さすらい人の独り言

山登り、日々の独り言。
「新潟からの山旅」別館
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さすらいの風景 メキシコ・シティー その2

2017年03月09日 | 海外旅行
「第5室 テオティワカン」に続いて、「第6室 トルテカ」を簡単に見学しました。

トルテカ文明は、テオティワカン崩壊後の7世紀頃~12世紀頃にメキシコ中央高原北部を支配した城塞都市で起こりました。テオティワカンでは見られなかったマヤ芸術の影響が入ってきています。

入口に置かれたチャックモール像。中央に生贄の心臓を置きました。トルテカ文明を代表するトゥーラ遺跡では、このチャックモール像が12体も発掘されました。

このチャックモールという言葉は、チチェン・イツァー遺跡から幾つかのチャックモールを発見した19世紀の探検家ル・プロンジョンが、マヤ語からもっともらしく作った言葉で、実際の呼び名は判っていないとのこと。一応は、「赤いジャガー」とか「大きなジャガーの足先」という意味とされてはいますが。

ル・プロンジョンは、発掘の業績をあげてはいるのですが、マヤ文化の研究者としてダークサイドに落ちてしまった人でもあります。ル・プロンジョンは、アトランティスに魅入られて、僅かに現存するマヤ文章の一つである「トロアノ絵文書」に書かれていたマヤ文字を独自に読み解いて「マヤ人はムー(アトランティスのマヤ語読み)の滅亡を逃れてきた末裔で、大陸崩壊後にはムーの女王モーがエジプトに渡り、女神イシスとしてエジプト文明を作った」などと主張しました。

「ムー大陸」がマヤ文字が起源になっているとか、オーパーツ(それらが発見された場所や時代とはまったくそぐわないと考えられる物品)と見られる出土品、2012年滅亡を予言したマヤ歴など、マヤ文明には、「とんでも本」で扱われる事項が多いですが、それらについてはおいおいと。



カカシュトラの壁画のレプリカ。ジャガーの戦士。











トゥーラ遺跡の戦士像。遺跡の神殿には、4体の像が並んでおり、二つはレプリカに置き換えられて、本体はここに収められています。



球技のゴール。



中庭には、トゥーラ遺跡の壁が置かれていました。レプリカだろうと思います。



その一部拡大像ですが、蛇に飲み込まれる人が連続的に描かれており、その腕は肉は剥ぎ取られて、骨が出ているように見えます。



兵士の頭部。



三足土器。



第6室 トルテカと第7室 メヒカ(アステカ)の間には、球技のゴールが展示されていました。



マヤ文明では、重要な国家行事の一つとして行われました。一般的なルールとしては、足先や手足は使えず腰だけでボールを打つというもので、二人一組あるいはもっと人数を増やして、二組に分かれて対戦したといいます。ヒザや前腕部、肘、スティックをプラスする場合もあったようです。高い所に置かれた輪の中の穴にボールを入れたら勝ちになったようですが、的に当たったら得点というルールもあったようです。

生贄になったのは勝者の方という説もありましたが、それでは競技者にとってあまりに割が合わないということで、やはり負けた方が命を奪われたようです。選手には、貴族や王がなったので、必死になって競技が行われたようです。



重いゴムボールが使われたので、選手は防具を付けて競技しました。

この球技を再現した実演が観光客向けに行われているようですが、現在では球技の詳細は全く分からなくなってしまっているので、この実演がどこまで再現できているかは不明です。
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