さすらい人の独り言

山登り、日々の独り言。
「新潟からの山旅」別館
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さすらいの風景 サマルカンド その7

2013年07月01日 | 海外旅行
サマルカンドの観光の締めくくりは、真打登場よろしくレギスタン広場になりました。

ウズベキスタンというと馴染みのない国ですが、このレギスタン広場の写真に魅せられて旅に出ることになりました。

レギスタンとは砂場という意味で、チンギス・ハーンの来襲以降、アフラシャブの丘に代わってサマルカンドの中心地になりました。市場やキャラバンサライが造られていましたが、現在では、広場を囲んで三つのメドレセが並んで巨大な空間を形作っています。



左はウルグベク・メドレセで、1420年に造られた広場では最も古い神学校です。学者でもあったティムールの孫のウルグベクによって建てられました。



正面はティラカリ・メドレセで、ティムール帝国の跡を継いだウズベク族のシャイバニ朝の時代の1660年に建てられました。



右はシェルドル・メドレセで、ティラカリ・メドレセと同じ時代の1636年に建てられました。



それぞれのメドレセを見学するため、レギスタン広場に向かいます。



まずは、シェルドル・メドレセの見学。



シェルドルの意味は、「ライオンが描かれた」という意味で、入り口のアーチの上にイスラームで禁じられている動物の絵が描かれています。



縞模様が描かれていますが、これはライオンで、太陽を示す人面を背にして、白鹿を追っています。

ブハラのナディール・ディヴァンベギ・メドレセのアーチに描かれた鳳凰と同じく、イスラームのタブーに反した絵として有名になっています。



興味深いのは、インドのムガル帝国の国旗がこれと同じ意匠からできていることです。

ムガル帝国は、ティムール帝国の王族がインドに移って建国されました。ムガル帝国の代表的な建造物であるタージ・マハルは、ウズベキスタンで見られるメドレセやモスクが無かったら生まれなかったことは確かでしょう。



入り口のアーチの左右には、ドームとミナレットが設けられています。



ミナレットは、細かいタイル模様が描かれ、先端部には鍾乳石飾りに似た飾りが取り付けられています。



メドレセの内庭は二階建ての建物が取り巻いています。



壁の装飾。



メドレセの中の部屋は、他と同じに土産物屋になっていましたが、その中の一つに古楽器やがありました。



日本の琵琶も、このような楽器がシルクロードを運ばれてきたものが元になっています。



中庭から入り口を振り返ったところ。時代とともに荒廃が進んでいたものが、ソ連時代から修復が行われるようになったといいますが、現在でも作業は続いています。
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