かぶれの世界(新)

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都会生活に飽きる

2015-10-29 22:40:09 | 日記
東京に戻ってまだ2週間余りというのにもう新鮮さが失せて来た。田舎にいる間やりたいと思っていたことを粗方やってしまったからだ。飽きっぽい性格は救い難い。

自宅に同居する家内と末の息子は元気だった。都心で暮らす長男の家族と会い孫の元気な顔を見て一緒に食事し、別の日に娘夫婦とも会って近況を確かめ食事できた。皆元気そうで何よりだった。私自身も掛かりつけ医に診て貰い新しい健康問題は見つからなかった。

昼間は仕事に出かけるので私一人になる。分担する洗濯物干しや皿洗いをやり、その後新聞やネットで時間をかけて市場チェックするので暇を持て余すことはない。朝ドラ「あさが来た」にはまり欠かさず見ている。結果的に読書や音楽の時間が取れない。古本屋から地域図書館、昨日は中央図書館で限度いっぱい借りて、しばらく読みきれないほど本のストックが出来たのだが。

土曜日にバドミントン練習に参加し、土曜以外の日はストレッチ・素振り・フットワークとウォーキングをやる。その他に10km余りのジョギングを2回、高尾・陣馬山の往復ハイキングをやった。毎日降圧剤を飲んでいるが、実は薬より効果があるのはバドミントン練習で、翌日の血圧が100台まで下がるが2,3日で元に戻る。朝晩寒くなって来たので半分に割って服用していた薬を元に戻す積りだ。

自宅を建て直す検討に時間がかかっている。工務店との打合せをやり、台所や風呂の設備の見学をしたがまだ仕様が決められず詳細設計にかかれない。日曜日に行った立川のショールームは見学者で一杯で、景気回復停滞という報道が嘘みたいだった。近年の法律改正や技術の進歩で設備が驚くほど贅沢に見えた。代表的なのは二重ガラスの耐火サッシで、それが新築住宅が窓が少なく小さくなった背景だという。

自分の体力と家族の健康が問題ないと確認できたのは凄く良かった。運動能力や膝痛が大腿四頭筋に関係することを実感し、今後ネットなどで調べて更に強化していこうと思う。皮肉なことに私が田舎にいなくなった瞬間から母の具合が悪くなり入院した。病状が更に悪化すればまた田舎に行こうと思っている。東京に戻り美味しいものを頂いたが、田舎のエキセントリックで少し癖のあるカピ汁が懐かしくなった。■
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定点観測

2015-10-27 11:34:36 | スポーツ
長い田舎暮らしの後自分の体力がどう変化したかチェックすることにしている。血圧とかコレステロールのような生化学指標は科学的な目安として測定できるが、運動(競技)能力がどう変化したかを定量的に測定するのは簡単ではない。私の場合はバドミントン・クラブのメンバーとの練習ゲームと、高尾から陣馬まで往復ハイキングをやってどの位やれるか確認して私の運動能力を測定する。この二つが私の運動能力の定点観測だ。

先週土曜日の午前中、クラブの練習に参加した。懐かしい顔ばかりで新顔はいなかった。基礎練習を十分時間をかけてやった後、じゃんけんでパートナーと対戦相手を決めてゲーム練習が始まった。最初の10分は身体が軽く早い動きで相手チームを圧倒して20-10とリードしたが、そこから急に動きが重くなりセッティングに持ち込まれた。

その後2ポイント連取して勝つには勝ったが半年前の年齢通りの動きに戻った。その後はパートナーの足を引っ張り、たまの例外があっても負け試合が続いた。それで当たり前なのだが、入りが絶好調だったので悔しかった。だが、今後運動能力を改善していけるヒントを得た気がする。第一の定点観測は合格したと思う。

1日置いて日曜日の昨日、二つ目の定点観測を実施した。何時もより少し早く起きて朝食を済ませ洗濯物を干して、軽食をリュックに詰め込み駅に急いだ。7:35の高尾山口行き各停に乗り8:20前に歩き始めた。早朝は寒く暖かい格好のハッカーは多かったが、私は暖かいノースリーブを脱ぎ膝下を取り外してショートパンツ姿で歩き始めた。平日の朝なのか意外にもハイカーの姿は少なく、名物のケーブルカーの客も少なかった。

その後は順調に歩を進めた。今年は少し歩き方を変えてみた。高尾山から陣馬への平坦な尾根道で膝の負担の蓄積を減らすため、踏み込む時今迄よりかかとに若干体重をかけ身体の重心に繋がるように歩いた。その効果のほどは分からなかった。往路は昨年と同じ4時間、復路は昨年より10分多い3時間40分かかった。ほぼ同じ時間で5万歩歩いた。

昨年の記事(11/5)を読み返すと最後の5kmで右膝に違和感があった。昨年は復路で見た富士山のシュルエットが美しかった記憶があるが今年は助けにならなかった。今年は膝はOKだったが、最後の5kmで右腰の疲労と痛みの違和感があった。自宅に戻り日が暮れる前にと急ぎ洗濯物を取り込み、ハイキング用具を整理した時は感じなかったが、夕食後落ち着くと腰の痛みが悪化し腰を曲げて歩く様を見て家内は笑った。

約8時間の長い道中色んな人に出会って飽きなかった。今年もハイカーの多くは中高年の女性で近づにつれ賑やかな声が聞こえ直ぐに分かった。目立ったのは派手なユニフォームを着けたトレイルランの若・中年のエネルギッシュな人達だった。その中で、地味ないでたちの女性ランナーが私の目の前で転んだ時は本当に驚いた。実は、私も木の根に何度も足を引っかけ一度は派手に転んで手を擦りむいた。心配したが、彼女は「大丈夫です」と一言答えて爽やかに走り去った。

一丁平のまき道を高尾山に向かって歩くと幼児と母親がいた。聞くと3歳だという。「凄いね、山が好きか」と聞くと返事が曖昧、母親は「景信に登ったこともある」から大丈夫という。「さては登山家にする積りか」と言って笑わせ先を急いだ。復路の最後、駅に向かい山道を辿ると外国人ハイカーを何度も見かけた。相手がコンニチワ、私がハイ、ヘローという妙な挨拶を何度も交換した。相手の顔を見てついつい英語で答えてしまった。

今朝起きると、心配した程に腰痛や筋肉痛も酷くなく普通に起き上がって歩け、洗濯物干しも無理なく出来てホッとした。だが、昨年みたいにフットワークやトレーニングやる元気はない。ここまで来て定点観測は無事終わり、不合格ではないと自己診断。落第しなくて良かった。■
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大統領の資質を見せたヒラリー

2015-10-23 15:29:42 | 国際・政治
エッ、まだやってるの?

連ドラを見ながら朝食、洗濯物干し、朝刊を読み、ルーチン通りパソコンを開いて市場動向をチェックするところだったが、今朝はテレビをつけCNNを見た。驚いたことにリビア・ベンガジの領事館襲撃事件で当時国務長官だったヒラリー・クリントンの責任を追及する公聴会が続いていた。昨夜遅く開催されたはずなのにまだ続いていた。その後も3時間公聴会は続いたが、ヒラリーは11時間にわたる共和党の意地の悪い質問を乗り切った。

最初見かけた彼女は8時間経過したはずなのに疲れは見えず、私は英語は良く理解していた訳ではないが時々笑みを浮かべながら余裕を持ってしっかり受け答えしていたように見えた。この公聴会は共和党が仕掛けた極めて政治的なものだと初めから指摘されていた。だがテレビ画面に映る彼女の余裕の顔と受け答えをみて、一瞬でヒラリーは大統領予備選の前半の最大の山場を乗り切ったのではないかと思った。

国務長官としての責任を果たしたかを個人携帯を利用を絡めて意地の悪い質問の集中砲火を10時間以上も浴びてもヒラリーの様子は冷静だった。凄い人だなーと感心せずにはいられなかった。言い換えると、長時間緊張に耐え集中力を保ち的確な判断を下さねばならない大統領としての資質があることを、全米が注目した公聴会でヒラリーは明確に示したことになると思った。

今の所、その他の候補者は民主党も共和党も彼女以上に大統領の資質があることを示していない。ロクに議論を聞かないで言うのも乱暴だが、これでヒラリーの支持率がさらに高まると私は予測した。案の定、公聴会直後に報じられた数人のコメンテーターの評価と議論は、ヒラリーは無事公聴会を乗り切った、上手くやったというものであった。

私も切り替えて彼女を見つめ直すと、ヒラリーはさすが優秀な弁護士で弁が立つと思った。如何にも米国らしい。例によって誤解を恐れず妄想をたくましくすると彼女は優秀な弁護士だからこそ、支持率を高める為に政治的立場を微妙に変える、小手先で何とかしようというこざかしい印象がある。携帯電話の問題の対応を見ていると、批判されるようになって用心深く方針変更した様に感じる。TPPに対する立場を変えたのもそうだ。

いずれにしても今回の公聴会を乗り切り、更には強敵だと思われたバイデン副大統領が立候補を諦めて、彼女が民主党大統領候補になるのは9分9厘間違いなくなった。次の焦点は、共和党大統領候補が誰になるか、ヒラリーと戦えるほどの大統領の資質を示すことが出来るかであろう。まだまだ混沌としている。■
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母、異変

2015-10-22 17:59:10 | 健康・病気
午前中10時過ぎに携帯が鳴った。母が入居している松山の施設からだった。事務員が出て「母の体調が悪い、先生に代わります」と言い、女性の声に変わった。甲状腺が正常に機能せずホルモンが安定しない、その為血糖値が下がり上手く飲み込みが出来ないので短期入院して全身管理をする、その了解を得たいと言われた。私は「前進?」と聞き直し、医療用語は分からないと言い訳した。

最初に症状が出たのは、私が帰京する2-3ヵ月前に出た徐脈だった。その時は市民病院の検査で心臓に異常がなかったと連絡が入った。その後、徐脈の原因になる可能性があるとして認知症の薬の服用を中止して様子見になっていた。最後に私が見舞った時、母の食欲は平常通りで会話も出来た。徐脈は再発してないが、睡眠時間が長くなったり短くなったり安定しない程度で、様子見を継続すると聞いていた。

一昨日体温が37度に上昇したと連絡を受け、昨日は食事や薬の飲み込みが出来ず点滴で対応していると連絡を受けていた。彼女は母が毎週診察を受けている病院の副医院長だと自己紹介し、院長は甲状腺の専門家で当病院への入院を勧めますと言われ、私は即座に先生の勧めに従いますと答えた。母はその病院に一度入院したことがあり、私も一度見舞ったことがある。余り綺麗じゃなかった・・・がノーとは言えなかった。

甲状腺機能と薬の効果のバランスが取れなくなっているのかと確認し、年をとるとそういうことが起こるのは経験的にも理解できますと医者でもないのに付け加えた。私自身年をとるにつれ生活習慣に薬との組み合わせで、あちらを立てればこちらが立たずという最適解を見つけるのが難しなったという経験的実感だ。

彼女は私が東京にいるとは知らず入院手続等の話を始めたので、その旨伝え施設の事務と話すようお願いした。ついでに医療費は施設が立て替えし月末に纏めて引き落とす仕組みじゃないと泣き言を言った。何れにしろ「必要なら参ります」と言うと、彼女は「深刻な状態になったら連絡します」と言ってくれた。少し安心した。もう少し頑張ってほしい。延命措置をするか否か、近じか判断を迫られる事態になるかも知れない。■
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都会生活に戻る

2015-10-21 23:43:53 | 日記
東京に戻って生活パターンの変化に違和感を感じながらも1週間以上経った。家内と息子が働きに出るので、必然的に私が洗濯や皿洗いなど雑用を効率よくこなさないといけない。日本経済新聞をじっくり読み、ネットでマーケット状況を確認すると2-3時間かかる。我家では誰が生活費を出すかは分担に重要でない、誰が家にいるかだけで決まる。ただ、私の料理は最悪なので遅くなっても家内にやって貰う。

四国大洲市の盆地にありカビに悩み、曇りだと洗濯物が乾きにくかった実家と比べ、ここでは洗濯物が乾き易いのは助かる。半年使わなくてもリモコンのバッテリーが何の支障もなく使えた。午前中にジョギングして汗で濡れたパンツやシャツを、午後一で洗っても夕方には乾く。

一昨日、朝食を済ませルーチン化した洗濯物干しにベランダに出ると、向かいのオバサンと目が合い挨拶した。髪の毛が真っ白になり半年前最後に見かけた時とはすっかり印象が変わっていた。聞くと私が不在の間にガンの手術を受けたのだそうだ。顔色は良くなったが歩行器の助けを借りないと買い物に行けなくなったという。

昨日、午前中にジョギングに出かけ10km弱を走り自宅に戻った時、歩行器を押して歩くオバサンに会った。歩行器が無いと買い物袋が重くて歩けないのだそうだ。一昨年なくなったご主人が酸素ボンベ携帯用に使っていた歩行器だという。私も母の為に実家に取り付けた手すりや段差解消が役に立っていると応じた。

オバサンの息子は両親が病弱になったところで時間の自由が利く会社に転職したそうだ。とても感じが良い青年だと思っていたらもう44歳、本人は結婚する気が無いとオバサンは言った。彼の仲の良い友人5,6人が全員独身だと彼女は諦め口調だった。田舎も都会でも決して他所事ではない。10-20年後の町内の姿は田舎と大して変わらないように感じる。

帰京以来、家内がアレンジして長男の家族と品川でお蕎麦を食べ、翌日は娘夫婦と府中本町でイタリアン、今日は娘と再び府中でコーリアンを食べた。全部美味しかった。半年間田舎で不味い自炊の食事を続けた後では、何を食べても美味しい。食べ過ぎにならないように気を付けているがヤバイ状態になって来た。三十半ばになった息子が市が主催するマラソン大会に出ると聞いて刺激を受け、もう少し運動する機会を増やそうと思う。■
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