さすらい人の独り言

山登り、日々の独り言。
「新潟からの山旅」別館
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さすらいの風景 フンザ その9

2013年11月14日 | 海外旅行
ハセガワ・メモリアル・パブリック・スクールの見学を終えてからは、カリマバードの上に聳えるバルティック・フォートの見学を行いました。

バザールに戻り、坂道を登っていきます。



息を切らして急坂を登っていくと、バルティック・フォートが見えてきました。



バルティック・フォートは、フンザのミール(藩主)の居城として長年にわたって用いられてきたものです。近年は荒廃していましたが、イスマイール派の最高指導者のアーガー・ハーンの援助によって1990年から6年の歳月を経て修復されました。

チベット王国の一部であったバルティスタンから嫁いだ王女が、大工や石職人を従えてきて改築・装飾を行ったので、チベット建築の影響が見られます。



バルティック・フォートの基部には石垣がめぐらされて要塞化されています。



背後にはウルタルの山が聳えています。



髭が特徴的な警備員。この人は、ガイドブックにも写真が載っています。



狭い階段を上がって内部に入りました。なお、バルティック・フォートは入場料が必要ですが、その他に内部の写真撮影には別料金を支払う必要があります。



薄暗い牢獄を見下ろすことができました。



薄暗い廊下が階段上のホールの周りに続いていました。



ミール(藩主)の衣装が展示されていました。



絨緞が敷き詰められており、寝室のようです。



食堂。



明かり取りと排煙のための天窓。板をずらして何枚も重ねて造った天窓は、中央アジア西部が発祥といわれており、フンザの建築の特徴になっています。



階上のテラスに出ました。ベンチの置かれた東屋が設けられていました。



壁には、アイベックスの頭蓋骨が飾られていました。



テラスからは、フンザの谷を見渡すことができました。フンザは、宮崎駿の「風の谷のナウシカ」のモデルになったといいます。この眺めを見ると、風と共に飛びたくなりますね。



テラスの背後には、ウルタルを見上げることができます。



ウルタルの谷を見下ろすことができます。この谷は、カラコルム山系の20万分の1地図には、Death Valleyと併記されます。これは、長年にわたる水道工事中に、落石や雪崩によって何十人もの死者が出たため、そのような名前が付けられたようです。現在は、カリマバードの水源として、生命の谷になっています。



長谷川恒夫が亡くなったウルタルⅡ峰を見上げることができました。7000m峰をあまりに近くから見上げているため、スケール感が失われています。



屋上にも部屋が設けられていました。ミール(藩主)の写真が飾られていました。



居間。



階下の部屋とは違い、ガラス窓が設けられて開放的な造りです。



飾りが設けられた柱が、風景にアクセントを付けています。





窓に色ガラスがはめられた小部屋が設けられていました。





調理器具の他に、赤ん坊の揺り籠が置かれていました。





客間として用いられていたらしい大広間。



楽器が飾られていました。



内部の見学を終えて外に出て、フンザの谷の眺めを楽しみました。



最後にバルティック・フォートを見上げて別れを告げ、坂を下りました。
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