iisanの自由日記

ウクレレや散歩のこと、今日の出来事などを書きとめております。

Hawaii 9止

2005年09月09日 | ウクレレフェスティバル

2005年8月3日

モーニングコール前の6時に起床、7:15バゲージ。クルマ留めに出て一足早く
帰国する関西組を見送る。皆さんチョコやらウクレレやらのみやげでいっぱいだ。
MATTさんも我々とは別便だそうで、このバスに乗って行った。ABCストアが開く
のを待って鮭のおにぎりと飲み物を買う。ホテルの女性マネージャーに見送られて
バスでコナ空港に向かう。溶岩だらけの平原に切られた道路は渋滞気味だった。
日航とはいえ出国のチェックが厳しいと聞いていたが、なるほどカウンター業務が
進まず皆イライラさせられる。911以来パスポートを入念に見て機内持ち込みの
荷物を完璧に調べられ靴も脱がされる。ライターはホテルに捨ててきた。こんなもの
だから案の定、出発が45分遅れるとのアナウンス。チェックも済んで入った搭乗
待ちゾーンは屋根のない広場で、たちまち野外ライブ会場になる。唐沢さんが兄
さんへのみやげに買ったコアロハを取り出し、すばらしいソロを弾きはじめた。た
まらずアロハさんメグさんみつこさんがウクの合奏。メグさんは課題の2曲を歌い
はじめる。ここで私もカマカを取り出し、弾き方に加わった。清水さんが私の帽子
を取って地面に置く。それだけはやめてと取り戻す。カイマナヒラでは吉見さんが
フラを踊り出す。日本人観光客、アメリカ人、空港職員が拍手する始末。こうして
搭乗の待ち時間が苦にならなかった。これだからウクレレはいい。ジャンボ機なの
でホノルルへは30分で到着。ここで降りる人達が先に降り、我々も機内清掃の為
全手荷物を持って一旦降ろされる。ロビーの売店で皆さん最後のみやげを買ったり
アイスを食べたりして時間を過ごす。40分後再び搭乗ゲートから機内へ。JAL
709便は成田に向けて定刻にホノルルを飛び立った。

           
           

初めてのハワイ、演奏という目的のある旅行。皆さまお疲れさま、大変お世話に
なりました。ほんとに近いHawaii 5年後にまた会いましょう!  iisan

☆ PCトラブルで画像が無くなった為、アルバムの写真を
  デジカメを使い接写したのもので流用しています。

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Hawaii 8

2005年09月08日 | ウクレレフェスティバル

2005年8月2日 No2

全員アロハシャツやムーム・ドレスの正装。交流ディナーパーティでホテル1Fにある
バンケットに集合。ハワイアンソングの本に執筆参加したカズエさんや牧師さんの姿も
見える。地元のウクレレとフラ愛好会のメンバーが十数人いらして、私達の食事中に
なじみのハワイアンを演奏してくれた。ベースとバイオリンのご夫婦がMATTさんの友人
でリーダーらしい。さあ食事も終わって最後の演奏会だ。課題の2曲をはじめハワイ各所
で披露したレパートリーを次々に演奏。メグさんも歌となればタフだなあ。コナのグループ
と演奏・歌・フラを交歓しながら思いっきり楽しんだ。レイラニ・カマカなどウクレレの展示会
もほとんど売れたようだ。実は欲しかったのだがカミさんとの約束がちらついてしまった。
「しばらくウク買わないからハワイに行かせて」だったのだから。盛会のうちにパーティ終了。

       
       

MATTさんからお声がかかり、あの烏山バンブーで飲んだコナビールの本社工場兼ビア
ホールへ誘われる。待ってました! 9人で蒸し暑い市内を5分ほど歩く。道路から高台
にあるマーケットと工場。以前はマーケットの駐車場から入れた工場との間にフェンスが
張られたため、ぐるりと遠回りで大汗。試飲のようなサンプラーシステムがあり9種から
好きな4種を低料金で飲めるという。みんな味や度数が分からないからメニューの上から
4つ、じゃ私は下の4つと注文。黒茶濃淡どれを飲んでも同じような味に感じてしまう。
ここで計8杯いただいた。地元の人達は家族で来ていてジョッキを空けている。知り合い
の居るテーブルに移ったMATTさんを置いて先に8人で帰ることになりビアホールから
出口へ。ここで誰かが道路に降りられる近道を発見。ところがこれが45度以上の急斜面
で溶岩の崖なのだ。しかも暗くて8人が手をつないで右往左往、そこへオープンカーで
通りかかったアメリカ人が我々を見つけるや、方向転換してヘッドライトを照らしてくれた
のだ。私も理事長の奥さまの手を長い間握ったまま動けなくて何の助けにもならなかった。
ホテルに帰りつき明日の荷物作りをする。

        

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Hawaii 7

2005年09月07日 | ウクレレフェスティバル

2005年8月2日 No1

今日はコナに移動するのでコール6:30バゲージ7:00出発8:00 
ホテルのレストランで7時から朝のバイキング。小鳥がどんどん入ってくる。味噌汁
ご飯もあり嬉しい。フルーツのうまいこと。心配していた天気も出発時にはまあまあ
となる。ガイドの塩見さんはよくしゃべる女性で寝てなんかいられない。マウナロアへ
向かう途中チョコレートとナッツの大型店Big Island Candiesに寄る。ホノルルで
買うと荷物になるからと我慢していたのか皆さん箱買いだ。私はささやかに5個だけ。
これでも帰りの重いバッグを考えてしまう。これでみやげ買いの手間が省けたとホッと
する。ハワイ・ボルケーノ国立公園キラウエア噴火口ではごきげんな快晴で写真を撮り
まくる。自然のなす技はすさまじい、大迫力である。近くの展示館で真っ赤な溶岩が流
れる様をビデオや実際に地震計で測候している様子が見られる。話に聞いた州鳥ネネ
は見られなかった。地割れの溝や溶岩の川の上に立って記念撮影した後、溶岩トンネル
を歩いて見物してからドライブインへ。3ドル弱でビールも注文しバイキング形式の昼食
となる。ここの売店でウクレレ型の小物入れの木皿を買う。Made In Philippines製
だった。ウクレレ型をしているとつい手が出てしまう。

      
       
      

キラウエアにさよならしてバスは海側へ降りてゆく。こじんまりした海水浴場に到着。
砂が大粒のガラス質で真っ黒、その名もブラックサンドビーチ。波が荒く地元の子供
たちがサーフィンをやっていた。海亀が砂浜に上がっていて記念撮影が人気。次に
白人が入植・開拓したという岬に寄る。牧畜が盛んで名物はアイスクリームだという。
オーソドックスなバニラをいただく、とてもおいしかった。コナに向かう車内でMATT
さんのレレに合わせ合奏・合唱が始まる。やがてバスはコーヒー街道の中心にある
コーヒー園に停まる。コナコーヒーのサンプラーを飲んでみる。メグさんに教えられ
ウクレレ型のバッジを買う、いい形で2ドル。ウクレレをプリントしたTシャツはまたたく
間に売り切れた。バスはコナ市内に入った、きれいなリゾート観光地だ。ここのサン
セットはすばらしいと聞いた。キングカメハメハ・コナ・リゾートに到着。さっそくカメラを
下げて市内へ教会や再現された宮殿や民家などハワイらしい風景を撮る。防波堤で
カヌーレースを撮っていたら大波が来て海水を頭からかぶってしまった。

   
            
            

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Hawaii 6

2005年09月06日 | ウクレレフェスティバル

2005年8月1日

4:15にモーニングコール、バゲージ4:45 今日はヒロに移動する日だ。
ABCストアで二人分の朝食と飲み物を買ってくる。6:30ロビーに集合する。
ある部屋では別れを惜しんで盛大な宴会があったらしく、ツアコンの唐沢さんは
「頭が痛い喉が痛い」と言っていた。本日帰国組に手をふられバスはホノルル空港に
向かう。空港でも喫煙組はいつの間にか同じ顔ぶれが灰皿スタンドに集まってくるから
面白い。これでも日本より喫煙量はぐんと減っているのだ。アロハ航空のローカル便は
先着順の自由席。MATTさんから景色を観るなら右側と言われていたが、あいにくふさ
がっていたので後方の左窓際へ。これが幸いしてダイヤモンドヘッドのカルデラを上空
から眺めることができた。ヒロのあるハワイ島はビッグアイランドと呼ばれ他の7島を
足してもハワイ島の半分位の面積だそうだ。上空からはみどりが美しかった。空港から
ハワイ・ナニロア・リゾートホテルに向かう景色は北海道東部に似ている。日本人が
開拓したせいだろうか。ホテルのロビーでキーをもらい11Fへ。ワーオ!ダブルベッドが
2台あるゆったりした部屋だ。「水が良いので水道の水もどんどん飲んでください」日本人
スタッフのタカコさんが言っていたが確かに美味い。ハワイのホテルは部屋にスリッパ
などない。ワイキキで買ったビーチ草履が役立った。庭にプール、芝生、椰子の木その
向こうにマウナケアの長い稜線がひろがりきれいだ、そして静かだ。雨が降りだしどこ
にも出る気がしない。ホテルのレストランでパンを緑色に染めて具を手巻き寿司みたい
に包んだ変わったサンドイッチとコーヒーで昼食。部屋に戻りウクを弾いてすごした。

    

16:30ロビーに集合、バスで日本人センターに向かう。工業団地みたいな所へ到着。
なんと空調会社の工場か倉庫跡を借りて日本人の2世以下の子孫がこのセンターを
造作中なのだ。全員入口のテーブルで記帳する。ささやかながら今回我々も寄付を
したのだそうだ。会長を務めるハワイ大学の本田教授とMATTさんの挨拶の後、缶
ビールで乾杯。現地の方々で集まったのは60人位か。昭和20年代はじめ美空ひばり
のハワイ地ロケのモノクロ写真が会場内に掲出されている位だから、私たちとの交流が
嬉しいのではと思う。ステージうしろの衝立をよく見ると畳が3畳分立てかけられていた。
ゲストの登場だ。マウイ出身のグループ:AUHI PRIDE 売りは21歳の長男ナントカ
君のファルセット、18歳でチャンピオンになったそうで低音から高温の裏声まですばら
しい。ウクレレもラニカイの8弦テナーで実に上手い。お姉さんIWAさんのギターと
ボーカル、その旦那のベース。可愛い弟・妹も登場し、歌とフラの演奏を楽しませて
もらった。彼らのCDを2枚買ってカマカにサインしてもらう。同行の女性たちは「ハグ
してくれた、チューしてもらった」と大騒ぎしている。その後は現地の人達のカラオケ
となるのだが、これがなんとも古い装置で河内の熊五郎とか津軽のなんとか知らない
歌謡曲が飛び出してくる。でも皆さんお上手だし老後の生活をカラオケでエンジョイ
している。いいことだ! ハワイの結婚の歌KE KALI NEI AUを歌ったカップル、
男性の歌声がすばらしかった。美声と音量とうまさで場内大喝采だった。英語で
カーペンターと聞こえたのでフォークかなと思ったら本職の大工さんが登場、歌は
”宗右衛門町ブルース” ♪きっと来てねと泣いていた かわいあの娘はウブなのか
ワワワーとバックコーラスしてしまったバカな私。お返しに私達はマイレスイングと
ハノハノハナレイに加えハワイアン数曲を演奏”別れの磯千鳥”の合唱では涙ぐんで
いる人もいたとか。現地の人が心をこめて作ってくれた太巻き寿司、きんぴらごぼう
まぐろ刺身、アイスクリーム、ケーキそして工事中のため、事務所にひとつしかない
トイレに行列したことも忘れられない。帰りは皆さんバスに手をふって見送ってくれた。
すばらしい交流会だった。5年後には建物内造作・設備も完成し快適な日本人センター
になっていることでしょう。またヒロに来ることを約束してバスはホテルに向かう。

          
          
                      

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Hawaii 5

2005年09月05日 | ウクレレフェスティバル

2005年7月31日

3時に目が覚めてしまう。5時起床。アロハ・妻さんとサラリーマン時代の昔話。
同世代だからうなずいてしまう点が多い。今夜の打ち上げパーティ用に楽譜の
順番を整える。フェスティバル本番なので場所取りしなければと6:30からロビ
ーに顔出しするが誰とも会わない。それもそのはず皆さん私たちより早く会場へ
行ったようなのだ。ABCストアが開くのを待って朝食と本日の飲み物を調達する。
7時に会場のバンドスタンドに行くと先発組がベンチの最前列から3列目あたりを
押さえていてくれた。関西の人達は複数回参加されているようでより事情に明るい。

ロイ・サクマ氏が陣頭で会場のセッティングを指示している。ウクレレ店、飲み物屋、
Tシャツの販売所、警備担当、PAサービス会社のテント群。スタッフの黄色Tシャツ
組は集まってミーティングしている。28日から感じていたが、ロイさんは大変有能な
プロデューサー・事業家なのだろう。10時初めて体験するウクレレフェスティバルは
司会のダニー・カレイキニのホラ貝の音で始まった。工場見学でお世話になったカマ
カ社のクリス社長率いるカマカバンドはさすがにスマートで垢抜けた演奏だ。ケイキ
のウクレレ集団が登場すると親御さん達がカメラやム-ビーを持ってステージに殺到。
日本の運動会と同じ光景を何度も見た。それにしても子供たちは上手い。ロイさんの
指導方針・体制がきっちり機能しているのだろう。日本の子供もタテ笛なんかやめて
ウクレレにした方がいいと誰かが言っていた。我々は10時40分にステージ裏に集合し
出番を待つ。現地の女の子が生花のレイをかけてくれた。ステージは緊張することも
なく、マイレ・スィングとハノハノ・ハナレイの2曲を演奏し終えた。メグさんの歌はすば
らしかった。ミカさん達4人のフラが彩りをそえてくれた。地元の評判もよかったようで
正直嬉しい。終了後記念のメダルをかけてもらい全員集合で記念撮影した。皆さん
無事に終わった満足感で笑顔いっぱいだ。本当に良かった! ライアテア、ジェームス・
イングラムの歌、オータサン、ダニエル・ホー、ジュニア、ジェームス・ヒル、ライル・リッツ
などウクレレアーチストのステージのあと会場全体でハワイ・アロハを歌い2005年の
第35回ウクレレフェスティバルは終了した。

           
           
           
                        

ホテルに戻ってしばし休憩。着替えを終えて近くのワイキキ・マリオットのバンケットで
NUA打ち上げパーティが開催された。灰田さんのご子息アランさん、ジュニア、ダニエル
ホー、IZの従兄、フラの皆さんをゲストに迎え今回の演奏が成功裡に終了したことを祝い
全員で乾杯する。近々日本に行くというジュニアとダニエル・ホーの演奏とサイン会から
スタート。我々の課題曲2曲再演奏の後、ゲストの演奏やフラが次々に披露された。
MATTさんにお願いしてIZの従兄と記念撮影する。彼は日本でもよく演奏するらしく、
この日は銀座カンカン娘を歌ってくれた。関西組のフラは年季が入っている。こうして
28日から31日までほとんど休みなしの演奏旅行だったが明日は帰国組とハワイ島へ
足を延ばすグループとに別れるのだ。名残り惜しいがクイーンカピオラニホテルに戻り
荷物作りをすることにした。4日間お世話になったこのホテル。ハワイ王朝家の肖像画を
何枚か撮影した。不足気味となったTシャツを売店で買った。

          
                      

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Hawaii 4

2005年09月04日 | ウクレレフェスティバル

2005年7月30日

このホテルでの寝方が判ってきた。毛布をシーツにエアコンは点けっぱなしにして
耳栓をして、ベッドカバーを布団がわりにして寝る。ABCストアでサンドイッチ、バナナ
ゆで卵、ジュースを買い朝食。9時から本番にそなえてリハーサルがある。全員3階の
広間へ集合。ここで坂田さんとこの掲示板で知り合った北島さんと会い名刺を交換する。
我々の演奏に華を添えてくれるフラチームも勢揃い。PUウクのMATTさん、ベースの
岩本さん、スチールの唐沢さん、ギターの清水さん、この4人が演奏をリードし締めて
くれるので安心して歌って伴奏できるのだ。フラガールは若いしタフだ。たちまち汗を
にじませながら息も切らせずリハを繰り返す。見ていて気持ちいいそして可愛い。
3時間のリハが終了し全員で昼食、午後は自由行動となった。ホテルのプールサイド
のデッキで日光浴する。陽射しが強烈なので1時間だけとした。ひとり動物園から明日
の会場を下見したり、ワイキキ・ビーチを散策したり、反対方向にあるゴルフ場などを
眺めながら2時間ほどウォーキングする。夜は寿司が食べたくなり回転寿司へ。日本の
メニューがいろいろあったので、寿司のカウンターでラーメンも食べてしまった。こんなの
ハワイならでは? あと三越で買い物、知り合いが支配人をしており、電話ながら7年
ぶりで会話。滞在中に寄ってくれと云われたが、その後スケジュールに追われて行って
いない。プアプアで皆に会い、ウクレレを見る。見るだけで終わりにした。

                          
              
    
             
     

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Hawaii 3

2005年09月03日 | ウクレレフェスティバル

2005年7月29日

ホテルで朝食バイキングをいただく。ミソスープで元気になった気がする。関西の
奥さんたちとアラモアナ行きのバスに乗る。皆さんハワイ好きで何度も来ている
らしい。ショッピングセンターでアロハ・妻さんの買い物にお付き合いした後、演奏
会場のセンターステージに行くと理事さんや関西のベテラン組が演奏準備をして
いた。大きな横断幕にNUAの文字が見える。バックヤードは楽屋で音響設備の
格納室、控え室が2つ、トイレなどが完備されていた。ステージを見下ろせる3階席
4階席があり良く計算された設計だ。約20曲の演奏は直前になって順番が変わり
皆必死になって楽譜を並べ替えていた。12時フェスティバル本番で弾くマイレスイ
ングから演奏がスタート、21曲の歌ありフラありのオンパレード。譜面を見たり人の
手を見たり懸命に伴奏した。多くの人に観てもらい聴いてもらい満足の1時間でした。
昼食は中華の大三元で海鮮焼きそばをいただく。これがすごい盛りでお腹いっぱい。
タワーレコードに寄り買い物してからワイキキ方面行きのバスでホテルに戻る。ザ・
バスの利用方法少し理解できた。夕刻、ロイ・サクマ氏主催のレセプション・ディナー
がシェラトン・ワイキキで開かれるのでアロハシャツを着てホテルに歩いて向かう。
途中ハワイ通のアロハ・妻さんの案内でホノルルの銀座4丁目ともいうべき周辺を
しっかり憶える。日本でもおなじみのウクレレプレーヤー、ウクレレメーカーのオー
ナーなど多数参加したパーティはワイキキの青々した海辺を目の前にしたレストラン
で盛大に行われた。女性たちのムームーがきれいだ、もちろんお顔も・・・。ロイさん
やプレーヤーと肩を組んでの記念撮影があちこちで行われている。ローストビーフと
ハワイ産まぐろ刺身がおいしかった。飲み物はコナ・ビールを2本いただいた。ロビー
に集合アローハ!の歓声。やがてビデオとなって見られるのを楽しみにしている。

          
    
     
 
  

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Hawaii 2

2005年09月02日 | ウクレレフェスティバル

2005年7月28日

ホノルル空港着、初めてハワイの地を踏む。こんなに近いのに遠かった
年月を不思議に思う。寒いのきらい、暖かいの大好き人間なのになんで
こんないい島に来なかったのだろう。いつでも行ける近さだけにこの年に
なってしまったのか、縁がなかったせいなのか。バスでオアフ名所ほんの
さわりを巡るコースで半日観光。TVや雑誌で見た風景が目の前に広がる。
ホテルで昼食、関西組と合流。演奏時のユニホームが配布される。今後の
スケジュールを聞く。KAMAKAの工場見学・楽器店巡りに参加の後、全員
グレーのNUAのTシャツに着替えモアナ・サーフライダー・ホテルに向かう。
ウクレレフェスティバルPRの一環として日本からやってきた60名のウクレレ
オーケストラといった面持ちだ。ロイ・サクマ氏の計らいで名門ホテルの野外
ステージでオータサン、ライル・リッツ、ダニエル・ホーなどプロアーチストの
演奏の合間にアマチュアがお客さんを前に演奏できる機会なんて滅多にない
事なのだ。我々の演奏にのって踊っているカップルがいたのには驚いた。
途中雨に見舞われたが元気に楽しく演奏できた。終了後は向かいのプリン
セス・カウラニ・ホテルへ直行、アロハ・妻さんとビールを呑みながらケリー
ボーイのステージを観る。この時期はあちこちのホテルでハワイアン演奏の
ステージが低料金で見られて嬉しい限りだ。宿泊のクイーン・カピオラニ・
ホテルに戻る。部屋は3階で海もダイヤモンドヘッドも見えないエアコンも
うるさいしシャワーの水もチョロチョロしか出ない。ハワイ初日の夜は興奮
状態のせいか、エアコン不慣れと外の騒音のせいか、なかなか寝付けず
2時間も寝ていなかったのではないか。

   
           
           
   
   
           
 

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Hawaii 1

2005年09月01日 | ウクレレフェスティバル

        

9年前の「第35回ウクレレフェスティバル」参加時のレポートが出て
きたのでアルバムから撮った写真と共に記録し、初ハワイの思い出
として当ブログの巻頭に残しておきたいと思いました。2005年7月
28日から8月3日までA4用紙7枚に書かれたHawaii旅行の様子を
原文のまま、これから日を追って少しずつアップしてまいります。

イントロ

40年近く勤務した企業を退職後、35年ぶりにウクレレと出会い、その
面白さにハマってきた時でした。2004年1月検査入院した病院でガンの
告知を受けました。以来その年の10月までは検査・入院・通院と治療の
連続でした。この間も好きなウクレレは休まずに続けておりましたし、会を
通じてすばらしいお仲間にも出会うことができました。そんな折、例会で
「ウクレレフェスティバル」への参加者募集がありました。過去5年毎に
参加している事はNUAの掲示板や先輩会員から聞いておりました。
病後の定期検査に通う身でもあり、「5年に1回という事はラストチャンス
かも知れないぞ、永い間働いてきた自分へのご褒美」だと参加を決意し
ました。妻を誘ったのですが、「国内旅行で満足している」とのことで単身
での参加となりました。”ウクレレの聖地ハワイで演奏する”夢みたいな
話です。ああNUAに入会して良かったと思いました。3回の欧州旅行以来
27年ぶりの海外旅行ということでパスポートを取る、ガイドブックを買うなど
着々と準備を進めました。2月からの例会の午前中はハワイで演奏する
課題曲2曲の練習にあてられました。いわゆる青竹珊瑚位しかハワイアン
を知らない私が、ハワイ語歌詞とメロディを初めて聴いた時は「とても覚え
られない無理だな、いや弾き歌いなら出来るかも」とか複雑な心境でした。
それでも半年間にわたる練習の成果で自信も湧き、出発前の合同練習では
「いつものお仲間と一緒じゃないかハワイを楽しんで来よう」と思えるように
なりました。7月28日成田へ向かうため14時のスカイライナーに乗車する。

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