いか@ 武相境斜面寓 『看猫録』

Across a Death Valley with my own Distillted Resentment

三田評論は、「機関誌」

2017年06月15日 20時14分23秒 | 日本事情

 ちなみに、かつて私がスタンフォード大学に留学していた際に、「私の出身校は慶應だ」と自己紹介したとき、その存在を知っていたのは、韓国からの留学生だけでした。そのほかの国からの留学生で、慶應を知っている人にはほとんど会ったことはありません。残念ながら、「慶應はローカルブランド」というのが世界の現実なのです。
佐々木紀彦、『日本3.0 2020年の人生戦略 』

最近は「月に一度」行くあの待合室[1]で、三田評論最近号をみた。

[1]


生まれて初めて『三田評論』をみた。

佐々木紀彦さんが、今の日本のジャーナリズムは「最悪だ!」 。 ガラガラポンだ! と叫んでいた(???)

これからのウェブジャーナリズム 佐々木紀彦
 

そして、知った。 三田評論は、「機関誌」なのだ。

機関誌: ある団体や組織が、その主義・主張や活動の宣伝などのために発行する新聞、または雑誌[goo 辞典]。

■ 慶應大学がローカルである理由

慶應大学がローカルである理由である理由は簡単だ。 福沢諭吉と云えば、「文明開化」。 すなわち、慶應大学の建学の精神は、偽毛唐になるための文化大革命の推進私塾であることだ。 ところで、本当の毛唐さんは、偽毛唐になる必要はない。 「田舎者」だけが、偽毛唐になりたがるのだ。

(日本ローカルの相撲や禅の界隈は、地球規模で人が流入し、グローバル化している。「ローカル」の組織なのに。 [他地域の産物を正典・カノンとしてありがたがる者どもこそが、田舎者なのだ])

佐々木紀彦さんは薩摩系らしい。薩摩と云えば、明治維新の時、仏教寺院がゼロになった地域である。

    (Google [寺と僧侶が「完全消滅」した 鹿児島])

破壊の文化大革命に他ならない。薩長は自分の田舎だけでなく、全国でやった

佐々木紀彦さんは、『日本3.0 2020年の人生戦略 』で云う。「明治維新は無血革命である」、と。


ジャンル:
その他
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« 神奈川県立近代美術館・葉山... | トップ | 新しい街でもぶどう記録;第1... »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む

トラックバック

この記事のトラックバック  Ping-URL
ブログ作成者から承認されるまでトラックバックは反映されません。
  • 送信元の記事内容が半角英数のみのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • このブログへのリンクがない記事からのトラックバックは受け取らないよう設定されております。
  • ※ブログ管理者のみ、編集画面で設定の変更が可能です。