さすらい人の独り言

山登り、日々の独り言。
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さすらいの風景 北京 その5

2011年06月04日 | 海外旅行
外朝に属する保和殿の背後には乾清門があり、その奥が内廷になります。



内廷は、皇帝が日常政務を執り行ったり、皇后、貴姫の住む後宮が設けられていました。

乾清門は、内廷の正門になります。



乾清門前には、一対の唐獅子が置かれています。



こちらは、玉を持っている雄の獅子



こちらは、子獅子を抑えている雌の獅子



乾清門を通ると、乾清宮に出ます。

皇帝の寝室兼執務室で、外国施設の謁見や内廷での典礼が行われました。



ここにも龍のレリーフが置かれています。



建物の配列や装飾は、外朝と同じパターンの繰り返しになっています。



乾清宮の宝座

掲げられている「正大公明」の額は、清の順治皇帝の筆によるものです。

順治皇帝は、清朝の三代目皇帝で、明を滅ぼして北京に都を移した皇帝です。母国語は満州語であったため、この額は、うまいというよりもきちんとした字で書かれていますね。



乾清宮の後ろには、交泰殿が続きます。



さらに交泰殿の後ろには神寧殿が続きます。

このあたりになると、同じ繰り返しで次第に関心も薄くなって、足早になってきてしまいます。
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2 コメント

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Unknown (本読みと山歩き)
2011-06-04 19:56:42
私が最初に北京を訪問したのは1986年、小平の市場経済下の社会主義が浸透し始めたころでした。
 故宮もなつかしい。
台湾の故宮の宝物をこの北京の故宮に収めれば、どれだけ立派な宮殿になっただろうと思ったものです。
中国現代史 (さすらい人)
2011-06-05 20:18:39
1986年とは早い時期に中国を訪れることができましたね。この時期は、小平による経済復興ができたのと同時に、改革派の胡耀邦への批判も出てきて、後の天安門事件の芽が生まれたことも注目しておく必要があるでしょう。
台湾の故宮博物院の宝物は、紫禁城に戻してもらいたいと思いますが、同時に、もし台湾に持ち去られていなかったら、文化大革命の時に損なわれてしまわなかっただろうかと危惧します。文化財の返還運動の難しさがあります。

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