さすらい人の独り言

山登り、日々の独り言。
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さすらいの風景 ナポリ その1

2011年04月05日 | 海外旅行
ナポリは、イタリア南部の人口第二位の都市でで、「ナポリを見てから死ね」と言われる風光明媚な土地として知られています。外国人が抱く、輝く太陽と温暖な気候、陽気な人々というイタリアのイメージは、このナポリから生まれています。

ナポリは、古代ギリシャ人の植民活動によって生まれ、ナポリの語源も、ギリシア語の「ネアポリス」(新しいポリス)に由来するといいます。ローマ帝国の滅亡後には、ナポリ王国が誕生する時期もありますが、支配者はさまざまに変わっていきます。

ナポリの見どころの一つにヌオヴォ城(アンジェ家の城)があります。



13世紀にアンジュー家出身のナポリ王カルロ1世が、フランスのアンジェ城をモデルに建築したといわれています。アンジュー家支配末期に度重なる戦闘の舞台となって大きく破損しますが、15世紀にフランスのアルフォンソ1世によって改築されました。正面に3つの円筒形の塔を持ち、2つの塔の間に凱旋門が建っています。



スペイン統治時代の17世紀初頭に建築され、以後、ブルボン家を始めとするナポリ王の宮殿として使用されました。



プレビシート広場は、ナポリで最大の広場で、宮殿とサンフランチェスコ・ディ・パオラ教会が面しています。



カルロ3世の騎馬像



ナポリの海岸に出ると、そこはサンタルチア港で、凱旋門風のアーチが置かれていました。ブライダル衣装での写真撮影が行われていました。

サンタ・ルチアの名前は、ナポリ民謡として知られていますね。



海岸線にはサンタルチア港があり、そこに突出した小島には卵城が築かれています。

ノルマン王によってサンタ・ルチア港の埠頭に建てられた城で、正式名称はカステル・デローヴォといいます。城を築く際、基礎に卵を埋め、「この卵が割れる時は、城はおろかナポリの街まで危機が迫る」と呪文がかけられたという伝説から通称卵城と呼ばれています。



卵城に入場します。



石造りの建物の間の通路を上って、階上に向かいます。



城塞の下に、サンタ・ルチアの港を見下ろすことができます。



沖に見えているのは、カプリ島です。ここの青の洞窟は有名で、サンタ・ルチア港から船が出ています。ナポリ滞在中は、海が荒れており、青の洞窟のボートも休みのようだっため、カプリ島まで足を延ばすことができませんでした。



要塞の名残で、大砲も置かれています。



城から出て、海辺から卵城を振り返りました。



ガレリア・ウンベルイト1世

ガラス張の天井を持つ、ショッピングアーケードです。



1880年コレラが大流行した後の1890年にスラム街を撤去し、このガレリアが建築されました。

同じようなアーケードは、ミラノのヴィットリオ・エマヌエル2世アーケードがありますね。ミラノのものは、1877年に造られたといいますので、同時代のものです。



ネプチューンの噴水

ナポリでももっとも美しい噴水とされています。

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