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五王

2013年04月22日 | 歴史街道
の内 ⑤

五世紀、倭の五王たちは、東アジアでの倭国地位を確立すべく中国・宋に使者を送った。(宋書倭国伝)
五王とは宋書の済・興・武が記紀の允恭いんぎょう安康あんこう雄略ゆうりゃくの三大王おおきみ(天皇)にあたり、讃は応神おうじん仁徳にんとく履中りちゅう、珍を反正はんぜい或いは彌を仁徳とする諸説ある。
分りやすく説明すると「仁徳天皇と3人の子と2人の孫」。仁徳を五王に含める説の場合は「仁徳一家五人」。
ちなみに五王を数に見合わせると、③讃、④珍、済、⑤興、⑥武と並んでしまう。



古代の大王おおきみで最も度量が大きく勇断で指導力のあるのは、カリスマの応神天皇(誉田ほんだの大君)で学界にはその存在性を否定する者はいない。神攻皇后じんぐうこうごう息長足姫おきながたらしひめ)を母とするが、こちらは寧ろ神話の世界の存在とされる。
応神の子が仁徳で、その子達が長男・履中、三男・反正、四男・允恭である。

仁徳は、難波の質素な萱葺きの高津の宮で、高台に登ってみたが夕飯時にも拘わらず飯を炊く煙がみえないと、3年間税と役をやめた。
「たかき屋にのぼりてみれば煙立つ 民のかまどはにぎわいにけり」
仁徳の御製となるこの一首は、新古今和歌集に撰ばれた。


去来穂別いざほわけ(履中)が、酒好きで酔いつぶれている所に野心家の次男・住吉仲皇子すみのえのみこが宮殿を焼き討ちにした。瑞穂別みずほわけ(反正)が住吉仲皇子の警護役をそそのかして皇子を殺し、ついでその男を主君殺しの罪で殺す。
雄朝津間稚子おあさづまわくご皇子(允恭)は、成人して大病後重い後遺症が残り隠れて荒療治したのが却って障害が進んでしまった。後に新羅の薬師の手で完治した允恭は、性格も政治手法も仁徳に似て善政を布いた。
雄略は、允恭の子で獲加多支鹵わかたけるという。[この名は、昭和53年に埼玉県稲荷山古墳出土の鉄剣に現れる。]
雄略は、高句麗攻略の包囲網を形成するため南朝の宋に国書を送った(宋書倭国伝)。倭は既に関東から九州まで統一し、更に神攻皇后の決断によって朝鮮半島に進出し、応神の征伐を合わせ海北の95カ国を征したという。
しかし、仁徳の孫の孫の代になる第25代武烈でもって皇統が断絶する寸前まで追い詰められる。少なくとも、仁徳天皇の系統いわゆる「倭の五王」の時代は約百年間で終ったといえる。



四世紀は、まだ玉やくしろという手に巻く装飾品しか出ず呪術的だったが、五世紀になると馬具が大量に出土する。

五王最期の王・雄略が亡くなった後、倭王を支えることによって自己の勢力拡張を図っていた豪族達に混乱が起こった。そこで大連おおむらじの大伴氏が越国の男大迹大王おほどのおおきみ(継体)を擁立して大和に入れようとした。

2001年9月、継体天皇陵とされる大阪府高槻市の今城塚古墳(前方後円墳)で、日本最大級の家形埴輪はにわ等大量の祭祀跡が見つかった。
円筒埴輪の外側で水鳥、鶏、馬といった動物や力士やいすに座った人物がひとかたまりになって同じ方向を向いたり、太刀形や盾形の埴輪や祭祀の様子を彷彿とさせる状態だった。
全国で二例目という儀礼用の「玉纒太刀たままきのたち」を腰に差した武人の埴輪も出土し、大王陵にふさわしい格式をもつのが注目される。平成天皇の大嘗祭に、その原型がみれると推定される。



  ①一条戻橋
  ②1+1
  ③三輪山
  ④四天王

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5 コメント

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笑点見ましたよ! (いわどの里住人)
2013-04-22 05:34:32
笑点は楽しいですね。司会の歌丸さんの両隣の何れかでしょう?、思い出になりますね。
日本書紀 (らいちゃん)
2013-04-22 07:06:38
日本の歴史もこの辺りになると専門的であまりなじみがありません。
「倭の五王」聞いたことがありますが、5人の名前は知りません。
仁徳天皇の「たかき屋にのぼりてみれば煙立つ 民のかまどはにぎわいにけり」は余りにも有名なのでこの事は知っています。
この辺りの歴史に深く入り込めば興味が湧くのでしょうね。

昨日の「笑点」観られませんでした。
遅霜の恐れがあると言うことで、畑からの帰りが遅くなってしまいました。
残念!

予約投稿の方法を教えていただき有り難うございました。
一度試してみたいと思います。
コメントに 笑点 (iina)
2013-04-22 09:35:37
(いわどの里住人)さん へ
目の覚めるような牡丹(ぼたん)と躑躅(つつじ)の花だよりでした。

こうして拝見すると、早起きは三文の得ですね。
寒かったので、花見客を写さないで、花をメインに撮れ こちらも幸いでした。

「笑点」を録画してしまいました。
笑点メンバーの中では、円楽と好楽に山田君を初めて見ましたが、テレビのとおりでした。

5月のGWでは、柳家小三治が浅草演芸ホールに出るので行こうとおもっています。




(らいちゃん) へ
「お開き」の語源は、「退却する」「退陣する」の忌み言葉でしたか。
スルメをアタリメというようなものですね。

きのう、公開録画を見た「笑点」をテレビでみました。
当日の出演順にテレビ放映せず、2番目の演目マジックを先に流しました。あるいは、漫才が季節感のある話題
であったため逆にしたのかも知れません。?
どちらでも構いませんが、出かけて知る裏事情でした。
http://blog.goo.ne.jp/iinna/e/5757c4f261df14ce115d2468fc700a8d

25日は、NHK「オン×ジェネ」の公開録画を観てきます。こんどは、郷ひろみと平原綾香が歌います。

①一条戻橋、②1+1、③三輪山、④四天王。 そして、⑤五王 と順に進んできました。

古事記 (延岡の山歩人K)
2013-04-22 18:23:18
かなり専門的で、初めて伺うことが多く
私は、ふ~んと頷きながら拝見するのみでした。
唯一
世界でも最大クラス(もちろん日本一)の仁徳天皇陵の「前方後円墳」のことと
新古今和歌集「たかき屋にのぼりてみれば煙立つ 民のかまどはにぎわいにけり」の句
この程度のちしきです。
iinaさまはこの分野も得意の様ですね(失礼ながら・・・)


ナイス大阪~京都
祇園と聞くとなにか華やいだ気分になります。
やはり舞妓さんは良いですね
iinaさまの記事やコメントを伺うと
やはり、数年前の延岡のサーカス公演を観ておけばよかったと後悔しています。

笑点
昨日は、気が付いたときは、3問目でした。
気づくのがおくれました。残念
(延岡の山歩人K) さん へ (iina)
2013-04-23 08:35:36


新聞は、最新の情報ツールになります。
いままでにも、どれほど役立ったか知れません。

イペーは、はじめて見た花ですが、イッペー真っ黄色に咲いてます。
奇しくも、iina宅でもきょうのブログは花です。しかも、群生するネモフィラという薄青い花が爽やかです。
黄の花に刺激を受け、先にアップしたわが家のモッコウバラを追加しておきます。

「もののはじめ」サイトは、①②③④⑤⑥⑦⑧⑨⑩を絡めることを標榜しており、⑤に「五王」は恰好の題材ですが、
探し回って識った内容です。
④と⑨もみつけるのに苦労し、相応の月日が必要でした。(^^ゞ

いままでの⑤までは、歴史の表舞台からとらえた題材ですが、⑥にいたって裏舞台から見た内容を置きました。

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