さすらい人の独り言

山登り、日々の独り言。
「新潟からの山旅」別館
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さすらいの風景 ヒヴァ その4

2013年05月22日 | 海外旅行
メインストリートに戻ると、高さ83mのジュマ・ミナレットが見えてきました。このミナレットには上りませんでした。



ジュマ・ミナレットの下にはジュマ・モスクがあります。10世紀に建設され、現在の形になったのは18世紀末といいます。

ほの暗いモスクの中に柱が立ち並ぶ多柱式建築様式になっています。



モスクであるため、ミフラーブや説教台も設けられていました。



中央には、小さな泉が設けられて、天井の明かり取りから光が差し込んでいました。



モスク内には213本の柱があり、最も古いものはホレズムの都から運ばれたもので、4本が10~11世紀、25本が17世紀のものだといいます。



外に出ると、雨が続いていました。チョウネクタイ型のタイルは、ゾロアスター教のシンボル由来のものだといいます。



ジュマ・モスクを出て、パフラヴァン・マフムド廟に向かいました。

墓地の奥にパフラヴァン・マフムド廟の青いドームが見えてきました。



パフラヴァン・マフムド廟の中庭。

パフラヴァン・マフムド(1247~1326年)は、毛皮職人であると同時に詩人・哲学者で、ヒヴァの保護者として尊敬されています。クラッシュ(ウズベキスタンの武術)の名手であったことから、パフラヴァン(強者)と呼ばれました。



廟の壁は、美しいタイルで飾られていました。



中庭を取り巻く建物。



中庭には井戸があり、この水を飲むと、男性は強く、女性は美しくなるといいます。日本人が飲むと・・・下痢します。



廟の中には、靴を脱いで入ります。



廟の中は、一面にブルータイルが張られており、目を奪われました。部屋の片隅には、コーランを唱える人が待機していました。参拝客も多かったですが、丁度人が途切れたところです。



メッカの方向を示すミフラーブ。



外から見えていた青いドームの内側です。



細かいアラベスク模様で埋め尽くされているさまは壮観です。



しばらく、タイル模様を眺めました。







奥の小部屋に、パフラヴァン・マフムドの墓が置かれています。参拝者は、小さな穴から手を入れてお札を供えていました。





パフラヴァン・マフムドの墓

そろそろ歩き疲れ、お腹も空いてきて昼食になりました。

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