かぶれの世界(新)

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田舎暮らし雑感15(5)

2015-06-29 21:10:41 | 日記
土曜日に大阪から妹夫婦が帰省し、妹は明日まで我が家に泊まることになった。一昨夜は妹と激論を交わし(何を話したか余り記憶にない)、昨日は3人で外食後お気に入りの喫茶店で激論を続けた。田舎の独居老人で1日中口を利かないこともあった私には3か月分纏めて喋った感じだ。住民投票で”大阪都”を拒否した70才以上の大阪市民をこき下ろすテーマが一番盛り上がったと思う。我々3人も立派な高齢者なのだが。

今日は妹と松山に行き母を見舞った。施設の新任所長の仕事ぶりを聞くと、職員は一生懸命やっているとの返事、前の所長より親しみやすくうまく行っている様子で安心した。看護婦詰所に行き担当に妹を紹介した時の会話で初めて彼女が32歳と分かった。若いのに落ち着いてしっかりしていると思ったら若くなかった。母は何時もより落ち着いた印象で、殆ど喋らなかったがたまに頷いていたので話は分かったのだと思う。

生爪はがしから痛風の1か月間は辛かったが、症状が落ち着き普通に生活できるようになった。そうすると影の持病が顔を出した。椎間関節嚢腫、つまり脊椎に嚢腫(のうしゅ、水袋みたいなもの)が出来て膨らんで神経を圧迫し、その先にある腰や足に痛みが出る症状だ。圧迫される箇所によって症状が変わる。私の場合、痛風の激痛はないが、足先の甲に薄皮を貼った様な感覚が常時あり、座り続けると腰痛や左膝に軽い痛みが出る。

生活に支障はなくなったが1か月間の静養は私の残り少ない運動能力を消し去った。バドミントン試合のようなハードな運動が出来るパワーや瞬発力は消えうせた。走り始めると直ぐに膝に負担を感じて歩いた。回復の為に先ずは膝に負担がかからないエアロバイクを軽負荷(300kcal) から始め、400kcal、450kcalまで上げた。心拍数は140以下に抑えている。その合間にラケットの素振りとウォーキングを再開し、昨日はウォーキングの途中に1km程度のジョギングを挟んだ。今の所異常を感じないので続けて行く積りだ。やり過ぎを注意したい。

半月前頃からフルーツにヨーグルトの朝食にオールブランを混ぜて食べ始めた。小麦の外皮を加工してシリアル風にしたもので凄く安い(235g/箱を5箱ケロッグ社製で約1350円だと記憶)のでネットで購入した。凄い量の食物繊維で食べ始めて直ぐお通じが良くなった。元々便秘気味ではなかったが、太くて長い便が一本出て終わりみたいな感じで気持ち良く終わる。だが、凄く不味くて段ボールを食っているようなので長続きしないかも。

先週は雨が続き洗濯物が溜った。土曜日の天気予報が晴れと出たので金曜の夜纏めて洗濯したのに、土曜日は珍しく予報が外れずっと雨降りだった。軒下にほったらかしにして日曜も晴れの予報に再び期待した。妹夫婦と食事に出た頃から天候が回復し、夕方戻って来た時は快晴で良く乾いていた。続いて今日の予報も晴れだったので、今朝母の見舞いに出る前に急ぎ洗濯し戻ると乾いていた。梅雨の合間の晴天は見逃せない、せっせと洗濯しないといけない。何だか、ベテランの主婦みたいだ。

元気な時の母が野菜を作っていた庭の一部の菜園に蒔いたコスモスが、梅雨の間に一気に伸びて先週末から花が咲き始めた。種を蒔いたのは4月中頃だったはずで2か月余りで花が咲いたことになる。本来は日の長さが短くなる前(つまり、夏至)に種まきするのが良いと農協の販売店で教わったのだが、梅雨時でもしっかり育った。業務用の種の残りの殆どは表通りにある畑に、まさに夏至の日に蒔いた。秋に花が咲くのを期待したい。■
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デジャブ・追い詰められたチプラス首相

2015-06-27 13:28:23 | ニュース
「侮辱された国をみくびるな」と、ギリシャのチプラス首相は欧州首脳会議でトゥスク大統領に啖呵を切ったという。ギリシャへの財政支援の条件としてメルケル首相らEU首脳が突き付けた「最後通牒」に、チプラス首相が反発して言い放った捨て台詞だ。ギリシャの財政再建策は企業増税に偏り過ぎており、年金削減しないことには持続性に欠けるというのが欧州首脳の言い分だ。基本的に彼等はギリシャを信用してない。

何故、そこまでギリシャを追い詰めるのか。今迄32兆円を支援したのに構造改革の約束を守らなかった。ギリシャの年金支給総額はGDPの17.5%(2012年現在)でEU諸国平均の13.5%を大きく上回る。言い換えると自国の国民の為の年金を削ってギリシャの年金を払ってやることになる。安易にギリシャを支援すると国民の支持は得られない。だが、チプラス首相にとっても国民の1/4を占める年金受給者の支持なくしてやって行けない。

追い詰められたチプラスは首相の責任を放棄して決断せず、「最後通牒」を受け入れるかどうか国民投票に委ねるという「奇手」を繰り出した。多分、彼にとっては「年金カットかEU離脱」の選択は重すぎて決断できなかったのだろう。この無責任な判断に虚を突かれて、欧州首脳は方向感を失い戸惑っている。

チプラスが国民に甘い見通しを約束して選挙に勝ちギリシャ首相になったが、約束を守れず責任放棄した姿は既視感がある。根拠も見通しもなく普天間基地の代替として「最低でも県外」と言って沖縄県民を期待させ、現実に直面して前言を翻しゴメンと言って、今日の無用な混乱を招いた鳩山元首相と重なって見える。

冷静というか冷酷な見方を大西洋を越えた米国で見つけた。25日のNYタイムズDealB%kによると、ギリシャの財政破たんは、先に破産したラジオシャック(電器小売フランチャイズ、日本でいうとコジマとかヤマダ)であり、リーマン・ブラザーズの破綻ではないと根拠を示して指摘している。

リーマンショックが世界の金融システムを崩壊し経済恐慌を引き起こしたが、ラジオシャックは規模は大きいが一企業の破産の範囲で終わり他に波及しなかった。ギリシャの財政破綻も悪影響はその国の範囲内だという。ギリシャの債務はEU諸国の中央銀行に保有され、民間の金融システムに信用危機が波及しないからだという。

マクロでみるとギリシャの財政危機はこんなところだが、個別にギリシャ国民が直面している苦難には同情してもしきれない。失業者やホームレスが急増し、伝染病の予防注射等の公共サービスが無くなり、しかし病院にはかかれないといった、先進国では考えられない困難にある。ポピュリズム政治をベースにした国家運営の失敗であるが選んだのは国民だ。楽観的な未来はない。政治は民意の現れ、変に同情できない欧州事情だ。■
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五人囃子

2015-06-25 17:17:16 | 日記
昼食を終わって居間でくつろいでいると、大声でしゃべる近所のオバサン達の声が聞こえて来た。時々隣の家の庭が井戸端会議場になっているので今日もそうかと思ったが、それにしては直ぐ近くで喋っている様に何時もより声高だった。不審に思って台所からサンルームに入りカーテンを開けると、何と近所のオバサン4人が我家の東屋に座り込んでお喋りしていた。

断りもしないで他人の家の庭に入り東屋に座りこんでいた。だが、以前「いつでもどうぞ」と言った覚えがある。ドアを開けて挨拶をすると賑やかな返事が返って来た。彼女達は、最近軽い脳梗塞で医者に診て貰った、裏山で転倒し背中を傷め今年の田植えを見送った、足が弱って家にこもりきりなり見かけなくなった、等々心配な噂を聞いていた80-90代の後家さんばかりだ。元気な返事が返ってきてホッとした。

最近懇意になった班長さんが昨日来て、いつもの様に特別サービスだといって長々と世間話の相手をしてくれた。彼女はこの集落に住む5人の80-90歳代の後家さんを「五人囃子」と言うんだと教えてくれた。普段の彼女達の様子を知っているので、五人囃子と聞いて誰のことか直ぐに分かった。うまい事言うもんだと思った。

東屋の4人に「五人囃子か?」とぬけぬけと聞くと、そうだと悪げもなく返事が返って来た。残りの一人は誰かと聞くと、私が会社勤めの頃に引っ越しして来た方で、顔を見れば分かるかも知れないが良く知らない人だった。そういうあだ名がついているくらいだから、多分気楽に話しできる人なのだろうと思った。

班長さんとの話は延々と続いた。10年後に生き残っている五人囃子の方は多分いない、その頃になると生きていれば僕が彼女達の年代に近づいている頃だ。まだその年齢に到達はしてないが、施設で介護を受けている可能性もある。他に誰が生き残っているのか心配、もしかしたら集落ごとなくなっているかも知れない、等々。どうにも話が陰鬱になってしまった。しかし、今日の五人囃子はあくまで元気だった。

実家で過ごす時間が増えたこの十年余りの間、こんな田舎町なのにスーパーに行くとずっと外国人を見かけるのが気になっていた。班長さんに聞くと中国やフィリピンの女性達だという。男性は見かけたことが無い。彼女がパナソニックに勤めていた頃、現場に外国人の作業者がいたという。パナソニックの工場はとっくに閉鎖したはずだがと聞くと、この辺には複数の縫製工場があって中国人の作業者が働いているという。

中国人女性がこの集落の中年独身男性と結婚して住むようになれば消滅を免れるかもしれないねと言うと、彼女は無反応だった。余り歓迎している様子ではなかったのでその話題は続けなかった。もはや手遅れかもしれない。五人囃子の後もこの集落が存続していくための道は険しい。隣の集落は親が住宅から子育てまで徹底的に支援して子供夫婦が帰って来て人口が増えたという。オバサンはそんなお金はないとすげない返事、諦めているみたいだった。■
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日経平均ITバブル超えと安保法制

2015-06-25 12:05:57 | 社会・経済
日経平均が昨日2万868円をつけ、2000年のITバブル期の高値を上回ったと報じられた。安倍政権が発足以来2倍以上の上昇率になった。一言で言えば「アベチャン、良くやったね」だ。日本株価倍増は安倍首相のリーダーシップによるところが大きい。だが、それは見かけの話で中身はそれほどシンプルではない。

日経新聞は株価倍増を牽引したのは海外マネーだと報じている。従来の米英に加えスペイン、マレーシア、イスラエル、インド等が日本企業の大株主になった。彼等には今後予定されている米利上げによる円安、株価水準の妥当性(PER=17倍)、安倍政権の安定性などが買い材料になっているという。何しろ海外マネーの取引が全体の7割近く、株主の31%以上が海外だという。

ところが、一方で日本の個人投資家はアベノミクスが始まって株価が上昇し始めて以来ずっと売り越しているという。日本経済の先行きを楽観的に見ておらず、今のうちに利益を確定させようということなのだろう。全体としてはそれ以上に海外や年金・生保など国内機関投資家が株を買って株価を上げている。短期売買をしない海外機関投資家の投資のニュースが聞かれるのは心強い、日本企業への期待が伺われる。

それに反して日本の個人投資家が株を売り越したのは、彼等がマーケットを信頼していないのが主な要因だと思う。80年代のバブル、ITバブル、リーマンショックの度に株価は暴落して立ち直れず、それ以来二度と株に手を出さなくなった人が多いと取引先の証券会社の担当に聞いたことがある。再び株式投資を始めた人も極めて用心深くなっていると思う。

私の考えを総括すると、アベノミクスの株高は国内では冷たく扱われている一方、海外勢に熱く支持(今最もホットな市場)されている。これって何だか今話題の「安保法制」と同じように感じる。安倍首相が執念深く進めている安保法制は国内では根強い反対にあっている一方で、マスコミは報じないが海外では期待する声の方が圧倒的に多い。

日本では世界第二次大戦のトラウマが澱のように残っていて、安全保障に関わる政策には異常な(!)想像力を働かせて反対する。PKOのような平和維持活動でさえ戦争に巻き込まれるとして反対論が沸き起こった。今も、民主党は徴兵制復活まで言い始めたと報じられた。

同様に日本の個人投資家は何度も酷い目にあい被ったPTSDが完治せず、株価倍増の小さな儲けのうちに撤退し、儲けの大半を海外に持って行かれている構図になっている。そんな報道は全く聞こえてこないのは、私のひがみなのだろうか。

日本人とか国は先頭に立って返り血を浴びるリスクは負わず、後からついて行く安全な道を歩きオコボレはしっかり頂こうとする。しかし、余りにもオコボレが多過ぎると非難されるので寄付をして回る。株式投資も安全保障も天邪鬼の私にはそんな風に見える。明治維新を振り返れば日本の遺伝的体質ではないのは確かだが。

かくいう私も実はPTSD が完治してない一人だ。日本株を保有せずアベノミクスの恩恵に預かってない。リーマンショックを前後して日本の株式投資からは手をひいた。だが、投資総てを止めなかった。ゼロ金利の銀行口座で退職金を寝かす気にはなれなかった。毎日株価に一喜一憂する生活は老人には無理だった。よりマクロ経済を反映する海外市場の投資信託とか債券に投資した。大儲けはしないが定期預金よりはましだった。

私には小心な腰抜けと狡猾な勝負師の両方の気持ちが分かっている様な気がするのだが。■
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ザ・フラグ

2015-06-23 17:33:44 | ニュース
ザ・フラグというと米国のある人達、特に南部の人達、にとっては南北戦争の時南部諸州の軍が掲げて戦った軍旗のことを指す。今でも南部諸州の州議会議事堂にはこの南軍旗が掲げられているという。ノースカロライナ州チャールストンの白人青年が黒人教会で9人を射殺した事件を受けて、22日同州知事が南軍旗の撤去を議会に求め米国では大きなニュースになっている。南部は戦争に負けたのだが、まだ南軍旗を掲揚しているのだ。彼等にとっては不思議ではない、それが米国の連邦制度だ。

南北戦争が黒人奴隷解放を巡る内戦であり、黒人にとっては南軍旗は奴隷時代の記憶だが、南部の白人にとっては自主独立の誇りであった。犯人にとっては白人優位のシンボルであったというが、事件後議事堂の星条旗が半旗にされたのに南軍旗は通常通りで物議をかもし、改めて人種差別主義のシンボルと見なされれた。知事はこの状況をみて今迄タブーとされた南軍旗の撤去を求めた。民主共和両党の大統領候補は知事に賛意を示し、ウォールマート等も店舗からの撤去を決定したと報じられた。

犯人が逃亡したノースカロライナ州に70年代末に出張したことがある。その頃既に大手日本企業が進出し工場を建て存在感があった。そこで聞いたのが、この州が北部の最南端でここから南は南部だと。州立大学のキャンパスに行った時圧倒的に白人が多かった。そこは白人の大学という印象だった。統計的なデータが手元にないが、私の印象では北部諸州は人種差別反対といいながら、黒人州民の比率は南部諸州の方が多いという印象があった。ジョンソン大統領の改革が始まったばかりだから当然だったかもしれないのだが。

その後90年代に米国で働いた時、南部で働いた経験のある同僚の幹部が、彼の地の従業員をフォロワーと決めつけた時に軽い驚きを感じた。そういう印象の影響を受けたのか、又、南部諸州の保守的な原理主義的宗教や茶会系の政治家達のニュースに接して、正直言って私も南部の人達に対するマイナスの先入観があるように思う。今回の米国の主要メディアの微妙に上から目線の報道にそう思われる節がある。多分私はそれ以上だ。

今の所風向きは変わったようだ。私はこういう時代が来るとは予想しなかった。米国は絶対的で誰も反論できない立派な建前が国是になっているが、一方で根深い保守的な層が多数派を占めている。そんな中でヘイリー知事が立ち上がって南軍旗を撤去しろと要求した。共和党大統領候補達も渋々ながら同調した印象だ。大統領候補の同調はもう逆らえない風が吹いていると感じた為と思う。

だとすれば銃規制はどうだろうか。今回も銃規制が大統領選の争点になるという予想もあるが、楽観的に過ぎる。私は悲観的だ。年に何万人も銃で死人が出ようと大統領選キャンペーンが本格化する夏以降には主要テーマから消えると予想する。争点にしたくない人達がゴマンといる。そういうシーンを何度も見て来た。残念ながらそれがアメリカだ。アメリカかぶれの私がいうのだから間違いない。逆説的に言うとアメリカ国内では南軍旗撤去は我々他国民には理解できない大事だったのだが。■
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