さすらい人の独り言

山登り、日々の独り言。
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さすらいの風景 プエブラ その1

2017年05月15日 | 海外旅行
プエブラは、メキシコシティの120km東にあり、メキシコ湾沿いのベラクルスとメキシコシティを結ぶ街道の中間点として栄えた都市です。植民地時代の建造物が多数残されていることから、現在では観光都市として賑わっています。

メキシコの都市の多くは、元からあった先住民の村や街を破壊してその上にスペイン風の都市を築いていますが、プエブラはスペイン人が無の状態から街を造ったため、碁盤の目のように整然と通りが走っています。

バスを降りてまずはサントドミンゴ教会をめざしましたが、カラフルナ家並みが続いていまいた。



スペインの街並みと似ていますが、どこか異なっています。



プエブラのこの通りにはお菓子の店が多く並んでおり、郷土菓子のカモテ(日本の芋羊羹と似た菓子)を売っていました。後で、カモテを土産に買いました。



立派な門が現れてサントドミンゴ教会入口かと思いましたが、奥にはショッピングセンターが広がっているようです。



門の前を左に曲がると、サントドミンゴ教会が見えてきました。



サントドミンゴ教会のファサード。灰色の石で造られており、重厚な雰囲気です。



サントドミンゴ教会は、ドミニコ会により、1571年に建設が始まり1647年に完成した、大天使ミカエルに捧げられた聖堂です。

中央の像は、大天使ミカエルでしょう。両脇の犬は、ドミニコ会のシンボルです。

「ドミニコ会は同時期に成立したフランシスコ会同様、清貧を特に重んじたため併せて「托鉢修道会」と呼ばれることがある。また神学の研究に励み、学者を多く輩出したドミニコ会は異端審問の審問官に任命されることが多かったため、「ドミニコ会士 (Dominicanis)」をもじって「主の犬 (Domini canis)」とも呼ばれた。この呼び名は反対者にとっては畏怖と揶揄であり、ドミニコ会員たちにとっては誇りであった。」このことから、犬がシンボルとなっているようです。



またファザードの上部に置かれた犬は、たいまつを咥えてています。

「聖ドミニコの母ホアナは聖ドミニコを宿した時、黒と白のブチの犬がたいまつをくわえて世界中を駆けて行くという不思議な夢を見ました。後に、ドミニコ会員は、迷える羊を主人の牧場に連れ戻す犬の役目を果たすことになりました。」という謂れもあるようです。



サントドミンゴ教会に入場すると、まずは、キリスト像がお出迎え。やせ衰えたリアルな姿です。



サントドミンゴ教会の内部は、外観とは異なり、華麗な装飾で埋め尽くされています。



主祭壇。多くの聖人像が飾られています。ロシア正教のイコノスタスと似た発想と思われます。



最上部には天界が現されています。



その下には、修道僧や修道女の像が置かれています。













天井にも装飾が施されています。



パイプオルガンも設置されていました。



主祭壇に向かって左脇にはロザリオ礼拝堂があり、サントドミンゴ教会の見どころになっています。



ロザリオ礼拝堂は、過剰ともいえる装飾が施されており、「ウルトラバロック」様式の代表例になっています。



厨子の中には聖母子像が飾られています。



礼拝堂の上はドームになっています。



祭壇上部。ごてごての装飾で、個々の像の印象は薄れています。余白に趣を感じる日本の芸術とは真逆です。



天井の装飾。



脇の壁のタイル装飾。



ロザリオ礼拝堂入口左右にも、これぞウルトラバロックといえる装飾が施されていました。





こちらは、少し落ち着いた感じになっています。

サントドミンゴ教会の見学を終えて、さらにプエブラ観光を続けました。
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