さすらい人の独り言

山登り、日々の独り言。
「新潟からの山旅」別館
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さすらいの風景 フエ その4

2013年03月22日 | 海外旅行
阮朝王宮に続いて、1601年創建のティエンムー寺を見学しました。入り口の階段上には、高さ21mで七層八角形のトゥニャン塔があります。トゥニャン塔の各層には仏像が安置されており、名前は慈悲という意味に由来しています。



塔の脇には、石碑を収めたお堂が置かれていました。





トゥニャン塔の奥にダイフン寺があります。



入り口には山門が設けられていました。



山門の両脇には、守護の像が置かれていました。境内には、三国志でお馴染みの劉備、関羽、張飛を祀ったお堂があったので、この髭のある像は、関羽のように思います。



こちらの黒い顔は、張飛でしょうか。



境内に入ったところにあった劉備、関羽、張飛の三人を祀ったお堂。



ダイフン寺の本堂。



山門を振り返ると、会場に一体の像が置かれていました。武将姿なので、劉備でしょうか。



本堂の前には、お線香を立てた鼎が置かれていました。



本堂の入り口には、金色の布袋様が祀られていました。



ご本尊の釈迦仏。ガラスに隔たれて、見にくいのは残念です。派手な光背が付けられています。



本堂の屋根を見上げると、仏画が飾られていました。



振り返ると、山門とトゥニャン塔が重なって、美しい姿を見せていました。



本堂の裏手に回ると、古い自動車が展示されていました。ティエンムー寺の住職ティック・クアン・ドックは、1963年6月11日に、当時南ベトナムのゴ・ディン・ジエム政権が行っていた仏教徒に対する弾圧に対して抗議するため、サイゴンのアメリカ大使館前で自らガソリンをかぶって焼身自殺しました。この自動車は、サイゴンまで乗っていった車です。



車の奥の壁に、この時の写真が掲示されていました。

この焼身自殺は、全世界に放映され、世界中の世論に大きな影響を与えることとなりました。

この事件にさらに油を注いだのが、ジエムの弟にして秘密警察長官であったヌーの配偶者であり、事実上のファースト・レディーとして振舞っていたマダム・ヌーの発言でした。アメリカのテレビインタビューで、この事件を「あんなのは単なる人間バーベキューよ」」、「僧侶が一人バーベキューになったからなんだっていうの」、「西欧化に抗議するのにアメリカ製のガソリンを使うなんて矛盾してるわ」と暴言した事で世界中の顰蹙を買うことになりました。事実上の宗主国であったアメリカも愛想をつかせ、1963年11月の軍事クーデターでのジエムおよびヌーの殺害を黙認したといいます。欧米のメディアからドラゴン・レディという渾名を付けられたマダム・ヌー自身は、海外逃亡し、ベトナム統一後もベトナムに戻ることはできずにローマで亡くなりました。

ベトナム戦争が過去のお話として扱われる時代になったら、マダム・ヌーは、稀代の悪女として主役級を演じることになるでしょうね。



裏庭には、日本では見られないような巨大な盆栽が置かれていました。



ベトナムでは、「BONSAI」として広まっているようです。



ティエンムー寺見学の後は、お寺の前から、フォーン川のクルーズ船に乗りました。



船が出発すると、トゥニャン塔の眺めが広がりました。



遊覧船は双頭船で、船内は四角の広間になっており、船長ものんびりと操船していました。



遊覧船が行き交っていました。



前夜乗った小型の船もいました。



ザービエン橋をくぐりました。



フースアン橋が遠くに見えてきました。



フラッグタワーを見ると、対岸の船着き場に到着となりました。

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