さすらい人の独り言

山登り、日々の独り言。
「新潟からの山旅」別館
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さすらいの風景 アンマン その3

2014年05月28日 | 海外旅行
ヨルダン滞在の最終日、デザートパレスの見学を終えた後に残っていたアンマン城の見学を行いました。

アンマンは沢沿いのダウンタウンを中心に七つの丘の上に建設された街です。市街地の地図を見ても、道は丘を取り巻いて曲線を描いており、交通渋滞もひどくなっています。



アンマン城は、ジャバル・アル・カラアの丘の山頂に設けられています。三方は崖で、一方のみが尾根という地形から、古くから要塞として用いられてきました。



入場するとアンマンとフィラデルフィアと書かれた石碑が置かれています。エジプトのヘレニズム王朝プトレマイオス朝の支配下であった時代に、プトレマイオス2世ピラデルポス(Philadelphos)にちなんで、この街はギリシャ語でフィラデルフィアと呼ばれていました。



アンマン城といっても城壁を巡らせた要塞といったものではなく、ローマ時代に建てられたヘラクレス神殿、ビザンチン時代の教会、ウマイヤ朝時代の宮殿の跡など、様々な時代の遺構が広がっています。

正面に見えるのは、ヘラクレス神殿です。



まずは崖の縁に近づくと、ローマ劇場の眺めが広がっていました。



市街地の中にあっても巨大な建物です。



アル・フセイニ・モスクのミナレットも見下ろすことができました。



ヘラクレス神殿は後でゆっくりと見学することにして、他の遺跡を見ていくことにします。







ビザンチンの教会跡。



ウマイヤ朝時代の貯水槽。



かなりの水を貯めることができそうです。



市街地の中に巨大なポールが立っているのが見えました。ポールの高さは126.8mもあり、縦30mx横60mの巨大な国旗を掲げるためのものです。この日は、風が強いため、国旗は掲げられていませんでした。



ウマイヤ朝時代の浴室。



ウマイヤ朝時代の宮殿。丸い屋根は近年に付けられたようです。



宮殿の内部。



壁には装飾が残されています。





宮殿を抜けた先にも、宮殿付属の遺跡が広がっていました。
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