さすらい人の独り言

山登り、日々の独り言。
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さすらいの風景 チチェン・イツァー その2

2017年07月11日 | 海外旅行
チチェン・イツァーの最大のみどころのエルカスティージョ。スペイン語で、「城」あるいは「城壁」と名付けられたチチェン・イツァーの中心的神殿です。



9世紀に造られ、高さ25m、9層の基壇を持つ堂々とした姿を持つピラミッドです。かつては上まで登れたのですが、現在は立ち入り禁止になっています。

チチェン・イツァーでは、戦士の神殿や天文台をはじめ、現在はすべて立ち入り禁止になっています。見るだけなのは、他の遺跡と比べて、その点で物足りなさを感じます。



四面に階段が設けられています。ピラミッドの階段は、マヤ歴を現しているといいます。四面の階段は、それぞれ91段あり、91×4=364に頂上の神殿の1段を加えれば365となって、1年の365日になります。



このエルカスティージョは、世界遺産に登録されていますが、加えて2007年に新世界の七不思議に選ばれているとよく紹介されます。

ただ、この「新世界の七不思議」ですが、インターネットや電話を介して投票されたと言われているものの、特に重複投票を防止する措置が講じられていたわけでもなく、その結果の公正さには疑いが涌いてくるものです。「新世界の七不思議」では、万里の長城やマチュ・ピチュが入っていてある程度は納得のいくものはありますが、その後に決められた「新・世界七不思議 自然版」では、済州島が入っており、あきれた結果になっています。これは、韓国では済州島が選定されることを目指して国家的な運動が展開されて、約15億円もの通信料を道庁が全額負担して公務員に電話投票させ、むりやり押し込んだものです。スイスにあるという本部も訪れてみると無く、現地の人も財団のことは知らないといいます。

最近では、ユネスコの世界遺産が、観光客集めに利用されてることが多くなっていますが、このようなレッテルではなく、歴史、物語、景観によって価値を見出したいと思っています。



このカスティーヨは、北側の正面階段の下に蛇頭(ククルカ)が飾られていることから、ククルカンの神殿とも呼ばれています。



春分と秋分の日には、ピラミッドの北西角に当たった陽光が北の階段の側面に波打つ蛇の影を創り、地上の蛇頭に繋がって、ククルカンが空から降りてくる光景を生み出します。このククルカンの降臨は有名で、大勢の観光客が集まるようです。

写真で黒く影になっているところが、太陽によって明るくなっていくことになります。この現象を生み出すため、ピラミッドは東西南北の機軸から 22.5度づらしてあります。

このことからもマヤ人の天文学に関する知識のほどが判ります。



カスティーヨの北にある金星の基壇。





蛇の頭の 彫刻が印象的です。



その西隣にツォンパントリ(髑髏の塀)があります。髑髏のレリーフが飾られていますが、この上には生贄の首が並べられたといいます。





髑髏の顔つきはそれぞれ異なっています。



その西隣にあるのは、ジャガーの神殿です。ジャガーの形をした玉座が置かれていることから名前が付けられています。



ジャガーの神殿に隣接して球戯場があります。



168 x 70mの広さがあるメソアメリカで最大の球戯場です。



壁の上には、ゴールの石の輪が置かれています。



マヤでの球技は、現在では競技内容は失われてしまっています。一般には、生ゴムのボールを、手は使わずにプロテムターを付けた腕や腰で打って、石の輪を通すことを目的として行われたといわれています。

ただ、この球戯場では、異様に高い所にゴールの石の輪が置かれていることから、ここでの球技は一般のルールとは違っていたのではと推測されています。



球戯場の壁の上に見えているのは、ジャガーの神殿です。



競技者の壁には、レリーフが飾られています。



立ち入り禁止のためのロープと杭が写真撮影の邪魔になっています。



右下の円盤は死を表す骸骨が刻まれたボールで、このボールを挟んで左に勝者チーム、右に敗者チームが現されています。左の勝者チームのリーダーは右手に斬首用のナイフ、左手には切り取った首を持っています。



右側の敗者チームのリーダーは頭をを刎ねられ、切られた首からは血を意味する6匹の蛇が飛び出しています。

なお、勝ったチームのリーダーが犠牲になって首をはねられると書いてある本もありますが、これでは競技を真剣に行う意欲も沸いてこないでしょう。また、勝者が殺されてしまうなら、熟練した強い競技者も育たなくなります。敗者が殺されるという方が、やはり納得がいきます。



これでチチェン・イツァーの見学は終わりになり、入口に戻りました。土産物屋には、骸骨の置物やTシャツなどが目立ちました。





最後に、入口で注文しておいたマヤカレンダーを受け取りました。



私の誕生日とのことです。ローマ字による名前と誕生の日付は消してあります。



透明な表紙を乗せると各部分の意味が分かるようになっています。また、マヤ歴の説明パンフレットも入っており、それによって、ある程度は理解できます。

マヤの長期歴では、起源の日からの日数が次の単位で示されます。なお、パンフレットによれば、紀元前3113年8月13日が起源の日とのこと。

Baktun(バクトゥン) 144000日
Katun(カトゥン) 7200日
Tun(トゥン) 360日
Uninal(ウィナル) 20日
Kin(キン) 1日

私の誕生日は、1849473日目ということのようです。以上の情報から私の誕生日を導きだすことができるはずですが無理ですね。



映画「2012」より、ヒマラヤの高峰を襲う津波。

2012年に、マントル対流の異常によって地球的規模の地殻変動が生じ、大地震、火山の噴火、数千メートル級の大津波が起きて、人類は滅亡の危機を迎えるというお話。

ローランド・エメリッヒ監督の同じくパニック映画である「デイ・アフター・トゥモロー」はある程度は納得がいって楽しめましたが、「2012」の方はとんでも度が過ぎており、100円でのレンタルビデオならお勧めというレベルです。

この映画は、マヤの長期歴が、2012年12月21日から12月23日頃に1つの区切りを迎えるという説が元ネタになりました。映画では、マヤ歴の話は出てこないのは残念ですが。

実際には、人類はまだ生き延びており、ノスタラダムスの大予言(1999年)と同じく大外れということになりました。これは、日常生活で1年のカレンダーが終わったら、新しいカレンダーに取り換えれば良いだけで、人類滅亡うんぬんというできごとにはならないことを考えれば明らかなことです。たまたま、マヤの長期歴は、13バクトゥン=187万2000日(約5129年)が1サイクルであっただけのことです。

なお、「月刊ムー」では、2012年12号で「2012年12月23日に人類滅亡!」と取り上げた一方で、「来月号予告」と「定期購読」のお知らせを載せていたことは、語り草になっています。人類滅亡予言の日は、今後幾つも迎えるようで、「月刊ムー」も載せる話題については、ことかかないようです。

マヤ・アステカの遺跡に関しては、マヤ歴による人類滅亡説やオーパスとみなされる出土品の話題が多くなりますが、生贄の儀式など、現代人に理解できない文化がフィルターとして働いているように思えます。
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