さすらい人の独り言

山登り、日々の独り言。
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さすらいの風景 マドリッド その3

2013年07月25日 | 海外旅行
トレド観光から戻って夕食をとった後、マドリッドの中心地といえるマヨール広場周辺の見学に出かけることにしました。ホテルは地下鉄に乗るのも便利な位置にありましたが、時間の節約もあり、タクシーを使うことにしました。

多くの通りが集まるプエルタ・デル・ソルでタクシーを降りました。広場は、デモのグループもおり、大賑わいでした。プエルタ・デル・ソルは、太陽の門という意味です。

この写真の撮影時間は、夜の9時50分。サマータイムのおかげもありますが、日本の感覚からすると異常に遅い日没です。夏の北欧に見られる白夜なら普通のことですが、スペインでは明るくなるのが7時頃なのが違っています。スペインでは、夜の10時頃からが、外出時になります。

スペインの標準時間は中央ヨーロッパ時間(UTC+1)を採用していますが、スペインは、西ヨーロッパ時間(UTC+0)のロンドンよりもさらに西に位置していることから、日の出、正午、日の入りが夜に向かってずれ込んでいます。



プエルタ・デル・ソルの広場には、カルロス3世の騎馬像が置かれています。カルロス3世は、スペインの啓蒙専制君主と言われ、マドリードを再開発を行って、現在にも残る近代的街並みを整備しました。



プエルタ・デル・ソルで有名な熊と山桃の像。



広場に面してマドリッド自治政府の建物があります。



その前の歩道にゼロkmを示すスペインの道路元標が置かれています。



スペインの郵便ポスト。赤ではなく黄色なのが印象的です。



プエルタ・デル・ソルからマヨール広場に向かいました。



マヨール広場は、フェリベ3世が1619年に完成させたもので、四階建ての建物が広場の周囲を取り巻いています。過去三回火災にあい、その度に再建されて、現在の姿になったのは、1953年のことです。



広場に立つのは、フェリベ3世の像。フェリベ3世は、怠惰王とも呼ばれ、政治に関心が薄く、王の寵臣に政治を任せたことからスペイン・ハプスブルク王朝の没落を招いたといいます。



広場を囲む建物には、バルコニーが設けられています。



かつては、このバルコニーから、この広場で行われる王家の儀式や、闘牛、祭り、宗教裁判を見物したといいます。



建物の壁は、フレスコ画のような壁画で飾られていました。



広場の南西には、クチリェロスのアーチがあります。



広場の外側からクチリェロスのアーチを振り返ったところ。マヨール広場は、丘の上に設けられたため、ここからは土台の部分で高さが増しています。

クチリェロスのアーチを出た付近は、バルやレストランが多く並んでおり、この後、サン・ミゲル市場に向かいました。



サン・ミゲル市場の様子は別項目にして、夜景見物のためにマヨール広場に戻ってきた時の写真を合わせて載せておきます。



広場は、ようやく夜のとばりに包まれました。広場には、レストランのテーブル席が並べられていました。



すでに10時半を過ぎていますが、広場は大賑わいです。



マヨール広場は、ライトアップされて美しい姿を見せていました。



賑わう通りを歩いてプエルタ・デル・ソルに戻りました。



スペイン観光の初日からあまり夜更かしするわけにもいかず、プエルタ・デル・ソルでタクシーを拾ってホテルに戻りました。
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