さすらい人の独り言

山登り、日々の独り言。
「新潟からの山旅」別館
http://iide.hp.infoseek.co.jp/

さすらいの風景 ペルセポリス その3

2014年01月22日 | 海外旅行
アバダーナ(謁見の間)は、屋根は失われて、12本の柱だけが残されています。かつては高さ19mの屋根を36本の柱で支えていたようです。



高い柱で、当時の壮麗さがうかがわれます。



遠くに見えている崖をめぐらせた岩山で、この遺跡の石が切り出されたようです。



アバダーナ(謁見の間)の中に巨大な双頭鷲像が見えています。



アバダーナ(謁見の間)の西側に回り込みながら見学を続けました。



アバダーナ(謁見の間)の隣りにあるタチャラ(ダレイオス1世の宮殿)が見えてきました。



タチャラ(ダレイオス1世の宮殿)は、ダレイオス1世のプライベートな宮殿。タチャラとは冬の宮殿という意味です。



かつては宝石が埋め込まれた彫像で飾られていたといいます。



基壇の側面には、様々な料理を運ぶ料理人の姿が描かれています。



タチャラ(ダレイオス1世の宮殿)は、他と比べて、比較的構造が残されています。





内部は立ち入り禁止ですが、中を良くみると、柱にレリーフが施されています。



貴人に日傘をさしかけています。傘はアッシリア時代の壁画に描かれているようで、その文化を継承したアケメネス朝ペルシャでも用いられたようです。



他にも人物のレリーフが見られました。



タチャラ(ダレイオス1世の宮殿)の隣にバディーシュ(クセルクセス1世の宮殿)があります。



クセルクセス1世のプライベートな宮殿で、バディーシュとは「居住のための宮殿」という意味です。



このレリーフは、かなり損傷が進んでいます。



人物のレリーフ。



このレリーフは、日傘の像が良く残されています。



人物が二人並んでいます。顔は壊されていますが、服のひだなどは良く残されています。



ペルセポリスの背後の岩山には、二つの王墓が設けられています。山に向かって左側は、アルタクセルクセツ2世の墓です。

アルタクセルクセス2世の治世はアケメネス朝の中では最長のものになりました。



ゾロアスター教の最高神のアフラ・マズダのレリールなどで飾られていますが、ここは最後の自由時間で訪れました。



山に向かって右側にアルタクセルクセス3世の墓が造られています。

アルタクセルクセス3世は、アケメネス朝の最後から三番目の王で、アルタクセルクセス2世の息子ですが、他の兄弟全てを殺害して王位に上がりました。暴君として知られていますが、軍事的には成功してペルシャの勢力を広げました。宦官によって息子と共に殺害されて、この墓所に葬られました。

最後の自由時間が短く、この墓まで足を延ばすことができませんでした。
ジャンル:
ウェブログ
コメント   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« さすらいの風景 ペルセポリ... | トップ | さすらいの風景 ペルセポリ... »
最近の画像もっと見る

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む