さすらい人の独り言

山登り、日々の独り言。
「新潟からの山旅」別館
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さすらいの風景 ダウラターバード

2017年10月26日 | 海外旅行
二日目、ムンバイからアウランガーバードに移動しました。アウランガーバードは、ムガル帝国6代目皇帝アウラングゼーブの名前にちなんで名づけられ、デカン地方攻略の足がかりになった街ですが、ここを訪れる旅行者の目的は、近くにあるエローラ石窟とアジャンター石窟の見学になります。

三日目は、ピタルカラ石窟とエローラ石窟を見学することになりました。

エローラ石窟目指してバス移動していくと、西校外13kmのところで、ダウラタバードの砦跡が現れました。



岩山に設けた砦を中心とし、その周囲の平野部に城壁や塔を設けた大規模な城塞都市でした。デリー・スルターン朝のトゥグルク朝二代目のムハンマド・ビン・トゥグルクは、1327年に王朝の首都をデリーからデーヴァギリに遷すとともに、ダウラターバード(繁栄の町)と改名しました。しかし、デカン地方のヒンドゥー教徒はこれを歓迎せず、一方で内部からの反対も根強く、1334年にデリーに都を戻さざるをえませんでした。その後、幾つかの王朝の支配下に置かれましたが、デカン高原の幾つかのスルターン朝とムガル帝国との間で戦争が繰り広げられていた1633年に、当時デカン方面戦役総督であったアウラングゼーブ率いるムガル軍の攻撃によって、4ヶ月にもわたる包囲攻城戦のすえ、ダウラターバード要塞は陥落しました。その後、ムガル帝国の支配のための基地として用いられることになりました。



ダウラタバードの砦は見学できるようで、観光客の車も停まっていました。



チャーンド・ミーナールと呼ばれる茶色のミナレットが見えました。これは、1435年に造られた高さ60mの戦勝記念塔とのこと。



なお、街の名前の最後にバードと付くのは、イスラム系の街であることを示しています。ヒンドゥー系では、ジャイプルのようにプルが付けられます。



坂道を上がったところで、写真ストップとなり、バスを降りて見学することができました。

丘の周囲は荒野になっていますが、所々に見える遺跡から、広大な縄張りを持っていたことが判ります。



岩山の周囲は崖となっています。



岩山の上には、現在でもかなりの建物が残っているようです。

ダウラターバードに入場観光できなかったのは残念ですが、遠景だけでも見られたことで満足しましょう。
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