さすらい人の独り言

山登り、日々の独り言。
「新潟からの山旅」別館
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さすらいの風景 トルファン(吐魯番) その9

2010年06月18日 | 海外旅行
トルファンの西16kmのところに交河故城があります。

漢代の車師前国の都があった所で、漢王朝の重要な屯田地として辺境防御の任務にあたりました。後にこの地方を支配した高昌王国は、いまの高昌故城に遷都しましたが、交河故城は軍事拠点として使い続けられました。唐代には、西域経営の中心となり702年には最初の安西都護府がおかれました。ウイグル王国時代も重要な都市でしたが、元代末期、チンギス・ハンの遠征の途中に破壊されて廃城になりました。



交河故城の模型ですが、二つの河に挟まれた天然の要害の地形を利用しているのが良く判ります。



高昌故城ではロバ車に乗って中心部に進みましたが、交河故城では坂道を歩いて登っていきます。午後の暑さが堪えました。



周囲には、朽ちた壁が残っています。





廃墟の形の面白さですね。









これは、家の形がかなり残っています。





これは、入り口方面を振り返ったところ。



高台の上に進んでいきます。



中心部の展望台へはあと少し。



展望台からは、家並みの跡を眺めることができました、



遺跡は、かなり奥まで広がっています。



ガイドブックには、役所、寺院、仏塔の跡が残されると書かれていますが、個々の遺跡がどれに相当するのかは良く判りません。



展望台から先に進みました。



これは西門。物資を運びいれるのに使ったといいます。井戸があり、発掘の際には、人骨が発券されたといいます。



遺跡の間を迷路のように遊歩道は続いていきます。





時間が無く、寺院を望んだところで、引き返しになりました。





廃墟といっても、ギリシャやローマの石造りの遺跡に対し、交河故城や高昌故城の遺跡は日干しレンガ造りなので、雰囲気も違っています。



砂漠地にも緑が生えています。これはラクダ草といいます。



鋭いトゲがありますが、ラクダは、厚い顎にものをいわせて、血を流しながらラクダ草を食べるといいます。
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