さすらい人の独り言

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さすらいの風景 リガ その2

2015年05月30日 | 海外旅行
中央市場の見学を終えて、次はユーゲント・シュティール建築群の見学を行うことになりました。

ユーゲント・シュティールは、ドイツ圏において19世紀末から20世紀の初頭にかけて広がった芸術活動を示す語で、フランス・ベルギーのアール・ヌーヴォーに相当します。

ユーゲント・シュティールは、「構成と装飾の一致」を理念とし、美や快楽と実用性を融合させることを主たる目的とし、動植物や女性のシルエットなどをモチーフとし、柔らかい曲線美を特徴とします。先日ウィーンで見たウィーン分離派の芸術家のクリムトやオットー・ワーグナーも、この芸術運動の推進者として含まれます。

バスを降りると、さっそく目の前に華麗な装飾を施した建物が現れました。



壁には女性の像が飾られていました。

さっそく写真を撮っていると、ガイドからこれはユーゲント・シュティール建築ではないといわれました。



通りを歩いていくと、異彩を放つ建物が現れました。これも、ユーゲント・シュティール建築ではないといいます。

リガでは、ユーゲント・シュティール建築に影響されて、その後も装飾の多い建物が造られ続けたようです。



ここからようやくユーゲント・シュティール建築群が現れてきました。



屋根や窓枠を飾るのが、ユーゲント・シュティール建築群の特徴のようです。

この建物を含め、この一帯のユーゲント・シュティール建築の多くはミハイル・エイゼンシュタインによって造られました。

なお、ミハイル・エイゼンシュタインは、「戦艦ポチョムキン」で有名な映画監督のセルゲイ・エイゼンシュタインの父親です。ただ、ミハイルはロシア革命で共産主義を嫌って白軍に加わったのに対し、セルゲイは赤軍に参加し、政治的には敵味方に分かれました。

ソ連時代のユーゲント・シュティール建築は、「ブルジョワ芸術」としてほとんど顧みられることがなく、荒れ果てていたといいます。リガでは、スターリン・クラシック様式の建物も同時に見られ、見比べると面白さが増します。



美しい女性像や漆喰装飾で飾られています。



隣りの建物も、色違いで、ほぼ同じ趣向です。













通りの角には、塔を持った特徴のある建物がありました。



この建物にはユーゲント・シュティール博物館が入っていますが、入り口だけの見学。



入り口の奥に小ホールがあり、螺旋階段が設けてあります。



曲線や淡い照明など、ユーゲント・シュティールの特徴が出ています。



ホール天井のランプ。



天井部の装飾。



アルベルタ通りに進みます。通りでは、建物を見上がてガイドの説明を聞いているグループを見かけました。





青レンガが印象的な建物です。



華麗な装飾が施されています。



力のシンボルのライオン像が飾られています。



赤レンガガアクセントに使われている建物。



最も完成度が高いと言われているエイゼイシャタイン作の建物。





中央のファサードの上には、二頭のライオンと三つのメドゥーサの頭が飾られています。








赤タイルのラインが加えられた建物。





ドラゴンの像が置かれた建物もありました。



エリザベテス通りにあるこの建物は、最も異彩を放っています。



ファザードの両脇には人面像が飾られています。



エイゼンシュタインの最後の建築物です。



彫刻群で飾られています。

ユーゲント・シュティールの建物は、見ているのは面白いですが、飾られている像などは夜見ると不気味ではないだろうか。



建物を見上げながら歩いてきましたが、地上に目を戻すと、ここにもヤクザ寿司の店がありました。
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