さすらい人の独り言

山登り、日々の独り言。
「新潟からの山旅」別館
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さすらいの風景 デリー その1

2012年02月02日 | 海外旅行
デリーに戻ってきて、まずはクトゥブ・ミナールを見学しました。



クトゥブ・ミナールは、奴隷王朝からハルジー朝時代の歴史建造物が残るインド最古のイスラム遺跡群です。



遺跡内に入ると、クトゥブ・ミナールが目に入ってきます。



アライ・ミナール

奴隷王朝三代目の君主のアラーウッディーンがクトゥブ・ミナールの2倍の大きさの塔を建てようと計画しましたが、1316年に暗殺されて未完成に終わりました。



イルトゥミシュ廟

奴隷王朝第三代目君主シャムシュディーン・イルトゥミシュの墓です。



アライ・ミナールの前に広がるのがクワットアル・イスラム・マスジットです。1194年、アイバクが周辺に建っていたヒンドゥー寺院を壊し、その建材をそのまま使って建てたインド初のモスクです。



柱の列はイスラム的です。



草木模様は、イスラム的というよりはヒンドゥー的でしょうか。



アプサラと思われる像の顔は壊されています。





クワットアル・イスラム・マスジットの中庭の中央には、鉄柱が置かれています。

4世紀グプタ朝のインド統一記念のために立てられました。純度99%の鉄でできているため、17世紀を経た現在でもさびていません。



クトゥブ・ミナールは、ヒンドゥー教徒に対する勝利を記念した、高さ72.5mで、インドでもっとも高いミナレットです。一層目はアイバク、2、3層目はイルトゥミシュ、4、5層目はトゥグルク王朝のスルタンに造られ、1368年に完成しました。



以前は、塔に上れたそうですが、1982年、照明が消えたことでパニックになった修学旅行中の少女たちが階段で将棋倒しになり、十数名が死傷する惨事が起きたことから、現在は立ち入り禁止になっています。



イマーム・ザミン廟。

1537年、ムガール帝国時代に造られたイザーム・ザミンの墓です。

クトゥブ・ミナールは、校外学習なのか、観光客の他に小学生の団体でにぎわっていました。
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