さすらい人の独り言

山登り、日々の独り言。
「新潟からの山旅」別館
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さすらいの風景 パリ その8

2008年11月12日 | 海外旅行
ルーヴル宮殿に戻り、西に向かって歩き出しましょう。

ルーヴル宮殿の西には、チェイルリー庭園が広がっており、市民憩いの場になっています。

奥には、ナポレオンの勝利をあらわした、カルーゼルの凱旋門が見えます。

西のはずれには、オランジュリー美術館と印象派美術館が向かい合うように建っていましたが、現在ではオランジュリー美術館だけになっています。



公園を出たところが、コンコルド広場です。

ルイ十五世広場、革命広場、コンコルド広場と、その時の政府の意向で名前がめまぐるしく変わってきました。

この広場でもっとも有名な出来事は、フランス革命でギロチンがすえつけられ、ルイ十六世、マリー・アントワネット、さらに革命側のローラン婦人、ダントン、ロベスピエールをはじめ、1343名の血が流されたことでしょう。



広場の中央に立つオベリスクは、エジプトのラムゼス二世が建立した神殿のもので、対のもう一本はルクソールにあります。

この広場からは、何本もの通りが放射状に延びていますが、西に延びるのが、有名なシャン・ゼリゼ大通りです。



シャン・ゼリゼ大通りを抜けたところがシャルル・ド・ゴール広場で、ここにはエトワール凱旋門があります。一般的に、凱旋門というと、これをさします。

1806年、ナポレオンの命によって建設が始まり、ルイ・フィリップの復古王政時代の1836年に完成しました。

凱旋門の下には、第一次世界大戦で戦死した無名兵士の墓が納められています。

また、レ・マルクの小説「凱旋門」、及びイングリッド・バーグマンが主演した同名映画の舞台としても有名です。



左右・表裏と四面のレリーフに飾られています。



レリーフの拡大。フランス革命の際の、「ラ・マルセイエーズ」と呼ばれる義勇軍の出陣をあらわしたもの。



これは「1810年の勝利」を題材とし、ナポレオンの全盛期を現わしています。



またエトワール凱旋門から通りをさらに進んだラ・デファンスにある超高層ビルは、グランダルシュ(新凱旋門)と呼ばれています。



勝利記念ではないので、凱旋門とはいえないのですがね。



グランダルシュ(新凱旋門)の屋上に登ると、一直線に伸びた通りの彼方にエトワール凱旋門が見えます。



ビルのテラスに飾られていた現代彫刻。パリは、芸術の都ですね。
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