株式会社イイダアックス 社長日記

こんにちは 長野県の自然豊かな下伊那郡高森町から発信しています

japan shop 2017

2017年03月07日 | 日記
毎年この時期にあるジャパンショップ、この展示会が開催になると思い出すのは6年前の事。
6年前の3月11日午後2時46分、震度6の大地震と大津波によって大変な災害が発生した時の事。
6年前の3月11日、ちょうどその日に私はジャパンショップを見に東京ビッグサイトに出掛けて居ました。
ビッグサイトの会場で、取引先と話を終えたらその後幕張メッセに移動して、この日最後の展示会視察を済ませて帰る計画で居たのですが,,,,
突然気持ちの悪い揺れなのか何なのか分からない変な感じを覚え辺りを見渡し始めた矢先、立っていられないほどの大きな揺れに見舞われました。
地震だと気が付いて建物から外に出るのも大変な揺れ、外に出ても車が踊るように成っていて危険を感じる状態でした。
揺れが無くなったと感じるまでには数十分程掛かったように感じました。
電車も止まり移動手段も無くなり情報として入るのは携帯で見られるTVのみ、ただ津波の情報ばかりで都内の情報とか交通情報は全く入ってこないので何がどうなっているのか皆無の状態。
その夜はビッグサイトの床で一晩情報を集めながら過ごし、帰宅難民なるを経験することに成ったのです。
その爪痕の最大の痕跡が福島原発の放射能問題で、6年たった今なお問題解決もされずに引きずっているわけです。
そんな現在の人類の手に終えない原発を再稼働させるべく色んな取り組みをしている現状に、首を傾げるどころか危険なものを感じていても何も出来ないもどかしさの中で生活を続けているわけです。
スリーマイル島にチェルノブイリ、福島原発に東海再処理施設、学ぶべき問題は多々あるはずなのに、我々はどこに向かっているのでしょうか。
地球と言う生き物の上で生かされている事すら分からないのが人間と言う生き物なのでしょうか。
核のゴミ処理と莫大な費用のつけを未来の子孫に財産として残すべく日夜励んでいるとしか思えませんが,,,,
そうしたものに3.11は問題を提起してくれたのではないかとさえ思います。
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