さすらい人の独り言

山登り、日々の独り言。
「新潟からの山旅」別館
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さすらいの風景 アルメニアから成田

2016年10月31日 | 海外旅行
アルメニアからの帰国は、一旦ジョージアに戻って、トビリシ国際空港から飛行機に乗り込むことになります。コーカサス三国の中でもアルメニアの辺境度が一番高いことになります。

セヴァン湖を出発し、途中までは行きとは違った道を通りました。



しばらくは良く整備された道が続き、新しいトンネルも現れました。



トンネルを抜けると、緑豊かな山岳地帯に入りました。



道路沿いにはゆでトウモロコシの店が出ていました。このようなトウモロコシの露店売りは
、キルギスでも見かけました。ただ、品種改良が進んで甘みが増している日本のトウモロコシの味を期待すると、はずれという思いをすることになります。



ディリジャンの街で、西に方向を変えますが、その道路脇には、2014年に開校したばかりのUWCディリジャン・カレッジがありました。

UWC(ユナイテッド・ワールド・カレッジ)は、世界各国から選抜された高校生を受入れ、教育を通じて国際感覚豊かな人材を養成することを目的とする国際的な民間教育機関とのことです。イギリス、カナダ、シンガポール、イタリア、アメリカ、香港、ノルウェー、インド、オランダ等にカレッジが開設されており、教育期間は二年のようです。

首都のエレバンでもどうかなと思いますが、ディリジャンは完全な田舎町です。自然は愛しますが、コンビニや本屋の無い生活は、私には耐えられません。もっともここは優秀な学生が集まるので、私では応募することもできなかったでしょうけどね。



さらに進むと高度が上がってきて、山の沢筋に残雪を見るようになりました。



このFioletovo付近では、独自の文化を持つロシア人が住んでいるとの現地ガイドの説明がありました。

調べてみると、「マラカーニ」と呼ばれる人々のようです。

マラカーニは、1800年代前半のエカテリーナの頃に、ロシア正教を受け入れないという宗教的な理由からエカテリーナよって追放され、現在のアルメニアに行きつきました。金髪碧眼の生粋のスラブ系で、男性は髭を延ばし、女性はスカーフを被っています。宗教的な戒律も厳しく、マラカーニ同士の結婚しか認められず、結婚後の酒類の飲酒と喫煙はご法度になっています。また宗教的理由から豚肉を食べることができず、牛乳(ロシア語でマラコー)を飲んでいたので、「マラカーニ」と呼ばれるようになりました。また、彼らはキリスト教の一派でありながら、十字架を持たず、十字も切らないといいます。その理由は、キリストがはり付けにされた拷問器具の十字架なんぞ見たくも無いからとのことです。

確かにこれは一理ありますが、キリスト教の聖人画では、持ち物(アトリビュート)として殉職した際の拷問器具が描かれることが多々あります。聖アポロニアは歯を抜く拷問を受けたので、ヤットコを持っているとか、アレクサンドリアの聖カタリナは大釘を打ち付けた車輪で拷問を受けたことから車輪が脇に描かれているとかの例が挙げられます。キリストが受けた拷問器具の十字架が、キリストのシンボルになっているのも理解できます。



まとまった人家が並んでいますが、十字架を乗せた教会は見当たりませんでした。マラカーニの教会がどのようなものかは知りませんが。

マラカーニの人々を実際に見ることができなかったのは残念なことでした。



渓谷沿いになると、道幅も狭く、路面も荒れてきました。



途中のトンネルではトラックとすれ違いできず、車が引き返してきました。



行きに通った、国境近くのアラヴェルディの街に戻ってきました。



アラヴェルディのレストランで昼食をとりました。夕食は機内食になるので、アルメニア最後の食事です。



レストラン前からは、アラヴェルディ銅鉱山が良く見えていました。



国境のアルメニア側のゲートに到着しました。ここでバスの交換になります。

予定では、バスがアルメニア側までやってきて荷物を積んでくれるという話でしたが、車の列が長くなっていて待ち時間が長くなるという連絡が入り、荷物を自分で持って通関することになりました。他所でも経験することですが、ゲート間の歩道は、どうして嫌がらせをするかのようにガタガタ道になっているのでしょうかね。通関自体は、待ち時間も少なく、スムーズでした。



国境からトビリシ国際空港へはそう遠くなく、余裕をもって到着できました。

早めに出国手続きして搭乗ゲートに進みました。



免税店は、ワインやアルメニア・コニャックの生産地ということで、酒類は豊富でした。ただ、海外からの観光客は少ないためか、他の商品は、あまり置いてありませんでした。



こぎれいですが、こじんまりした空港です。



最初のフライトでは、ドーハへ移動しますが、案内板には途中で寄るバクーの表示しか出ていませんでした。



成田までカタール航空のお世話になります。



トビリシからバクーへは、1時間強の短時間のフライトのため、機内食はサンドイッチとケーキの軽食でした。



乗り換えのため、バクーで1時間ほど停機しました。幸い、そのまま機内に留まっていることができました。



バクーからドーハまでの間で、本格的な機内食が出ました。ビールをもらいましたが、缶を渡さない方針なのか、コップ二杯についで渡されました。



ドーハに到着しましたが、空港が広くて移動に時間がかかり、搭乗ゲートに到着した時には、搭乗が始まっていました。乗り換え時間は、1時間30分でしたが、ぎりぎりでした。ドーハでの乗り継ぎでは、帰国時にドーハでの買い物ができないということを頭に入れておく必要があります。



成田行きの案内。



飛行機の写真を急いで撮って乗り込みました。



一回目の食事。深夜の食事になりましたが、日本行の飛行機に乗り込んだことからひと安心になって、美味しく頂きました。

でも、なんで缶ビールをカップ二杯についで渡す必要があるのだろう。飲み物を配るのに時間が余計にかかっていました。



二回目の食事。良く眠れず食欲もなかったため、和食を頼みましたが、魚はあまり美味しくありませんでした。



順調なフライトで成田に到着。新潟へもぎりぎり戻れる時間でしたが、乗り遅れないか時間を気にしているのも嫌なので、京成成田駅前のアパホテルでもう1泊することにしてありました。

コーカサス三国は、一般的な観光地ではありませんが、キリスト教とイスラム教が交錯するヨーロッパの辺境としてして興味深いものがありました。
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