かぶれの世界(新)

写真付きで日記や趣味を書くならgooブログ

中川前大臣辞任報道考

2009-02-26 18:46:38 | ニュース

先週起きた中川前財務大臣の辞任報道の、腑に落ちないこと、腑に落ちること、について私の経験を交えて少し触れてみたい。

中川前財務大臣の辞任劇は、問題会見の見るに耐えない映像が世界に流れ日本ブランドを著しく傷つけた。又、支持率低下で悩む盟友の麻生首相を一層窮地に追い込んだ。イタリアの国宝とも言うべき博物館での乱行がその後報じられ、中川氏の政治生命はほぼ絶たれた。

何故そんな馬鹿なことをしたのかというより、大臣の周りには常に多くの人たちがいたはずなのに、何故誰一人として彼の醜態を止めなかったのかと、疑問を感じた人が多いはずだ。この事件は海外で起こった為の情報不足とは言い切れない、詳細情報の伝わり方にも私は疑問を感じた。

特に気になるのが、例の酩酊記者会見事件の前に、中川氏はG7の昼食会を抜け出し、市内のレストランで随行記者とワインを飲んだとの指摘だ。記者会見の醜態を繰り返し放映するメディアが、その原因となったと思われるワインの席に同席し一緒に飲んだ馴染みの記者に証言させないというのは、一体どういう了見か。

大臣辞任の原因に関ったか、若しくは少なくとも傍にいた記者が、黙して語らないのは全く理解できない。一国の大臣の進退に関り、更に首相の任命責任を問われる事件の現場に居合わせて、プロの記者が何も語らないとすれば、報道人の責任を果たしていないと私は思う。

彼等は大臣担当の番記者といわれる類の記者で、所謂インナーサークルの仲間として扱われ、優先して情報を入手可能な立場にいたはずだ。これら随行記者は、報道人としての責任を果たすより、インナーサークルの不文律を優先したと考えられる。

この件についてはよく引き合いに出される、日本独自の「記者クラブ」の閉鎖性から生じた問題ではないだろうか。フリーランスの記者である上杉隆氏によれば、記者クラブは日本の新聞・テレビ・通信社の記者しか所属できないギルド(同業者組合)であり、この記者クラブを通してしか官庁や政府及び自治体の組織・要人などを取材できないという。

そうした日本固有の強固なギルドに属する記者たちと、実は取材される側の政治家の多くもギルドの構成要員で、「持ちず持たれずの関係」にあるらしい。担当政治家が出世すると記者も社内で出世する。独自にスクープを獲っても、他紙の追随がないことに不安を覚え虎の子のネタを思わずリークしてしまう、インナーサークルの結束の固さを、上記上杉氏は指摘している。

記者は、中川前大臣の醜態に至る経過をリークせず、インナーサークルの一員として大臣を守った積りかも知れない。或いは、同席して一緒にワインを飲んだからリークしようが無かったのだろうか。こういう記者が書いた記事をまともに信用できないというのが、私が海外のニュースメディアを時々チェックする最大の理由だ。

今回の事件に直接関係ないが、G7のようなハイレベルの国際会議では、同行する女性記者を集めて飲食する習慣があるという。国内での「取材される側と取材する側の緊張関係」が、旅先、特に海外に行くと、突如「お友達関係」になるのは何も政治家と記者の関係だけではない。

民間企業に勤めた私の経験では、この関係の変化が何となくわかる気がする。若い時、海外出張すると国内では遥か雲上人と思っていた重役と、食事の席に呼ばれ親しく口を利く機会が出来た。そこに女性が参加すると雰囲気が変わった経験もある。海外では日本人同士が自然と日本村を作り、そこで日本人女性が優先して扱われる風景を見かけた。女性記者と発想は同じ?■

コメント   トラックバック (3)
この記事をはてなブックマークに追加

日本経済が世界最悪の打撃を受けた訳(続)

2009-02-23 10:23:40 | 社会・経済

究極の状態に追い詰められた人は、その人の心の底に隠されていた本性が現れ、時に劇的な変化を遂げ人の心を打つ。一つにはそういう理由があって、小説やドラマに戦争や犯罪がテーマになる。第二次大戦時の日本国は間違いなく極限状態にあったが、国家運営だけでなく国民からメディアまで個々には立派な振る舞いもあったが、トータルとして惨めな判断しか出来なかった。

それでは、約60年後の今の日本は国として健全な判断を下せるだろうか。前回は日本経済が最も落ち込んだ理由として、誰にとっても目に付きやすい推定原因を議論した。後半は普段当たり前に思うか、或いは良いこととか強みとして認識されていることをテーマに議論してみたい。

推定原因2: 高コスト構造とグローバル裁定

小泉構造改革がもたらした輸出型経済と内需不足という要因が無いとは思わないが、私はこの指摘には権力闘争とか既得権益回復の狙いを秘めた、何か恣意的なものを感じる。もっと他に何か隠れた要因がないだろうか。根本原因をしっかり把握しないと、今後の対策を誤ることになる。

少し遡ると、日本経済の問題として「高コスト構造」が長年指摘されてきた。同じものが日本では値段が高い、所謂「一物二価」もしくは「内外格差」の時代である。卸・流通などの中間マージン、過剰サービス・品質を求める消費者、それらを支える各種規制など、日本経済の非効率な分野があり、海外と隔絶することにより生じる価格差が、既得権益となる一方で雇用を生む効果があった。

構造改革で効率化のため削ぎ取られた一部雇用や資本が輸出産業や新興国などに向い、周り回って日本に還元され残った非効率部分を“やさしく”支えていた。推定原因を裏返して言うことになるが、この非効率な競争力の無い領域が改善されないまま残されていたために陥った危機ともいえる。日本がグローバル世界から利益を得て成立する限り、極端な一物二価の裁定は避けることが出来ない必然の成り行きであった。世界同時不況はこの動きを一挙に加速させた。

消費嗜好の変化

これと関連する文脈の中で、日本消費者の過剰品質好みの傾向が徐々に世界の消費者好みに近づいて来たが。日本消費者の好みを反映した高品質高価格な商品企画が、景気悪化で痛撃を受け消費者の好みの変化を加速させた。既に携帯電話やパソコン、若者の車離れなどでは、自分にとって必要な機能だけを求める価値観の変化が明確になった。

私は、景気回復しても必要な機能を適切な価格で買うという合理的消費志向は変わらないように感じる。日本は既に豊かな国になっており、必要なものだけ買えば別に困ることも無い、無駄な出費はしない、それが本来の姿だとすれば一体内需回復とは何を指す事になるのか。私にはイマイチ明確でないし、専門家やメディアも内需回復とは言うがそれから先は思考停止状態だ。

推定原因3: 悲観大国日本

「100年に一度の危機」と殊更に言立て過ぎているように感じる。「戦後最大の危機」なら私には理解できるが。日本のメディアは「危機」とか「没落」という言葉が大好きで、他国に比べその種の言葉の出現頻度が圧倒的に多いことは何度も指摘され、このブログでも触れたことがある。何度も繰り返すが、私の心配はそれが全体像を見えなくしミスリードするからだ。

テレビを見ているとリーマンショック以前でも、毎日が非常状態だった気がする。しかし、テレビが100年に一度の危機と、検証することもなく無批判でお茶の間に向って連呼するのは、やり過ぎの様に感じる。もう少し冷静にデータを根拠にした言葉使いをすべきだと感じる。

年末の派遣村報道が、実はその80%がホームレスの人達だったという。又、その後求職案内があっても応募者が意外と少ない、派遣切り報道が問題の全体像を曖昧にし、ミスリードしなかったろうか。連日100年に一度の危機と連呼されれば、消費が萎んでも可笑しくはない。

正直言うと実は私も生活費を見直し、出来るだけ節約を心がけた。しかし、あれだけ百万人単位で失業が増えた米国に比べも、大きな日本の消費落ち込みは何か変だ、誰が将来不安にさせたか。私は異常に悲観的に過ぎる報道もかなり貢献したと思う。

又、派遣に対する性急な規制論が、最悪事態に展開する恐れがある。注意して経済欄を見れば、経済危機を機会に日本工場を整理縮小する一方で、海外に生産を移行する記事が散見される。1件1件の扱いは小さくとも、このトレンドが続けば数年後の雇用に巨大な影響を与える。

今回の派遣切り騒動で輸出産業の経営者の多くは、国内生産調整の下方硬直性リスクに懲りたはずだ。悪人扱いされてはかなわない。数年後のビジネス環境、消費と生産の場所、輸送等の風景がどうなっているか、転換点で経営者が何を考え、何が決断の後押しをしたか、注目したい。

推定原因4: 政治の失敗

最後に「市場の失敗」と並んで、「政治の失敗」に一言も触れないわけには行かない。政治が失敗しなくても今回の経済危機は避けられなかったと思う。基本的に当座はダメージ・ミニマムが火急の政策だが、景気回復に有効な手が打たれていない現状は余りに酷い。高コスト体質と並ぶ極めて日本的現象のように感じる。

基本的にはリーダーの問題であり、この時期に無能なリーダーを選んだ政治システムの問題と、それを許してきた国民が払うツケと不運、目に余るポピュリズム報道とそれに便乗する野党の組み合わせ、壮大な複合汚染とでもいえるだろうか。

以上、纏まりの無い長文で、かつ尻切れトンボになったが、これが、私が今思いついた世界に先駆けて日本が最も地獄に近いところにいる様々な要因だ。政治の失敗については別の機会にもっと論じたいと思うが、今はただただ失望しているだけ。■

コメント   トラックバック (10)
この記事をはてなブックマークに追加

日本経済が世界最悪の打撃を受けた訳

2009-02-22 23:42:08 | 社会・経済

被害は軽微から世界最悪へ、Why?

10-12月期の実質国内総生産(GDP)の速報値が発表され、前期比3.3%、年換算12.7%の大幅下落になったと報じられた。昨年9月リーマンショックで世界経済同時不況が進行する中、日本経済への影響は短期かつ軽微といわれたが、実態は急速に悪化したことが明らかになった。

しかし、10~12月期の米国の実質成長率は年率3.8%減、ユーロ圏(16カ国平均)は同5.7%減なのに対し、韓国の20.8%に次ぐ急落で、日本経済の不振ぶりが際立っている。ババ抜きで気がついたらジョーカーが手元にあった感じだ。サブプライムも住宅バブルも無い日本が何故こんなに酷いことになってしまったのか。

このところずっと考えていたがあまり明確な答えが見当たらない。とても結論は得られそうもないが、ここでは何故日本がババを掴んだか考え得る要因を推測して議論してみたい。それは又、fisherさんのコメントに対する答えになるかもしれないという期待もある。

推定原因1: 輸出型経済と内需不足

先ずは、日本経済が外需依存体質から抜け切れなかった、換言すれば、内需拡大を図ってこなかった付けが回ってきたというものだ。この要因分析は最も一般的で、テレビ等のメディアで繰り返し報じられている。多分これが最も一般的な解釈であろう。

数字から見るとGDP急落の一因は、輸出産業の不調が足を引っ張ったのは間違いない。内閣府のデータによればGDP成長率の実質寄与度は、内需0.3%、外需3.0%(前期比)と明確である。中でも自動車産業の需要が垂直に急落したといわれる。10月6.8%減、11月20.4%減、12月は25.2%減になり、減産計画を何度も作り直す事態になったという(ロイター2/16)

デジタル家電の輸出も同じように深刻な状況だと報じられており、ソニー、パナソニック、日立など日本を代表する電機産業も、相次いで3月期決算で巨額な赤字見込みと発表した。ITバブル崩壊後、日本経済再建に貢献してきたグローバル企業が軒並み深刻な需要不足に直面している。

小泉竹中改革が背景か

遡ってこの根本原因を探ると、小泉竹中改革は日本を輸出型経済に移行させた。この国際競争力の強化を目指した経済システムは、一方で、雇用安定や社会保障への信頼崩壊を国民に強い内需を弱めた、というのが主要なメディアの論調であるようだ。

このような状況認識に立てば、必然的に下記の様な施策の提言が出て来る。これはネットで見つけた提言(原典が不明で申し訳ありません)で、大方の意見を代表していると思われるので、そのまま引用させて頂きます。

「過度に国際競争を強調して国民勤労者の分配率を下げるのではなく国民全体に広く平等に富の分配を行い、国民勤労者の消費購買力を高め内需を主導とした経済に構造を変えていくことが、高齢者社会を持続可能とする唯一の方策ではないだろうか。」

見逃せない為替ファクター

何も輸出立国は日本だけではない。日本経済より輸出比率の高い国はある。例えばドイツは最近まで最大の輸出国だった(現在は中国)が、GDP成長率は8.2%減だった。日本ほど酷くない理由は明確で、域内貿易比率が高く、ユーロ為替レートが急落したからである。

日本経済の不振は海外需要減と円高のダブルパンチを食らったからだ。トヨタやソニーの為替差損は損失の3-4割に達する。彼等は好況時の世界戦略の一環として投資拡大し、固定費を一挙に増やした最悪の時点での突然の景気悪化だった。

他のどの国も日本ほど酷いダブルパンチを食らってない理由といえば、日本の1500兆円の個人資産の威力とでも言えばいいのだろうか。大騒ぎしている火元の米国でも円以外に対してはドル高が進んだが、GDP成長率は意外にも年率換算で3.8%しか落ち込んでいない。

それは、もしかしたら、日本企業の高品質高価格商品戦略の世界展開の落とし穴か、良くても頚木(くびき)とでもいえるものかもしれないと思う。

山高ければ谷深し

グローバリゼーションに最も適応し米国に続き最大の利益を上げていたのが日本であることの議論が無いのは、致命的なミスリードだと私は思う。その方程式が崩れれば、結果として最大のインパクトを受けるのも当然のことであったのではないか。

この国は先の大戦であれほど他国を蹂躙したにもかかわらず、被害者的発想しか持てないという病癖を抱えている。自らを見つめてたたずまいを直すことがとても苦手な国だ。今回も米国発の市場原理主義と避難するが、そこから巨額の利益を上げていたことは一言も言わない。

グローバリゼーションから利益を得たのは一部の巨大企業だけというが、自動車産業の苦境が零細企業まで支えていたことが明らかになった。一方、時に弱者を装いながら、弱者が得ている既得権利を主張する常套手段が、実は全体の足を引っ張る傾向が見られるのは、一次産業やサービス産業で長く見慣れた構図だ。短期的な痛み止めに留まらず、それが薬漬けになっている。

インパクトを受けた領域だけでなく、光と影の両方を見て全体像を見失うことなく問題を把握する広角度のバランスの取れた視点が求められる。(続く)

コメント (1)   トラックバック (5)
この記事をはてなブックマークに追加

田舎暮し08-09冬雑感(5)

2009-02-21 23:18:39 | 日記・エッセイ・コラム

昨日夕方、東京に戻った。思ってたより寒くなかった。帰宅早々、平日は実家に療養に来ている娘を車で送って世田谷に行った。久しぶりに多摩川沿いの狭い道を運転すると、田舎の広い道に慣れた私にはチョット怖かった。息子と家内も一緒した。

日頃話す相手も少ない長い田舎暮しの後なので、自然と私の田舎生活の報告となった。気がつくと如何に節約したか熱弁を振るっており皆に鼻白まれた。家族は節約する話など聞きたくも無かったようだ。凄いギャップ!その後、娘の夫君の帰りを待って私の希望で焼肉を食った。母といる時は麺類ばかり食っていたので、何かガッツリ食べたかった。

だが、母が入院し自宅介護を開始したばかりで余裕の無かった昨夏と比べれば、今冬の田舎生活の健康状態は悪くは無かった。毎晩、焼酎の水割りを飲んで寝た。よく眠れた。京都の麦小路というブランドの香りが好きで、計算すると10リットル飲んだことになる。ビールなど炭酸の無いものを飲まなかったのが良かったのか、痛風も出なかった。

膝の調子もいつもより良かった。毎日100円ショップで買ったサプリメント(コラーゲンとコンドロイチン)を服用したせいか、或いは毎日の散歩で歩く姿勢を気をつけた(ヘッズアップ)効果が出たのかもしれない。そういえば、新しいシューズで2ヶ月歩き走った結果、靴の片減りの癖はそれ程改善されてなかった。

2月中頃の朝、シニアボランティアの方が来られて家庭菜園にジャガイモを植えたらどうかと申し出があり、母と相談し即座にお願いした。数日後、母が農協から予約して年末に購入していた男爵芋の種()を植えていただいた。畑に浅く穴を作り、肥料を蒔き、土を被せ、芋を置き、更に土を被せもう一度肥料を蒔く、これを30cm間隔で繰り返した。(壷植えと言うらしい。)約2時間弱の仕事で、今回は市を通さず直接取引で2000円払った。

母は違うやり方をするといって私に説明してくれた。それは、畑に浅く溝を掘り、足の長さの間隔で種芋を蒔き、その間に肥料をやり、その後両側の土を軽く盛る。それではと、冷蔵庫に残っていた食用のジャガイモを、家庭菜園ではなく本格的な畑の隅に母の方式で植えた。2-3月に植えると、6月に取り入れ出来るという。ゴミ捨てに出たとき足を延ばして様子を見てくれと母に頼んだ。

帰京する10日前頃、焼酎が切れた。休肝日を作らねばとかねがね思っていたので、アルコールを断った。寝つきが悪くなるのは覚悟していたのだが、その日から眠りが浅く夜中にトイレに起きるようになってしまった。5日目についに我慢できず、台所にある料理用の日本酒を飲んだ。「XX殺し」という割と有名なブランド、もう一つ「XX盛り」にも手をつけた。アル中寸前かも。

帰京する頃は、今月初めに開化した梅はもう散り始めていた。時の経つのは早い。今朝はバドミントンクラブに顔を出し久し振りに仲間と練習したが、絶不調でがっかり。何時まで続けられるか、今年が限界かもしれない。午後、USBメモリーに記憶させた田舎のパソコンの環境の移植(ジャガイモじゃない)を徐々に開始した。

昼食後、デーリーでパソコン処理する分だけとりあえず移植を済ませ一旦中断、掛かり付け医に行くと血圧が190もあった。10日くらい前から薬が切れており、先生に叱られた。田舎にいたし、自覚症状も無かったので気がつかなかった。後で看護婦さんに「寒い中を歩いて来て、先生もおっかないし」と笑わせた。高血圧はサイレントキラーという、誰も言ってくれないし、自分で気をつけないといけない、と分かっているのだが。■

コメント (2)   トラックバック (5)
この記事をはてなブックマークに追加

拉致と9.11

2009-02-16 21:25:40 | ニュース

ヒラリー・クリントン国務長官が今夜、羽田空港に特別機で到着したとニュースが伝えていた。国務長官が最初に訪れる国としての日本重視とか、北朝鮮の核問題や拉致問題がどうなるか、アフガン重視にシフトするオバマ政権への協力、景気刺激策を支える米国債購入継続の要請などがアジェンダと報じられている。

このところテレビで時間を割いて報じられているのが北朝鮮の拉致問題であり、拉致家族が直接国務長官と面会して米国の支援を依頼するという。日米関係の重要事項として米国が配慮を見せたヒラリー国務長官訪日の象徴として、多分、今後も時間を割いて報じられるであろう。

しかし、例によって天邪鬼の私はどうにも腑に落ちないことがある。拉致問題は国民を守るという立場からも重要なテーマであると私も思う。テロとの戦いが最重要テーマだった前政権には、拉致はテロといい米国政府の協力を要請し、その動向が何度も大々的に報じられて来た。

であるとしたら、何故同じテロの犠牲者である9.11の犠牲者は全く無視されるのだろうか。日本人被害者24人は全員亡くなっているから、最早ニュース価値は無いのだろうか。米国の問題と見なしているように感じる。しかし、拉致問題を米国人に共感をもって助けてくれというなら、少なくとも9.11に対して共感を示さないのは気になる。

そうでなれば、拉致問題解決のため米国に協力以上の事を頼む根拠は一体何だろうか。日米安保条約があるからか?同じ自由主義国の友人だからか?米国債をいっぱい買っているからか?拉致家族は助けてくれるなら理屈無しに誰にでも協力を要請して当然だ。

だが、どこからも9.11に言及する声が聞こえてこないのは、私には不自然を越えて身勝手な様に聞える。トータルの利害関係を考えて交渉し、国益が最大になるようもっていくのが外交だ。しかし、個々の政治家・言論人・メディア等ならば話は別だ。彼等はそのような交渉の損得とは離れて何か言っても良さそうに思うが、違和感があるのは私だけだろうか。■

コメント   トラックバック (2)
この記事をはてなブックマークに追加