alternativeway

パリ、カフェ、子育て、サードプレイス、
新たな時代を感じるものなどに関して
徒然なるままに自分の想いを綴っています。

語学力

2016年07月05日 |  カフェ的な場で考えたこと
フランスのテロが起こった時、必死になってニュースを
聴いて色々と書いたりしていたら、「こんな時に
語学力があるっていいね」と言われたことがある。
語学というのは武器だと思う。武器、というのは
よく言われるように就職に役立つ、履歴書に書けるという意味よりも
自分を武装してどこかに向かわなきゃいけない時に
本当に武器になってくれるもの。最近強くそう思う。

フランスのテロが起こった時、私は日本の報道の仕方に
随分とショックを受けた。どうしてこんなに
情報が遅いんだろう?どうして正確とは言えない情報が
大手テレビ局のニュースでさらりと流れてしまうんだろう?
それはひとえに語学の問題ではなかったのか と最近
イギリスに関するニュースを読むたびに思う。

英語は相当なレベルの人たちが日本にも数多くいて、
おそらくジャーナリズムの現場にもきちんと存在しているのだろう。
だから英語圏からニュースが入れば、それはわりと早く
翻訳されて、さっとニュースになりやすい。
だから日経に書かれたイギリスのニュースはなるほど、と
思わせるものも多くあり、情報源が英語だと
こんなにしっかりしするのかと関心してしまう。
ところが英語以外の言語になると、一般的には
それが英語になったものを日本語に翻訳しようとするから
時間がかかり、伝聞している間に湾曲されてしまうことがあるのだろう。

確か昨年のことだったと。私がフランスに行った時、
立て続けにバイリンガルの友人に会い、彼らは
鬼のような形相をして私に言った。
「息子をバイリンガルにしなさいよ!」
私には何で彼らがいきなりそう言ったのか よくわからず、
そうはいっても日本ではそれは大変だ・・・お金もかかるし、とつい
言い訳がましい言葉を吐いた。でも普段は優しい彼らが
なぜ私に怒るように我が子をバイリンガルにせよ!
それが親の務めである・・・というような口調で言ったのか
しかも別々の日に立て続けに起こったのか、
私は不思議に思っていた。あれはもしかして神様が
彼らに乗りうつり、何かを伝えようとしたのだろうか?
それくらい不思議な出来事だった。

そのうちの一人でいつも国際的な交流会を開催しており
あのカフ・ド・フロールで哲学カフェを開催している友人が言った。
「1言語は最悪、2言語でまし、3言語でまあよいだろう」

1言語は最悪か・・・当時の私にはわからなかった。
そしてしぶしぶ、言われたからちょっとはやらないとまずいよな、と
息子にフランス語で話しかけたり教えてみたり、虚しい
努力を続けていた。そのあとに11月のテロが起こって
「1言語は最悪」に納得がいく。

結局1つの言語では、見えるのものが限られている。

特に私たちのようにに島国に住み、自分たちしか
使わない言語で暮らし、それだけで情報をとろうとすると、
どうしても情報が限られ、偏りが出てきてしまう。
多少なりとも翻訳に関わる者としてわかるのは、
全文の翻訳がいかに大変かということだ。よく訳者あとがきに
書いてある「思った以上に翻訳に時間がかかり、出版が
遅れたことをお詫び申し上げます・・・」の気持ち、たった1冊の
本とはいっても、1年以上翻訳にかかることもある。

だからこそ、海外のニュースや出来事は基本的には要約された
形で日本に入り、これだけははずせないという点が翻訳される。
一方で向こうのネイティブの人たちはその背景となる情報も
しっかり母国語で把握し、理解しているわけで、そういうことの
積み重ね で 私たちがようやく「語学力」を手に入れた時、
外国人と社会について話したくても、言われたこと自体を
知らない、その背景すらわからない、そして結局
お話にならない という悲しい事態が生まれてしまう。

私は口を酸っぱくして自分の生徒さんに言う。
「フランス語で書かれた文章を理解するには
語学力と、文脈を理解すること、その2つが大切です!」
語学力があったって、ワイン用語やワインの世界を知らなければ
なんのことやらわからない。でも背景を知っているなら、
語学力が低くても大抵はイメージできる。
だからこそその両方が必要なわけだけど。

文脈を理解していくためには(専門知識だけでいいならともかく)
世界で何が起こっているか、それなりにずっと追っていないと
「あれは?」「これは?」「それについては?」
と言われた時に、ひたすら黙ることになってしまう。

世界ではたくさんの問題や事件が起こり、
からまりあって動いている。世界を理解するために
日本語だけでは情報が遅く、情報量が限られている。
だからこそ、私たちに語学は必要で、特に情報を伝える側の
人間にはかなり高度な語学力が必要とされていると思う。
通訳や翻訳なんか通さなくても、1度聞いたらだいたいの意味は取れる。
そしてより突っ込むために、自分の言葉でそれを質問できる。
そして理解したことを、わかりやすい日本語で市民に伝えていく。
ジャーナリズムにおいてこれは欠かせない点だと思う。

私はひたすらフランス語に浸っていたけれど、
イギリスのEU離脱についてもっと知りたいと思った時に
これではまずいと気がついた。フランスにはフランスの態度があり、
アメリカやイギリスにはまた違ったジャーナリズムの態度がある。
フランスはイギリスの離脱についてはわりとそっけなく冷淡で、
必死になって追うよりも、まさに今開催されいているサッカーの
ユーロ2016が大切だ。これではわからん、と思ったので
必死になってBBCを聞き、英語のニュースを読むことにした。

そのときなるほど、「2言語でまし(フランス語があっただけでもかなり
助かった)3言語で良し」というのはそういうことかと
納得できた。私にフランス語しかなかったら、Brexitを理解するのは
至難の技で、特にその後何が起こるかを考えるのは難しい。
英語を勉強していてよかった、そしてもっと本気で
やっていかねばと思わされた瞬間だった。

世界には沢山のニュースが流れている。
どの国の新聞でもトップになるニュースもあれば、
そうでないものや論考もある。
その国の新聞や雑誌に載っているだけでも
すでに編集部の指向はあるだろうけど、世界に山ほどの論考がある中で
1つだけを日本語に翻訳して抽出するなら、その指向性はもっと強いかもしれない。

自分の頭で世界をもっと理解するには、やっぱり語学が必要だ。
広い視野を持っていくこと、色んな意見を検討すること、
そしてできれば誰かとそれを議論し、より一層深めていくこと。
私にバイリンガルの忠告をした二人はまさにそんな世界で
ずっと生きてきて、今でもパリで英語とフランス語で暮らしている。
何かを言いたくても言葉につまり、心底悔しかった留学時代。
あれから相当な年月が経ったけど、なんとか私も語学力と
文脈力と、それからしっかり表現できる力を手に入れて、
そんな世界で自分の意見を語りたい。

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イギリスのEU離脱

2016年07月02日 |  カフェ的な場で考えたこと
最近はショックなニュースばっかりで
昨日の朝いつものようにBBCを聴いていたら
大事なニュースが流れてきた。イギリスのボリス・ジョンソンの
記者会見で、彼は最後にこう言った。
「その人物は私ではありえないだろう。」
日経によると会場には凍りついた雰囲気が流れたらしい。
イギリスを離脱に導いてきた彼はどんな発言をするのだろうか、
ずっと期待がかかっていただけに、さすがにこの言葉に
「ありえない!」と思った人も多いだろう。
なんたる無責任・・・私はイギリス人でもないのに
朝から腹が立ってしまった。

イギリスの国民投票から1週間。
それまでもBBCをほぼ毎日聴いていた私は
「あー6月23日は国民投票ね」くらいにしか
思っていなかった。友人が「イギリスは離脱するんじゃないか」と
話してたときも、そうかなあ、そんなことないんじゃないのと
楽観的に考えていた。実際BBCもフランスのメディアもわりと楽観的だったと思う。
もちろん大事なときではあるから特集はしないといけない。
でもパリのテロのときのような激しい危機意識は伝わってこず、
国民投票前日のBBCだってロシアのジャーナリストの
インタビューとか、わりとのんびりした話を流していた。

ところがどっこい。

そんなことがあるもんだ・・・
動揺したのは世界のインテリやエリート層だろう。
まさか?EUに留まっているほうがよっぽど利益があるではないか?
私たちには想像もできないほどの自由の恩恵をEU参加国は
受けていた。まさにその恩恵のためになんとかしてEUに
入ろうとしてきた国が後をたたなかったわけだけど。

抜けて一体どうするんだ??
そう思ったのは私だけではないだろう。

ありえない、マジで、この国の経済は一体これから・・・
しかもリーダーだと思っていた人は実際には
かなり無責任だということが発覚し、要するに
離脱後の青写真はほとんど描いていないままに、
離脱だけが先行してしまった状態だというのが浮き彫りになっていると思う。

そんな状態でいいのだろうか?どうなっちゃうのかと思っていたら
日経にフィナンシャルタイムスの興味深い論説があり、
おそらく「イギリスは本当には離脱しない」という道を
とるだろう、と書いてある。過去にも国民投票で
もめたものの、EUを離れるまでには至らなかったという
例が何通りかあるらしい。しかもボリス・ジョンソンは
そうした経緯に精通している人物だから、実際にはこれらは
杞憂でイギリスはEUに留まるだろう、というものだった。

それを読んで一安心はしたものの、本当にそんなことがあるのだろうか?
私が衝撃を受けたのはイギリスに対するヨーロッパ側の反応で
いってみれば「あっそ!勝手にしたら」という、
もはや愛想が尽きた、とっとと離婚手続きを開始してくれ、
という印象だった。私が離脱のニュースを知ったのは
わりと早く、職場でもフランス人たちが早速離脱について
話していたけど、心配する日本人をよそに「イギリスが
抜けたって大丈夫でしょ。だいたいイギリスは勝手なのよ」という
話をしていたのに驚いた。フランスのメディアも当日は
特集を組んでつきっきりだったとはいえ、数日後には
ほんの少し語る程度で、あまり追う気がないようだ。
印象としては「ショック だけど他人事」
大陸の人たちからすると、EUのくせに通貨も変えず、
シェンゲン協定にも参加しないという「俺だけ特別」
を通してきたイギリスにいい加減腹が立ってもいるのだろう。
だからきっと、美しいけどわがままを通しすぎた女性に
もう愛想が尽きてしまったように、もはや「どうぞご勝手に
でもこれ以上の譲歩は何が何でもするものか」という感じなのだろう。
(実際離婚という比喩はかなり多く使われていた)

残されたEU側がそんな状態の中、本当にこのあとEUに
留まるだなんてあるのだろうか?大陸側と島国との亀裂が
決定的になってしまった中で、もう一度仲良く・・・なんて
そりゃできるにこしたことはないけれど。

イギリスのエリートたちや富裕層は主に残留に投票し、
ロンドンを中心に再投票を求める動きも広がっている。
彼らはまさにEUがあっての自由を堪能してきた人たちで、
その良さを身体感覚で知っている。そう、だけど。

ふと 疑問に思ってしまった。

私、昔WTOの問題とか、アンチグローバリゼーションとか
関わっていなかったっけ?あの問題に関わっていた人は
どういう反応をするのだろう?グローバリゼーションは
誰かに恩恵をもたらした。それはそうした運動に関わった人が
目の敵にしていたような多国籍企業だけでなく、
私の友人たちでかつて「アンチグローバリゼーション」か
言っていたけど、今やエリートになってしまった人たちにも
確実に恩恵をもたらしている。都会に住み、国際感覚を持ち、
外国で仕事をしたことがあるような人。子供ができたらもちろん
英語はしっかり教え、できれば3ヶ国語が話せるように教育をする、
そんな人たちにグローバリゼーションは欠かせない。
BBCはなんとも言えないニュースを流す。
「私たちは今オランダに住んでるけど、イギリスのパスポートを
捨ててオランダのパスポートを取得しようと考えているの。
この子達が大きくなった時に、私たちが受けてきたような恩恵を
ちゃんと受けて欲しいから。」子供は6歳ですでに3ヶ国語を
話すという。聴いているだけで羨ましくて、少し
腹ただしさすら覚えてしまうけど、彼らのように自由の恩恵を受け、
自国をさらっと飛び出し、「世界市民」になれる人たちもいる。
一方でグローバリゼーションによって
不利益を被るのは?それが離脱を支持した人たちだ。

実際にはあまりに早いグローバリゼーションによって
不利益を被る人たちがいる。でも都会の一部のエリートたちは
それとは程遠い世界で生きているから、そんなことには
ほとんど気づく余裕もない。BBCは世界のニュースを流してくれる。
田舎の人たちのパブでの会話も流れているし、ミャンマーの
農村部の人たちの話も流れている。シリアでイスラム国の脅威に
怯えて暮らす人の生々しい話、ミャンマーにある屋根のない牢獄で
裸同然で暮らす人たち・・・

けれどそのBBCを聞く人たちの大多数は
どちらかというと都市部の富裕層で、彼らの一番の
関心ごとは、もちろん自分の仕事と自分の子供がいかに
社会的に成功するか。恐ろしいニュースを聞けば聞くほど、
哀しいかな、何としてでも我が子だけは守りたい、と
思ってしまうのが親の性なのだろう。世界の問題に耳は傾けつつも
我が子は手厚い教育を保証してくれる学校に、そのための資金と
情報収集はおこたらない。もちろん厳しい世界で生きて行くための
語学教育は小さいうちから。それに情操教育も。
良質なニュースを常に提供してくれている一方で、私はふと疑問に思ってしまう。
世界の南北問題をしっかりと伝えてくれるBBCやルモンドのような
ジャーナリズムは本当に素晴らしい。でもそれを常に聴いている人たちの
多くは格差の相当上の方にいる人たちだ。それが今の世界であって、
ますます格差は広がっていく・・・

イギリスは大切な未来を国民投票にかけたこと自体が
間違っていたのだろう。とはいえキャメロン首相がいうように
これが多くの国民の望む道であれば、それを歩んでいくしかない。
グローバリゼーションに反対だとか、よくないというのは簡単だ。
(私も昔言っていた)でも一度本当にストップしたら?
どんな道があるのだろう。日本はイギリスに比べるともともと
自由度は低く、経済的には豊かな島国だから、もしかすると
この先のイギリスの参考例にはなるかもしれない。
自分の国がしっかりと独立して誇りを持ちながら
国民も幸せにして他国と対等に渡り合う。ただ悲嘆にくれる
だけではなく、そんな例が今後つくられていくのなら・・・
イギリスから当分は目が離せない。

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解けない方程式

2016年06月27日 | 女の生き方


もう何年前からだろうか、私はスーパーウーマンを目指してて
あれもこれも、それもこれも!だけど時間は限られている、
その時間の中で、なんとかそれらを手にしたい・・・と
悲しい努力を重ねてきた。フランス語力も必要だ、しかも
かなり高度なフランス語。でもそれだけではこの先が怪しく
やっぱり英語も必要だ。どんな英語力かといえば、TOEIC840点以上
(そうすると英語の通訳案内士の資格がとれる)
そしてBBCを聴いててすらっとわかる程度の英語力・・・

最近ではフランス語と英語をほぼ交互に聴いて
どちらの時間もないままに、英単語、仏文法、
BBCにフランスのラジオ、ともはやごちゃまぜになっている。
なんとかそうして目の前の仕事をこなして生きる中、
帰ってくるともう一つ、目の前には我が息子。
それはまた仕事とは全然別の存在で、少しでも
手をかけないと 露骨に反応が現れる。
その反応がよくわかるのが恐ろしき「授業参観」で
同じような年月に生まれ、たいして変わらぬ場所で育ち
同じ授業計画表でほぼ変わらぬ授業を受けているはずの子達が

いかに違ったものであるか

それを目の当たりにする場所だ。

明らかに育ちのいい子
明らかに手をかけて育てられている子
ノートの取り方の美しい子
授業で颯爽と発言できる子
いろんな子供たちがいて・・・・

授業参観に行くたびに 私は痛切に反省をする。
確かにね、お母さんがいけなかったよ・・・

なんでもただやればいいってもんじゃない、
漢字もただ書けばいいってもんじゃない・・・
わかった・・・じゃあ今度からはこれをやろうね?

そしてまた数日努力をしてみた後で私も問いたくなってくる。
私だってかなり一生懸命ご飯も作り
朝ごはんだって豪勢だ。週末はいつもピクニック。
お菓子だってなるべく手作り、電子レンジはもうやめた。
でも そんな全部はできないよ・・・
子供と遊び、しっかりと学習につきそって、
ご飯もきちんとしたものを食べさせ
平日は仕事をきちんとこなし、自分の将来も見据えて生きる・・・

私はいつも思ってしまう。
解けない方程式を解いているのだ と。

もともと無理な話ではないのだろうか。
だって東大に行かせる親の6割は年収1千万で、したがって
かなりの母親は専業主婦で 就学前からみっちりとした
手厚い教育を息子のために行って・・・そんな人たちと
私の状況を比べたら どう頑張っても そう
ガラガラガラと、階段を転げ落ちていくのが目に見えている。
だからこそ、普通にしててはいけないと、私も
それなりに頑張ろうとはするのだけれど、
もう体力だってもたないよ・・・
(息子を東大に行かせたい!というわけではないけど
私のまわりには何故か子供が東大とか目指しているという人が多く
実際学費だけを考えたら費用対効果はめちゃくちゃ高い学校だと思う)

そして時々、母は涙を流してしまう。

私の人生、一体何だったのだろう?
もちろん私にだって夢があった。
息子と同じクラスに在籍している半数を占める女子たちも
同じように今では夢を抱いているだろう。
「大きくなったら何になりたい?」
「パン屋さん!」「お花屋さん!」
お母さん!という人も中にはいるだろうけれど・・・

女子だって、今の教育の中では当たり前に夢をもつ権利が
与えられている、けれど。

結婚して子供を産み、いざその子供と自分の目の前の仕事、
そして自分の未来と子供の未来とで板挟みになってみると
もはや何を優先したらいいのかわからない。
専業主婦だった母たちはすぐさま私にこう言うだろう
「子供の将来に決まってるでしょ!(あんたなんかどうでもいいのよ)」
でも私は思ってしまう。生まれた子供が女の子だったなら?
その子をいい大学にいかせるために、親はずっとやっきになって
自分の人生はどこかにおいて、それでその子が卒業して数年たったら
娘も専業ママなのか?そして彼女はまた同じことを繰り返すというわけか・・・

ママだってね、と私は息子に泣きながら訴えてしまう時がある。
ママにだってママの人生や将来があるんだからね。
お茶の先生は先日お稽古に来た私にこう聞いた。「生まれ変わったら
何になりたい?」先生、生まれ変わったらって、私まだ
人生の途上なんですが。まだ30代半ばで、夢を諦めていないんですが・・・

女にだって、手にしたかった夢はある。でもこの国でそれを
手に入れること、かつ子供の人生もそれなりに成功に導くことは
至難の技だ。もともと資産があってお手伝いさんや家庭教師を
雇えるか、20代の早いうちに成功して保育園の書類を書けなければかなり難しいだろう。
お金もない、それなのに夢も諦めきれず、目の前には子供もいるという状況で
向かうべき先はどんな選択肢なのだろう。

私ももっと研究がしたい。研究にも、書くことにももっと時間を費やしたい。
世界中で起きてることをフランス語と英語を使ってしっかり理解していきたい。
世界の人たちを取材し、議論し、それらを日本の人たちに伝えたい。
東大の先生方に会うたびに、私は心底羨ましい。そんな知的で
国際的な世界で普通に暮らしていける、いつでもそんな状況がある
そんな人たちが羨ましい。少しでもそんな世界に近づくために
まずは語学力を相当に上げることかと思い、私は今日も
ラジオに耳を近づける。
文字通り喉から手が出るほどに羨ましい!と思ったら
いつか手にすることができるのだろうか。
イメージの力は相当大事らしいから、たまには大好きなカフェを訪れて
しっかりこの先を見据えよう。

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言うことを聞かない子供

2016年05月31日 | 日仏子育て事情
「子供を虐待する親の気持ちがわかる」
私が妊娠中に通った産婦人科の先輩ママたちの集まりで
そんな話を聞いた時 私は耳を疑った。
「子供を虐待する人の気持ちがわかる?!」
まだ子供がいなかった私にはとても衝撃的だった。
なんてショッキングなことを言ってしまえる人たちだろう・・・
でも目の前にいた先輩ママ二人くらいはその言葉に
うんうん、と深い同意を示していたのを覚えてる。

北海道で「しつけのために」山に置き去りにされてしまった
子供のニュースが流れている。彼は我が息子と同じ小学2年生。
ニュースを見ながらいろんな気持ちが駆け巡る。きっと
子供がいない人には「ありえない」としか思えないだろう。
私だって、そりゃやりすぎだと正直思う。しかも車で去るだなんて
その時の状況はなんとなく想像がつくわけで、もちろん
親は「5分たったら戻ってくるからそこでじっと反省してなさい」なんて
ことは言わずに、怒りとともに暴言を吐いてその場を去ったのではないかと思う。

日本ではもはや日常茶飯事のように虐待のニュースが流れている。
あれ、また今日も?おとといもなかったっけ?そんな感じで
もはや電車の人身事故に対するような感覚だ。そして多くのニュースが
同じことを告げている。「しつけのつもりで・・・」

さて、まともな感覚があると自負している人からすると
おそらく「そんなしつけはありえない!」となるのだろうけど
私個人としては、そんな対処方法を実際に選んでしまうか、
しかもやってすぐに後悔しないのかどうかは別として、
そういう状況に陥ってしまった親の気持ちはわかる気がする。
いうことを聞かない子供、それが自分をどれだけ腹立たしい気持ちに
させるものかはやられてみないとわからない。
誰だってちょっと子供と接しただけなら「まあかわいいのに・・・」
というだろう。でもその子供にすごいエネルギーで怒鳴られ
全身全霊で睨まれ、本気で蹴られ、めちゃくちゃ責められ続けたときに、
初めの数分は我慢できでもどこかで堪忍袋の尾が切れる。
そんな経験はないだろうか?(たぶん大抵の母親はあるのでは・・・)

そんな時の親の気持ちはもはや理性とは程遠く、
子供と同じくらいいろんな感情がうずめいている。
そして思う「このクソガキ!!」それから後に起こることは、
人それぞれだろうけれど、ろくなことが起こらないのは確実だ。

子育てにはいろんな感情がある。子供を可愛いと思う瞬間、
ふざけんなと思う瞬間、悪かったなと思う瞬間、ああまたかと
思う瞬間、幸せだなと思う時・・・いろんな感情が時間ごとに
変わっていくから、100パーセントいつでも我が子が大嫌いという人は
あまりいないのだろう。きっと我が子が手に負えなくなってしまったときに
どうしていいかもう途方に暮れて、なんでもいいから言うことを聞かせるために
強行手段に出るのだろう。

ところでそんな強行手段を先述の”100 façon de se faire obéir”の著者で
精神科医のアンヌ・バキュスがどう思っているかというと
結論としては「しつけとしては全然ダメ 効果ゼロ」という感じだろう。
彼女が言うにはもっと効果的なしつけの方法はある。そのためには
行き当たりばったりでは全然だめだということだ。

「このやろー!」と思って息子に対する怒りとやるせなさが
まんまんのとき、私はまたこの本を熟読する。この本でも
フランス式子育て一般でも力説されるのは
親の断固たる態度 一貫した態度。

だめなものは絶対だめ、一度許したら子供はその
「例外」がわからない。今ここで許されるなら、
今度だってもっとねだって泣き喚けばそれが通るという証拠になる。
一時の状況の悪さをどうにかするために飴やおもちゃを買いたあたえたら
子供は2度目、3度目もそれを手にいれるために必死により激しい行動を
繰り返す。しかも子供は生まれながらの役者だそうで、あえて
親が嫌な気分になっていうことを聞きそうな場所をしっかり選んで
その役を演じるという。スーパーマーケットの店内、駅の構内、
バスの中でみんなが彼らに注目してしまうところ・・・

彼女は本の中で何度も「モデリング」についても力説する。
小鴨が親鴨の動きを真似して生きることを学んでいくように
人間の子供も親の行動を真似して生きるのだ。
つまり、子供にとって大切なのは親の言葉よりも親の態度ということだ。
親が嘘をついていたら?子供も嘘をついていいと思うだろう。
なぜなら子供にとって親こそが世界を代表するような絶対的存在であり、
小さな子供は親もまた他の人とそう変わらない人間の一人だと
相対的に考えることなどできないからだ。その親がやっているのなら、
なぜ僕がしちゃいけないんだろう?
親が怒って子供を殴る。子供も喧嘩をしたとき友達を殴る。
親は学校から呼び出しをくらい、子供に殴るな、というかもしれない。
でも家庭で子供が殴られていたら、子供はそれが「あり」だと思う。
親が子供にキレて暴言を吐く。子供はそれを経験しながら
対処できない事態が起きたらパニックになってもいいと思う。
そうして子供は癇癪を起こす。癇癪を起こした子供に親が
ヒステリックに怒鳴っていても、なんの解決策にもなりません・・・

と、フランスで日々「子供がいうことを聞かない!」という保護者の
相談を受けている著者は冷静に解説する。

じゃあ、どうすればいいのよ?と思いたくもなるだろう。

だから、冷静になればいいんです・・・。

子供はあえて、わざと親を怒らせようとする。
それは親の気を惹きたいからだ。
子供にとって愛情というのは注意をひくことを同意語らしく、
愛されていようが怒られていようが、同じ注意をひけたという点で
子供は(わりと)嬉しいらしい。だから
親の注意が足りない、もっとかまって、と思っている子供は
怒らせてでも親の注意をひこうとする。ここがポイントで、
この本の始めにもとうとうと書かれているけど、
子供に言うことを聞かせたかったらまず親がちゃんと
子供に向き合い、一緒に楽しい時間を共有して絆を作ることが大切だ。
これは(というか全て)耳の痛い話だけれど、確かに
親として他の保護者とも接する中で、突出して問題が
ありそうな子供の親は、親子で集まりがあった時も
その子がすぐ近くで問題行動を起こしていても全く気付かず話に夢中で、
ようやく他の子や他の親にその子が注意されたときに(5分後とか)
「ちょっと、アンタ!何やってたの!!」と登場することが
けっこう多いように思う。

さて、大変な事態が起きた時、怒鳴る、叩く、暴言を吐く、
ヒステリックになる、くどくど言いつづける・・・(どれも効果ゼロらしい)
そんな対処法以外に何があるかというと、
フランス式の場合はまず断固たる口調で「いけません!」といい、
どうしてもきかない場合は子供と別の空間にいく、または
子供を子供部屋など、別の空間に話して数分間「関わらない」
ということだった。子供はいつも親の出方を気にしている。
かまってくれたら僕の勝ち。たとえそれが怒られてたって。
親が感情的になったらもっと勝ち。僕と大して変わんないじゃん。
何か親がしゃべってる?ちょっと耳をふさいでおこう。そんな風に
思ってその場をしのいでいるらしい。だからそんな時に
説明しても怒鳴ってもくどくどいっても効果はないので、
「子供のゲームに関わらない」つまり、自分からゲームを降りる。
そして自分も子供も、別々の空間で気持ちが落ち着くのを待ち、落ち着いたら
その悪いことについては1回くらいきちんと説明してもいいけれど、
また何事もなかったかのように普通に接するのがよいそうだ。

さて、これは先述のモデリングでいえば、大変な事態があったときに
親は落ち着いて行動をとり、動じなかったことになる。
親は怒りを引きずるのでもなく、子供の存在事態を否定するのでもなく
あなたのその行動をピンポイントでよくないことだと示している。
なのでその問題行動が終わったら、子供として普通に接してあげる。
よいことはよい、悪いことは悪い、それを態度でしっかり示す。
悪いことをやって大人が構い過ぎたら、気をひくために子供は
もっとひどいことをしでかすだろう。そんな風になるよりは、
子供がしくれた日常のよい行いにもっと目を向けてあげたら
どうでしょう?子供はいつも親を喜ばせようとして何かしているものなんです・・・

なるほど・・・

なかなか全てうまくいくわけではないし、怒りがゼロになる日が
来るのも遠いかもしれない。それでもこの本は伝えてくれる。
実際には(認めたくないけれど)お子さんのそんな態度を
つくっているのはあなた方両親なんです、と。だから
子供により厳しく接するよりも、あなた方の接し方を見直してみたら
どうでしょう?子供は驚くほど親の行動や態度を熟視していて、
そこには言葉の弁明は通用しない。「本当はダメだけどちょっとだけ・・・」
昨日と言ってることが違う。親がしっかりしてないと、子供は
その隙を思いきり激しくついてくる。親になるのは大変だ。
自分の人生だってうまくいってなんかないのに、そう思うなら尚更だ。
人の目、ではなく親自身が自分の軸をもってそこから
ぶれずに歩んでいくこと。その大切さを伝えていくこと。
ある時はよいけど、今日はだめ、ではなくて、貫いた生き方を
子供に背中で伝えていくこと。それが本来のしつけでもあり、
子供に効果的にいうことを聞かせる方法なのかもしれない。

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子供に言うことを聞かせる方法

2016年05月24日 | 日仏子育て事情
 息子とパリに行った時、何度か気になる本を見かけた。
素晴らしい科学館のお土産屋さんで平積みになっていた本を
手に取り、私は興味を持ってしまった。
“100 façon de se faire obéir, sans cris, ni fessées”.
(叫ばず、叩かずに子供に言うことを聞かせる100の方法)

 気になる・・・でも難しそう。そしてわりと高い。
興味はあるけど、やめておくか。うちの子はそれなりには
言うことを聞くとも言えるし・・・
そんな折、横から我が子がこう言った。
「ママ、その本買えばいいじゃん。もうちょっと
言うこと聞くかもよ~」
息子が勧めるというのも変な話だが、結局その後
数日間、言うことを聞かずに困ったことが続いたので
えいやっと購入することにした。

 とはいえフランス人向けに書かれたその本は
かなり難しく、なんとなく読めるようなものではない。
帰国して忙しい日常の中、また忘れそうになっていたけれど。
子育てに疲れ果て、私の人生どうにかしたい・・・
そう思う度にすがりつくように1ページ、また1ページと読んできた。

 そしてゴールデンウィークに一気に読み進めた結果。

 あれから2週間くらい経つけれど、もはや子育てに
そんなに困っていないように思う。
あれほどすがるように読んでいた本も、8割方読め、
できる限り実践し、初めの数日間は息子の抵抗が続いたけれど
今では(そういえば)怒鳴ることもほぼなくなり、
もうやってられない!と思うことも、二人きりでの
閉ざされた空間での恐ろしい喧嘩のやりとりもなくなった。
つまり私たち親子にどうやら平和が訪れた・・・

 これまでは「こら!いい加減にしなさい!~しないと
もう~しないからね!!」「だから~だって言ったでしょう!」
の連続だったけど(全て消え去ったわけでもないけど)
この本には耳が痛いことが沢山書かれており、これまでの
やり方がいかに子供にとって無意味かつ、有害なだけかが
よくわかり、方法を変えることにした。

 もしかして実は鞭を使えとか書いてある?と思っていたこの本の
始めの1割は子供をしっかり愛することがいかに必要かとか、
子供がどれほど大人と違い、かつ親からの愛を得たいと思っているかが
とうとうと述べられていた。やっと至った最後の1割には
いかにお尻叩きなど、子供を叩くことが有害で教育として
意味がないかがとうとうと述べられている。どちらも
「じゃあどうしたらいいのよ?なんでこんなことするの?!」
と思っていた私にはとても耳が痛い話・・・。

 この本で強く主張されているのは親の心の平静さが
いかに重要かという話。子供はあえて親を怒らせ、
そこで気をひこうとする。気さえひければ子供の勝ちで、
親が優しく対応しようが怒っていようが関係ないらしい。
子供はただ親の注意を引きたい。それが愛情だと思うから。
怒られてでも愛情が欲しい。だからこそ、普段から
あなたをちゃんと愛していると伝えなさい・・・

 そして大人を怒らす天才の子供が何かをしかけてきたら?
この本で驚愕だったのは「無視」ということ。
ゲームは二人以上でしか成立しない。そのゲームから
できるだけ即座に「降りる」つまり、構わない。
相手にしない。他の部屋に行く、子供を自分の部屋に
行かせて、おとなしくなったらまた普通に構う、ということだった。
子供は大人が怒って冷静さを失って、自分と同じような
状況になったことも喜んでいる。ほら、お母さんだって
同じでしょう?そして自分のルールに引き摺り下ろす。
「僕の勝ち!」

 子供にとって大切なのは言葉ではなく親の態度で、
「だから~だっていったでしょう。だいたいあんたは
いつも~なのよ・・・」と続けるのも全く意味がないという。
わかりやすく、ごく簡潔に。しかも態度で示すこと。
親が子供を殴ったら子供も誰かを殴ってしまう。
「そんなことしちゃダメって言ったでしょ!」と言ったって
子供には「なぜ親がしているのに自分はしてはいけないのか?」は
わからない。それに子供を叩くのは弱い子供にとっては
大人が弱いものいじめをしているように映るらしい。
それは6年生が1年生を叩くのと同じように見えるらしいから
とにかく避けたほうがよく、効果のなさはすでに立証されているらしい。

 結局(私のように)自分がしっかりしていない親は
子供に何かをされるとうろたえ、オロオロしてしまい、
子供が(わざと人前で)親の嫌なことをしでかすと
そのうち堪忍袋の尾が切れたりしてしまう。
そういう姿を子供はわざと引き出そうとするらしい。
ほら、お母さんだって僕と同じじゃん・・・
いつも大人ぶってるくせに。そして制御がきかない土俵に
引きずり込んでいく。(よく母親の打明け話にあるけれど、
一度怒り出すとそのスパイラルに入ってしまい、
自分でもどうしていいかわからなくなるという状況がある。
ちなみにこの本によるとそれは最悪な状況で、そこで言っていることは
子供は何も聞いておらず、「早く終われ」と思っているらしい)

 だからこそ、大人が率先して問題に対処するときの
冷静な姿勢を見せること。問題があっても
うろたえ、パニックになり、ヒステリーを
起こすのではなく、深呼吸して頭を落ち着かせ、
良いものはよい、悪いものは悪いと断固たる態度を
冷静に貫き、解決策を見せること。そのことで
子供は「なるほど、こうやって対処するやり方が
あったのか・・・」とまさに後ろ姿で
学ぶことになるという。(そして子供にくどくど言わない)

 つまり、まず親自身が大人になること。
ぶれない自分をしっかりもって、断固たる姿勢を
貫くこと。子供のその行為に対してほめたり叱ることはあっても
子供の存在や性格自体をどうこうは言わないこと。

 僕がやったこの行為はどんな意味をもっているのか?
他者に対してどんな感情を与えるものなのか?
子供はそれを知ろうとする。うんち、おしっこ!!と
いって喜ぶ子供に、「そんなこと言わないの!!」と
毎回かまっていたら子供はそれを繰り返す。
そんなこと言われていないくらいな気持ちでいたら、
自然と子供はそんな行為をやめていく。
「なるほど、これはやってもまるで意味がない・・・」
「なるほど、これは言うだけ無駄か・・・」
子供は大人がどこまで自分のゲームや要求に
応じるかを隙をみては探っている。
子供のことはちゃんと構うけど、それと
わがままを聞くのは別だ。
あなたのことを愛しているけど、だからといって
全てが通るわけじゃない。それをきちんと教えていくこと。
それが教育なんだなあ・・・

 言うことの聞かない子供を育て続けるのは大変だ。
もう無理!!と思った時に、女性はついヒステリックに、
男性は力に頼りたくなってしまうのかもしれない。
だけど本当に強硬手段に頼らなくても子供が
自然と言うことを聞いてくれる方法はある。

 教育の経済学や一流の育て方、息子を三人東大に
入れる方法の本・・・「受験に勝てる子に育てる方法」の
本は巷に溢れているけれど、ただ普通に子供を育てたいだけで
途方に暮れている母親だって多くいるように思う。
道端で泣き叫ぶ子供たち、バスでわめく子供たち、
その横には大抵疲れた顔をした母親がいる。
そんな疲れと恥ずかしさから逃れるために、
私たちはつい子供のいいなりになり、アメやガムを与えてしまう。
そしてまた1週間後、その悪循環が繰り返される・・・

 この本には耳が痛い話もゴマンとあるけど、
きちんとその理由が書かれているからなるほど、と納得できる。
フランスで子供たちの親からの相談を受け続けている
心理学者が書いた、子供に言うことを聞かせるための具体的な方法論。
世の中に困っている母親が沢山いるのなら
私は是非この本を翻訳したいと思う。

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