alternativeway

パリ、カフェ、子育て、サードプレイス、
新たな時代を感じるものなどに関して
徒然なるままに自分の想いを綴っています。

マラウィの性的通過儀礼

2016年11月19日 |  カフェ的な場で考えたこと
 まだ日差しの暑い7月のことだった。いつものようにBBCを聴きながら歩いていたら
耳を疑うようなインタヴューが流れてきた。マラウィで・・・アフリカのマラウィで、
少女たちが「女」になるための通過儀礼として、性行為を行う人が存在する。
それは現在でも行われている伝統で、インタヴューに淡々と答えていたその男性は
なんの悪ぶれたそぶりもなく、12歳や13歳くらいの少女たち百人以上と
性行為を行っていたと話している。しかもお金を払うのは彼女たちの両親や近親者で
彼は(どちらかというと)お金のために(そんなに好きでもないけど)その「仕事」を
やっている・・・。

 このあまりにショックなニュースに私は耳を疑った。
今?この2016年に?世界は本当にわからない。
この2016年にベネチアのように300年前のような姿のままで
船を交通手段としている美しい都市がある。
一方で、マラウィという国では堂々とそんなことがまかり通っている。
しかも、実は彼はHIVに感染しているのだという。
つまり、少女たちにもそれが移っていくというわけだ。

 このニュースはトップニュースではなかったものの、やはり
極東の私が偶然耳にして衝撃を隠せなかったように、世界にも
たまたま耳にして愕然とした人たちがいたようだ。
その一人がマラウィの大統領だったようで、これは伝統的に
この国の田舎ではわりと行われている通過儀礼とはいえ、
そんなニュース、しかもHIV感染者が堂々と少女たちに性行為を
行っていると世界中に知れ渡ったらたまったもんじゃない。
というので、彼は急遽逮捕され、もうすぐ判決が出るという・・・。

 このニュースがショックだったとはいうものの、別にBBCも
彼を犯人扱いしたくて流したわけではないと思う。ただ
ジャーナリズムの使命として、これを国際社会に問うてみようとしたのだろう。
そこで真っ先に動いたのがNGOというよりも、かの国の大統領だったというのが
なんともおかしな話だけれど、これから変わっていくのだろうか。

 BBCのサイトに書かれていることを、私も日本語で少し
お伝えしようと思う。マラウィではこうした少女から「女」への
通過儀礼は数世紀にわたって一般的なものだった。
これは両親や近親者が、初潮を迎えた少女が、女としての
自覚をしっかり持てるようにという伝統でさせていたもので、
少女たちは10歳から12歳くらいになると3日くらいの「キャンプ」に
送られる。彼女たちにはほとんどそれにノー、という権利はなく、
母親たちもどうかなあ、と疑問を抱く人もいるものの、
わりと伝統だから仕方ないと諦められているようだ。
(しかしインタヴューに応えた男性の妻はこんな伝統は
もうなくなってほしい、自分の娘にはさせたくないと言っていた)
キャンプでは彼女たちは妻として、いかに男性を性的に
満足させる義務があるかを教わり、最後に実践編があるようだ。
このキャンプで彼女たちはヒエナと呼ばれる男性から「性的浄化」を
される。ヒエナは少女たちと性行為をするためにコミュニティから雇われた男性で、
「浄化」という目的があるために避妊具は使用してはいけないが、
選ばれた男性であるヒエナは病気やHIVなどないはずだと認識されている。
(実際にはこの男性はHIVに感染していたが、雇われる際に
両親にそれを告げなかった。マラウィでは十人に一人がHIVに感染している)
ちなみにこの行為を行わないと家族に悪いことが起こるとされ、
きちんとした妻になるために必要だ、と語る年配の女性もいる。

 だからこのキャンプによって妊娠する少女もあとをたたないが、
ヒエナは誰が妊娠したとか、そういうことは感知しない。
未来の夫が通過儀礼の相手になる場合もあったようで、その場合は
12歳くらいの若さで母親になり、学校にはもはや通えない。
「タイム」の取材を受けた女性は、自分の姉が11歳で妊娠し、結婚したのを見て
勇気を振り絞ってキャンプに行くことを抵抗し、今では
マラウィ大学に進学したという。
(マラウィでは世界で最も貧しい国の1つで、人口の40%が
食料不足にあえいでいる。15歳以上の女性の半分が文字が読めない)

 あまりに遠い国の世界、衝撃を受けたからといって
何ができるというわけでもなければ、その国の
「伝統」に対し、外国が口を出すべきなのかもわからない。
けれどもBBCがその事実を流した、ただそのことで、
まがりなりにも世界に少し変化が訪れた。
BBCは世界で何が起こっているのかを、あまり偏見や判断を入れずに
伝えようとしてくれる。私もその姿勢を学び、
世界で今何が起こっているのか、少しでも多くの人に伝えたい。

BBCの記事
7月のもの
The man hired to have sex with children

11月17日のニュース
On trial:The man with HIV who said he had sex with 104 women and girls

この記事をはてなブックマークに追加

アメリカ大統領選

2016年11月12日 | パリのカフェ的空間で
 大統領選から3日が経って様々な情報が
飛び交う中で、けっこうショックを受けるのは
今回さえも、多くのメディア関係やアメリカ政治が
専門の人でさえも「本当に予想外」「結果にショック」
と真剣に言っている人がいることだ。

 たしかにBrexitは私も予測できなかった。
本当にこんなことがありうるのか、と衝撃的な
気持ちだったし、結果もわりとすれすれだった。
でも今回は違う。接戦になるのかと思いきや、
え?もう決まったの?という具合に結果は発表されて、
なーんだ、ほらやっぱりトランプだ、と思ったのを覚えてる。

 何故彼が大統領になったのか?
まるで彼が不正をしてアメリカ人の大半を騙したかのように
今でも「ありえない!」と言われているけれど、彼はきちんとした手続きを経て
共和党の候補に選出されて、しっかりとした投票結果で
アメリカ人の大統領に選出された。その結果はまさに
国民が出した答えであって、わりとすんなりヒラリーさんも
それを受け入れ、オバマ大統領も受け入れた。
そうなったからには仕方ない。共に協力するしかない。
引き継ぎのための全面協力は惜しまない、
それに私も引き継いだときにブッシュ氏とは仲が悪かったのだ・・・

 それなのにどうして今頃、と私は思ってしまう。
彼が選ばれたのは彼の暴言に国民が扇動されたからではない。
それほどまでにアメリカ人は馬鹿なのだ、とあの国のエリートたちは
今も信じているのだろうか?頭がよければヒラリーを選び、
考える能力のない人だけがトランプに投票すると?
そして女であったらそれだけの理由でヒラリーに投票すると?
結果としては高卒の白人男性だけでなく、わりと裕福な
一般の白人も多く彼に投票したという。42%の女性は
彼にあえて投票し、しかも白人に限ると53%がトランプ氏に
投票したという。女性軽視発言を受けた上で、それでもあえて
ヒラリーではなくトランプに投票するのはそれなりの意思があるからだ。

 それほどまでに、一般的なアメリカ人は変化を望み、
エリートに支配される国の政治に嫌気がさしている。
おそらく彼なら変えられる、オバマ大統領のできなかったことを
彼ならできるかもしれない。なぜなら彼は、70歳という年にして
不可能を可能にしている人だから。そんな期待をこめた
ささやかな一票を、他人に自分の胸の内をあえてさらすことなく
投票したのだろう。周囲の大手メディアも頭がよさそうな口ぶりの
学識経験者も皆が口を揃えて「トランプに投票するな!」と
いう中で、実際には彼の言葉が(3割くらいの誇張はあるにせよ)
心に訴え、ピンとくることを語っていたならば、
自分の大切な一票を、「エリート社会で暮らしてきて、
語る言葉は美しいけど遠い世界の(うそつき)ヒラリー」よりも
「言い過ぎなだけど、肝心なところは的を射ている」
トランプに共感したと言えるだろう。
彼なら変えてくれるかもしれない、オバマ大統領に抱いた期待と
ほぼ同じような期待を抱き、アメリカの「忘れられた」国民は
トランプに投票した、それだけのことだろう。
彼が大統領選に勝ったのは、ひとえに彼の言葉と態度に力があった、
そしてそれが多くの人の(隠れた)共感を勝ち取ったことによるだろう。

 アメリカは確かに偉大な国だった。70年も生きてきたトランプ氏は
それを身をもって知っているのだろう。でも今のアメリカには
その影はない。ニューヨークやワシントン、そしてポートランドなど、
例外的な都市ではエリートたちが華々しく自分のキャリアを築き、
世界のニュースや金融状況に目を向けて生きてるかもしれない。
でもアメリカを支えているのはその他の広大な
「忘れられた」土地と人々なのではないのだろうか。

私は彼の選挙後の演説を聞いて思った。彼が想像している姿は
映画「カーズ」の忘れられた街、ラジエータースプリングスが
再び力を取り戻し、道や街に活気が戻り、人々に笑顔が戻ってくる
まさにそんな姿のようだ。かつては活気に満ちていた街、
でも今は人通りもなくしょぼんとしてしまった街を、また再び
夢と希望が持てる場所に変えていくこと。
そんな姿を彼は夢見ているのではないだろうか。
そこに住む人たちの健全な生活あってこそ、アメリカの国力が上がり
「偉大なアメリカ」が再びやってくるのでは。
そんな国力あってこそ、アメリカは世界の警察たりうるのでは?
今こんな状況で、アメリカは世界の面倒を見ている場合じゃない、
トランプ氏はただそう言いたいのだと思うし、投票した人たちは
まさに目の前の自分の暮らしをもっとましにしたいと思っていたのだろう。
「だって私たちはまず何よりも、アメリカ人なのだから」と。

 アメリカが世界に干渉し続けることがどれほどよいことなのかは
私にはわからない。干渉をやめて権力の空白が生じたところで
最悪の事態がうまれることも起っている。とはいえ
アメリカに住む住民の気持ちとしては、中東などの実感のわかない
地域よりもまず、目の前の自分の暮らしを良くするのが我々の
政府の最優先課題だ、と思うのは自然なことではないだろうか。

 アメリカという国は私たちの想像をはるかに超えている。
現在のアメリカには1110万人もの不法移民が滞在しており、
メキシコからの移民がトップで、585万人にものぼるという。
(他はグアテマラ、エルサルバドル、中国、ホンジュラスなど)
壁をつくるかどうかは別としても、それだけの人々が
不法な状態で滞在できるというのが日本人からすると
信じがたいし、これはヨーロッパで起きている難民問題と
ほぼ同じような危機感で捉えられているように思う。
壁を作るというのが現実離れしているとしても、ヨーロッパも
懐柔政策でトルコからヨーロッパに難民が流れない壁の
役割を演じてもらっているようなものだから、あまり人のことを
言えないだろう。(そのせいでクーデター後に
エルドアン大統領による激しい弾圧があった時、ヨーロッパの
メディアや政府は声を大にして糾弾できなかったし、その状態は
まだ続いている)

 イギリスの国民投票でもアメリカの大統領選で起こったことも、
その国を牛耳るエリートやメディアがいかに国民の実際の
感情や暮らしとはかけ離れているかを映し出していると思う。
今晩NHKのニュースに登場していたアメリカで50年記者をやっているという
ベテラン記者は「本当に想像できませんでした。もっと人々の
気持ちを理解しようとすべきだったんです。」と悲しそうに語っていた。
本当に、そうだと思う。というかむしろ、
それこそがジャーナリズムではないのだろうか?

 エリートコースの王道に行ける人たちの多くは
生まれた時から素晴らしい環境にいた人たちだ。
タイムの記者であるというのもBBCのスタッフであるというのも
その国の人たちからするとどれほど華々しいキャリアであることか。
それが当たり前の人たちは、当たり前の機材を使って当たり前に
取材に行く。フランスのカレの難民キャンプが取り壊された日には
世界中から報道陣がつめかけて、BBCだけでも数十人のクルーがいたという。
目の前にはビニールシートでつくった自分の住処を追われる人々。
「どんな気持ちですか?どこに行くんですか?」と平気で問うその
恵まれた人たちは、サハラ砂漠を歩いて横断してきたような
彼らの心の痛みはわからない。明日には死ぬかもしれない、
バスにゆられて、どこに行くかもわからない。家族に会える日は
もはやこないのかもしれない。それでも決死の覚悟で何千キロも
歩いてきた人と、小さい時からエリート畑で生きてきた人たちの間には
恐ろしいほどの隔たりがある。けれども私たちが世界について知ろうとする時
真っ先に触れられるのは悲しいかなそんな大手メディアというわけだ。
そこには彼らなりの言語や暗黙の了解がある。
それでもBBCやルモンドはまだ中立を保とう、それこそがジャーナリズムである
という姿勢を貫いているように思えるけれど、アメリカのメディアは
どうなのだろう。少なくともタイムは(大統領選に関しては)
そんな姿勢を大事にしていたようには思えない。
(もちろん他に素晴らしく優れた記事は沢山あるが)

 行き過ぎたグローバリゼーションは私たちに選択を迫っている。
このままこれでやっていくのか?それとも立ち止まるべきなのか?
歴史的にまさにグローバリゼーションの超推進役であった
イギリスとアメリカがそれにストップをかけようとしたのは興味深い。
グローバリゼーションのいいところはとっておき、悪いところは
是正していく、そんな美味しい道はあるのだろうか?
エリートたちがその恵まれた頭脳と環境を駆使して考えるべきなのは
現状を嘆き、トランプ氏を糾弾することではなくて、
これまでとは異なるグローバリゼーションの形なのではないだろうか。

この記事をはてなブックマークに追加

トランプ大統領

2016年11月09日 |  カフェ的な場で考えたこと
 あれは真夏の暑い盛りの頃だった。いつもの道を
蝉の大群のミーンミンミンという音に囲まれ
私はBBCを聴いていた。その時話していたのはドナルド・トランプ、
その頃から、彼に興味を持っていた。そして
なぜだか少しずつ好印象を抱くようにすらなっていた。

 あの蝉達の激しい泣き声に囲まれて
トランプは聴衆に語りかけていた。そして彼らの
激しい拍手と叫び声が耳中に鳴り響く。
イヤホンの隙間から聞こえる大量の蝉達の鳴き声と
彼らの熱狂が混ざり合った中、目の前の道はまばゆい光に照らされて
まるですべてが彼を祝福しているかのような錯覚におちいった。

 何故こんなにも 彼の言葉に聴衆は熱狂するのだろう?
私はもう1年近く、ほぼ休むことなくBBCを聴いていた。
その中でいつも思わされたことがある。
ヒラリーとトランプに対する聴衆の熱狂度合いは全然違う。
ヒラリーに対して大きな拍手があったとしても、それは
コンサートの通常の拍手とあまり変わらないような印象だけど
トランプが何かを言うたびに、聴衆の歓声はまさに熱狂的で
「そうだ!よくぞ言ってくれた!!まさにその通りだ!」と
いう彼らの思いがラジオを通して伝わってきた。

 相変わらずNHKを観ていない私は一般的な日本人が
トランプに対してどういう印象を抱いているかは感覚でしかわからない。
ただ何か「トランプ」というたびに、皮肉をこめた
アイロニカルな笑いに出会った。その侮蔑的な表情が
どれほどの情報によって成り立っているのか私は知らない。
けれども実際彼が声高に語ったように、相当な程度に
大手メディアは偏っており、その差を埋め合わせたのが
実際の市民が行った、今回の選挙だったように思う。

 偏りを極力避けようとする姿勢のBBCはトランプでもヒラリーでもほぼ
対等に扱ってきた。ところが私が夏から購読しているアメリカのTIMEは
けっこうひどい。ひどいにもほどがある、とすら言いたくなり、
思わず「これってどう思う?」と8歳の息子に聞いたほど。
数ヶ月前の表紙はトランプを摸した顔の形が溶けようとするものだった。
はっきりいって侮辱じゃないか、ということをシャルリーエブドのような
批判精神だけを売りにした小さな雑誌がやるならともかく、
フランスのルモンドやイギリスのBBCに相当する、アメリカを代表する
世界的メディアのTIMEがこんなことをしていいのだろうか?
そして10月24日号の表紙は、その明らかにトランプを摸した顔が
だらりと溶けて、口からよだれすら流している。タイトルは
「Total Meltdown」まだ選挙の結果すら決まっていないのに
(しかも最終的には「トランプ大統領」になったのに)
こういう描き方の表紙を全米どころか世界中で売り出していく、
その姿はあまりにも非中立的だ。

 私が購読をはじめた夏以降、表紙で明らかにヒラリーを侮辱したような
ものは一度も登場しなかった。そのかわりにあからさまにTIMEが
ヒラリーを推そうとしているのが痛いほど伝わってくる。
ヒラリーのことももう少し知らないと、と思って特集を一生懸命
読んでみたものの、印象に残ったことは「彼女は中を覗こうとしても
覗こうとしても同じ顔が現れるロリアのマトリョーシカのような人」という
ことだった。知ろうとしても、何を伝えたいのかわかろうとしても
なんだかそれが伝わらない。私だってかなり彼女の話に耳を
傾けたつもりだけれど、結局私に伝わったのは「私は女性初の
大統領になりたい」ということだけだった。

 そんな中、またトランプ批判のTIMEの記事の中で、トランプが
こう言っていた。「ヒラリーが持っている唯一のカードは女性としての
カードだけだ。もしヒラリーが男性だったら、5パーセントも票を
とれないんじゃないかと思う。」これにはちょっと笑ってしまった。
確かにそうかもしれない・・・私は女性だから本来はヒラリーを
応援したほうがいいのだろうと思いながらも、最後まで何も
共感できるポイントが見出せなかった。

 それに対して個人的にはトランプはヒラリーよりも1枚も2枚も
上手だなあと思っていた。「彼女はプーチンが嫌いなんだ。それは
プーチンが彼女よりインテリジェントだからだ。」と彼は言う。
確かにそうだ・・・日本でプーチンがどう思われているかはこれまた
微妙なところだけれども、彼の冷徹な眼差しと世界におけるロシアの
覇権を本気で取り戻そうとするその姿勢は(いいか悪いかは別として)
世界の指導者の中でも群を抜いていると思う。確かに彼は恐ろしいほど
頭がいい。そしてトランプ氏が次期大統領に決まった時に
かなり早い段階で祝電を送ったのは他ならぬプーチン大統領だった。
(彼はそういうことに対する行動力はトップレベルで早い。
もちろん今回も日本の首相より早かった。)

 アメリカとロシアが再び冷戦になろうとしてた今、
トランプ大統領が誕生することで関係はかなり変わるだろう。
それに彼は私たちが思っているほど世界に干渉したがる危険人物ではなくて
もっと本気で自国の産業と労働者たちを心配しているように思う。
だから正直これまでのアメリカが世界で行ってきた外政干渉にも
あまり興味がないと思う。彼はただ、自分にとって我が子のように
思えてしまうアメリカ人の普通の労働者たちを守りたい、
そして再びアメリカンドリームが実現できる国にしたい、
そんな気持ちで、自身でまさにそのアメリカンドリームを
体現しながら語りかけているのではないだろうか。

 私も以前はトランプが大嫌いだった。彼の声が
BBCから流れてくるたびに、生理的に気持ち悪いと思っていた。
ところが彼の声色はこの数ヶ月で別人のように変化した。
以前の気持ち悪く適当な発言を繰り返す方法から、
もっと落ち着きがあって深みのある声に変わっていったのだ。
そして彼は時折言っていた。「I AM the president of the United States of America!」
大統領として確定する以前から、彼はそう現在形で言っていた。
彼はあまりにその未来を信じきれていたからこそ、
「もし当選しなかったらその結果を受け入れますか?」
という質問に対してまともな返事をしなかったのではないかと思う。
本気で信じきる人は、できる、そうなるという道しかなくて
他の選択肢を考えた瞬間にそれが実現できなくなってしまうこと、
それを身をもって知っていたからではないだろうか。

 彼は確かにビジネスマンだ。政治のエリートとは違う。
でも私たちが思っているほどただのバカではないと思う。
ただのバカを大統領に選ぶほど、アメリカ人は馬鹿なのだろうか?
本当にそんな人ばかりの国だったなら、英語を必死になって
勉強しているのもそれこそ馬鹿馬鹿しくないか?
ただの馬鹿が、あんな壮大なトランプタワーを作れるのだろうか?
私の友人や知人には一人もあんなビルを建てた人はいない。
それに政治のエリートから馬鹿にされている彼を応援し
守ってきたのは彼の家族たちだった。しかも彼の子供は皆が
彼と血のつながりがあったわけではないが、それでも
必死でパパを応援していた。自分だったら?
近親者がいきなり大統領選や選挙に出馬すると言いだして
そんな風に本気で応援できるだろうか?
「何言ってんだこのバカ!」と思って見向きもしなくなるのが
ありそうな結末なのに、そこまで応援できるというのは
それだけ信頼しているからだろう。しかも彼は従業員からも
かなり慕われていたという。自分の勤めている会社の社長が
選挙に出るとなったとき、自分は心から応援できるだろうか?
そんなの義務でも仕事でもなんでもないのに?
それはひとえにその人への忠誠心や恩がある、と思っているから
できることではないのだろうか・・・


 ヒラリーに比べて脆弱な彼の選挙陣営マップを読んだ時
私にはそう思えてしまった。彼は政治エリートが嫌いだろう。
私もその気持ちはよくわかる。私は国際的な政治エリートの
卵が集まるパリ政治学院に在籍していたことがあるけれど、
生粋のエリート達は世界のことなど気にしていない。
気にしているふりをするだけだ。でも必死になって守ろうとするのは
自分の家族と自分のキャリア。アメリカ人の多くが感じ、
嫌気がさしていた政治エリートたちの偽善的なあり方に
旋風を巻き起こしたのがドナルド・トランプだったのだろう。

 彼はアメリカを変えるのだろうか?
彼なら変えるかもしれない。
なぜなら誰しもが鼻で笑った、「は?大統領選に出馬?」
ということを、出馬だけでなく本当に選ばれるところまで
やってのけてしまうほどの人だから。
(それは誰にでもできることではない)
リーダーに必要なのはリーダーシップと決断力。
今日BBCで誰かがそう語ってた。それは彼にはあるのだろう。
(でなければ億万長者にはなれないのでは?)
もちろん彼は突拍子もない発言もしているけれど、
私にはそれらすべてを彼が無理やり行えるとは思えない。
彼はあれほど声色を変えたように、きっとどうにでも政策も
変えていくだろう。でも譲れないものはただ一つ。
それはアメリカの人たちの暮らしに再び夢を持たせることだ。

 行き過ぎたグローバリゼーションの中、それを謳歌しきった
エリート達とその子供達。でもどこの国でもその恩恵を
ほんの少ししか受けていない人たちがいて、激しいグローバリゼーションによって
彼らの選択肢や未来の希望は狭まっていく。
エリートが決めていく社会のあり方。それにNOといったイギリス。
そしてアメリカがそれに続いた。
エリートだけが恩恵を受けられるグローバリゼーションという形ではない
もっと違う世界のあり方を、これから本気で模索しなければならないだろう。
どうやって?誰が?どのように?
世界はまさに変化しつつあり、イギリスでもアメリカでも国民の多くが
これまでの方法を変えることを望んでいる。
でも、それをどうすれば?

 異なる形のグローバリゼーション。私たちに
オルタナティブはあるのだろうか?
自国の文化を大切にしながらも、世界に対して開いていくこと。
開国以来そんなことをやり遂げつつある日本は世界の中でも
わりと珍しく、意外と注目されているらしい。
イギリスともアメリカともEUともまるで異なる環境の中
独特に発展していった日本の何かが
世界の未来の1つのヒントになるのなら、
日本人がそれを真剣に考えてみるのも
世界に役立つかもしれない。

この記事をはてなブックマークに追加

語学力

2016年07月05日 |  カフェ的な場で考えたこと
フランスのテロが起こった時、必死になってニュースを
聴いて色々と書いたりしていたら、「こんな時に
語学力があるっていいね」と言われたことがある。
語学というのは武器だと思う。武器、というのは
よく言われるように就職に役立つ、履歴書に書けるという意味よりも
自分を武装してどこかに向かわなきゃいけない時に
本当に武器になってくれるもの。最近強くそう思う。

フランスのテロが起こった時、私は日本の報道の仕方に
随分とショックを受けた。どうしてこんなに
情報が遅いんだろう?どうして正確とは言えない情報が
大手テレビ局のニュースでさらりと流れてしまうんだろう?
それはひとえに語学の問題ではなかったのか と最近
イギリスに関するニュースを読むたびに思う。

英語は相当なレベルの人たちが日本にも数多くいて、
おそらくジャーナリズムの現場にもきちんと存在しているのだろう。
だから英語圏からニュースが入れば、それはわりと早く
翻訳されて、さっとニュースになりやすい。
だから日経に書かれたイギリスのニュースはなるほど、と
思わせるものも多くあり、情報源が英語だと
こんなにしっかりしするのかと関心してしまう。
ところが英語以外の言語になると、一般的には
それが英語になったものを日本語に翻訳しようとするから
時間がかかり、伝聞している間に湾曲されてしまうことがあるのだろう。

確か昨年のことだったと。私がフランスに行った時、
立て続けにバイリンガルの友人に会い、彼らは
鬼のような形相をして私に言った。
「息子をバイリンガルにしなさいよ!」
私には何で彼らがいきなりそう言ったのか よくわからず、
そうはいっても日本ではそれは大変だ・・・お金もかかるし、とつい
言い訳がましい言葉を吐いた。でも普段は優しい彼らが
なぜ私に怒るように我が子をバイリンガルにせよ!
それが親の務めである・・・というような口調で言ったのか
しかも別々の日に立て続けに起こったのか、
私は不思議に思っていた。あれはもしかして神様が
彼らに乗りうつり、何かを伝えようとしたのだろうか?
それくらい不思議な出来事だった。

そのうちの一人でいつも国際的な交流会を開催しており
あのカフ・ド・フロールで哲学カフェを開催している友人が言った。
「1言語は最悪、2言語でまし、3言語でまあよいだろう」

1言語は最悪か・・・当時の私にはわからなかった。
そしてしぶしぶ、言われたからちょっとはやらないとまずいよな、と
息子にフランス語で話しかけたり教えてみたり、虚しい
努力を続けていた。そのあとに11月のテロが起こって
「1言語は最悪」に納得がいく。

結局1つの言語では、見えるのものが限られている。

特に私たちのようにに島国に住み、自分たちしか
使わない言語で暮らし、それだけで情報をとろうとすると、
どうしても情報が限られ、偏りが出てきてしまう。
多少なりとも翻訳に関わる者としてわかるのは、
全文の翻訳がいかに大変かということだ。よく訳者あとがきに
書いてある「思った以上に翻訳に時間がかかり、出版が
遅れたことをお詫び申し上げます・・・」の気持ち、たった1冊の
本とはいっても、1年以上翻訳にかかることもある。

だからこそ、海外のニュースや出来事は基本的には要約された
形で日本に入り、これだけははずせないという点が翻訳される。
一方で向こうのネイティブの人たちはその背景となる情報も
しっかり母国語で把握し、理解しているわけで、そういうことの
積み重ね で 私たちがようやく「語学力」を手に入れた時、
外国人と社会について話したくても、言われたこと自体を
知らない、その背景すらわからない、そして結局
お話にならない という悲しい事態が生まれてしまう。

私は口を酸っぱくして自分の生徒さんに言う。
「フランス語で書かれた文章を理解するには
語学力と、文脈を理解すること、その2つが大切です!」
語学力があったって、ワイン用語やワインの世界を知らなければ
なんのことやらわからない。でも背景を知っているなら、
語学力が低くても大抵はイメージできる。
だからこそその両方が必要なわけだけど。

文脈を理解していくためには(専門知識だけでいいならともかく)
世界で何が起こっているか、それなりにずっと追っていないと
「あれは?」「これは?」「それについては?」
と言われた時に、ひたすら黙ることになってしまう。

世界ではたくさんの問題や事件が起こり、
からまりあって動いている。世界を理解するために
日本語だけでは情報が遅く、情報量が限られている。
だからこそ、私たちに語学は必要で、特に情報を伝える側の
人間にはかなり高度な語学力が必要とされていると思う。
通訳や翻訳なんか通さなくても、1度聞いたらだいたいの意味は取れる。
そしてより突っ込むために、自分の言葉でそれを質問できる。
そして理解したことを、わかりやすい日本語で市民に伝えていく。
ジャーナリズムにおいてこれは欠かせない点だと思う。

私はひたすらフランス語に浸っていたけれど、
イギリスのEU離脱についてもっと知りたいと思った時に
これではまずいと気がついた。フランスにはフランスの態度があり、
アメリカやイギリスにはまた違ったジャーナリズムの態度がある。
フランスはイギリスの離脱についてはわりとそっけなく冷淡で、
必死になって追うよりも、まさに今開催されいているサッカーの
ユーロ2016が大切だ。これではわからん、と思ったので
必死になってBBCを聞き、英語のニュースを読むことにした。

そのときなるほど、「2言語でまし(フランス語があっただけでもかなり
助かった)3言語で良し」というのはそういうことかと
納得できた。私にフランス語しかなかったら、Brexitを理解するのは
至難の技で、特にその後何が起こるかを考えるのは難しい。
英語を勉強していてよかった、そしてもっと本気で
やっていかねばと思わされた瞬間だった。

世界には沢山のニュースが流れている。
どの国の新聞でもトップになるニュースもあれば、
そうでないものや論考もある。
その国の新聞や雑誌に載っているだけでも
すでに編集部の指向はあるだろうけど、世界に山ほどの論考がある中で
1つだけを日本語に翻訳して抽出するなら、その指向性はもっと強いかもしれない。

自分の頭で世界をもっと理解するには、やっぱり語学が必要だ。
広い視野を持っていくこと、色んな意見を検討すること、
そしてできれば誰かとそれを議論し、より一層深めていくこと。
私にバイリンガルの忠告をした二人はまさにそんな世界で
ずっと生きてきて、今でもパリで英語とフランス語で暮らしている。
何かを言いたくても言葉につまり、心底悔しかった留学時代。
あれから相当な年月が経ったけど、なんとか私も語学力と
文脈力と、それからしっかり表現できる力を手に入れて、
そんな世界で自分の意見を語りたい。

この記事をはてなブックマークに追加

イギリスのEU離脱

2016年07月02日 |  カフェ的な場で考えたこと
最近はショックなニュースばっかりで
昨日の朝いつものようにBBCを聴いていたら
大事なニュースが流れてきた。イギリスのボリス・ジョンソンの
記者会見で、彼は最後にこう言った。
「その人物は私ではありえないだろう。」
日経によると会場には凍りついた雰囲気が流れたらしい。
イギリスを離脱に導いてきた彼はどんな発言をするのだろうか、
ずっと期待がかかっていただけに、さすがにこの言葉に
「ありえない!」と思った人も多いだろう。
なんたる無責任・・・私はイギリス人でもないのに
朝から腹が立ってしまった。

イギリスの国民投票から1週間。
それまでもBBCをほぼ毎日聴いていた私は
「あー6月23日は国民投票ね」くらいにしか
思っていなかった。友人が「イギリスは離脱するんじゃないか」と
話してたときも、そうかなあ、そんなことないんじゃないのと
楽観的に考えていた。実際BBCもフランスのメディアもわりと楽観的だったと思う。
もちろん大事なときではあるから特集はしないといけない。
でもパリのテロのときのような激しい危機意識は伝わってこず、
国民投票前日のBBCだってロシアのジャーナリストの
インタビューとか、わりとのんびりした話を流していた。

ところがどっこい。

そんなことがあるもんだ・・・
動揺したのは世界のインテリやエリート層だろう。
まさか?EUに留まっているほうがよっぽど利益があるではないか?
私たちには想像もできないほどの自由の恩恵をEU参加国は
受けていた。まさにその恩恵のためになんとかしてEUに
入ろうとしてきた国が後をたたなかったわけだけど。

抜けて一体どうするんだ??
そう思ったのは私だけではないだろう。

ありえない、マジで、この国の経済は一体これから・・・
しかもリーダーだと思っていた人は実際には
かなり無責任だということが発覚し、要するに
離脱後の青写真はほとんど描いていないままに、
離脱だけが先行してしまった状態だというのが浮き彫りになっていると思う。

そんな状態でいいのだろうか?どうなっちゃうのかと思っていたら
日経にフィナンシャルタイムスの興味深い論説があり、
おそらく「イギリスは本当には離脱しない」という道を
とるだろう、と書いてある。過去にも国民投票で
もめたものの、EUを離れるまでには至らなかったという
例が何通りかあるらしい。しかもボリス・ジョンソンは
そうした経緯に精通している人物だから、実際にはこれらは
杞憂でイギリスはEUに留まるだろう、というものだった。

それを読んで一安心はしたものの、本当にそんなことがあるのだろうか?
私が衝撃を受けたのはイギリスに対するヨーロッパ側の反応で
いってみれば「あっそ!勝手にしたら」という、
もはや愛想が尽きた、とっとと離婚手続きを開始してくれ、
という印象だった。私が離脱のニュースを知ったのは
わりと早く、職場でもフランス人たちが早速離脱について
話していたけど、心配する日本人をよそに「イギリスが
抜けたって大丈夫でしょ。だいたいイギリスは勝手なのよ」という
話をしていたのに驚いた。フランスのメディアも当日は
特集を組んでつきっきりだったとはいえ、数日後には
ほんの少し語る程度で、あまり追う気がないようだ。
印象としては「ショック だけど他人事」
大陸の人たちからすると、EUのくせに通貨も変えず、
シェンゲン協定にも参加しないという「俺だけ特別」
を通してきたイギリスにいい加減腹が立ってもいるのだろう。
だからきっと、美しいけどわがままを通しすぎた女性に
もう愛想が尽きてしまったように、もはや「どうぞご勝手に
でもこれ以上の譲歩は何が何でもするものか」という感じなのだろう。
(実際離婚という比喩はかなり多く使われていた)

残されたEU側がそんな状態の中、本当にこのあとEUに
留まるだなんてあるのだろうか?大陸側と島国との亀裂が
決定的になってしまった中で、もう一度仲良く・・・なんて
そりゃできるにこしたことはないけれど。

イギリスのエリートたちや富裕層は主に残留に投票し、
ロンドンを中心に再投票を求める動きも広がっている。
彼らはまさにEUがあっての自由を堪能してきた人たちで、
その良さを身体感覚で知っている。そう、だけど。

ふと 疑問に思ってしまった。

私、昔WTOの問題とか、アンチグローバリゼーションとか
関わっていなかったっけ?あの問題に関わっていた人は
どういう反応をするのだろう?グローバリゼーションは
誰かに恩恵をもたらした。それはそうした運動に関わった人が
目の敵にしていたような多国籍企業だけでなく、
私の友人たちでかつて「アンチグローバリゼーション」か
言っていたけど、今やエリートになってしまった人たちにも
確実に恩恵をもたらしている。都会に住み、国際感覚を持ち、
外国で仕事をしたことがあるような人。子供ができたらもちろん
英語はしっかり教え、できれば3ヶ国語が話せるように教育をする、
そんな人たちにグローバリゼーションは欠かせない。
BBCはなんとも言えないニュースを流す。
「私たちは今オランダに住んでるけど、イギリスのパスポートを
捨ててオランダのパスポートを取得しようと考えているの。
この子達が大きくなった時に、私たちが受けてきたような恩恵を
ちゃんと受けて欲しいから。」子供は6歳ですでに3ヶ国語を
話すという。聴いているだけで羨ましくて、少し
腹ただしさすら覚えてしまうけど、彼らのように自由の恩恵を受け、
自国をさらっと飛び出し、「世界市民」になれる人たちもいる。
一方でグローバリゼーションによって
不利益を被るのは?それが離脱を支持した人たちだ。

実際にはあまりに早いグローバリゼーションによって
不利益を被る人たちがいる。でも都会の一部のエリートたちは
それとは程遠い世界で生きているから、そんなことには
ほとんど気づく余裕もない。BBCは世界のニュースを流してくれる。
田舎の人たちのパブでの会話も流れているし、ミャンマーの
農村部の人たちの話も流れている。シリアでイスラム国の脅威に
怯えて暮らす人の生々しい話、ミャンマーにある屋根のない牢獄で
裸同然で暮らす人たち・・・

けれどそのBBCを聞く人たちの大多数は
どちらかというと都市部の富裕層で、彼らの一番の
関心ごとは、もちろん自分の仕事と自分の子供がいかに
社会的に成功するか。恐ろしいニュースを聞けば聞くほど、
哀しいかな、何としてでも我が子だけは守りたい、と
思ってしまうのが親の性なのだろう。世界の問題に耳は傾けつつも
我が子は手厚い教育を保証してくれる学校に、そのための資金と
情報収集はおこたらない。もちろん厳しい世界で生きて行くための
語学教育は小さいうちから。それに情操教育も。
良質なニュースを常に提供してくれている一方で、私はふと疑問に思ってしまう。
世界の南北問題をしっかりと伝えてくれるBBCやルモンドのような
ジャーナリズムは本当に素晴らしい。でもそれを常に聴いている人たちの
多くは格差の相当上の方にいる人たちだ。それが今の世界であって、
ますます格差は広がっていく・・・

イギリスは大切な未来を国民投票にかけたこと自体が
間違っていたのだろう。とはいえキャメロン首相がいうように
これが多くの国民の望む道であれば、それを歩んでいくしかない。
グローバリゼーションに反対だとか、よくないというのは簡単だ。
(私も昔言っていた)でも一度本当にストップしたら?
どんな道があるのだろう。日本はイギリスに比べるともともと
自由度は低く、経済的には豊かな島国だから、もしかすると
この先のイギリスの参考例にはなるかもしれない。
自分の国がしっかりと独立して誇りを持ちながら
国民も幸せにして他国と対等に渡り合う。ただ悲嘆にくれる
だけではなく、そんな例が今後つくられていくのなら・・・
イギリスから当分は目が離せない。

この記事をはてなブックマークに追加

フランスに行くなら

<iframe frameborder="0" allowtransparency="true" height="60" width="468" marginheight="0" scrolling="no" src="http://ad.jp.ap.valuecommerce.com/servlet/htmlbanner?sid=2716631&amp;pid=879463511" marginwidth="0"><script language="javascript" src="http://ad.jp.ap.valuecommerce.com/servlet/jsbanner?sid=2716631&amp;pid=879463511"></script><noscript></noscript></iframe>

ブログランキング

http://blog.with2.net/link.php?1215861