ブログ part 2(livedoor)
原付以上運転者の飲酒運転による交通事故は13,875件(構成率1.6%)で、前年と比較すると、大幅に減少(前年比−1,303件、−8.6%)している。飲酒運転による交通事故は、10年間で約4割の減少(平成7年の0.62倍)となったが、改正道路交通法により飲酒運転に対する罰則等が強化された14年以降の減少が顕著であり、特に酒酔い運転は10年間で約3分の1(同0.35倍)にまで減少するに至っている。
http://ameblo.jp/designed-driver/
お酒を売る人も、飲む人も、飲まない人も参加できる飲酒運転対策です。
都会はまだ、いいんですが、
田舎なんか車が無いとなんにも出来ません。
知り合いに聞くと飲みに行くという選択肢がなくなったという話を聞きますし、
最近は飲み屋に人自体が少なくなったようです。
結構、経済の影響大きいのではないかと。
アホみたいに飲んで事故起こす輩が少ないのなら、縛りも緩くなると思うのですが、
例が少なくても、目に付くような事件が飲酒で起こってるという印象を持たれるのなら、厳しくしても致し方ないのかなと。
自分は仕事先の飲み会が好きではないので、捕まりたくないと言って飲み会を逃げられるので、痛し痒しではあるのですが。
そんなことをやらかす無責任な奴には懲戒免職も妥当だと思いますが。事故を起こして人を殺してからでは遅いですよ。
また福岡の事件は大変痛ましい事故であることは言を俟ちませんが、友人がそれゆえにオリンピック招致に関して、都とキー局の利害が一致したという説を唱えておりますが…
確かに言われてみると、飲酒による痛ましい死亡事故は、それ以前にもいくつもありましたし…福岡の場合も報道の火のつき方は立ち上がりが遅い割に、その後の延焼が大規模かつ長かったような気がすると言う人も多いです。
私自身はあまりテレビを見ませんし、マスコミの友人にも冗談で聞いたりもしていませんが…
その後の報道は、あれだけしつこく福岡を報道してしまったために、単にある種の流行になっているだけではないですか。
轢き逃げ事件が相対的に増えている」ともされていました。
この問題で踊らされるデメリットは飲酒運転を
行った人間だけが相対的に大きい厳罰を受けるだけで、
優良ドライバーには全くデメリットがありません。
法律上どうこう言うつもりは無く、多くの人は、
踊らされていると理解した上でもこの状況を
悪いとは思わないのではないでしょうか。
普通の企業では、交通事故を起こした場合には懲戒処分が適用されることが多いが、検挙されただけで解雇ということはありえない。飲酒運転がいいことだという人は、世の中に一人もいないでしょう。だからといって、罪刑のバランスを考えずに、とにかく厳罰に処せばよいというのは、警察国家の発想です。
言うまでもないことですが、
「よーし、今日はスピード違反(信号無視)してやるぞぉ」
というような気持ちで運転する人は、飲酒運転と同様に扱われるべきです。
地方なんかにいる飲酒運転に対して甘えた考えを持っている大人、凄いですよ。開き直りもいいとこ。文明社会とは思えない。
そういう人達をなんとかするには「飲酒運転でクビ」の抑止力は有効かと思います。残念ながら。
しかしバランスはとても大事ですね。
飲酒運転が自己制御可能との事ですが、制御可能な犯罪であれば厳罰に処するとなると、過失以外の犯罪は全て重罪になりますね。
万引きや痴漢なども死刑にした方が良いですか?
> か。これらは飲酒運転の数十倍も多く死亡事故
> を起こしていますが、これも検挙されただけで
> 免職ですか。
うーーん、ちょっと極端じゃないでしょうか。
私は TVX さんの意見にまったく賛成です。
飲酒運転は、乗る前から危険性は本人も分かっていますし、乗ってから降りるまでその危険性は変わりません。
一方、スピード違反は多分一時的なものがほとんどかと思います。もちろん TVX さんの言われるように悪質なものは当然懲戒免職で問題ないと思います。
私の気持ちとしては、増えているか減っているかはどうでもよくて、このような不幸な事故が減少に向かうような罰則であれば厳しくしてほしいです。
今の100倍厳罰にする方が先でしょう。
それよりも、これだけ社会問題化されているににもかかわらず、誰の目から見ても悪いことであることが明白であるにもかかわらず、「それでも」やるような、アホな人間を抱えた組織のリスクマネジメントとしては、皮膚感覚として異常事態とも思えませんが。
法的に罪の重さの絶対量が問題ではなく、社会で問題視される以上、組織がCSR上のリスク回避のためにある程度の見せしめをするのは、仕方がないのかなと思います。嫌ならそんなところに勤めねばいいわけだし。
マスコミのバイアスある報道を嘆いていても誰も助けてくれませんし・・・
「罰則等が強化された14年以降の減少が顕著」というのが統計上示されているのだから、事故は減るじゃないですか。
故意犯と言える以下の4つは、検挙された時点で処罰の対象です。刑事処分が下された時点で停職・免職になります。
・スピード違反(赤切符)…停職以上
・無免許運転…免職
・ひき逃げ…免職
・飲酒運転(酒気帯び…停職以上・酒酔い…免職)
停職になった場合、一定期間の昇給もなくなり、ボーナスもその期間は対象外になります。
事実上の「永年年収ダウン」です。
でも、これらって当たり前でしょ。
厳罰化じゃなくて、正常な状態に近づいているだけだと思われますが。
ひき逃げの増加についても、警察庁は道交法を改正して厳罰化しようとしていますが、「捕まらないと思ってしまうから逃げる。それなら、ひき逃げに重罰が科されても、もっと逃げることになるだろう。[・・・]自分で通報すれば自首の規定が適用になることを明確化するとか、逃げるより問題に立ち向かった方が得、と思わせるようなインセンティブを作りだした方が効果があるように思う」
http://matimura.cocolog-nifty.com/matimulog/2006/09/police_78ae.html
警察国家の辞書には、この「インセンティブ」という言葉がないのです。
厳罰化と事故数増減は全く無縁か?
この二つの問いに答えてほしい。
事故にならない未遂も減ると思う。
ひかれそうになって寿命が縮んでいったいだれが補償してくれる?
厳罰化という簡単な方法で効果があるならやればいい。
どこの大都市で、何年計画の話でしょうか。
私の田舎では各家庭に2台以上の車を所有しているのが普通で、各自がそれぞれ車で移動するのが当り前という状況の中、鉄道もバスも赤字経営に喘いでおります。そんな極端な田舎はともかく、大都市圏以外で大量交通手段など整備しても、利用者が増える(交通量が減る)とはとても思えません。
21世紀には空中にチューブが無数に走っていて、その中をタイヤの無い車が飛んで走る、くらい夢の話に聞こえます。
それを言ったら、飲酒運転で死亡する人のことも考えた方が……というだけの堂々巡りになります。
>私のいっているのは、厳罰化が倫理的に正しいかどうかということではなく、それが社会的コストとのバランスで合理的か、ということです。
その「社会的コストとのバランス」って、誰がどうやって判断するんですか。
池田さんが「つり合わない」と思えば、一生つり合わないバランスなんじゃありませんか。
それと私も飲酒運転の厳罰化は、数字の大小の問題ではないと思っていたのですが、飲酒運転は事故全体の「1.6%」という2005年度交通事故統計のその下に、
「飲酒運転の死亡事故率は飲酒なしの8.4倍であり、酒酔い運転に
至っては36.5倍と高く、飲酒運転による交通事故が死亡事故につながる危険性の高いことを示している」
という文章があるのを見て、私は「1.6%」よりも「8.4倍」「36.5倍」という数字の方が重要だと感じました。
かといって、運送業ではありませんが。
毎年一回必ず研修会に参加する義務があり
一日缶詰となつて交通安全のことを教えられます。
ここで、毎年重点的にキャンペーンがはられます。
今年は飲酒運転でした。この方針に乗って
マスコミも協力しているのでしょう。
たまたま、マスコミ受けする事故もあったし。
参考までに。多分来年はスピード違反が(笑)
しばらくすれば、飲酒運転のことも終わりましょう。
死亡事故は年々減少しています。厳罰化とは関係なく
車の安全対策と考えます。
リンクされているデータの36頁には「死亡事故率を飲酒有無別にみると、飲酒運転の死亡事故率は飲酒なしの8.4倍であり、酒酔い運転に至っては36.5倍と高く、飲酒運転による交通事故が死亡事故につながる危険性の高いことを示している」とあります。
マスコミによる「煽り」は確かにありますが、飲酒運転が糾弾される理由はまさに、「死亡事故率」にあるのではないでしょうか。
「バランスなんか必要ない」という意見もありますが、それではいっそ飲酒運転を廃絶するために、死刑を適用してはどうでしょうか?
私のいっているのは、簡単なことです。刑罰の重さとその効果は、厳罰化すればするほどいいという「単調増加」の関係にはないのです。危険運転致死罪の懲役20年という上限が殺人罪と同じなのは「結果的加重犯として重すぎる」という法律の専門家の意見もあります。
http://beatniks.cocolog-nifty.com/cruising/2006/09/post_5309.html
池田さんは都合が悪くなると、警察国家云々とかを持ち出すのですね、やっぱり。
みなを一括りにできる、便利な言葉ですもんね。
この程度で「威勢がいい」だの「暴走」だの、これまでもっと酷いコメントの嵐を経験なさっているはずで、今回は比較的大人し目だと思うんですが(笑)
「飲酒運転は死刑」なんて、誰もそんな趣旨の発言はしていないはずですが、まるで厳罰化支持の人はみなそう言っている(思っている)かのような書き方しないでくださいね。
これまで見てきた中でも、かなり最低ランクのコメント(お答え)です。
厳罰化しても飲酒運転は減らない、という根拠が法律の専門家お一人の意見、の単なる受け売りだとしたら、夢の「大量輸送手段の整備」構想と比べて、その夢のなさにガッカリです。
これ以上書くとさらに口が悪くなってしまうので、この辺でやめておきます。
こんないい加減なコメントを相手にする気もないが、まだ自分の論理の欠陥に気づいてないようですね。「違法行為を抑止するには厳罰化すればするほどいい(バランスは必要ない)」という単調増加の関係があるのなら、論理的には最大の厳罰である死刑が一番いいという結論しかありえない。そういう結論が明らかに成り立たないということは、単調増加の関係はなく、中間のどこかでバランスが必要だということを意味しているのです。
あるいは、私のコメントは無視されたのですか?
これまでの池田さんのコメントを見ると、うっかり口を挟むと「おまえらは何もわかってない」と言わんばかりに罵倒されるので、怖々と聞いているのですが。
「違法行為を抑止するには厳罰化すれば『するほどいい』」
なんて誰も書いていない、少なくとも私は書いていないはずですが、それで「自分(私)の論理の欠陥」云々言われても……。
多くの人の意見を勝手に一括りにして、相手の論理を自分の都合のいいように解釈して、最後は「お前らは間違ってる!まだ分からんかっ!」とぶちキレた風のコメントで切って捨てる、の繰り返し。
無視することは自由ですのに、お疲れさまです。
私は私で勝手に納得させていただきましたので、これにてお先に失礼します。
>池田さんが「つり合わない」と思えば、一>生つり合わないバランスなんじゃありませ>んか。
これって、形式上は「質問」だけど、実質的には「バランスなど判断できない」=判断する必要がない、というTVXさんの「意見」の表明です。池田さんのレスポンスは、これを踏まえてのものだと思われます。
いや「質問」をしただけで「意見」をいったつもりはない、という言い逃げは許されません。
「修辞的疑問文」って知っていますか?(あ、これは質問でーす。答えてね!)
まずその前段に本当は、社会的コストってなに?それとなにのバランスなの?という疑問があったわけです。
池田さんが勝手に作ったバランス概念じゃないの?
池田さんの考え一つでどっちにでも傾くバランスなんじゃないの?
という感じでしょうか。
なので、バランスなんか必要ない、という意味ではありません。
池田さんのサジ加減1つで変わるバランスなら、意味はありませんが、そこのところどうなんですか?という質問でもあります。
私はてっきりこの質問はスルーされたと思い込んでしまったので、書いた覚えないんだけどなぁ、となったわけです。
これで答えになってるでしょうか?
ところで、交通事故を本質的に減らし(ひいては飲酒運転事故を減らすために)田舎にまで大量輸送手段を張り巡らせるわけですか?誰がどんな財源で?あまりにも夢物語だと思うんですが。現実的に無理ですよね。
飲酒運転に対する罰が今まで甘過ぎたのかもしれません。だから、まずは過激なくらいに設定してみて、現実の効果を測ってみるのもよいのでは?まだ厳罰化で永遠に固定されると決めたわけでもないし。
要は、飲酒運転に適正な罰のレベルはまだ誰もわかってないのでは?と言いたいわけです。
池田先生やその意見に賛同される方々、無闇に厳罰化しても仕方ないとは思ってはいても、では、今の罰の水準が適正なのかという判断はまだ難しい、と思ってはおられませんか?
今は、その罰の水準を探る時期だ、とは考えられませんか?
自由な競争ができる社会でも、時には行き過ぎがあるでしょう。今はその時期なのかもしれませんよ。そう考えるのも、社会的コストが高すぎますか?
私は基本的には厳罰化に賛成の立場ですが、現実的にはすでに静岡、兵庫の県知事が厳罰化に反対の意思を表明しており、結局ほかの自治体もこれに追従して厳罰化は形だけ、ということになるんだろうな……とか実のところは思っています。
結果的には、それはひき逃げを増やしただけでした。そして今度は、ひき逃げを厳罰化するという。それは逆です。危険運転致死罪の量刑が異常なのです。厳罰化の抑止力には限界があり、それ以外の方法で飲酒運転を防ぐしくみを考えたほうが建設的だと思います。
・素面の人に対して「車で帰るくらいなら、危ないからタクシーか電車で帰りな」と勧めるよりも、
・酒気帯び・酒酔いの人に対して「車で帰るくらいなら、危ないからタクシーか電車で帰りな」と勧めるほうが、
それぞれ 8.6倍、36.5倍、事故を防止する上で効果があるということを意味しているだけですよね。
このことは、酒酔い運転による事故は、全体の事故のなかで 1.6%しか占めていないので、対策の効果は「限度がある」という議論と矛盾しないし、反対論拠にもなっていないと考えます。また某氏のように 1.6% x 8.6倍で「飲酒運転の構成比は12%」と主張するのは、単に間違った計算だと思います。
(しかし、「誤差の範囲内」と言い切る度胸は、私にはありませんが :)
逆に池田案(大量輸送手段の充実)が、酒酔い運転の厳罰化よりも効果的だと判断されるには、普通の人にとって「車に乗る」ことの効用より「電車そのほか」を使うことの効用のほうが37倍以上大きい必要があります(電車そのほかの事故リスクをまったく無視するとして)。これは、なかなか超えがたいハードルかもしれません。
ただ、酒を提供する側には厳罰化が効果があるのではないでしょうか?車で来た客には、飲まない運転手か代行運転を確保してあることを確認せずに酒を出したら一週間営業停止ぐらいの厳しい罰則を店に課したらどうでしょう。
また交通事故の総数を減らすには交通の絶対量が多い都市部での交通量を減らすのが効果的であり、「田舎まで大量輸送手段を張り巡らせる」必要はないので、宮川氏のコメントは的外れでしょう。大都市および近郊のバス電車等公共交通機関は短期的な収支採算にとらわれず、交通事故対策と国全体のエネルギー消費、大気汚染、炭酸ガス排出削減の効果も含めててこ入れすべきですね。ガソリンの税金を上げて公共交通機関に補助することを検討してもよいと思います。増加する老人の運転の危険性も考慮すべきですね。
道交法の更なる改正による厳罰化は全然考えていなかった、ということ。
なので、(就業規則を)厳罰化すればするほどいい、と言われても、懲戒免職以上になにがある?と思い、(就業規則で)死刑って全く意味が分からん!と思い、厳罰化を支持する人の大半も、就業規則上での話だろうと思ったので、誰もそんなこと書いてないし、私も書いてない、という結論に至ったわけです。
私が道交法ではなく、就業規則上での厳罰化のみを想定していたのは、世論の動きに合わせて厳罰化するにしても緩めるにしても、比較的簡単に改正できること、いざとなったら内々で処分を誤魔化すことができること(決して褒められた方法じゃありませんが)。
多少の逃げ道も残しておかないと、池田さん他が言うように、事故を起こしても逃げる人間が増えるだけ、という可能性も考えてのことでありました。
その辺りの食い違いが、私が池田さんの話をさっぱり理解できなかった原因ではないか、と今になって反省している次第であります。
公務員の処分についても、飲酒運転で検挙されただけで懲戒免職にすると、飲酒以外の原因で死亡事故を起こしたときどう処分するのか、などバランスの問題が出てきます。基本的に、事故を起こしてもいない予防的な検挙で「社会的死刑」ともいうべき懲戒免職にするのは、自衛官とか警察官とか特殊な職種以外では行き過ぎだと思います。
ドライバーの負担を引き上げるのは大賛成です。そもそも「車は凶器」といわれながら,日常的にそれを実感している人が少なすぎる。中学の理科レベルの想像力もないのに,外部性なんて言っても無理でしょうが・・・
飲酒で懲戒は行き過ぎに思いますが,そうではなくて,もともと辞めさせたかった人物なら理解はできます。他の賞罰とのバランス問題は残りますが,組織なんてもともと公平に運用できていないのだから,気にもしないのでしょう。
それまで放置しておきながら一つの事件を契機に突如として大扱いするマスコミと、それに踊らされ保身に走る組織や主体性のない国民・・・という日本人得意の集団ヒステリーですね。
時々やってるのかも知れませんね。
そういう前提でいわせていただけば、事故を減らすには、「交通事故税」のような高率の税金をかけて車を減らすことが、本当は望ましいと思います。また危険運転の多い若者の運転を減らすため、免許取得年齢を引き上げることも効果的でしょう。もちろん、こういう政策は、財界の中核である自動車業界が反対するので不可能ですが・・・
「酒気帯び」以外の違反をしたわけでもなく、事故をしたわけでもありません。
それも休日(土曜日)の夜9時ごろのプライベート時間の事故です。
福岡市職員の事故がなければ「訓戒」程度の懲戒処分だったはずなのに「免職」とは、いくらなんでも重すぎます。
「被害者の感情」という意見もありますが、「飲酒運転事故で死んだ」と「スピード違反事故で死んだ」と「暴走運転事故で死んだ」があって、「飲酒運転事故で死んだ」被害者の感情だけを特に重く考える理由があるのでしょうか?
自動車事故を減らすには、自動車の台数を減らすこと──当然ではありますが、それしかありません。
「交通事故税」に類似した制度は、「反則金」「罰金」という形ですでに存在していますが、それが台数を減らすことにつながっていないのは見てのとおり。
現実には毎年かかる自動車税(受ける恩恵に比べて安すぎる!=多くの普通車で\\39,500)を滞納するような人がクルマを所有しているのです。
0.15mgというのは、世界でもっともきびしい部類です。私の友人は、酒を飲んで丸1日近くたってから引っかかりました。この程度でも、今後は公務員はクビになることを覚悟しなければいけないわけです。そうしなければ、自治体がメディアに「処分が甘い」と攻撃されるからです。
メディアが飲酒運転を攻撃するのは、それが弁護できない「絶対悪」で、反撃される心配がないからです。そして、メディアをそういう「魔女狩り」に駆り立てているのが、このコメント欄にもみられるように際限なく厳罰化を求める群衆心理なのです。
私は,飲酒(ちなみに,このカテゴリー内の段階分類は百も承知でしたが・・・枝葉末節です),携帯電話端末で会話,ナビの走行中テレビ視聴可に改造,どれもこれも大同小異と思います。この間,脇道から出てきた老人運転の車に目前を強引に「低速」で突っ切られ,死ぬかと思いましたから老人ドライバーも,もちろん大問題です。免許証の付与基準をものすごく厳しくして欲しいと思いますが,たしかに自動車立国日本ではあり得ないでしょうね。
こんなことどうでも良いやといったんは思いましたが,やはりどう考えても福岡報道はあれ単体で十分に異常です。
しかし、そういう律義な回答や、その筋の専門の方のコメントのなかには大変参考になる指摘も多々あります。今後も是非コメント欄を閉じずにブログを続けてください。「データと論理にもとづいて建設的な議論をする」のは日本では無理だと、そんなふうに池田さんがどこかであきらめてしまうのではないかと、余計な心配をしています。
過去にも悲惨な事故が起きるその度に、自治体(公務員)では厳罰化しようという動きを一応起こしては、いや飲酒運転だけ厳罰化は厳し過ぎる、との身内からの反論?で厳罰化を避けてきた、なかには処分の規定すらろく設けていない自治体もあった。
そういう意味で、福岡の事故以降いきなり厳罰化と騒ぐのはおかしい、という考えはちょっと違うかなと。
少なくとも、規定すらないようなところは、規定を設けるべきだし、飲酒運転即懲戒免職は行き過ぎ、というのは私も認めますが、
何度も繰り返す人間には処分を重くする、くらいの規定があっても別に問題ないでしょう。
いきなり懲戒免職にすると決めた自治体とかは、いずれ自分で自分の首を絞めるだろう、そのうち逃げ道を作っちゃうだろう、ことは容易に想像できますので。
厳罰化=死刑(即懲戒免職)、と考えてしまえば、それは反対せざるをえませんが、そうじゃない厳罰化は考えるにも値しないでしょうか。
ここでも「行き過ぎた厳罰」という指摘に反発するコメントが多く、
それらの攻撃的な内容に驚きます。
行き過ぎを諌めようとする池田さんや電波利権さんなどのコメントは
大局的な視点を持ち、冷静で非常に納得できると私は思いました。
私は運転免許を持ったことがなく、酒についても全くの下戸です。
飲酒に関係無く「自家用車は交通事故リスクの元凶」に見えますが、
今の飲酒運転バッシングにより「リスクが減って安全になるかも」
という安心感は全くありません。飲酒運転以外の事故の方が
遥に多いことを知っていたからです。
むしろ、バランス感を欠いた警察リソースの消費により、
他の事故が増加、全体的な交通事故リスクが高まる不安があります。
日本は飲酒に限らず交通事故の少ない国です。そればかりか
飲酒の判断基準が世界的に見て非常に厳しいにも関わらず、
事故原因の割合で飲酒は少ないのです。
私には、飲酒運転の危機意識について日本人が劣っているとは
到底思えません。
どうか、この集団ヒステリーが早く治まることを願います。
>飲酒運転は交通事故の1.6%
を対象にした話と残る98.4%を対象とした話は一緒にすべきではないと思う。
交通事故の1.6%を対象にした話では、結局
>改正道路交通法により飲酒運転に対する罰則等が強化された14年以降の減少が顕著
なんですよ。
だから厳罰でいい。
残る98.4%も一様じゃない。
その内
>偶然が重なって確率的に起こる
のではない事故、つまり飲酒運転のような「必然」の事故は厳罰を含めて制御すべきです。
高齢ドライバー、過労トラックドライバー、違法積載車、居眠り運転、危険箇所全般。
>大部分の事故は、意図的な危険運転が原因ではなく、偶然が重なって確率的に起こる
の「大部分」をちょっとあっさり言い過ぎのように思います。
98.4%の内何割なのか、それをはっきりさせるべきでしょう。
その割合と「必然」の事故の制御によっては交通量に比例しなくなるはずです。
なぜなら、「事故件数は車の総走行距離に比例する」の引用先でも80年まで比例してません。
この80年までの事をもう1度やるべきです。
せめて御自身はどう思うのか、くらい書いていただかないと。
もし自殺に追い込まれて云々、というような類の話であれば、それは飲酒運転に限らず、事故に巻き込まれて死亡した人のことも……とか言い合うだけの堂々巡りになりますよ、と前の方で私は書いておりますので、そういう話には答えられませんよ。
「厳罰化」という言葉を使うのが悪いのかもしれませんが、
マスコミ煽り過ぎ、世論はのせられ過ぎ、だから厳罰化も含めて飲酒運転について考えるのも無意味、という風に思って欲しくないなぁと。
車を運転して帰らなきゃいけないことが分かっているのに、仕事帰りに酒を飲みに行く、そういう感覚が私には理解できないんですね。
だから飲酒運転とスピード違反他は違うと思うし、飲酒運転だけ罰則を強めてもいいだろう、とただそれだけのことなんですが。
私の話はだんだんとこのエントリ本来の趣旨と外れてきているので、スルーしていただけるならこれ以上書きません。
それはよほど私個人に尋ねなきゃいけないことか、スルーすることはできないことか、お考えいただけるとどっちも幸せかと。
刑法の罰則で言えば
業務上過失致死罪の上限が懲役5年しかない
ひき逃げ(道路交通法違反)を加算しても7年半が上限である
一方で危険運転致死罪は上限が懲役20年
こういうのが刑罰のバランスがおかしいというのだと思います。
単純な飲酒運転なら
酒酔いで3年、酒気帯びで1年ですから池田さんが言われるほどの厳罰ではないと思います
たとえば先日の幼稚園児の事故では、2人亡くなっても5年以下の懲役ということですね
ちなみに飲酒運転で自殺した芸能人を話題に出すのは相当レベルの低い話です。被害者の関係者で自殺した人も珍しくはありません。
平宮康広さんはそれをどう思うのでしょうか?
http://www.excite.co.jp/News/entertainment/20060927092929/Nikkan_p-et-tp0-060927-0011.html
ちなみに僕は、あなたのいう厳罰主義がこのような不幸を生み出すと考えます。
この方の自殺の原因が、最近の飲酒運転厳罰化の流れのせいだと、平宮康広さんは本当にそう思ってらっしゃるんでしょうか?
ああ、「あなた(私)のいう厳罰主義がこうのような不幸を生み出す」とお考えなんでしたね。
それならばそうなんでしょう。きっと。
私は「厳罰主義」と言われるほど、キッツイ処分を求めたつもりはないんですけれど……。
警察庁のWebに平成18年上半期の交通死亡事故の特徴および・・・と題する報告があります
http://www.npa.go.jp/toukei/index.htm#koutsuu
これでは全死亡事故における飲酒運転の割合は13.8%です。これは無視できる数字なのでしょうか?
平宮さん、社会的制裁?、芸能関係者にどのような社会的制裁があったというのでしょう?
この世を生きていくうえで過失で損害を与えれば、それを補填する義務があるでしょう。
交通事故では経済的な損害に対して保険で対応していたため、事故に対する道義的な責任が軽視される傾向が続いています。また刑務所の収容能力の問題から刑罰も罰金が多いと思います。
そういう交通事故に対する矛盾がある限り、何かのきっかけで厳罰化を唱える声がでるのです。
問題の本質とはこういうところにあるのであって自治体の首長の照れ隠しの厳罰化(社会的制裁)にあるのではありません
厄介なことに、警察や検察、あるいは裁判所も含めて、法的な刑罰から離れて社会的制裁に期待を寄せてしまっているところがある。そのような状況は、法治国家として不健康でしょう。
あの芸能関係者は「自分が飲酒後に車を運転し事故を起こし人を傷つけた」という事実に対して「自殺」という選択をしただけでしょう。
あの記事から、「罰が重すぎて耐えられないから自殺」とはとても読み取れません。
平宮さんの論(「厳罰主義がこのような不幸を生み出す」)でいけば、この芸能関係者は罰の軽かった以前なら自殺しなかったとなるわけでしょう。
本当にそう読み取られたのでしょうか?
しかもTVXさんは、以前のコメントで「治体や企業などの職員就業規則というんでしょうか、そこだけの厳罰化であるということ」と発言されているのに、平宮さんは「法的な刑罰」における「厳罰主義」などと仰っている。
噛み付く相手を間違ってませんか?
そんな単純な話ではないでしょう。車の絶対数が減れば危険なドライバーが減るとも限りません。
闇ルートで安くて車検も通っていないような車がさばかれ「ヤ」のつく自営業の方々なんかに行ったりとか・・・。
また、車の取得に多大な税金を掛けて・・・と仰ってもいましたが、車があることによって受けているメリット全てにそれが負担となることも考えられます。
車があることによるメリット・・・バス、タクシー、宅配業者の車、郵便配達の車、救急車、消防車などなど
レールの上を走らない車のメリットは大きいと思います。
事故を減らすには車を取得しにくくするのではなく、免許を取得・維持しにくくするべきでしょう。航空機のように。
僕は噛みついてなんかいませんよ。
僕は、法的な刑罰の大きさと社会的制裁の大きさには、異なる基準が存在すると言っているのです。そしてそれが分からないのは愚かであると言っています。また法の番犬たちが社会的制裁に期待するのは法治国家として不健康であるとも言っています。それだけですけど?
警察も、ある意味では同じです。交通事故が減ると、安全サービスがcommoditizeして、警察の予算や人員が削減される。それを避けるには、つねに「危険だ」というイメージを作り出す必要があるわけです。
そのキャンペーンに利用するのがメディアです。この場合も、飲酒運転が増えているかどうかという客観的な情報よりも、特定の事故で「公務員が幼児を殺した」といったセンセーショナルな話を煽ることが効果的です。そして、こういう圧力に負けて自治体が酒気帯び運転で懲戒免職にしたりすると、それが「進歩的」な事例として賞賛され、ますますキャンペーンに勢いがつく、という悪循環になるわけです。
おそらくこの勢いで、今度はひき逃げを厳罰化する道交法の改正が行われるでしょう。しかし、事故後に逃げることをきびしく処罰しても、事故の予防には役に立たない。それは警察の社会的なプレゼンスを高める役に立つだけです。
交通事故の要因は複雑で、飲酒運転はその一つにすぎない。それだけを厳罰化すれば、交通事故が撲滅できるかのような議論は、ナンセンスです。
それでも個人的には、飲酒運転だけでも取り敢えず減って欲しい、と願ってしまいます。
で、私が目にするニュースソースが偏っているんでしょうか、「飲酒運転根絶」という言葉の元、飲酒運転を厳しく非難する記事は相当見かけるんですが、「交通事故撲滅」とまで言っている記事、そう解釈できる記事は見かけたことがない……ような気が……たぶん……と。
どれもこれも飲酒運転のことばっか、という感じ。
私が知らないだけで、世間的にはそんなに「ひき逃げ厳罰化」「交通事故撲滅」の方向に向かっているんでしょうか?
「飲酒運転厳罰化」については、もう嫌ってほど分かりますが。
いずれにしても,ドライバーの外部性負担が低すぎる問題を宇沢[1974]を引用されてご指摘されている池田先生のご意見に賛成です。
それによって社会が経済的に非効率になると考える人は,言い換えれば人間の安全を奪っても経済的効率を高めよといっているのと同じですから。
でも,この議論のもう一方のリスクは,経済的規制とは異なり社会的規制に属するこの手の問題においては,コストが際限なくなる可能性もあり,それは「厳罰化」議論が盛り上がるのと同根かと。
「バランス」するのは口で言うほど簡単ではありませんよね。
「TVXさん、この記事を読んでしっかり答えなさい」
「ちなみに僕(平宮さん)は、あなた(TVX)のいう厳罰主義がこのような不幸を生み出すと考えます。」
これが噛み付いていない物言いなのであれば、仕方ありません。噛み付いていないです。はい。
でもって、私は平宮さんのスタンスを読み違えていたようです。平宮さんは社会的制裁が大きすぎて、例の芸能関係者は自殺したという例えで出したのですね。
確かにそれぞれの制裁の基準は異なるでしょう。法治国家として不健康さも言いたいことは分かりました。
でも、この流れは仕方ないかなと私は思います。
だって、事故の被害者は加害者に対して何もしていないのに怪我をさせられたり殺されたりしているわけですよ。
通り魔でたまたま居た幼児を3人殺した犯人はきっと死刑でしょう。
でも飲酒運転でたまたま居た幼児を3人轢き殺しても決して死刑にはなりえません。
どちらもたまたま現場に居合わせたという意味では事故です。
ドライバーは飲酒運転を始める時点で自分が通り魔になることを自覚し、抑制すべきです。それをしなかったことと、それがもたらした結果に対する責めは受けるべきでしょう。
責めに効果がなく繰り返されるのであれば、責めが厳しくなるのは仕方ない流れでしょう。
本質的にはやはりドライバーの質を上げることしか事故の減少には繋がらないと私は思います。
いかがなものかと理解しています。
交通事故死亡者は年々各種の事故キャンペーンで
減少しています。
大本営発表による飲酒運転啓蒙活動にマスコミが
乗って大量のこの種のニュースを流すのはなにか
おかしい。と。
マスコミの体質は戦前も戦後も変わっていないの
が良くわかります。
なぜなら公務員とサラリーマンと自営業者で、社会的罰則があまりにも違ってしまい、不公平だからです。
もし「酒気帯び運転は重大犯罪である」と思うなら法制度による厳罰化を主張すべきであって、公務員だけをバッシングするのはナンセンスです。
なお、私も免許は保有しておりますが、自動車は保有しておらず、免許の取得以来運転を1回もしていません。アルコールもあまり好きではありません。
金額は理不尽な高いと思いますがみんなやってることなのでしかたないかなと。加害賠償もめちゃくちゃ高いので下道とか街中の運転はものすごく集中してます。
日本は家や車を所有できにくい社会なので敵視されやすいのかもしれませんが本質的には車は便利だと思いますが...
北海道の人はどうすればいいんでしょうね。
車を減らせず、事故も減らせず、車の維持管理費用だけ高くなっていくのだろうか、と。
これで最後にしますので、ずっと書くのを控えていたことを書いておきますが、
「懲戒免職=社会的抹殺、社会的死刑」って言葉が度々出ましたが、命があるだけ有り難いと思え、と私は思います。
事故に巻き込まれて死んだ人間には、「懲戒免職は厳しすぎる」と裁判所に不服を申立てる機会さえ、無いのですから。
どうしてすぐにそのような感情的な議論にすりかわってしまうのか(いや、議論なんて成り立たないんですが)、いつもこの種の意見に出会うたびに不思議に思います。
問題は、別に誰かを不幸にしたわけではなく、「酒気帯び運転」をしたという理由だけで職を失うのが、バランスの取れた社会の姿かどうかということだと思いますよ。
多くの人が指摘しているように、一方で速度超過や信号無視が原因でたくさんの犠牲者が出ているにもかかわらず、「制限速度+10km/hで走る」ことに罪悪感を感じない人が多いばかりか、自動速度取締機などがあることを事前に警告する装置のような、道路交通法を守らないことを前提に考えている商品も普通に売られている。それがいいとは思いませんが、そのような状況なのに、「酒気帯び」のみ厳罰に処すのは非常にバランスを欠いているを思います。
> 事故に巻き込まれて死んだ人間には、「懲戒免職は厳しすぎる」...
普通の会社員や公務員の場合、飲酒運転で人を殺したらまず間違いなく職を失うだけでなく、重過失致死傷や危険運転致死傷で重い刑事罰を課されるでしょう。
このエントリーが炎上するのを見れば分かる通り、この手の刑罰は世論を説得して緩めることがなかなか難しいので、涙のロビー運動に流されての厳罰化というか、政治家の人気取りによる暴走を誰かがたしなめる仕組みが必要ですね。昔は官僚がコントロールしてたんでしょうが、すっかり骨抜きにされているから。
むしろ必要なのは、メディアを通して流れ込んでくる偏っているかもしれない情報をどのように解釈するかとか、冷静な議論をする姿勢とかそういうことなんじゃないかと思います。
このような、一種の集団ヒステリー(という言い方が妥当かどうかわかりませんが)を見るにつけ、一見独裁国家などとはまったく異なるように見えるわれわれの社会が、国民のリテラシーという点では、いかに脆弱な基盤の上に成り立っているのか思い知らされます。
単なる非生産的議論垂れ流しの類だと思ってましたが。
そんでもって高金利でもいいから貸してくれって言った方は被害者ということでお咎めなし。
勿論正式に決まったわけではないし、実際にどう運営されるかはわかりませんけれど。
アメリカもエンロン後、偽装会計の禁錮刑が20年に跳ね上がりましたし、多分同じような話は古今東西にあるのだろうなあと思います。
結局人間社会なんてそんなもんだと思ったり、社会のルールが一次のヒステリーで決まっていくのもまた怖い話だと思ったり。
最初に池田先生が書いた文章は、視野が狭いということを問題視しているだけなのに「厳罰化に反対するのはけしからん!」みたいな過剰反応を受けました。しかしそれらと議論しようにも、すぐ感情論を出され、統計分析は否定され、冷静な議論が不可能なのです。
今のマスコミ報道や世論の流れがあまり極端で異常だと感じないのか? 警察やマスコミの話を鵜呑みすることは危険だと思わないのか? ・・・その意味でのリテラシーが、日本人はあまり低い。
この問題を皆が考える契機になれば、今のヒステリックな流れもプラスに転じることが出来るかもしれません。
罰則についての議論は、まず皆が頭を冷やしてからにして欲しいです。
その意味でのリテラシーが、日本人はあまり低い。
→ その意味でのリテラシーが、日本人はあまりに低い。
(「に」が抜けてました。)
人は、罪に対する償いだけでなく、失敗に対する償いも強いられてしまう場合があると思います。罪と失敗の境界を明確化する作業を行うのは、法の番犬たちの義務でしょう。しかし法の番犬たちがその作業に怠慢になると、法治国家としての健康を害することにもなるであろうと予想しますね。
マスコミさんは考えてみれば多くの国民の
皆さんが期待しているだろうと思ったことを
中心に書く、報道するという点もあります。
戦前の戦争の時だって国民の多くが戦争を
やってまえと思っていたことは事実で。(笑)
魔女狩りとも。
ただ、マスコミの飲酒運転集中避難も、今しばらく続いておわりとなりましょう。小泉総理がいっていました。人の噂も今は数十日、いや一週間。
飲酒運転に対する罰則をこれ以上強化しても効果があるか私は疑問ですが、強化したいなら懲戒免職なんかにするより、自動車を取り上げた方がいいと思います。懲戒免職になっても飲酒運転はできますからね。
飲酒運転に対する罰則強化でも罰金を高くするばかりでなく、運転免許を10年くらい取れなくするほうが、再発防止には有効に思うのですが、あまりそんな話はでませんね。ちょっと不思議です。
ここでの議論とはちょっと別の視点で意見を述べたものをトラックバックさせてもらいました。
正しいことを仰っていると感じます。しかし、社会
全体が、他人との係わり合いを持つことから、遠ざ
かり過ぎているように感じます。
例えば....ある飲食店が、全てのお客様に「あなた様は本日お車でお越しですか?」といえる、店舗がどれ位あるのでしょうか?
聞いてみたいものです。しかし、先般も実際にあった事件で、あるコンビニに男性(45歳位)が来てお酒を買って帰ろうとしたとき、少し年配の女性店員さんが、あなたは車でアルコールを買いに来たので売らないと言ったらしいのです。「これってどちらが普通なんでしょうか?」店員さんの言い分も分かりますし、買いにきた男性も、買って家で、ビールを飲むのであればごく普通のことだろうし、現在の世の中が理解不能なのでしょうか?
皆さんは、どう思いますか?
ちなみに、この男性客は、その店員さんが売ってくれないので、車から包丁を持ってきて、無理やり「包丁を突きつけて、ビールを売れ!」と言ったらしいのですが....この時点で何かがおかしくないですか?
どう思います?
罰金も罰則(長期の免停並びに取り消し)もそれなりに重くはありますが、社会的な制裁はありませんし、また罰せられるのは本人だけです。
それから、酒気帯びは認められています。目安として体重70kgの成人男子でおおよそ1リットルのビールまでOKとなっています。日本人だと体重も軽いしアルコール耐性も劣る場合が多いようですから2/3ぐらいでしょうか。
実際、私自身缶ビール2本ぐらいでは大きく能力が落ちる実感はありません。厳密に言えば知覚や反射の能力は落ちているのでしょうが、それでも70才のおじいちゃん、おばあちゃんや移民したての中国人(運転は特に女性にとっては最初の試練)よりも、まともな運転ができます。
現在の日本の飲酒運転に対してのキャンペーンは異常です。事故や死の原因は他にずっとたくさんあるはずなのに。
私は、それよりもサラ金苦の自殺が2005年度3600人もいるということが気になって仕方がありません。全自殺者の1割以上、また飲酒事故の死者より多いのではないでしょうか?
ここのコメントの価値は、池田さんの記事の解説を池田さん自身に語らせた点にのみありますので、無視すると時間対効果の比率が高いです。
法的制裁により社会的制裁を抑止するのが法治国家ではないのですか?法的制裁を執行する側が社会的制裁を煽るのは法治国家の精神に反するのではありませんか?僕には集団リンチを容認するのと大差ないように思えるのですが、、、
こんどは、スピード違反かとおもっていましたが
予想に反して認知症となりました。
これは、飲酒運転より怖いと思います。
数は今後増える可能性がありますので。
この場合に、飲酒運転が懲戒免職になるような風潮はどうでしょうかということですよね。
徹夜で仕事やマージャンしても「居眠り事故」の可能性は非常に高いと思います。「徹夜」させた会社の上司も「飲酒運転幇助」と同罪にしなければなりませんよ。
女性が超セクシーな格好して道路わきを歩いていて、それに気をとられた男性ドライバーが死亡事故を起こした場合、彼女も「幇助」したとしてドライバーと同罪にするべきですね。
飲酒運転を予防する為とは言え、車を運転しない参加者にまで飲酒を強制的に禁止していることで行き過ぎだと思うんですが皆さんはどう思われますでしょうか?
この議論の発端は「我が国では飲酒に対して許容的である」という問題があり、その結果「不幸な事故が後をたたない」という対策としての「厳罰が有効か?」ということであると理解しています。「飲酒ぐらいいいじゃないか」という意見が多いようであれば飲酒運転による事故は減らないと思います。こういう意見が出るということであれば「厳罰は有効」なのでしょうね。罪の認識は無いが厳罰が嫌なので飲酒運転を控えるという人がいるという証左ですから。
とはいえ伊集院氏のいう報道に対する思いは同意します。
本題の事件ですが、厳重化=犯罪の減少という構図は原始的です。ハンムラビ法典の時代の「目には目を」という言葉が示すように、最も手っ取り早い対処法です。
しかし、これは罪の類推適用ではありませんか。「殺人を犯した」という人々をひとくくりし、故意でも過失でも殺人犯は同じだ、しかも三人も幼児を殺して…という目線のように見えます。そうだとすれば、その目線は、あまりに暴力的です。殺人を犯す(犯してしまう)にはそれなりの「動機」があります。高校時に現代社会で習った「尊属殺重罰規定」違憲判決の原因となった事件を知って、このことを学びました。だって、被害者の感情も加害者のそれも、本人にしかわからないじゃないですか。だから、法律があるのだと思います。法律は、公平、平等を目指しています。そのような前提を思い出してもらいたく、レビューに加えさせていただきました。一番の問題は、どのような判決が出ても、ヒステリーに陥ることなく、冷静に受け止め、様々な形で社会に働きかけることではないでしょうか。
*交通事故の要因のうちでも、特別重大なものと考える数値上の根拠がない
*社会的制裁や刑事罰などの強化により飲酒運転事故が減少する代わりに、ひき逃げの増加が起こりうる
*0.15mg/lという基準は厳格に失する
この3つの問題がありますね。「酒酔い運転」などであれば、重大な要因と見なせるかも知れませんから、
問題は軽度の酒気帯び運転まで厳しく取り締まる/社会的制裁の対象とする必要があるのかということに
あると思います。
飲酒運転事故の他に少年犯罪を煽る報道などにも見受けられますね。こちらの方も教育における
国家統制やいわゆる「有害」規制を正当化する動きに政治的に利用されていると思います。
(当方のブログの記事
http://ameblo.jp/mkri/entry-10009659258.html
でこの点について触れています)
あと、以前本ブログでも議論があったと思いますが、著作権問題に関する報道姿勢にも同じような
雰囲気を感じたりしています。
反撃のリスクの少ない「魔女狩り」と民衆のリテラシーの低さは先の大戦、戦後の平和ボケ
(平和ボケは一見魔女狩りの対極にあるように見えますが、実際は脅威を訴える声を潰している
「魔女狩り」に他なりません)や逆差別問題のタブーなど、様々な不幸を産み出し、
今また新たな不幸の元になっている気がします。
一方で、インターネットがこうした「魔女狩り」の欺瞞を暴くことやリテラシーの向上に
少なからず貢献しているわけで、このブログで頻繁に取り上げられる既存のマスメディアの遅れが
こうしたところにも現れているのだと思います。
http://mixi.jp/view_bbs.pl?id=25922652&comment_count=86&comm_id=31024
そこまでいうなら警察に入って飲酒検問したら?
ただのチクリだけやったらごめんやけど今いちトピ主がいうような説得力ないわぁ。
自分の学校でとりあえず一回飲酒運転撲滅運動してみぃや?(笑)
確かに他のコメントにあるように学院の学生でも卒業生でもなんでもない人にこうゆうトピ立てられるんは気悪いな。
今の形じゃただのチクリ魔で自分の株落とすだけちゃうか?
by・大阪学院大学
自宅内での物損事故など完全な自損であれば自己責任と主張することも可能ですが、通常は個人にせよ自治体にせよ事故は相手が存在します。他人に対する損害を与えないために必要な方策を採ることは運転者にとって当たり前の義務であって、その責任から逃げる行為は自己責任という言葉の範疇から逸脱した行為です。
》一杯飲んでタクシーを呼ぶ。そんなこと無理です。
そうであるのならば、呑まなければ良いだけの話です。そしてどうしても飲みたいのならば自宅で呑めばよいのではないですか?。実際、私の田舎では酒飲みは家で呑みます。
我が国に於ける自動車事故による死者は毎年約10000人、殺人による死者のの8〜9倍近い数値です。怪我人に至っては年によっては100万人を突破します。車が包丁やナイフなど及びもつかぬ危険な凶器であり、その利用には細心の注意を払う必要があることを理解していれば、その制御ができなくなる飲酒状態での運転について抗弁するなど出来ないはずではないかと思います。
※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。
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