対処できないとしたら、その程度の人間の知識・能力なんて実は必要ないということではないですかね。
本当に自身が「知的エスタブリッシュメント」だと言うならば、それ相応に「彼らへの対処」をやってみせるべきだろうし、「ネットイナゴ」程度の人間が恐ろしくて発言ができない「専門家」の意見なんて僕は必要ないと思います。
あ、あと「建設的・論理的な批判」に対しても、池田先生はお応えになっていないケースが散見されますが、それは「成熟したWeb2.0」において問題ではないという解釈でよろしいのでしょうか?
池田さんのネット右翼・イナゴ=「知的エスタブリッシュメントへの反発」説は、やや疑問があります。なぜ(発行部数で一位の)読売ではなく、朝日が彼らの攻撃対象とされているのかがうまく説明できないと思うからです。
反知性主義という面も感じないではありませんが、経済的には小さな政府志向、政治的には(保守というより)民族主義者が多いとはいえるのではないでしょうか。
あと、「バカ」といった乱暴な表現は最近プロの物書きもしばしば使っていますが、ネット言論界の感性の論壇への悪影響なのでしょうか。気になります。
読み難くてしょうが無いです。
イナゴが悪さしているのでしょうか?
http://www.nicob.jp/
悪貨が良貨を駆逐する懸念があるのは、コメント欄が「炎上」したくらいですぐにブログを閉鎖する事例が後を絶たなかったせいでイナゴの大群が図に乗る構図が未だに崩れていないことだと思う。「炎上」したところでシレっとして次のエントリーを書いたり、訂正すべきところは堂々と訂正して淡々と自説を書き続けていくという図太い慣習(?)が定着すれば、イナゴにとっては祭の醍醐味(笑)がほとんど消失してしまうので、少なくとも良貨が駆逐される懸念は低減するのではないかと思う。要するに逐一反応しないことです(私もここまで達観するのに随分痛い目に遭ったのではあるが)。どうにも我慢がならなかったらいっそのことコメント欄だけ閉鎖することも可能ではあるし。
ましてはてなブックマークはブログ外で勝手にやってることだから、それこそバカと言われようが放っておけばよい。注目が集まれば、「釣られやがったな」とか、知名度が上がって儲けもん、程度に思っておけば気が楽になる。
今までは読んだ後、心の中で呟いていただけだったのが、コメントを残す敷居が低下したことによって表出してきただけじゃないかな、と個人的には感じています。
で、実際に「ネットイナゴ」のせいで良質な記事は「減っている」のでしょうか?
潰れているブログや参入に躊躇する専門家は居るでしょうが、総体として良記事の数そのものが激減してるって訳でなければ、それはネットの自浄作用ではないかな? とも思ったりします。
検証は難しいと思いますが、池田さんとしてはどう考えます?
ネットウヨもイナゴもない
オタクを社会やネット社会から駆逐しよう
書き込んだ本人は普段は特に気にも止めないような問題でも、記事を呼んでイラついてしまった為に、ついつい書き込んでしまったのかもしれません。
はてなはブックマークの特性上、削除するために[削除]のリンクをクリックする必要があり、一括で削除できない為、1つや2つでは問題有りませんが、数十となると削除する際に大変な手間がかかります。
そのため、後で公開して削除しようと考えても後回しになり、面倒なので削除しない・・・ということになってしまうのではないでしょうか?
海外ではどうなんでしょうか?
aaaさんの勝ち。ネットには柔軟性がある。
うーん、そうかも。
右翼思想(ある程度の論理性があれば)だって、それなりに学問的に評価してくれれば、いいんですけど。
リベラルな学者で、学会で指導的な立場にある方が
特定のグループを思想的な反感から、排除しようと
しているのを感じると、「反感」も理解しないで
ありません。
ここでも割れ窓理論とやらが使えるのならば話は違ってくるのかもしれませんが。
この論理がわかりません。
理容師さんは、立派な職業です。
モラルを守れない人たちをどうして擁護されるのかもわかりません。
雑草の一人ですが、どうも納得できない文章でした。
所詮バーチャルな世界やし、所詮バーチャルやから「ルール」も大事にせんとあかんのとちゃうんやろか?
誰も彼もが『無責任』が当たり前の世の中、当然のようにネットの中なんか「無責任」と「暇人」の固まりやろ。
しやから、目に見えない『ルール』があるんや。
イナゴでもイチゴでもなんでもええけど、皆が気持ち良く「遊べたら」ええんとちゃうん?
せっかくこんなええ時間つぶしできる場所あるんやから、気分良く遊ぼうや。
無知な奴等が、無責任に難しいこと言いたかったり、難しいこと言うて嬉しいねんやったら馬鹿の集まる○チャンネルとか行きゃええのよ。ぎょうさん仲間おるらしいやん。
それも考察してほしいです。
韓国や北朝鮮に対する差別を行うイナゴ共は日本から駆逐すべきだ
やつらに人権など必要ない。自ら人権を無視する人生を選択しているのだから
ゴミ以下の存在だ
「スタージョンの法則」によると
「どんなものも、その90%はカス(crud)である。」
だそうです。
ネットの発言が賢人による集合知となるには、よほどの強権で管理しないと不可能ではないでしょうか。
.
単純で下劣な罵倒語はスルーすれば良いだけの事であり、「専門家はブログで意見を表明しない」という認識は疑問に思います。不可視だった意見が可視化された事により、専門家は「こういう反応なのか」「この表現は理解しずらいか」などリサーチでき、喜ぶべきかと思うのですが。
ただ、「専門家」では無い人が軽い気持ちで書いた記事に罵倒語のレスがあった場合を考えると、手がすくむ事はあるかと思います。が、それは「甘やかされ否定された事のない育ち方」が ひ弱になってしまう事を考えれば、必要悪と言えるのではないでしょうか。
>こういうイナゴの及ぼす社会的コストは大きい。
言われた当人の気分が悪くなるぐらいで、別にコストはかかってないように見えます。
2ちゃんねるの話の時にも感じましたが、池田先生はノイズ処理(スルー力)が乏しいように思います。
フラット化された世界で必要なのは品格で、権威やプライドは無用なものではないでしょうか。
僕もれっきとした「はてなブックマーク」愛用者ですが、ここのブクマのコメントを見て不思議で仕方がないのは「はてなを使ってるヤツは低質なネットイナゴのような虫けら」と言われて、なぜ怒るのだろうかということです。
「はてなブックマーカー」「2ちゃんねらー」というという典型的人間などは、実はどこにも存在しないはずじゃないですか。せいぜいのところ、それは定性的な特性の平均値に過ぎないはずで、そう言われていちいち気分を害する人間というのが理解不能です。
どうしてわざわざ好んで「はてなブックマーカー」になろうとするのでしょう。非常に不思議なので理由を訊いてみたいです。
「紳士にじっくり考えて言いたいこと言う人」が
「何も考えずに言いたいこと言う人」のために
口を閉じてしまうのはネットの面白さを半減させているようでなりません。
>彼らが朝日新聞を攻撃する理由は、政治的な保守主義ではなく、知的エスタブリッシュメントへの反発なのだ。
エスタブリッシュか否かは別にして、少なくとも、「知的じゃ無い」でしょ。
戦前は軍部に取り入って戦争を煽り、敗戦が決まると戦時中の自社の記事を焼き捨てて証拠隠滅を図った。
戦後は進駐軍の情報統制に率先して協力し、その後、1930年頃には既に破綻しているマルクス経済学などと言うトンデモ理論を崇拝する「左翼」なる痛い輩に支配された新聞社です。
近年は中国共産党に恭順の意を表してるようですが、要するに、常に権力に媚て世渡りしてして来た集団です。
政治家に対しては批判を行いますが、弾圧出来ない事が判っているからでしょう。
一方、非公式に権力を行使する「キャリア官僚」に対する批判は殆んど見かけません。
要するに、ジャーナリスト宣言などとは、将に「笑止千万」の恥知らずの大ボケ新聞だから、時々からかいの的にしているのです。
それだけです。
ネットイナゴ:、ネット右翼に変わってインターネット上で荒らしを行なう人物に対して使われることもある用語。(ネットイナゴ - Wikipediaより)
はてなブックマークは別にここを荒らしてないですよね。まぁ、僕みたいな奴にネットイナゴというなら別ですが。
はてなブックマークなんて、個々人の勝手な意見に過ぎません。つまり、池田先生とコミュニケーションをとりたい訳ではないのです。それを、イチイチ気にするのはどうかと思いますが。
また、たかだが100文字程度の個人的メモ書きで「論理的に批判」なんてできるわけ無いじゃないですか。「論理的に批判」するなら、ここのコメントに書くかTBしますよ。
後[しればいいのいn]タグについては上部コメントにもありますが、googleで検索すればいいのに。
ところで、リテラシーを求められているようですが、はてなブックマークのユーザーを十把一絡にネットイナゴとレッテル貼りする行為はリテラシーがあるのでしょうか?
「左右厨論」という下部構造、二段階構造の中で、左の上部構造が消滅したから。
つまり、右の上部構造は良し悪しは別にして「中韓の反日教育はおかしい」とか「北の拉致に経済制裁を」
「30万人の根拠出せ」「日本の著作物パクるな」など個別の具体論が展開されてるのに対し、
左側の上部構造が全くそれに反論できていないこと。あるいは存在していないこと。
だからこういう議論に対して「ウヨ必死だな」「原理、勝共統一カルト!」「引きこもりウヨ(プ」
「精神的弱者」といった罵倒でしか返せない。
本来なら「左右厨論」段階に留まるはずのレッテル貼り、
「朝鮮人死ね」的な右の下部構造とやり合ってればいいレベルの左が
右の上部構造に挑まざるを得ないから「左翼って馬鹿じゃないの?」という認識が勢いを増していく。
結局、リアルの御時勢と同様、左の論客が絶滅しかかってる。あるいは、何も言い返せないほど追い詰められてる。
だから議論にならない。絶対に個別の議論からは逃げる。同じ土俵には死んでも上がらない。上がりたくても上がれない。
「北朝鮮は21世紀を駆ける千里馬のように発展するだろう」と言いたいが、
それがどういう意味か気付き始めた左の上部構造は閉じ込められたマグマのように
発散先を求めてる。
まぁこの状態では現在の「右派」が分裂するまで弁証的議論は望めないね。
はてなブックマークを見ましたが、ワザワザ問題にする程の事ですかねえ。
不快に感じられるのは当然でしょうが、時々見かける光景です。
こちらのコメント欄に真面目な意見が多い様に、類は友を呼ぶと言う事でしょ。
逆に、彼等の生態を観察対象になされば良いのに。
ネットイナゴ程度の為に、学者や専門家がネットを活用しないとすれば、その「ナイーブさ」こそが問題に思えますね。
現実は無菌状態の実験室とは違うので、是非とも研究者の皆様には、ふざけたアホ共の存在も織り込んだ理論の構築を目指してもらいたいものです。
>「バカ」「うんこ」「アホ」などの言葉が並んでいる。
これ等を見る者も又書いた者自身も、くだらん書き込みだと思っている訳で、どんどん削除するしかない。
残念ながら、根絶は不可能でしょう。
*池田先生に釣られた為に、こんな時間なってしまった。 早く寝よ。
ところでイナゴの中の人が、日本人とどうやって調べたんでしょうか?
>私の撮った映像が
とありました。
私的な話になりますが、
自分は民放の技術部にいた頃、叱られて、蹴られて、罵倒されて仕事を覚えました。
先輩方は、静かに暑くて、些細な事でも喰いかかっていく、そんな方ばかりでした。
何故か、その先輩方と今エントリの池田先生が重なって見えます。
TVマンなんだなぁ、と勝手に納得した次第です。(無論、池田先生は報道局出身の方だろうとは思っていますが)
1つもないはともかく、論理的に批判するなら
「ここ」にコメントするなり
「トラックバック」で自分のサイトで批判するなりするでしょう。
「ブックマーク」は意見を言うために作られてはいないと思います。
現実でも公の場で持論をぶてば反論されたり野次られたりすることもあるでしょう。時には殴られる事も。
それに対処する、あるいは耐えられない人は、口をつぐむか、知り合いだけに話す(SNS)しかない。
思うに池田さんは、ネットに期待しすぎているのではないでしょうか?実際は現実同様どろどろしたものだと思います。
でも、私は池田さんのブログを興味深く読ませていただいているので、続けて欲しいと思いますけどね。
自己批判。
検索の部分の右側にスコア指定という項目がありますがそこでページランクが4以上のみといった指定が出来ますよ。
ネット赤潮とネットイナゴ
http://iori3.cocolog-nifty.com/tenkannichijo/2007/06/post_c9fb.html
イナゴが大多数で、どうしようもなく大多数で、すべてを食い荒らしてしまうなら、ネットとは所詮そんな所で、誰も使わなくなるだけの話で、ただネットは絶対にそういう風にはならない気がしますし、イナゴは割と良い事を言う時がある気もします。
とにかく殺人予告でも何でもできるからネットが成り立ってると私は思うのです。
結局、何が言いたいかというと、
>このようにブログの横にページランクみたいなのが
>出てくるので、このランクで4以上のものだけ読めばいいわけです。
という追加コメントは、例えば講演などではあり得ないもので、また不必要なものにも思えますが、そういうところが楽しみで読んでる人がいるとすれば、それはあっても良いのかなと、そういう風に思います。
PS:2度投稿をしてしまったかもしれません。
<イナゴよけ>
イナゴをスルーするフィルターとして、新しいgooのブログ検索はいいですね。
http://blog.search.goo.ne.jp/
このようにブログの横にページランクみたいなのが出てくるので、このランクで(たとえば)4以上のものだけ読めばいいわけです。3以下を表示しないなどのオプションがあると、もっといいんだけど。
・・・この後に、R2Mさんのコメントが続きます。
(なぜ、その評価になったのかは考えなくてはいけないが)ブログで意見を表明出来ない専門家なんてネット外の現実でも意見を言えるわけが無い訳で。
悪貨に駆逐される程度の良貨は、所詮その程度で結局いらないのですよ。
have you ever noticed how some very socially awkward people have charming Internet personalities? Does the charm they practice in the virtual world eventually spill over to real life?なんてありましたけど、charmをmaliceに反転すると、イナゴの生態にあてはまるのかなと思いました。
そうした社会から飛び出したいとするなら、自らを隔離するしかないでしょう。
すべてを包含し、自己組織化するウエブにこそ、人類全般に利益する未来がありそうです。
単なるネットイナゴというよりは、「2chねらー」のような一定のバイアスのかかった「はてらー」とでも言うべきかと思います。
はてながBlogサービスの”はしり”みたいなものだったことと、当初はトラバの拒否が出来なかったなど、他のサービスに比べてユーザの人間関係が濃厚(早い話が、悪意を持った人間が他のユーザを荒らしやすい)だったことが、特異な人間をのさばらせる原因になっていると思いますね。
ビジネス上もこれ以上の発展はないようですし、2chと同じように、ちょっとおかしな連中が多いサービス、ということで安定していくような気がします。2ch風に言うと、はてなオワタ\(^o^)/ってところですか(笑
ま、ネットを利用するには多重人格が前提だそうですから、私のようなまともな人間は付き合いきれません。
http://enterprise.watch.impress.co.jp/cda/ogawa/2007/06/13/10484.html
Web 2.0は多重人格としてのつきあい方に始まる
少なくとも、この一連の状況だけを切り取って判断すれば、池田さんがイナゴと称されている匿名(総体として比較的匿名度が高い様に思われる)のはてなブックマーカー達の(すいません。はてなの仕組みは理解し切れてはいません。しかし池田さんに比較して彼らの匿名性が高いという認識はこの場に於いては見当はずれではないだろうことを判断しています。それと十把一絡げな言い方は本意ではありませんがそこをうまく表現するやり方を思いつかない私自身の力不足も申し上げておきます。)、自身の行動への自覚なり責任感に関わるであろう意識の低さは感じ得るし、結果的に構図として大変にアンフェアな状況と判断せざるを得ない側面を生み出しているように思います。
ブックマークのコメント欄では論理的に反論するスペースには足りないといったようなコメントも見受けましたが、人を批判したり反論を言いたいのであれば相応のやり方があるのではないでしょうか(言い訳を助長するのは賢明な行為とは言えない気がします)。
それを用意することの敷居は全く高くはないはずです。
方法も色々あるはず。
blogでのコメントではないのだからいいじゃないかとかスルー力(変な言葉ですね。便宜的な意味で派生した言葉なんでしょうがこんな言葉はいずれ使っている自身の首をも絞めかねないリスキーな新語ではないかという気もします。)なんて言葉を持ち出すのも詭弁に思える気もします。
現状ありきで仕方がないと言う意味のことを単に言い放つことに対しても果たしてそれでいいのか?と思えます。
言いたい意味も理解できるがそれを敢えて言ってしまうことへの疑問も残ると思えるという意味で、です。
一方で、例えばその現状を放置しない意味で削除という手段を講じれば良いのかと言えばそこも違うような気もします(池田さんは削除なんて言葉は用いられてませんが)。
統制に関わり得る行為にどう対処するかの難しさや結局のその危険性を意識するのは賢明であることが思われるからです。
池田さんの質問に回答していないのであれば、その部分でははてなの事務局の対応にも疑問を感じ得ることも思いますが。
全体を俯瞰で見る視点を持ち得ようとこの話を見てみるならば、結局ネット社会なり文化というのはまだほんの黎明期であり未成熟である為のはがゆさ故というジレンマも感じ得る気がします。
web進化論などで梅田望夫氏が述べられる様な希望はネットにはあるように感じます。
しかし池田さんがはてなに在り方を問いたくなる心情も察せられます。
スルー力なんて言葉を言う人こそコメントもしなきゃいい(という論法も成り立ってしまうのではないですか?)。
このことは終わることのない問題提起にしか結局はならないのかも知れませんが、公共の場で論じられるのに好ましいのは我々がそれぞれの利益や幸福を求めながら如何に共存し得ていくかというテーマに関わることではないでしょうか。
結局これはあらゆる社会問題にも関わるテーマなんでしょうし、一人一人の意識の高まり以外には結局の解決は起きないことにも思えます。
意識の高まりにはより深い思考とコミュニケートの積み重ねが必要でしょうし、その集積は社会により好ましいバランスを与えていくのではないでしょうか。
私ははてなの存在価値にも有意義さを感じ得ますし、池田さんの姿勢にもご立派であるものを感じもします。
しかし結局問題の種もそれぞれの中にあり続け、自身の、そして他人のそれらとどう付き合い続けるかといったことがテーマとなりうる気がするし、そういう意味では皆同じ土俵の上に登っている側面があるであろうことの自覚も必要になってくることではないかと思います。
良い悪い勝った負けたの二元論的な価値観にとらわれない発想や議論のある種の実験場としてもネットは有用なのかも知れないようにも個人的には思えたりもします。
いろんな人がいるわけですから、ネット上で意見を表明すればいろいろな罵詈雑言を書く人もいるでしょう。
その中には基本的なマナーが守れない人や、実生活では決してやらないような嫌がらせもあり、それを放置することは自由ではなく無法だと思います。
管理者としてはそこに一定のフィルターを設けるべきだ、という意見は管理者としては賛成なのですが、
問題はその基準を個々の管理者が持つしかない現状だと思います。
当たり前ですが「ネットイナゴ」には定義はありません。このBlogでも池田さんが「ネットイナゴだ。くだらない中身のないコメントだ」と判断したものを削除し、「論理的ではない」「頭が弱い」と上から見下ろした発言をしています。
その基準は池田さんが個人で感じる価値観だと思います。
削除されたコメントを書いた人の中には「反論を書いたのに、都合が悪いからと削除された」と感じる人もいるでしょう。
そこのバランスが非常に難しいのだと思います。
ネット以外で例えるならちょうどマスメディアの「編集権」に似たものだと思います。
はてなコミュニティーが急激に変わったという感覚は私はまったく感じていないのです。
何らかの特殊性を今回感じました。
ネットイナゴでなく、複数のプロバイダを使える人物が、複数のアカウントを使って攻撃してるようにみえます
たとえば小倉秀夫先生のブログを匿名で荒らしていたのは1人の人物だとこのブログでは断定してます。
http://sinseihikikomori.bblog.jp/entry/174378/
もちろん上のサイトは妄想と空想にすぎないかもしれませんが、実態とはそんなものじゃないでしょうか。
火災にも放火と失火の二種類あるように、
ブログの炎上にも放火と失火があると思います。
誰かが池田先生を逆恨みして池田先生の信用を失墜させようとしているのではないでしょうか。何か心当たりはありませんか。
こちらのブログの効果でしょうね。
理解を少しでも示した書き込みを行うと、
関係者などを意味する工作員と認定し
まともな議論が出来ない状態があります。
巨大掲示板が原因よりも、日本人は議論を行うための
訓練が行われていないのか、それとも民度が低いのか
また、匿名で犯罪工でない限りは身元が特定されない点は
本来は評価すべき点であると思うのですが、
炎上などを見たりすると憂鬱です。
イナゴな人たちに覚えてもらいたい技術
スルー力 です。むりか
ペルソナという言葉をご存じですか・・・
リンク先の内容はウェブ上だけでなく、実生活で普通に行われていることだと思うのですが。
こういった方々は当たり前のことをさも特別のごとく扱うので、それを鵜呑みにして「ここはひどいインターネットですね」とやるのは賢い態度ではないと思いますよ?
この記事に対する感想としては、「ほぼ同感です」と言うほかありません。
こうした現象の一端かどうかは存じませんが、例えば情報の質の偏りもこの現象の一つ、というよりは、その淵源である気がしてなりません。情報が偏ると言うことは、即ちネットに群がる人種が偏っていると言うことです。ツールは良くても人間が駄目なのです。
例えば、私はここ1〜2年間の間に接続する中、「ハルヒ」なんて作品は知りませんでしたし、聞いたこともありませんでした。また、昨日も日本の天地に対する畏敬の念はどういったところから始まっているか、ということを調べようとしたときに、Googleの検索結果トップ出てきたのは「天地無用」というOVAのタイトル名。人気のブックマークの話題もおおよそこんな感じです。
あきれてものが言えない。世界に冠たるジャパニメーションを否定する気はさらさら無いのですが、あまりにサブカル寄りな内容に辟易してしまいます(ブックマークされるYouTubeの動画はよりその傾向が強い)。
断言は危険かも知れませんが、あえて怖れず言うならば、ネット自体がいわばオタクの持ち物になってしまっているということです。生身のぶつかり合いよりも口先の討論に終始し、口先だけで相手を支配、あるいは丸め込むことが出来るという愚劣な発想。やがてその意図だけが表面化して「論無く、悪口だけでも相手を封殺できる」と思ったイナゴたちが群がる。
アニメからオタク、オタクから頭でっかち、と結びつけるのは短絡的、と言われても仕方がありませんが、ここは長文を書くところではありませんし、意図をくみ取って戴くと幸いです。
あと、サイレントマジョリティについてですが、私の場合はイナゴに強襲されるのを怖れて発言できない人々が新の意味でのサイレントマジョリティだと思います。
集団は力ではない、ある時は暴力です。
これは民主主義自体の問題にも直結しますが、ここでは割愛いたします。
マスコミがあるからこそ、私は断固としてネットイナゴを擁護します。
現在のところ、マスコミに対抗できるのはネットイナゴしかありません。
多くの問題は、情報を公開するだけで解決の方向に向かいます。
日本のマスコミは政治的偏向が大きく、解決の方向にまで介入し、多くの場合、問題を複雑にし、失敗に至らしめる結果、情報の公開を妨げるように日本を向かわせています。
教育の問題も、年金の問題も、医療の問題も、マスコミの介入で問題を悪化させています
現実世界では、彼らもまずそんなことはしないだろうし、恥ずかしくてできないのかもしれません。(なかにはいるかもしれませんが・・・)
いや、そう考えると、未熟な自分を理解しているのかもしれません。
ネットの世界では過激な意見をひけらかしても、実害として自分に跳ね返ってくることは、まずありません。その意見を元に誰かに襲われることもなければ、捕まる事もありません。人の顔色を伺う必要もありませんし、堂々と最も黒い部分の自分を出すことができ、また出すことによって、ある種の開放感というか「俺はやってやったぞ」的な達成感を感じ得るのではないでしょうか。
しかし、それを果たして「規制」するだけで問題解決するのでしょうか?
個人的にはただ「規制すればよい」だけの問題ではすまないくらい、もっと社会的に大きく根深い問題だと感じます。
それは「人間形成」に関わる重要な問題です。
全ての人間が正しい意見を持ち、正しい行動ができる、というわけではありません。
しかし、社会全体として「正しい方向性」や「よりよい方向性」を示すことができます。
ですが、今の日本の社会構造や国のあり方において、果たしてそれが為されているといえるでしょうか?
彼らを正しい方向に向けさせ、育ててきたと言えるのでしょうか?
ネットの利便性を享受し活用して育ってきた彼らにとっては、ネットは自らを解放する道具の一つに過ぎないのです。
彼らもある意味、この歪んだ社会の被害者達だと思います。
ただ彼らを非難し、ただ彼らを排除するだけでよいというお考えは、あまりに表層的な意見ではないでしょうか?
おそらく「はてな」が、おっしゃるような大掛かりな規制を行ったとすれば、それこそ衰退していくでしょう。
規制をかけ始めれば、何か問題が出れば、すぐに「新たに規制せよ」との声が上がるでしょうし、それこそ際限なく規制の対象が広がっていくでしょう。
規制をかけるというのは、簡単なことです。
しかし、規制をかけずに問題を解決又は、よい方向性に導くことのほうが、何倍も労力を費やし、ずっと難しいことです。
はてなはそれがわかっておられるのだろうし、だからこそ短絡的な解決策をとらず、じっくりと議論されているのだと推察します。
長文失礼いたしました。
池田さんに対して、批判的になりましたが、この意見を掲載していただければ幸いです。
これって、テロリズムを正当化する論理とそっくりなんだけど…。だからといって個人への誹謗中傷が許されるわけがないでしょうが。
(マスコミが問題だというなら、朝日新聞や読売新聞などに直接抗議すべきでしょう)
>多くの問題は、情報を公開するだけで解決の方向に向かいます。
政府、自民党がそれをしないのだから、マスコミが報道するしかないわけで。的外れなコメントを繰り返す前に、池田先生の記事をよく読んでください。
この調子でネットイナゴたちを佃煮にして食べまくってください。
マスコミを過大評価し杉じゃね。
お役人様に許認可権を握られ、記者クラブや再販価格維持制度で例外的に独占を認められた既存マスメディアが、客観的な情報媒体だと思う事自体オメデタ過ぎるだろ。
もちろん全てとは言わんが、「権力の下僕」だと思っといた方が良い。
特に官僚支配国家ニポンでは、お役人様の「世論誘導」の道具だな。
政治家を「的外れ」に叩き、庶民の味方を装ってるが、問題の本質を隠蔽して事態を更に混乱させる事の方が多いだろ。
今の「年金問題」が良い例だ。
>マスコミが問題だというなら、朝日新聞や読売新聞などに直接抗議すべきでしょう
新聞社は一応「お客様窓口」みたいなのを用意してるが、格好だけだ。
マトモに取り合う気なんて更々ねえだろ。
“愚民は新聞様の言う事を黙って聞いとけ!”ってなスタンスだな。
特に朝日、他も似たようなモンだが。 ついでにNHKなんかも本音はそうだろ。
だから、幾らイナゴがいようがバッタが跳ねてようが、オラはネットを応援するし期待してる。
何かあればそこに殺到しあることないこと
いいまくり荒らしまわりゴミを撒き散らしいなくなる。
最近だと不二家がその被害者ですかね。
つねに次のターゲットを探し自分こそは正義という態度。
結局、90年代まで「メディアはウソをつかない」という認識に自明性があったわけで、あるある事件に関しても、それだけ騒ぐという事は、まだメディアを神聖と見ている名残でしょう。
メディアへの「信頼」を破壊したのは、間違いなくネットの、あらゆる角度からの突っ込みなどによる物でしょうね。そして朝日のような、突っ込みどころの多い新聞が消えていくと。
もう、どこかの誰かという神様が、大衆に何かを提示するという時代ではないのでしょう。
たかがか100程度(6/18現在)のエントリーを持ち出して、総体的に論ずる様な論調は正直多分に故意的であると思う。
ぶっちゃけ結局のところ、お互い言いっ放しなのだから放っておけばいいのではないだろうか?
本来、他人の思想、志向、主義その他諸々(いわゆる思想と良心の自由および表現の自由)は外部からの干渉を受けないはずで、それを意図的にコントロールできる自らのブログから外れた第三者のサービスに書かれたからと言って言葉尻を捉えて批判する(様に見える)のはなんというか心が狭い人だなぁと感じた。
特に池田氏本人からのコメントは求めて描いている訳ではないし、再度のこのページ(というかこのblog自体)にアクセスする可能性も限りなく低いので表示反映されなくても構いません。あくまで個人的な感想ですので。
>しかし、池田さんは以前、反論などを削除しながら
>「これだけ多くのコメントが寄せられながら、反論ら
>しきものはほとんど見られない」(ソースを見つけら
>れなかったので、意訳です)と、コメントコントロー
>ルできるのを利用して自己の意見の正当性を高めよう
>と画策した実績がある。
これって本当ですか?
池田さんがそのようなことをするとはとても思えないんですが。
本当じゃないので、このTBを削除しました。
>あえて怖れず言うならば、ネット自体がいわばオタクの持ち物になってしまっているということです。
もともと「理解するに当たって、ある程度の知識やその体系付けが必要なジャンルであるサブカル」が、蓄積・検索・比較が容易であるネットとの親和性が高いのは、ある意味で当然かと思われます。
だいいちインターネット自体、大学のネットワーク同士の接続が母体で、主に研究者の成果の交換などが目的だったわけですから。オタクデータベースが充実しているのも、基本的にはその流れです。
ところが、例えば実生活でのノウハウといったものは、個人個人の能力差や地域差が大きかったり守秘義務を抱えていたりするため、完全に文字化するのは不可能な部分が大きい。したがって啓発本を見るまでも無く、ウェブに残るのは「誰にでも使える・通用する」とは言いがたく抽象的な段階に留まらざるを得ない宿命があります。
>ネットの世界では過激な意見をひけらかしても、実害として自分に跳ね返ってくることは、まずありません。(略)ある種の開放感というか「俺はやってやったぞ」的な達成感を感じ得るのではないでしょうか。
近年、mixiなどのSNSで自らの悪行を誇り、それを見つけた一般人に通報されるケースが多いようです。
この場合、実名や所属組織が分かっている人が明らかに犯罪行為を行なっているケースなのですから、さすがに見逃すわけには行きませんしね。
『ザイーガ』で「ブログを炎上させる7つのコツ」として指摘されている点が秀逸ですので、参考になるかもしれません。
ttp://korokorozaeega.blog54.fc2.com/blog-entry-219.html
>朝日叩きは「知的叩き」でもなんでもなく、単なる「マスコミ不信」の一部だと思いますがねぇ。
伝説の『一発だけなら誤射かもしれない』『にしても、K・Yって誰だ』を見るまでも無く、新聞各紙でトンデモ理論が次々に開陳されるような状況では、従来型メディアもしょせんはその程度か、と思われても仕方がないと思われます。しかもご丁寧に、過去の不祥事をメディア体ごとにまとめたサイトが複数あったりするので、検索するとすぐ判明したり。
※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。
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