なのにオイラは京都へゆくの?

大阪の中年男が、京都の山に登った際の赤裸々(?)な公式日記帳やねん。
のはずが……京都・自己満足ブログとなりにけれ。

ディラン御大、おめでとーさんだす\(^o^)/

2016-10-14 12:56:15 | ディラン御大

 2016年度ノーベル文学賞受賞決定おめでとうございます。

 何年も前からノミネートされてはったんは知ってたんだすが、まさかこんな日が来るなんて……詩人という側面もおありですが、歌手だっせ。ソング&ダンス・マンだっせ。

 昨夜から「ボブ・ディラン」の名前がマスコミで頻出しております。来日公演の時でさえスポーツ新聞の片隅やったのに、今朝は一般紙の一面トップ記事になっとりますがな。

 (ボブ・ディラン「さん」とか、ボブ・ディラン「氏」という表記に違和感があるんだすけど……)

 オイラは英語が皆目わかりまへんので日本語訳を読まざるおまへんのだすが、ディラン御大の詩は、比較的わかりやすいものから、非常にわけがわからんものまで、多彩を極めておるんだす。

 その昔、詩の解読本を買ってみたことがあるんだすが、神話や宗教的な教養がないと読み解けないものもあれば、ひとつの言葉に多層的な意味があったりすると翻訳者次第で内容が変わってきたりするし……。

 詩の途中で視点が一人称から三人称に変わったりするし、誰が誰のことを歌ってるのかわかれへんやつもある。

 小室等氏がエッセイで、外国人にディランの詩を解説してもらったことがあるが英語圏の人でも意味を読み解けてへんと書いてはりましたなあ。日常会話では言わへん言い回しを使ったりしてはるらしんだす。

 で、極めつけが、当のディラン御大自身が「この歌は何について歌ってるのかわからへん」というてはる歌があることだす。(゚Д゚;)

 な、なんだってー! インスピレーションだあ? 怒るで、しかし!

 ▼ ディラン御大の歴史の簡単なあらましはMJで。

すべての人々
信条にかかわりなく
肌の色にかかわりなく
言語にかかわりなく土地にかかわりなく
すべての人々は
同じコトバでわらい
同じコトバで
泣くのだから

「あらましの墓碑銘十一篇」から抜粋
訳/片桐ユズル

ジャンル:
文化
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 大阪・四天王寺で「京都本」... | トップ | NHK連続テレビ小説「べっぴん... »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL