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日本企業はなぜ敗れたのか
2009-08-11 / IT
竹森氏の本を読んで、なぜこんなに現状認識が違うのか考えたが、ふと思い当たった。彼が、かつてリフレ派として「不況期に構造改革をするのはバカだ」という論陣を張っていたのは、日本経済の「構造」に問題がないと思っているからなのか。90年代以降の「失われた20年」は超長期の景気循環で、その原因はマネタリーなものだから、金融政策を適切に運営すれば日本経済の成長は回復する――という趣旨のことを彼は何度か書いている。
率直にいって、これは認識不足といわざるをえない。長期停滞の最大の原因は、TFP上昇率の低下によって潜在成長率が低下したことだ。生産性の低下は80年代から始まっていたが、バブルによって隠れていた。90年代のバブル崩壊によって、それが顕在化しただけなのだ。これはHayashi-Prescottのような一部門モデルではわからない、戦略産業であるIT部門で起こった構造的な変化である。
その分水嶺がPCだった。1981年、IBM-PCの誕生によってオープン・アーキテクチャの時代が始まり、80年代後半にはマイクロソフトとインテルを中心とする新企業が、IBMを倒産の一歩手前まで追い込んだ。そのころ日本では、PC-9800とその他のパソコンがコップの中で争い、IBM互換のPCをつくるメーカーはほとんどなかった。ようやく彼らが1993年にDOS/Vで世界標準に合わせたとき、世界のソフトウェアも部品もアメリカとアジアのメーカーに占拠され、日本企業の入り込む余地はなかった。
同様の失敗が、その後も繰り返された。特に大きいのは、1993年にNTTが携帯電話の規格に日本独自のPDCを採用したことと、ISDNの普及にこだわってTCP/IPを拒否し続けたことだった。この結果、日本の携帯電話が「ガラパゴス化」し、ウェブでも検索などの基幹的なサービスはアメリカに押さえられてしまった。
こうした水平分業構造は、当初は意図されたものではなく、IBMはオープン化に抵抗し続けたが、最終的には部品メーカーである「ウィンテル」が完成品メーカーであるIBMを倒す形で、グローバルな部品市場が成立した。これは新興国にとっても大きなビジネスチャンスとなり、90年代以降の成長を支えた。つまりアメリカ企業がソフトウェアやアーキテクチャを支配し、それを低賃金のアジアでハードウェアに実装するという国際分業が成立したのである。
日本はこのどちら側にも入れず、かつて世界を制覇した電機産業の優位性は崩れ、NTTファミリーを中心とする通信産業は没落し、自動車のような「すり合わせ」構造の残る製品によりかかって低成長を続けてきた。同様に金融機能のアンバンドリングが進行したファイナンスの分野でも、日本の銀行はまったく構造転換に対応できず、昔ながらの「金貸し」を脱却できないまま、公的資金と低金利によって延命された。
産業構造の変化というとき、池尾・池田本で想定しているのは、こうした広義の情報産業における垂直統合から水平分業への変化である。それは不可避で不可逆であり、すべての工業製品やサービスが何らかの意味でデジタル化する現代においては、このグローバルな分業構造の変化に適応できない企業は淘汰されるしかない。
ところが、日本の経営者はいまだにこの変化に気づかず、要素技術の「ものづくり」にエネルギーを費やしている。長期的関係によってきめ細かいすり合わせのできる日本企業が、ものづくりに比較優位をもつことは事実であり、それを放棄する必要はない。しかしこうした「匠の技」の通用する分野は狭まっており、ビジネス的には袋小路である。また持続的な成長によるレントを分配することも困難になった今、長期的関係も不安定になり、すり合わせの有効性にも限界がある。市場ベースの水平分業に移行することは避けられない。
20年にもわたる経済の低迷の原因は、マネタリーなものではありえない。貨幣は長期的には中立なので、そのヴェールをはいだ実体経済の「成長力」の劣化が本質的な問題であり、そのもっとも重要な原因は、こうした産業構造の変化に日本の製造業が対応できなかったことだ。リフレ派を自称する人々が、構造改革を嘲笑して「ミクロな政策なんて意味がない」などというのは、彼らが構造変化を知らないからなのだ。以上のような話は私が12年前の本で書き、経営学では常識だが、経済学ではまだ理解されていないようだ。
率直にいって、これは認識不足といわざるをえない。長期停滞の最大の原因は、TFP上昇率の低下によって潜在成長率が低下したことだ。生産性の低下は80年代から始まっていたが、バブルによって隠れていた。90年代のバブル崩壊によって、それが顕在化しただけなのだ。これはHayashi-Prescottのような一部門モデルではわからない、戦略産業であるIT部門で起こった構造的な変化である。
その分水嶺がPCだった。1981年、IBM-PCの誕生によってオープン・アーキテクチャの時代が始まり、80年代後半にはマイクロソフトとインテルを中心とする新企業が、IBMを倒産の一歩手前まで追い込んだ。そのころ日本では、PC-9800とその他のパソコンがコップの中で争い、IBM互換のPCをつくるメーカーはほとんどなかった。ようやく彼らが1993年にDOS/Vで世界標準に合わせたとき、世界のソフトウェアも部品もアメリカとアジアのメーカーに占拠され、日本企業の入り込む余地はなかった。
同様の失敗が、その後も繰り返された。特に大きいのは、1993年にNTTが携帯電話の規格に日本独自のPDCを採用したことと、ISDNの普及にこだわってTCP/IPを拒否し続けたことだった。この結果、日本の携帯電話が「ガラパゴス化」し、ウェブでも検索などの基幹的なサービスはアメリカに押さえられてしまった。
こうした水平分業構造は、当初は意図されたものではなく、IBMはオープン化に抵抗し続けたが、最終的には部品メーカーである「ウィンテル」が完成品メーカーであるIBMを倒す形で、グローバルな部品市場が成立した。これは新興国にとっても大きなビジネスチャンスとなり、90年代以降の成長を支えた。つまりアメリカ企業がソフトウェアやアーキテクチャを支配し、それを低賃金のアジアでハードウェアに実装するという国際分業が成立したのである。
日本はこのどちら側にも入れず、かつて世界を制覇した電機産業の優位性は崩れ、NTTファミリーを中心とする通信産業は没落し、自動車のような「すり合わせ」構造の残る製品によりかかって低成長を続けてきた。同様に金融機能のアンバンドリングが進行したファイナンスの分野でも、日本の銀行はまったく構造転換に対応できず、昔ながらの「金貸し」を脱却できないまま、公的資金と低金利によって延命された。
産業構造の変化というとき、池尾・池田本で想定しているのは、こうした広義の情報産業における垂直統合から水平分業への変化である。それは不可避で不可逆であり、すべての工業製品やサービスが何らかの意味でデジタル化する現代においては、このグローバルな分業構造の変化に適応できない企業は淘汰されるしかない。
ところが、日本の経営者はいまだにこの変化に気づかず、要素技術の「ものづくり」にエネルギーを費やしている。長期的関係によってきめ細かいすり合わせのできる日本企業が、ものづくりに比較優位をもつことは事実であり、それを放棄する必要はない。しかしこうした「匠の技」の通用する分野は狭まっており、ビジネス的には袋小路である。また持続的な成長によるレントを分配することも困難になった今、長期的関係も不安定になり、すり合わせの有効性にも限界がある。市場ベースの水平分業に移行することは避けられない。
20年にもわたる経済の低迷の原因は、マネタリーなものではありえない。貨幣は長期的には中立なので、そのヴェールをはいだ実体経済の「成長力」の劣化が本質的な問題であり、そのもっとも重要な原因は、こうした産業構造の変化に日本の製造業が対応できなかったことだ。リフレ派を自称する人々が、構造改革を嘲笑して「ミクロな政策なんて意味がない」などというのは、彼らが構造変化を知らないからなのだ。以上のような話は私が12年前の本で書き、経営学では常識だが、経済学ではまだ理解されていないようだ。
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「世界標準に合わせたくても合わせられなかった」が真相ではないでしょうか。
初期のパソコンは(日本のパソコン、AT互換機を含めて)性能が低かったので、
ソフトウェアで漢字を処理できなかったはずです。
仕方がないので、漢字ROMを搭載して、日本語を表示していたはずです。
そして、この日本語表示が日本でのAT互換機普及の壁となったはずです。
CPUの処理速度、解像度の向上、描画速度の高速化などの諸々のPCの性能向上により
やっと日本語がソフトウェア的に処理できるようなり、世界標準が日本で普及したのではないでしょうか。
しかし、私のERPの導入の時の経験から言えますことは、経営者が企業活動を数値で把握したい意思があって構築するシステムと、こういう便利なものがあるから導入しようと入れるシステムとで雲泥の差が生まれることです。前者は、システムが進化しますが、後者では、ガラパゴスになります。
アメリカの物事を数値的に把握したいという欲求はすごいと感心するのですが、野球でもゴルフでもStatsの充実には、日本人の発想の及びもつかぬ領域です。野球のゲームの予想記事なども、実に定量的に示そうと野球解説者が書いています。日本は一球入魂だけです。
こういう思考ルートの差が、ITに於ける日本の脱落を決定的にしたのではないでしょうか。
日本の得意分野は、体でいえば手足などの機能拡大の領域で、自動車や工作機などは優位です。しかし、脳の機能拡大の分野では、思考ルートが適合しておらす、劣位です。通信の分野でも、口や耳の機能拡大では優位でしたが、脳を経由する通信では劣位だと思います。それに加えて、PDCに固執したことも災いしたと思いますが、日本の顧客が器用すぎますから、あんな使いにくい携帯が世界を席巻するとは思えません。
日本企業は異質なものを受け入れない。外部から来るものを受け入れない。受け入れられない。なぜなら規格化ができないからです。
何故かといいますと、日本企業は新卒ばかりですから、成功体験のある先輩について仕事をする。
結果的に仕事のやり方として同じもの(先輩後輩)の類似系を持ち込みますから、長期的なものになる。
意図して長期的にしているわけではなくて、先輩の仕事を拒否せず引き継がなければなければならないから、「結果的に」長期になっているだけです。
その結果、ものすごく仕事内容が多岐にわたっていたりするので人を流動化できない。新たに外部から人を連れてきてもうまくはめ込むことができない。
オープン化というのは、人でも仕事でもスタンダードを必要とします。
日本企業は上記のように明確に仕事を分けることができないので、スタンダード化できない。オープン化ができない。結果、ガラパゴス化する。
ましてやデファクトスタンダードなど作れない。
前任者が成功した98アーキテクチャーを捨てられない。おそらく前任者が始めて上司まで許可が通って始まってしまったISDNをやめられない。
なぜなら仕事の切り分けができないから。その結果、何でもかんでも前任者がやったことを中止することができない。
垂直統合から抜けられないのも同じ問題です。つまり規格化としての契約書作成ができない。
契約書を明記して、「ここから、ここまで」という区切りができないから水平的な分業ができない。
スタンダード=契約書です。
当たり前ですが水平的に仕事をするなら、もはや別企業ですから、仕事の実行と責任範囲を明確にしなければなりませんが、同じ理由でそれができない。
仕事を分けることができない。よって契約書に明記しなくてもすむ下部組織に頼ることになる。そのために垂直統合から抜けられない。
雇用流動化でも同じ問題で契約書がきちんと作れないために激しくミスマッチが起こっています。
匠なんて言葉はごまかしですよ。仕事の範囲を明確に文章化できない、もしくはしたくないだけです。
アゴラの記事も拝見いたしましたが、結局雇用粒度の異常な肥大というところに踏み込まないと実効的なことは何も出来ないのでしょう。「リスクを捨てて成長できる」という高度成長期の一時の幻想がいかに恐ろしかったのか実感します。
世界標準に合わせられなかったのではなく、やはり合わせる気がなかった、ということでしょう。
>> ウェブでも検索などの基幹的なサービスはアメリカに押さえられてしまった。
>> アメリカ企業がソフトウェアやアーキテクチャを支配し、それを低賃金のアジアでハードウェアに実装するという国際分業が成立したのである。
>> 昔ながらの「金貸し」を脱却できないまま、公的資金と低金利によって延命された。
いずれも覇権国アメリカが属国である日本と日本人を生かさず殺さず自国のためにコキ使うことを考えて立てた戦略どおりになっているだけなのではと思います。 遠いローマの昔からこういう思考って得意なんですよね・・ 日本の教育は羊を大量生産するだけですし・・
PC98用のWindows 95が別に存在していたのを
覚えています。アプリケーションに互換性が
あったかどうか忘れてしまいましたが、結局、
会社では富士通のFMV、自宅ではIBMの
アプティバを買いました。
そのとき、富士通は思い切りがいいが、
NECは・・・・と思ったものです。
漢字についても、東芝のDynabookのDOS本体は国際規格だったので、その漢字ROMを他社にライセンスすれば、国際規格+ROMで標準化できたはずです。しかし当時は、各社が別々のOSを開発し、自社製のOSでしか動かないアプリケーションをつくっているような状態で、98以外は全部、共倒れになった。DOS/Vも最初のバージョンは1990年に出ていますが、相手にされなかった。NEC以外の各社がDOS/Vを採用するようになるのは、バブルが崩壊して業績が悪化し、世界標準のコンパックが低価格で入ってきてからです。
当時どうすればよかったかはむずかしい問題ですが、せめて東芝のように海外市場を意識した製品をつくっていれば、今でも生き残れたでしょう。世界市場がDOSで統一されてからも、各社が「独自DOS」で競っていたのは、異常としかいいようがない。せめて役所が問題を理解していれば、DOS/VのようなものをROMベースでつくらせるとか対応の方法もあったでしょうが、通産省は「TRON計画」などナンセンスな「日の丸規格」で統一しようとして失敗しました。あのときの「失われた10年」を総括する必要もあるのかもしれない。
海外に永く住んで日本を見ていますと日本人は他国人に比べ多くの異常な性格を持っている事が解ってきます。どんな所が違うかは長くなるのでここでは述べませんが、その異常性を最大限に利用すべきであると言うのが私の主張です。
何処の国にも職人気質の人は居ますが人口に対する比率は極めて小さく、細部に迄気を配り拘りの仕事をする人は滅多に居ません。日本の様に職人気質の人はそこら中にいくらでも居る国は他には無いのです。この点に関してでも、職人気質のない外国人移民を多数受け入れる事は日本の将来の為に絶対に良くありません。
確かにPCやIT産業の様に水平分業でそこそこの製品が作れる物については日本は他国との競争に負けたでしょう。そんな誰でもやれる産業は他国にやらせておけば良いのです。日本は日本人でなければ作れない物の産業に総力を注ぐべきです。私が以前にヒューマノイド・ロボットの開発にもっと税金をつぎ込め、と言ったのもその理由です。ヒューマノイド・ロボットは精密機械と電子機器を集大成したもので、日本人の職人気質にぴったりの製品です。どんな工業製品も最高級品は日本製というブランド化を確立し、安物は絶対に作らない、という姿勢を世界に明示する事です。これから世界が裕福になるにつれ、富裕層が買ってくれる日本製品で日本は十分やって行けます。これが日本のとるべき国家戦略です。
これから戦争だってロボットにやらせる様になります。その時日本が最も有利な立場になる事は自明の理でしょう。人間に権力欲と金銭欲がある限り争いの決着は戦争である事は残念ながら未来永劫変わりません。それが現実です。理想や理念をいくら唱えても人間の動物的本能には絶対に勝てないのです。日本は生き残りを賭けてヒューマノイド・ロボットの開発に総力を挙げて邁進すべきです
90年代初等から中頃にかけて、DOS/Vになっても日本メーカーが部品で競争力がなかったわけではなく、ハードディスク(日立や富士)メモリー(NECなど)CD(Misumi等)ディスプレイ(ソニーなど)部品に競争力は十分ある状態がしばらく続いていました。ただ、そこで生き残り戦略を描くことができなかったということでだんだん消滅していったということだと思います。 水平分業においての戦略とは結局のところオンリーワンのブランドを確立することに尽きる訳ですが、日本はブランドが非常にたてにくいメモリー分野に注力することで利益をかせぎにくい構造をつくってしまいました。
その原因は各社はワープロやワークステーションのような垂直統合の製品を売って儲けていたので、当時はメモリーのような必須な部品を安く作れることが利益に結びつき、部品そのものを高く売るという発想が浮かばなかったところにあるでしょう。ハードディスクなんぞ、もっと当時から「日本製は他社の3倍壊れない」みたいな宣伝でブランド価値を高めるおくだけで相当いけたんじゃないかとおもいますね。
DOS/vはメモリーを食うので、日本のソフトウェア産業がはじめから欧米にハンデをおってしまうひどい規格でした。 おかげで9801からwindows95に移行する間に日本のPCソフトウェア産業はガタガタに なり、あとはマイクロソフトに物量負けで全部利益を持って行かれてしまったわけですね。
NECが98をDOS/Vに負けない程度には引っ張って、
windows95あたりでうまくバーチャルPCでエミュレート環境を作ってくれればそのへんの展開はまったく違ったと思いますが、まあ昔話です。
http://www.rieti.go.jp/jp/publications/summary/03120002.html
日本がこういう産業構造の変化に対応できなかったのは、経営陣がバカだったというのはもちろん大きいけど、雇用を守るインセンティブも働いた。特に90年代の前半に、人員整理した企業がメディアにたたかれ、「雇用責任」を追及されたこともあって、事業が立ちゆかなくなるまで雇用を守る企業が多かった。こうしたlabor hoardingが日本企業の負けたもう一つの原因です。いま雇用規制強化を主張している政治家は、失われた10年の教訓を何も学んでいない。
その意味では、やはり生産性の高い輸出産業を強くすることが大事だ、という竹森氏の意見はわからなくもない。しかし残念ながら、もう遅い。PCは壊滅状態で、ネットブックのような新分野でさえ台湾メーカーに勝てない。半導体も、エルピーダを見ればわかるでしょう。まだ優位を保っているのは、NC工作機などの製造業向けの資本財ですが、これも水平分業が進んでGPTになりつつある。
ところが藤本氏は、こういう流れの中で例外的に古いモデルが残っている自動車ばかり見て、なるべく「すり合わせ」でがんばれという戦略を提言する。役所も財界も、それが耳に快いものだから、日立などは「すり合わせでSIをやる」とかいう噴飯ものの方針を出す。こういう未練を捨てて水平分業に適応しないと、これからもすべての部門で負け続けるでしょう。
1990年頃には、日本のメーカーも漢字をフォントファイルで実装する事は十分に可能であったと思われます。
初期といってもIBMがDOS/Vを発表する数年前から、東京のあるソフト会社が、海外のIBM互換機上の英語版DOSで、日本語の表示と入力と印刷を可能にするソフト(パッケージとしてはワープロ商品として売られていた)を開発しており、私も香港で販売していました。
パソコン本体とプリンタから漢字ROMを外す事で数千円以上のコストダウンになった筈ですが、要素技術に拘ってシステム全体の効率化を見失うという、日本メーカーの悪癖の好例ではないでしょうか。
今後は農産物とそれに付随する商品をブランド化し世界の富裕層に輸出するしか富を生み出す方法はないでしょう。胃袋の欲求に勝るものはないですし、農産物は生産地の特性に左右されるので、分業できません。
フランスのポジションに近いでしょうか。少子化も克服しつつあるし、移民政策を除けばフランスはとても見習うべき点が多いと思います。
郵政の解体というどっちでもいいことにかまけている時間があったら、農協の解体をするべきでした。食料自給という安全保証の問題はもちろん、都市と地方の問題、高齢者と若者の格差の問題などなど、いろんな所に根を下ろし、日本の成長力を低下させている元凶です。不良債権問題も住専〜農林中金のラインがそもそもの出発点です。このままなら、外需でも内需でも日本はずっと負け続けるでしょう。ほとんど手遅れな気もしますが。
たとえばハードディスクの部分が記述してあるのは、引用してある
Christensen, C.M., Verlinden, and M.Westerman, G. (2002) “Disruption, Disintegration and the
Dissipation of Differentiability”, Industrial and Corporate Change, 5:955-993.
ですか。 パラパラみてみましたが、
ハードディスク製造過程の問題として、
製造コストは水平分業のほうが安くなる(含むマーケットシェアの効果?FIg4あたり)
先端製品の開発は垂直統合のほうが早い(TABLE2とか3.5インチHDは水平分業が優位、2.5インチは垂直統合が優位;1998年当時) ということのようですね。(そこが引用の池田論文と結論が同じ)
しかし、私はこのへんの製造過程の会社ごとの分類が、
垂直統合型が、IBM 富士通、日立、東芝で
水平分業が、SEAGATE Quantam Maxter Western Degital
となっていたのはしらなかったのですが、
マニア的な口コミな製品評価で上段は下段より高級品のハードディスクだったイメージがあります。 これももうちょっとブランド化しておくべきだったのにと改めて思いました。
やはり 最終製品が水平分業になっている場合の部品メーカの発展の鍵は消費者に対してその比較優位をいかにすり込むかだと思います。
日本人の気質について私は日本にしか住んだことがないのでよくわかりません。派遣ばかりの日本の製造現場に「職人気質」というのは違和感を感じます。
なぜよりによってヒューマノイドロボットなのでしょう。「学者」の方が「ヒューマノイド」というからには二足歩行を意図してのことでしょう。先日、政府が策定した宇宙基本計画でも「月面で二足歩行するロボット」が取り上げられていたようですし。
このエントリは「国家戦略」ではなく「日本企業」が対象になっています。どこかのロボット製造業者が介護ロボットか軍事用ロボットかなんかを作って売り出すことを期待しているということでしょうか。たしかにそれが出来たらなかなか夢のある話ですが、「ものづくり」にこだわって「誰でもやれる産業」で負けた日本が「精密機械と電子機器を集大成した」ロボットで世界一というのは夢でしょう。別に日本の製造業に能力がないと言いたいわけではありませんが、非現実的な"神風"「国家戦略」で迷惑するのは納税者です。
新規性の高い商品を販売する企業の多くはまず外国ではなく自国内で商品を販売し、様子を見てから海外で販売するというスタンスをとると私は認識しています。販売コストのリスクからすれば妥当な方法ですし、そういう話もよく聞きます。池田氏が「内需拡大〜」で述べているとおり、日本経済は20年以上低(ときにマイナス)成長を続け、貧富の差も拡大しています。現在の日本の消費者がこれを購買する豊かさとモチベーションを持ち合わせているのでしょうか。
いきなり人間の役に立ったり代わりになるロボットを作るのはどんな企業にも無理です。二足歩行ならばHONDAのASIMOや産総研のHRP4のようにまずエンターテイメントの分野で金を稼いで、生きる道を探るのが現実的な道になってしまいます。
二足歩行の縛りがない欧米のロボットを知っているRetired Scientistさんなら、日本のヒューマノイドロボットがどれだけ幼いかお分かりだと思います。さらに売れてブランドが確立するのにどれだけ時間がかかるかも。偉そうなことを言えるほど学も持論もないので抽象論ですが、ロボットのブランドを確立するには、国策プロジェクトの発想ではなく、企業や大学が研究に対して集中的に投資できる環境や産官学が「スポンサーとプレーヤー」ではなく対等に議論できる関係とかそういうものが必要な気がします。
日本国内で製造するにはコストが掛かりすぎで
新規製造工場建設&賃金を含むトータルコストが安い
台湾に白羽の矢が当たった、
てのも一因ではないでしょうか?
> いや、半導体やハードディスクなどの部品でも、
> 水平分業が起きてるんですよ。半導体は論理設計をやる企業と
>、それを製造するだけの「ファウンドリ」に分化し、HDDはヘッドと
>ディスクなど部品ごとに標準化が進みました。ところが日本企業はここでも、
>一体型のときは強いんだけど、分業型になると没落する、という同じパターンを繰り返す。
>これについては、前に論文を書いたことがあります:
池田氏のRIETIでのレポートを拝読させて貰いました。
【池田氏の論文でなく これは解説文ですね。】
感想です:
・池田さんは ムーアの法則の伝説の崇拝者? 経済への応用派ですね。
・経済的な戦略に過ぎない。(性能の向上とLSIのチープ化)
・R.H.Dennard のデバイス縮小則が デバイスの低電力化に寄与。
・デバイスの要素技術の革新がなければ,ムーアの法則は成り立たない。
(この点は,インテルの幹部の見解と異なります)
【日米半導体摩擦の経緯のコメント】
80年代に,米国からの強引な圧力で,高品質・高信頼の日本のDRAM技術を徹底的に,調査されました。
(企業の研究所・製造工場における技術の詳細と「高信頼」のためのノウハウ・研究ノートを提出させられました。)
これにより,米国はCPUを,日本は主にDRAMを開発することになりました。
米国は,LSIの高信頼性の技術とノウハウを米政府を介して,日本から「ほぼダダ同然」で 輸入しました。(後で思えば,ノウハウ料を課金していれば,次期研究開発に投資できたと思います。)
この後,韓国・台湾と安価な人件費で 日本のDRAMは不況に陥りました。
【日本の部品は貢献しています】
初期Macが,FDDドライブを ソニー製を採用しています。iPod で,HDDタイプは 小型の東芝製を採用しています。HDDは,東芝,富士通,日立が 信頼性の面で有名でしたが,価格競争の面で 汎用版は 撤退するみたいです。
【日本語専用ワープロ機について】
当時の 使いづらいPCより,日本語専用ワープロ機の方が 性能がよかった。
勿論,表計算・住所録・DOS text変換FDDも対応。
日本各社の日本語専用ワープロ機間の互換性の無さが問題でした。
PCの価格が下がり,日本語専用ワープロ機と価格的に変わらなくなったこで,
日本語専用ワープロ機は,衰退しました。
(但し,インターネットを除けば,16bit CPUでも いまでもに快適に使える)
【フラッシュメモリ量産の幹部戦略の失敗】
東芝の研究者(舛岡さん)が,国際会議(Internatinal Device Meeting)で 発表したNAND型フラッシュメモリの大容量化の設計・製造技術は,日本にとって 救世主になるはずでしたが,当時の東芝幹部の戦略判断の欠如で,量産化が行われずに,
その技術が,DRAM不況の韓国に流れ,韓国のフラッシュメモリ産業が台頭しました。
その後,人件費の安価な台湾メーカーの台頭になりました。
東芝は,あわてて増産していますが,Samsungより規模の点で 劣ります。
唯一の技術としては,大容量高速版のフラッシュメモリが商売になりそうですが。
従来は,一世代前のDRAMラインでフラッシュメモリを製造していましたが,現在は,DRAMとフラッシュメモリの製造が同時進行になっています。
ちなみに大手台湾メーカーのTranscend社は,DRAMの設計・製造技術をエルビーダメモリから技術を導入しています。OEM製造かもしれません。
例えば,IO-DATAのシールの製品が,エルビーダメモリの刻印チップを実装していますが,調べてみると 中身は,Transcend社が製造しています。
(設計・製造技術はエルビーダメモリ)
最近,台湾メーカーは,製造拠点を人件費が安価な中国本土に移っています。
【Transmetaの戦略】
現在,汎用CPUは インテル,AMDが主流ですが,
2000年前後に TransmetaのCPUが,モバイル用として,東芝・シャープがモバイルノート採用しました。大手CPUメーカーに負けて,Transmeta社は製造部門を撤退して,設計技術だけで生きていく戦略に転換しました。
彼らの設計技術は,Core 2 Duo に適用され,インテルから特許料を得ています。
1992年ころから,日本でも 低エネルギーに向けたCMOSトランジスタ閾値制御・2閾値MT-CMOS 等の研究発表が ありました。
(現在,Transmeta社とAMD社の設計技術が本流になりましたが)
【技術流出に対する日本政府の国策の欠如】
日本の製造現場に「職人気質」
→ 定年退職した職人さんが 中国に 超高給料でヘッドハンティングされ,「ノウハウまるごと技術流出」が起きています。
中国は 何でも「ぱくり王国」ですから,今後の人的技術流出で ハイテク品が 組み立て本意の made in Chana,(designed in Japan)から 完全に 中品質の 中国製になるかも。
【ネットPCについて】
単に,マイクロソフトのOS VISTAが ハードを駆逐する無能なOSだからでしょう。
XPを搭載して販売いる DELL(中国で組み立て)なんて 現実解ですよね。
数年前の中古品ノートでXPで充分です。
VISTAの解はありえない。
日本のPCメーカーがマイクロソフトのOS VISTAを押しつけられて,何も文句を言えなくてかわいそうですね。これまで 日本政府は 何をしてくれてきたのか?
>AT互換機のVGA(640*480)と互換性がなかった。
>世界標準に合わせられなかったのではなく、やはり合わせる気がなかった
当時の状況を考えると、そこまで言うのは酷かも知れません。
1981年にIBM-PCが出た当初の解像度はCGA(320*240)でしたから、
これでは漢字の表示は現実的ではありませんでした。
一方、同年にNECが出したPC8801も、翌年のPC9801も、解像度は640*400で、
当時のIBM-PCよりも上でした。当然これは日本語の表示を念頭に置いてのことでしょう。
その後、IBM-PC/AT互換機のグラフィックスの上位規格であるVGA(640*480)が出てくるのは、ずっと後の1987年のことですから、NECの方がだいぶ先を行っていたわけで、このときまでに既に日本語ワープロなどPC9801に特化したソフトがたくさん出回っていて、VGAに合わせるのは既に難しい状況だったと思います。合わせたとしてもコストがかさむだけで対応ソフトは無しです。(もちろん画面の解像度だけ合っていてもAT互換機用のソフトが動くわけではありません)
それでもNECは1992年にはVGAと同じ解像度640*480にも対応したPC9821を出します。
これは、Windowsの到来によって、やっときっかけがつかめたものと思います。
私が当時思ったのは、次のような2つの方法です。
(1)日本ではPC9801シリーズ、海外ではIBM-PC互換機、という二本立ての戦略で行き、IBM互換機での日本語の扱いが実用的に可能になった時点で国内でもIBM互換機を売り始める。
(2)IBM互換機のグラフィックスの標準がCGAからEGA(640*200)に移行しつつある段階で、その次の de facto standard としての地位を確保すべく、海外で640*400の規格の普及に努める。
現実には(1)は大筋ではこれに近い線で実行されたようですが、(2)の方が実行された様子は無かったので、その点が当時から大変残念に思えてなりませんでした。
とは言え、もし実行されていたとしても、画面の解像度だけ一致しているだけでは同じソフトが動く訳ではなく、ただ移植の手間が節約できるとか、近い将来AT互換機に移行しやすくなるとか、そういった利点がもっと得られたはずだというだけの話ではありますが。
そう考えると、やはりMMKKさんのおっしゃる通り、当時としては仕方がなかったという結論に落ち着かざるを得ないように思えます。 非アルファベット圏のハンディということでしょう。
【正】CGA(320*200)と(640*200)
【誤】CGAからEGA(640*200)に移行しつつある段階で
【正】CGAからEGA(640*350)に移行する前の段階で
私の記憶違いとタイプミスでした。失礼しました。
なお、東芝はVGAの到来以前に既に640*400のモードの海外での普及を図っていました。AT&T6300モードと呼ばれ、初代Dynabookでも採用されましたし、他にいくつかのメーカーがこの規格を採用していました。(Compaq, DEC, Olivetti など)
NECもこれに乗ればよいのにと思って見ていたのですが・・・
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