さすらい人の独り言

山登り、日々の独り言。
「新潟からの山旅」別館
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さすらいの風景 シフィドニツァの平和教会

2016年12月20日 | 海外旅行
ブロツワフの見学を終えてからクラクフに向かうことになりますが、その前にブロツワフの南西60kmにあるシフィドニツァの平和教会を見学しました。

シフィドニツァに向かう途中の車窓から見えた教会ですが、ネギ坊主型の塔を持っており、チェコやオーストリアの雰囲気が感じられます。



道路脇に置かれたキリスト像。



ポーランドのほとんどには平野が広がっていますが、チェコ国境近くのシフィドニツァが近づくとようやく山が見えてきました。



中世、シフィドニツァは独立した公国の首都だったといいますが、現在は小さな村でした。そこにある平和教会に入りました。



入口脇に木造の鐘楼が設けられていました。



シフィドニツァ平和教会は、一見教会とは思えないような木造の建物です。木造建築の教会としてはヨーロッパ最大のものであるといいます。



教会には、小さな入口が沢山設けられていました。



主祭壇の裏手から入場しました。地味に見える外観とうらはらに、内部に入るなり豪華な造りに目が奪われました。



主祭壇。シフィドニツァ平和教会は、質素な造りであることが多いルター派の教会としては異例な豪華な造りになっています。また、大理石に見える像や柱などは、すべて木造です。この他に見られない構造の教会は、その成立過程によるものです。



この教会が建てられたのは、17世紀半ばです。カトリック派のハプスブルク家の支配下にあったボヘミアでプロテスタントが反乱を起こしたことをきっかけに勃発し、ヨーロッパの殆どの国と地域を巻き込んだ「三十年戦争」(1618~1648年)終結後のことです。オーストリア皇帝はこの地方のプロテスタントたちに対し、ヤヴォル、シフィドニツァ、グウォグフ の三箇所に「平和教会」を建てることを許可しました。グウォグフの教会は、後年火災により消失してしまったため二つのみが現在残っています。
ただし、これらの教会の建築には様々な条件が課せられました。
・耐久性のない建材しか使用してはならない、
・市壁の外側で、なおかつ大砲の射程距離内になければならない、
・伝統的な教会建築様式をとってはならず、塔や鐘も備え付けてはならない、
・ 一年以内に建設し終えなければならない、

伝統的なカトリック教会のような頑丈で立派な石造りの建物を建てることは認められなかったため、木材・藁・粘土を用いたハーフ・ティンバー(木骨)造りの建物が完成することとなりました。ただ、この地方のプロテスタントの教会は三つしか認められなかったことから、信者と資金も集中されることになり、制約の無かった内部に、バロック様式の豪華できらびやかな内装が施されることになりました。



主祭壇彫刻の下部。



中部。



上部。



説教台。



聖母子像も設けられています。大理石像にも見えますが、木造のためか温かみがあります。



なぜか砂時計が置かれていました。





説教壇上部の像。天使が吹いているのは、最後の審判の際のラッパでしょうか。



豪華なパイプオルガンも設けられていました。



天井一面に絵が描かれていました。





最後の審判の絵でしょうか。





礼拝堂には、三層の側廊があり、そこには、地元の有力者用の座席が設けられています。境界外部に設けられている小さな入口も、そこに通じる専用の入口になっています。



側廊には、有力者の肖像画や紋章が飾られていました。





見学を終えてバスに戻る途中、教会の入口近くにおしゃれなカフェがありました。



窓の扉を見ると、なぜか日本語でメニューが書かれていました。日本人観光客がそれほど多くないと思われるので、なぜ日本語と疑問が残りました。

シフィドニツァの平和教会は、観光スポットとしてほとんど知られていませんが、訪れる価値のある教会でした。これが世界遺産というのなら納得できます。
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