さすらい人の独り言

山登り、日々の独り言。
「新潟からの山旅」別館
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さすらいの風景 ゴール その1

2016年04月15日 | 海外旅行
昼食を終えて、いよいよゴール旧市街地の見学になりました。ゴールは、スリランカ南西海岸の先端部に位置しており、ヨーロッパ人が南アジアや東南アジアに建設した城塞都市の典型的な例で、ヨーロッパ建築と南アジア地域の伝統が混在しています。

近づいてきたゴールの街は厚い城壁に囲まれていました。



ゴールは古代から知られた良港で、多くの外国商人が訪れていました。1505年にポルトガル船が初めてこの土地にやってきた際には武力によって入港を果たし、1589年に要塞を築きました。1640年、ゴールを支配していたポルトガル軍はオランダ東インド会社に降伏し、ゴールはオランダの支配下に入りました。オランダ人は砦を拡張して、その中に街を造り、これが現在のゴールの街の原型になりました。イギリス植民地時代も、ゴールは重要な支配拠点とされて、城塞都市としての整備が進められました。



北にあるメインゲートをくぐって城塞内部に入ったところでバスを降り、まずは時計台に向かいました。



城壁の上にスリランカ国旗が掲揚されていますが、内側の段に兵士の像が飾られていました。



イギリス軍を現した像でしょうか。内部に置かれているので、敵は何者を想定しているのだろうか。



城壁の上に置かれた時計塔。残念ながら修復中で、上がることはできませんでした。



時計塔の脇からメインゲートをみたところ。



反対側には、スター要塞が設けられていました。厚い城壁に囲まれています。

この要塞は、15世紀半ばに火砲に対応するために発達した星型要塞あるいは稜堡式城郭の形を持っています。大砲が発達すると高い城壁は用意に崩すことができるようになり、厚さが重視されるようになりました。また城壁の角の死角を無くすために円塔ではなく稜堡が作られるようになり、多数の方向からの射撃が行えるように星形の形態をとるようになりました。日本では、五稜郭が星型要塞として知られていますね。



国旗の掲揚台。



ここに大砲をすえつけたのでしょう。



スター要塞に向かいました。



スター要塞の城壁は、インド洋に落ち込んでいました。



城壁にカワセミらしき鳥がとまっていました。鳥はあまり知りませんが、アオショウビンのようです。



城壁はさらに続き、歩いて一周できるようです。



時計台を振り返ったところ。

街を取り囲むこの厚い城壁は、2004年のスマトラ島沖地震の際には津波から街を守ってくれたとのこと。



城壁を下りてチャーチストリートを南に向かうと、オランダ教会が現れました。



オランダ植民地時代の1752年に建てられたもので、スリランカで最も古いプロテスタントの教会です。



プロテスタントの教会のため、内部はすっきりしたものになっています。ポルトガル時代のものが残っていれば、もっと装飾過多になっていて面白かったでしょうに。



教会の床には、墓石が埋め込まれています。ヨーロッパでは普通のことですが、人の墓石を踏んで良いのであろうかという気持ちが浮かんできます。



どくろマークが印象的です。



中庭にも墓石が並んでいました。



オランダ教会の先には図書館とオール・セインツ教会が見えています。



通りには古い建物が並んでいました。



図書館の隣は郵便局ですが、工事中でした。



オール・セインツ教会は、1868年建設のイギリス国教会です。そうと知ると、確かにイギリス的雰囲気があります。




オールセインツ教会は前を通り過ぎただけだったので、急いで中をのぞきました。
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