さすらい人の独り言

山登り、日々の独り言。
「新潟からの山旅」別館
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さすらいの風景 クラクフ その1

2016年12月27日 | 海外旅行
クラクフに到着すると、ヴィスワ川の畔に建つヴァヴェル城が目に飛び込んできました。ヴァヴェル城は、翌日に見学することになります。



クラクフでは、ベストウェスタンプレミエールに泊まりました。5日目の晩から三泊することになるのですが、クラクフ郊外の環状通り沿いにありました。6日目の午後は旧市街地での自由行動となりその日の夕食が含まれていないにもかかわらず、バスやトラムといった公共機関の利用は難しく、旧市街地との移動にはタクシーに頼るしかないという不便な場所にありました。クラクフは、ポーランドで最も人気のある観光地のため、市内のホテル代は高いようで、お手頃価格のツアーでは郊外のホテルになったようです。
 


ホテルでの夕食後、20分ほど歩いたところにある大型ショッピングモールのAuchanに出かけて、6日目の夕食をとれるレストランかフードコートがあるか確かめることにしました。



入口が幹線道路とは反対側にあって少し迷いました。1階には広い売り場のスーパーマーケットが設けてありました。写真は撮りませんでしたが、パンや乳製品、ハム類は豊富で、見ているだけでも楽しめました。ここで、土産用にチョコレート類を買うことになりました。



二階には専門店が並んでいました。



その奥に探していたフードコートがありました。



各国の料理の店が並んでいましたが、なぜかAKASAKAという名の日本食店もありました。翌日の夕食には、イタリア料理のピザかトルコ料理の焼き肉あたりが候補になりました。クラクフの旧市街地のレストランで夕食をとってタクシーで帰るか、ツアーの送迎バスで戻ってきてここで食事をとるか、選択の幅が広がりました。



6日目の朝も快晴になって、真っ赤な太陽が昇ってきました。晴天が続いて感謝するべきなのですが、誤算であったのは気温が異常に高いことでした。9月中旬のヨーロッパ北部なら、長袖シャツに上着が必要なはずなのですが、半袖ポロシャツで充分な状態でした。この暑さが、この日の行動に影響することになりました。



朝のベストウェスタンプレミエール。



旧市街へ出発する際に見た大型ショッピングモールのAuchan。このショッピングセンターは、フランス系のもののようで、ポーランドにも外国資本の店が入ってきているようです。



再び旧市街地に戻ってくると、ヴァヴェル城が見えてきました。



ヴィスワ川を渡りました。

ここでクラクフの歴史を振り返っておきましょう。

クラクフは、11世紀中頃からポーランド王国の首都として栄えました。特に1386年から1572年まで続いたヤギェウォ王朝の時代は黄金期と言われ、ボヘミアのプラハ、オーストリアのウィーンと並ぶ文化の中心地になりました。16世紀後半にヤギェウォ王朝が断絶すると、王権の弱体化が進み、16世紀より徐々に王国の中心はワルシャワへと移行していき、17世紀初頭には正式に都がクラクフからワルシャワへと遷されました。

18世紀後半にはポーランド分割によって国家自体が消滅し、クラクフはハプスブルク君主国のオーストリア領になりました。ナポレオン戦争後のウィーン議定書により、ロシア、プロイセン、オーストリアの保護国であるクラクフ共和国となりますが、反オーストリア蜂起の失敗によってオーストリアに併合されてクラクフ大公国となり自治特権は失われました。

クラクフは、19世紀後半から20世紀初頭にかけて、ポーランド文化振興の中心地として重要な役割を果たしました。第二次世界大戦に際してドイツ軍の占領を受けましたが、ポーランドの他の街のような壊滅的破壊を受けなかったことから、ポーランドの京都といえる人気の観光地になっています。
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