さすらい人の独り言

山登り、日々の独り言。
「新潟からの山旅」別館
http://iide.hp.infoseek.co.jp/

さすらいの風景 エスファハーン その3

2014年02月07日 | 海外旅行
この日の最後の観光として、イラン観光の最大の見どころに挙げられるエマーム広場を訪れました。翌日の昼間に詳しく見学することになりますが、まずは夜景観察ということです。

バスを下りて、小路を通り抜けていきます。



エマーム広場に出ると、まずマスジェデ・シェイフ・ロトゥフォッラーが目に飛び込んできました。



右手には、マスジェデ・エマーム。



エマーム広場は、長方形の広場で、北端にはゲイサリーイェ門が見えています。



広場の中央部を夜景を楽しみながら一周しました。

マスジェデ・エマームの入り口に立つ二本のミナレットに目が引き付けられます。



エマーム広場の中央部には噴水があり、奥には周囲にバザールが広がるゲイサリーイェ門が見えています。



広場の中央部に出て振り返ると、アーリー・ガープー宮殿が見えてきました。修復工事中で足場が組まれて、外観が悪くなっていましたが、翌日の入場観光はできました。



噴水の池に、広場を取り囲む回廊の灯りが浮かんでいました。



マスジェデ・シェイフ・ロトゥフォッラーのドームの脇に満月が浮かんでいました。



少し離れたため、マスジェデ・エマームの奥にあるドームも見えてきました。



正面から見たアーリー・ガープー宮殿。



噴水が池に水音を立てていました。

池の周りの冷気は、夜になって昼間の熱気も落ち着いたというのなら心地良く感じられるのでしょうが、日没とともに冷え込んできており、ジャケットの下に薄いダウンを着込んでいても寒さが堪えてきました。夏の時期なら、夕涼みに出てくる人々で賑わうのでしょうが、歩いている人も僅かでした。



池にマスジェデ・エマームの美しい姿が映っていました。



夜景を眺めながら広場を歩いているうちに、月も上がってきました。

夜のエマーム広場を眺めていると、「千一夜物語(アラビアンナイト)」の舞台に身を置いている感じがしてきました。「千一夜物語」は、サーサーン朝時代に中世ペルシア語であるパフラヴィー語で書かれた物語が、イスラームのアッバース朝時代に翻訳されて原型が創られました。



広場の周囲の回廊には商店が入っています。



寒いためか、人も少なくなっていました。



エマーム広場の本格的な見学と買い物は翌日に行うことにして、夕食のためのレストランに入りました。
ジャンル:
ウェブログ
コメント (2)   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« さすらいの風景 エスファハ... | トップ | さすらいの風景 エスファハ... »
最近の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
涙壺 (本読みと山歩き)
2014-02-08 15:21:04
小道具が異文化を感じさせてます。
涙壺、という概念がおもしろいですね~
愛するものの為に…この概念がどこまで広まっているのか…調べたくなります
 違う視点でカナートも興味深い、必要性があったのでしょうが、人の知恵と努力の結晶です。
覗いてみたい。
イラン (さすらい人)
2014-02-09 22:11:04
涙壺については、「シーア派の哀悼行事の際に、アリーの息子ホセインとその一族のために参列者が流した涙は、病気を治す霊薬となると信じられ、涙壺にためられた。」という説明も見られるのですが、アルメニア教会の博物館に飾られていたので、民具のレベルで使われていたように思いました。
カナートのような地下水路は、中国西域にも見られカレーズと呼ばれており、トルファンでは観光スポットになっています。このような地下水路システムはペルシャで始まったものが広がったようです。

コメントを投稿


コメント利用規約に同意の上コメント投稿を行ってください。

数字4桁を入力し、投稿ボタンを押してください。

あわせて読む