さすらい人の独り言

山登り、日々の独り言。
「新潟からの山旅」別館
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さすらいの風景 ゴブスタン その1

2016年08月08日 | 海外旅行
旅の三日目は、バクーの南西60kmにある石器時代の岩絵の残るゴブスタンを訪れました。

バクーの街からカスピ海沿いに南西に移動すると、海上油田掘削プラットフォームが見えてきました。



また、内陸部に広がる荒野には油井も見えていました。

バクー油田の歴史は古く、1830年代から始まり、ペルシャ湾の油田が見つかるまでは世界の石油生産の過半数を占める世界一の油田でした。

独ソ戦中、アドルフ・ヒトラーのドイツ軍は、ソ連の戦争継続能力を奪い、不足する自国の石油も確保するためにバクー油田占領を目的として、ソ連南部、カフカス地方へ侵攻しました(ブラウ作戦)。ドイツ軍が占領した際は連合軍の爆撃が行われることになっていました。ドイツ軍は1942年夏にはカフカス山脈の中央部まで進出しましたが、補給難から撤退し、ブラウ作戦自体もスターリングラード攻防戦の敗北によって失敗しました。戦争中、バクー油田は一貫してソ連の石油供給の中心を担い、勝利への大きな貢献を果たしました。

第二次大戦において、オランダ領のインドネシア・パレンバンの油田を、日本の空挺部隊が奇襲し、無傷で手に入れたのと対照的なエピソードになっています。



石油関連の施設のようです。



カスピ海に沿って工場地帯が広がっているようで、長い貨車を連結した列車も走っていました。



ゴブスタンの街で、内陸部に向かってコースを変えました。跨線橋から見下ろすと、海外の鉄道には珍しく複線でした。



内陸部に広がる岩山の写真中央の黄色い崖の見える付近にゴブスタン遺跡が広がっています。白い点に見えるのは、展望台に張られた布製の天蓋。



放牧場になっている荒野を抜けて岩山に向かっていきます。



ゴブスタン遺跡の入場口が近づいてきました。



岩絵の見学の前に、ゴブスタン博物館で、遺跡の説明を受けることになりました。



博物館の入口ホール。



壁には、人や動物の岩絵が描かれていました。



岩絵の説明。人や動物のパターンごとに、ボタンを押すと、岩絵にライトが当てられました。



世界各国の岩絵。



石器時代の生活の展示。





岩絵を彫っているところでしょうか。



岩絵の断片。



人が描かれています。



後で実物を見ることができますが、ゴブスタン遺跡でも有名な踊る人の岩絵。



博物館内は、学校の生徒の集団もいて賑わっていました。ただ、説明の展示は、繰り返しが多く、早く実物を見せてという気持ちになりました。

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