さすらい人の独り言

山登り、日々の独り言。
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さすらいの風景 西安 その17

2010年08月08日 | 海外旅行
ツアーの最終日、西安空港に向かう前に、大雁塔を訪れました。

大慈恩寺は、唐の三代皇帝高宗が、母のための供養のために建立したお寺です。

当時は、現在の敷地の七倍はあったという大寺院ですが、唐末期の戦乱によって荒廃したといいます。





玄奘三蔵法師がインドから戻ると、このお寺の高僧になり、仏典の漢語訳に従事しました。

大雁塔は、玄奘三蔵法師がインドから持ち帰った経典や仏像を納めるために、652年に建立されました。

大雁塔は、高さ64mで、七層になっています。

前にある建物の屋根や香炉と比べると、大雁塔は少し傾いていることが判ります。昔から少し傾いていたそうですが、近年の地下水の汲み上げによって傾きは増す傾向になり、四川大地震によって傾きはさらに増したそうです。幸い、現在は、地下水の汲み上げ制限によって傾きは回復傾向にあるようです。





参道の左右には、経蔵が置かれていました。



その屋根飾りですが、龍と鐘が置かれていました。中国の建物では、走獣と呼ばれる小さな神獣が幾つも並んで置かれていますが、これは明・清の時代に発達したもののようです。このお寺の屋根飾りは、唐のスタイルかは判りませんが、もっと古いスタイルのもののようです。





大雁塔の前には、大雄宝殿が置かれています。



階段の中央には、寺の格式を示すように、龍が彫られたレリーフが置かれていました。



大雄宝殿の中央に安置されていた仏像。



その背後には法殿。





ようやく大雁塔の下に出ました。

大雁塔に登るのは、別料金で30元も取られます。希望者だけが登るということになりましたが、当然頂上をめざしました。観光ツアーっですが、毎日登った高度の合計は結構なものになります。



248段の階段を登った最上階からは、周囲の展望が広がっていました。

入り口の門の先の広場には、三蔵法師の像が立っているのが見えます。その先には噴水の設けられた広場が続き、その彼方には、高層ビルが立ち並んでいます。



これはまた別な方向。やはり高層ビルが目につきます。



この写真とほぼ同じ構図の次の1991年の写真を比べてみると、大きな変化が判ります。



正門の向こうの街に大規模な再開発が行われたことが判ります。





大雁塔を見終わったあと、お寺のガイドに寺の高僧が書いたという書が並んだ販売コーナーに連れ込まれました。今回の西安では、このような販売目的の時間つぶしが目にあまりました。

飛行機の発着時間までそう余裕がないため、このままでは無駄に時間がつぶされるということで、西安の現地ガイドに文句を言って、境内から出ました。



門前にある玄奘三蔵法師像です。ここでの記念写真が、定番となっています。

シルクロードの旅の終わりとして、玄奘三蔵法師の旅に思いをはせました。
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3 コメント

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Unknown (本読みと山歩き)
2010-08-09 00:02:10
西安の歴史の勉強がおかげでたっぷり出来ました。
76mのこの塔に登るとは、流石です。
どんな階段かそれも見てみたいものです。
やはり欧州の鐘楼の登りのように狭いらせん階段なのでしょうね。

再開発の写真も興味深く。
Unknown (本読みと山歩き)
2010-08-09 00:06:36
塔は64mでしたね。
それにしても、この時代にこの高さを造るとは、やっぱり立派です。
大雁塔 (さすらい人)
2010-08-09 13:14:55
本読みと山歩きさん:
ヨーロッパのゴシック建築の教会と比べれば、高さは低めですが、パリのノートルダム大聖堂とほぼ同じ高さということになります。といっても、唐の時代には、ヨーロッパでフランスもイギリスもまだ国ができておらず、中国の文化はすいぶんと早くから発展していますね。
大雁塔の階段は、普通の階段でした。下は、数人分の幅がありましたが、最上部は幅が狭くなっていました。各回には、展示物が並べるだけのスペースもありました。石造りの塔とは違って、構造的に内部に空間をとりやすいのでしょうかね。

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