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梅田望夫氏の開き直り
梅田氏のインタビューが、あちこちで話題になっている。私が一番ひっかかったのは、次の部分だ:
私は、この原因は「日本人の国民性」だとは思わない。それは戦後の日本企業システムの鏡像である。長期雇用のもとでは、絶えず他人の噂話による「360度評価」にさらされるので、ちょっとした失敗やトラブルがあると、そのreputationが数十年にわたって社内で積み重なり、出世に大きく影響する。このシステムはモラルハザードを抑制する上では強力な効果を発揮するが、上司を批判できず転職という逃げ場もないため、そのストレスが匿名による悪罵にはけ口を求めているのだ。
そして、はてなブックマークの「書き捨て」に適したアーキテクチャが、結果的にはこういう卑怯者がreputationのコストを負わないで他人を罵倒するのに最適のツールになっている。こういう状態を改善することは、技術的には可能だ。せめてDiggやSlashdotのように、発言を互いに(正にも負にも)評価して低ランクのコメントを隠すようにできないのか、と近藤淳也氏や伊藤直也氏にも言ったが、「検討する」というだけで何もしない。他人の迷惑によって利潤を上げるのが、はてなのビジネスモデルなのだろう。
日本をだめにしているのは、このような日本企業の家父長的な構造と、それにチャレンジしないでストレスを飲み屋やウェブで発散するサラリーマンだ。はてなは結果的には、こうした卑怯者に「ガス抜き」のプラットフォームを提供することによって、この救いのない(梅田氏も嫌悪する)システムを延命する役割を果たしている。このアーキテクチャを個人が変えることはできないが、はてなの取締役である梅田氏には現状を改善する意思決定は可能だ。それをしないで他人事のように「残念」というのは、加害者の開き直りにしか見えない。
追記:「上の人」かどうか知らないが、アゴラは卑怯者ではない人々がウェブで発言する場を提供する試みだ。基本的に誰でも投稿は歓迎するので、管理者までメールを。
ただ、素晴らしい能力の増幅器たるネットが、サブカルチャー領域以外ではほとんど使わ[れ]ない、“上の人”が隠れて表に出てこない、という日本の現実に対して残念だという思いはあります。そういうところは英語圏との違いがものすごく大きく、僕の目にはそこがクローズアップされて見えてしまうんです。この「残念」な状況を作り出した大きな原因は、はてなである。梅田氏が「バカなコメントが多い」といったように、実名の生産的な批判より匿名の悪罵のほうが圧倒的に多いことが「上の人」を萎縮させ、日本のウェブのレベルを下げているのだ。その結果、アメリカのブログは著名人が既存メディアの枠を超えてリアルタイムで議論する場になり、大手メディアに対抗する存在になりつつあるのに、彼も嘆くように日本のブログはますます劣化している。
私は、この原因は「日本人の国民性」だとは思わない。それは戦後の日本企業システムの鏡像である。長期雇用のもとでは、絶えず他人の噂話による「360度評価」にさらされるので、ちょっとした失敗やトラブルがあると、そのreputationが数十年にわたって社内で積み重なり、出世に大きく影響する。このシステムはモラルハザードを抑制する上では強力な効果を発揮するが、上司を批判できず転職という逃げ場もないため、そのストレスが匿名による悪罵にはけ口を求めているのだ。
そして、はてなブックマークの「書き捨て」に適したアーキテクチャが、結果的にはこういう卑怯者がreputationのコストを負わないで他人を罵倒するのに最適のツールになっている。こういう状態を改善することは、技術的には可能だ。せめてDiggやSlashdotのように、発言を互いに(正にも負にも)評価して低ランクのコメントを隠すようにできないのか、と近藤淳也氏や伊藤直也氏にも言ったが、「検討する」というだけで何もしない。他人の迷惑によって利潤を上げるのが、はてなのビジネスモデルなのだろう。
日本をだめにしているのは、このような日本企業の家父長的な構造と、それにチャレンジしないでストレスを飲み屋やウェブで発散するサラリーマンだ。はてなは結果的には、こうした卑怯者に「ガス抜き」のプラットフォームを提供することによって、この救いのない(梅田氏も嫌悪する)システムを延命する役割を果たしている。このアーキテクチャを個人が変えることはできないが、はてなの取締役である梅田氏には現状を改善する意思決定は可能だ。それをしないで他人事のように「残念」というのは、加害者の開き直りにしか見えない。
追記:「上の人」かどうか知らないが、アゴラは卑怯者ではない人々がウェブで発言する場を提供する試みだ。基本的に誰でも投稿は歓迎するので、管理者までメールを。
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中山信弘:著作権法



ただ、イナゴごときに萎縮してしまう「上の人」の方にも問題があるような気がします。
ネットのようなオープンな場で自説を述べ、議論し、社会に影響を与えようとする意志の点で、欧米に比べて日本の知識人は弱いように思いますが、いかがでしょうか。
特に、目に見えない「概念」操作はそうです。
日本や中国の漢字文化圏では、漢字が意味を担うために、漢字熟語が、自然に、簡易辞書の役割を果たしてしまいます。例えば、辞書は、「辞の書」です。「言葉について書いたもの」です。正確ではないですが、意味接近性が高める働きをしています。
日本人は常用漢字を使った簡易辞書を一冊頭の中に持っている訳です。これが普通の中間層の知識レベルを引き上げているわけです。
表音系の言語圏では、概念操作はプロのする作業です。一般人の立ち入れる領域ではありません。
日本のやるべきことは、欧米のテキスト文化・批判的思考に倣って専門辞書の引き上げを図って、簡易辞書をその方向に水準を上げることです。
今、実名でなければ登録できないウェブサービスが出来たとしたら、ビジネスとしては成り立たないでしょうね。アゴラのようにボランティア的にやるしか方法はないのかもしれません。
どの概念がどの概念を土台にしているのか
定義が、他との区別において明確な線引きがされているのか?
できれば、マルクス主義者は参加しない形で。
表現の自由や思想の自由に反するかもしれないが、
共産主義者は、歴史的反省をしていない。だから排除しないと日本語の知的な世界を救うことができない。
梅田望夫氏がいみじくも言及するようにネットは"サブカル"に占拠されているように思う。
"上の人"の人たちがネットの有用性に気付いた時にはすでにイロが付いており、それらの人々が入り込む余地がなかった、と思う。
本来ならば面と向かって言うことが出来ないことでも、ネットの匿名性に隠れて相手を面罵することが出来る。
梅田望夫氏のような、ネット社会に影響力を持つ人の熱意や思いがこの問題解決に重要だ。梅田望夫氏がこの引用文のとおりに考えているなら、当事者能力がないのかも知れない。
>日本をだめにしているのは、このような日本企業の家父長的な構造と、それにチャレンジしないでストレスを飲み屋やウェブで発散するサラリーマンだ。
30日のシンポジウムで質疑応答の時の思ったことがある。
百数十人が集まったので、自分に発言の機会がないように思えた(半ばから後ろにいたので)が、発言の機会を得た。2,3人しか手を挙げなかったので...
多数の人の前で自分をさらして発言する事が"コア"な人々が集まっていたはずなのにナカナカできない。
この特質も私たちは克服しなければ、と思えた。
最近、池田さんみたいな人が、頑張っているという事実があるのに、梅田さんの発言は、ちょっと不用意というか、やっぱり、梅田さんは、<おぼっちゃまくん>みたいで、すでにサバティカル(長期研究休暇)モードみたいですね。
日本のたこつぼ社会だと、WEBみたいなオープンでフラットなメディアは、たこつぼの頂点の人びとにとっては、自分たちの権威や利権を損なう脅威のほうが大きいような気がします。
ところで、カールバーグは、ブログネームで、アゴラに参加したいのですが、だめですか?
A Futurist's blog
http://ft2007.blog112.fc2.com/
でも、日本のサブカルチャー(の担い手)のレベルは、極めて高いと思います。pk-uzawanian さんの仰る通りの理由で、プロと一般人との間の中間層が薄い欧州から見ていると、日本の大衆恐ろしや、です。
はてな内外の多くの識者がもう何年も、はてなブックマークやはてなダイアリーの罵倒、書き捨て、粘着OKのシステムの改善や要求をしていますが、いっこうに改善しようとしません。
たとえ吉本氏に裁判で敗訴しても、いまだにはてなのシステムは少しも改善されず、そのまま放置されています。
彼らが「改善」と呼ぶシステムの改変は、GEEKの手慰みといった感じの、本質的な部分とは無関係な部分ばかりです。
基本的にはてなは左派に非常に甘く、それに呼応してカルトじみた左翼がネット中から集まっており、彼らは今でも、彼らが敵と勝手に認識した識者や一般人に対し、はてなブックマークやダイアリーのトラックバックでの罵倒を日々続けています。
池田さんへの暴言も今でも酷いものです。
彼らが「はてサ」と呼ばれ、はてなが馬鹿にされる大きな原因となっているのは梅田氏や近藤氏などはてな幹部もわかっているはずなのですが、
それでいながら1つも改善要求に応えないというのは、彼らが単純にビジネスで放置しているというよりも、左派シンパにありがちな無邪気な性善説的「脳内お花畑」である可能性が高いと思います。
事実、梅田氏は、http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0906/01/news045_3.htmlで、「問題が起きたときに、直接的に利用者に対して「君たちがこういう使い方をしているのは良くない」と主観でものを言うのは、はてなの取締役を辞めるまでしない」と言っていますし、近藤氏も似たような言葉を言っています。
どうやらお二人の考え方では「自由な社会」とは「他人を無意味に傷つける自由・通り魔のように悪意を撒き散らす自由」が、「他人に無意味に傷つけられない自由・通り魔のような悪意を拒否する自由」に優先する社会のようです。
そうならない方法もいくつもあったのに、彼らの作ったのはそのような殺伐としたネット社会でした。
そして、彼らはいまだにそれが正しいと思っているようです。自分たちがどう見られているのか、客観的に見られないのでしょうね。
>上の人にも問題あり
>イナゴごときに萎縮してしまう
毎日毎日、集団でカルトのような気持ち悪い連中にで「死ねばいいのに」と、はてなブックマークやトラックバックで罵倒されて平気な人はいないですよ。
じゃあ見るな、と言うのなら、それこそそんな狂人たちのために、なぜ普通の人がそれを我慢しなくてはならないのかということです。
上の人だろうと下の人だろうと、そんな事をされればモチベーションが下がりまくるのは当たり前です。
そして、はてな以外のシステムではそれがきちんと制限されています。あまりに悪質な人間はアクセス禁止となります。
はてなには2chに負けないほど荒らしが多いですが、左派の荒らしは今までアクセス禁止された者はいません。
言葉の暴力くらい我慢できないのか、という前に、自分のイデオロギーにそぐわないと意見も言わずに言葉の暴力をふるう者、
通り魔のように、ストレス解消にネットで悪意を撒き散らす者こそネット社会には不要でしょう。
梅田氏が、日本のネットを知的エリートがもっと利用してほしいと望むのなら、はてなでそれら悪質な連中を制限するシステム改善を行う必要は誰が見ても当然かと思います。
>日本の専門家は、Wikipediaのようなものに参加する形で
日本のWikipediaがカルトのオウム真理教関係者に荒らされているのは有名な話です。
「Wikipedia オウム」で検索してください。(それに関しては、はてなも無関係ではありません。)
実際、識者がWikipediaに参加しても、カルトや左翼に荒らされてページが書き換えられてしまうのです。
システム的にWikipediaも難しい部分がありますね。
>> 日本人は常用漢字を使った簡易辞書を一冊頭の中に持っている訳です。これが普通の中間層の知識レベルを引き上げているわけです。
表音系の言語圏では、概念操作はプロのする作業です。一般人の立ち入れる領域ではありません。
日本人は特に高学歴でなくても、学術用語をいきなり聞かせられたり読ませられたりしても、義務教育レベルで学習済みの漢字の意味からの類推で、大雑把にどういう意味なのか見当がつけられます。たとえば「記憶喪失」という医学用語にいきなり出会っても、「おもいでがうしなわれる」現象であると中学生でも理解できてしまう。
ところが欧米人の一般人にとってはそういうことは至難の業なのだそうですね。amnesiaという医学用語を見せられても、古典語であるギリシア語でmne-が「おもいで」にまつわる語の要素で、a-が否定の接頭辞であることを知っていないと、意味の見当そのものが困難になってしまう。つまり、ラテン語やギリシア語のような古典語の教育を受けている層でないと、学術用語の意味はひとつひとつ丸暗記しなければならない羽目になってしまう。
英語圏の口語ではギリシア語起源でhippos (馬)とpotamos(川)を合成した造語であるhippopotamus(河馬・カバ)を普通にhippoと略称で呼びます。漢字圏で言うならば、「河馬」を「馬」と省略して呼ぶようなやり方です。これなど、庶民レベルには英語の高度な概念を担っている古典語語彙が、日本における漢字ほどに使いこなされていないことを雄弁に物語っています。
そこでkikinos様の
>> でも、日本のサブカルチャー(の担い手)のレベルは、極めて高いと思います。pk-uzawanian さんの仰る通りの理由で、プロと一般人との間の中間層が薄い欧州から見ていると、日本の大衆恐ろしや、です。
に飛びますが、つい最近までそういう現象はサブカルチャーに限られていなかったように思えるのです。たとえば1970年代ぐらいまでは日本の自然史研究は非常に層の厚いアマチュア研究家に支えられていました。サブカルチャーとハイカルチャーの境界が消滅したといえばそうですが、それならなおさら旧来のサブカル以外の領域でも、質の高い中間層の厚みが保たれていてもおかしくないように思えるのですね。ところが現実はそうなっていない。
どうも、私には日本人はサブカルでもそれ以外の領域でも非常に高い潜在能力を持っているのに、最近はサブカルの中間層ばかりが肥大して、それ以外が萎縮している方向に向かっているように見えるのですよね。
それはもしかすると、池田さんのおっしゃる「ガス抜き」の構図とかかわっているのかもしれませんね。
ここでpk-uzawanianさんのご発言に戻ると、
>> 個人的には、日本の専門家は、Wikipediaのようなものに参加する形で、日本語での概念体系を批判に耐えるものにしてほしい。
>> どの概念がどの概念を土台にしているのか
定義が、他との区別において明確な線引きがされているのか?
以前、日経サイエンスの記事で分析が出ていたのですが、英語版や仏語版のWikipediaと比較して、日本語版ではサブカル面の編集投稿が突出して多いようですね。また、私の見る限り、日本語版Wikipediaへの専門家の投稿は必ずしも少なくはないのですが、残念ながら分野に偏りがまだまだ多く、限られた人数でしかないのが現実のようですね。
授業は上の学校に進むほど一方通行になり、教師の考えに異を唱えることなどタブーとなり、人格に対する挑戦とみなされる。教師の考えがおかしいと思ったがそのまま聞き流した、数十年たった今でもおかしいと思っているという人は多数いるだろう。異なる意見を述べることが相手の人格に対する挑戦とみなされる風潮は国民性といえるだろう。
日本のブログに横行する悪口雑言は学校でまともなディベート教育が行われていればありえない現象ではないだろうか。
近藤氏や伊藤氏の公式回答も、こういうものです。彼らは「恣意的に削除はしない」というが、アダルト系についてはきびしく取り締まっている。なぜアダルトが悪くて「死ねばいいのに」はOKなのか。どういうものがアダルトなのか、恣意的ではない客観的基準を示してみろ。要するに、アダルトが増えると客やスポンサーが離れるが、「死ね」の類は当事者が迷惑するだけだから放置しているのです。
こういう悪質な言説を守るのが「表現の自由」だなどという話もナンセンス。表現の自由は公権力との関係における概念であって、はてなが取り締まれば2ちゃんねるに行けばいいだけのこと。苦情対応のスタッフが足りない(実質1人しかいない)ので、特定のコンテンツを削除して他のをしないと「何でおれのだけ削除した」といった文句をつけられて収拾がつかなくなるから、放置しているのです。
まぁ商売としては悪賢いけど、こういう迷惑サイトの社長が「インターネットの世界を進化させたい」とか、きれいごとをいうのはやめてほしいものですね。
ネットの投稿やブログは実名でするべきという意見もたしかに以前からあり、尤もと思わないでもないですが、すでに実名を公表して匿名によるメリットを享受できない方々の恨みのようにも思えます。ネットやブログ発祥の米国では実名が当たり前と思われているかもしれませんが、(少し古いですが)たとえば米国の電子フロンティア財団は次のような提言を行なっています。
------------------------------------------
米国の非営利団体Electronic Frontier Foundation(EFF:電子フロンティア財団)は,個人ブログ運営時の注意事項を提言した。EFFが米国時間4月6日に明らかにしたもの。「不利な状況に陥らないようブログで発言するには自分の個人情報をうまく管理することが大切で,それには匿名運営が最良の方法だ」「実名や自分の写真を掲載しないのは当然だが,職場環境に関するブログなら,会社の場所,従業員数,事業分野などについても書かない方がよい」「これまで数十人がブログ運営を理由に解雇され,その数は増えつつある」という。「米憲法修正第一項は言論の自由を保障しているが,これは政府からの保護を目的としている。民間企業は,任意の理由で従業員を解雇できる。職場などの環境からブログ運営者を守る法律は,どの州にも存在しない」
http://itpro.nikkeibp.co.jp/free/ITPro/USNEWS/20050411/158803/
------------------------------------------
ただし実名でブログを公表する人が増加していけばブログ全体の権威は高まるのは確かでしょう。実際以前より実名者は徐々に増大しているのではないでしょうか。先日阿久根市長選で当選したこの人のブログhttp://www5.diary.ne.jp/user/521727/
などはなかなか読み応えがありました。政治家や芸能人のブログも昔にくらべるとレベルが上がっていると思います。専門家のブログもよく目にするようになり、医療や建築・工学・芸術や骨董・スポーツ・衣食住などほんとに多種多様です。ブログが進化して良質なコミュニティを形成した例も増えてきました。料理系のCOOKPADなどは30代女性の3割が読んでいるといいます。ツールの進化やパソコンの普及によるところも大きいのでしょう。コメント欄で陰湿な落書きがはびこるのは下らないコメントにいちいち反応する人間がいるからでないでしょうか。陰湿なコメントしか書けない人間は可哀想な人だと思って皆が同情すれば段々といなくなるでしょう。またブログ・コミュニティ・掲示板等で構成されるネットの世論は確実に影響力を増していますが、その無制約に基づくとてつもない多様性と質の格差からいって、その特質を単純に総括するのは無理でしょう。ただしその創造力は既存メディアの平均水準より上回っていると考えます。
それと。これは私の偏見かもしれませんが、今時「サブカルチャー」などという言葉を前面に押し出して何か言いたがる奴は、もうそれだけで頭が悪い奴だと思えてなりません。
しかしこれは社会人になってから身に付けた行動様式でもないようです。普段はおとなしい日本の大学生が、飲み会になると急にアグレッシブになるのでビックリしたという留学生の証言もあります。多分、日本人は小学生の頃から非常に高い同調圧力にさらされ、生き抜くすべを自然と身に付けるのではないでしょうか。
一方そういう能力に欠ける私は別の職場で、「本当に問題があるなら酒の席ではなく、業務中に堂々と主張すべきではないか」と私が言ったら「それが出来るほど皆強くない」みたいな反応で、あとで「あいつ(私)は外人だから我々の気持ちがわからない」といった噂になっていたようです。
日本の社会は、裏で憂さ晴らしで暴れることには寛容だが、表で理性的に組織を批判することは許さない風潮があります。不平不満は外に吐き出して、内には一切波風を立てないのが社会人としてのマナーというわけです。それは結局、実際には何も変えたくないということです。ガス抜きと体制維持は表裏一体です。
いつもながら、日本では会社という中間集団だけが強大になりすぎたと思います。集団内での規律はムダに厳しいのに、一歩外に出ると無法地帯。そのせいか、会社を辞めると一切の社会的信用を失います。社内にいる内はノーリスクで、外に出るとリスク無限大。0か100しかない極端な社会です。
私は、この原因は「日本人の国民性」だとは思わない。それは戦後の日本企業システムの鏡像である。長期雇用のもとでは、絶えず他人の噂話による「360度評価」にさらされるので
と先生はお書きなのですが、私は、主な原因が日本企業にあるとは思わないのです。戦後の日本から失われたのは「尊敬」と「権威」です。「上の人」を否定し続けてきたのが戦後の風潮です。日本人がちゃんとした議論ができないのは、相手に対する「尊敬」がないからと思います。悪罵が始まるのは「権威」がないからでしょう。
先日、京都教育大学で、6人の男子学生が女子学生を強姦するという事件があって、学長は「教育的配慮」をもって男子学生たちを無期停学としました。その後、逮捕されて新聞に報道されました。処分の無期停学なら復学もありえるわけです。さらに学長は教育機関なのだから「更生」させたいとも言いました。しかし、推測ですが性犯罪者の更生プログラムなど大学にあるはずもないでしょう。また性犯罪は再犯率が高く学長の言葉は無責任といわざるを得ません。「更生」したと称して学生を復学させ、卒業させれば、赴任先の学校で問題を起すのかもしれません。どうしようもなく甘やかすことを「教育的配慮」と言ってはいけないと思います。
「上の人」たちが「下の人」から見て、バカなことを積み重ねてきたことも事実です。しかし、やはり教育における「教師と生徒は友達関係」という平等主義の悪い面が出てしまっているのではないでしょうか。いい面もありますけどね。
現時点でのサイト運営については先生のおっしゃる通りと思います。わからない奴は本当にいますから、削除とか書き込み資格の停止とかビシビシやるべきでしょう。雑草だらけの荒野ではいけないと思います。除草剤を撒きましょう。
こういう話は昔、山口昌男氏などが流行させましたが、これって結局「ストレスを発散して翌日からは元の秩序に戻る」という秩序維持のメカニズムなんですね。伝統的な「冷たい社会」ではそれでいいんだけど、近代社会では「ガス抜き」だけやっても問題の解決にはならない。まして自分のルサンチマンを他人にぶつけるのは迷惑だし、ウェブ上の言論を壊滅させてしまう。この点でも、日本人の行動様式は農民的ですね。
日本の大企業の部長クラス以上のマネジメントは、温和で性格円満というよりは、何事も人事のようで責任を負わない事なかれ主義的傾向が強いのだと思います。要するに社内の人的関係の構築だけでのし上がってきた、実質的ビジネスの面からはノンワーキングリッチである人の比率が欧米より多いですから、それは表面上はストレスも無く温和に見えると思います。内心は、自分の人的ネットワークで重要な位置を占める近い世代の利益を図るばかりで、若手部下や非正規社員が将来に思い悩んでいても、ひたすら踏み台にして逃げ切ることしか頭に無い、冷たい人も珍しくありません。
無論、そんなマネジメントばかりでなく、熱意と人情を持った人や、ビジネスで自らが先頭に立って陣頭指揮で業績を挙げていくマネジメントもいます。でも、そういった人々は日本人でも性格が強烈な人が多いですね。有能なコンサルとかは、ヤクザみたいな人の方が普通なくらいです。強烈な個性が無ければ、ビジネスで貢献できないし、常に高い収益を上げることを要求され多様な部下(にぶら下がるのではなく)を纏め上げ率いなければならないならば、プレッシャーも強烈で人格円満とはなかなか行かないと思います。
まあ、日本の学者も評論家も経営者も、飲みニュケーション、煙草ミュニケーションの達人で、客観的評価に晒されて戦ってきたわけではない人の比率が大きいですから、“上の人”が隠れて表に出てこないのではなく、出てきてこの程度、なんじゃないでしょうか。
土と作物をあいてに「ルサンチマン」をぶつけたりぐだぐだ不平不満をいってもはじまりません。ときには、お偉い方にへいこらしなければなりませんが、これが毎日つづくわけでもありません。
祭りのときには、普段の家族だけの労働および生活から離れて、神妙な行事とはしゃぐことはあっても、不平不満のガス抜きが必要となるわけではありません。
人間関係の不平不満にさいなまれてガス抜きをしていたのは、暇をもてあましていた江戸時代の武士ではなかったでしょうか。「都市は空気を自由にする」ということを聞きましたけど、不平不満とかいじめとかは、都市のほうがひどいのではないでしょうか?
1条「自主」精神に充ちた
2条「自発的」精神を養う
この言葉どうりに教育が進められていればこんなことにはならなかったかもしれない。
「こうあった」というのは、先の改正でこれらの文面は削られてしまったからだ。政官財報の心根がよく見えるではないか。
私は日本人の特質が今のようになったのは昭和20年代以降と考えています。
例えば、"農協"、"労働組合"などは戦後の制度でしょうし、日銀法、年金制度、食糧管理法などは戦中・戦後の10年くらいの間に制度設計されたもののように思えます。
今日、これらと同様に昭和20年+-10年の間に制度設計されたものが私達を規定されているように思えてなりません(憲法を含めて)。
池田氏が大阪堂島の米先物市場を紹介しておられますが、私もその"DNA"が今現在も、私たちに脈々と受け継がれていると思います。
であれば、それを再び復活させることができれば、造作なく"パラダイムシフト"を行うことができるように思えます。
昭和10年代にお生まれのように"老耄爺"さんのことを思ってしまうのですが、どのようにこのことを思われるでしょうか?
確かに。江戸時代の篤農家の話などを読むと、単なる農業マニアでコミュニケーション能力0(というか人と交わりたがらない)の変人、みたいな人も多かったようです。
むしろ、ぐじぐじした人間関係にとらわれ、その中でしか生きられないのは、武士の方だったのでしょうね。これまたお畳奉行の元禄日記などを読むと、本当につまらないしきたりや、人間関係に全ての精力を費やしている武士の日常が書かれていました。
>「都市は空気を自由にする」ということを聞きましたけど、不平不満とかいじめとかは、都市のほうがひどいのではないでしょうか?
「都市」と言っても、多少なりとも自由な空気があった「都市」とみなせるのは、江戸・大阪・京の三都くらいだったのでしょうね。地方都市(城下町)などは、それこそ「封建門閥は親の仇」と言いたくなるような閉塞感が漂っていたのでしょう。
現代も、それから進歩していませんね。
http://twitter.com/takapon_jp
瞬く間にフォロワーがついているようです(小生もそのひとりですが)。
このことがきっかけで、池田さんのご指摘の日本の不可解なブログ界(含むSNS)に、大きな変化が生じるような気がしております。
結論から言うと、結構イケルということです。
子どもと女の子にかなり支持がある。
東南アジアの女の子は、圧倒的に日本語を選択する。
英語は高等思考言語で高学歴男子学生を圧倒的に惹き付けますが、日本語はアジア系の女子学生を惹き付ける点で優位性がある。
私は言語の普及は国力だと考えているので、ポップカルチャーやカワイイカルチャーで日本語学習者が増えることは望ましいと思います。
90年の初め頃からインターネットを使い始め、アメリカでの「実名」が当たり前、に慣れていた自分にとっては日本の状況は異常に見えました。アメリカでは学術研究ネットワークとしてインターネットが発展してきたので、インターネットで「実名」が当たり前になるのは必然でした。
アメリカにはパソコン通信ユーザーは沢山いて、AOLユーザはAOLer等と呼ばれ、レベルの低いユーザとして軽蔑されていました。
日本のネット言論がアメリカのそれに比べ稚拙である原因の一つは、ネット通信の歴史にも原因があると思います。アメリカでは学術研究ネットワークの延長線上のシステムとして発展してきましたが、日本の場合はパソコン通信の延長線上として発展してしまった事にあるように思えます。
という自分自身も今ではハンドルネームユーザですが(苦笑
これで少しは彼らも理解できるでしょうか?
http://d.hatena.ne.jp/aureliano/20090611/1244726606
はてなの左翼グループ(自称「はてサ」)のレベルの低さにあきれはて
(具体的には、下劣な彼らの「在日外国人支援デモ」に失望して)
今まで関わっていた彼らと絶縁宣言をしたようです。
http://b.hatena.ne.jp/entry/http://h.hatena.ne.jp/isikeriasobi/9234263952234936949/
「はてな左翼」主宰「在日外国人支援デモ」
http://blog.goo.ne.jp/hanxiucao/e/fcae41aa017fa16ad78451234762d301」
以下のブログによると、2chはあえて殺伐となるようなデザインにしているとのことですが、自然と荒れる罠のようなサイト設計というものがあると思います。
http://blog.a-utada.com/chikyu/2007/03/post_921a.html
※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。
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