伊波一志のひとりごと 「日々のこと、写真のこと、沖縄のこと、四国遍路のこと」

沖縄に生まれ、沖縄で生活するフォトグラファーの雑文と写真のブログ。2008年1/1より歩き遍路道中記更新中。

皆様、ご無沙汰です。

2008-11-06 07:19:20 | 四国遍路(まえがき)
皆様、お久しぶりです。

久々に、自身のブログを開きました。

たくさんの励ましのコメント本当にありがたく思います。

さて、私の父ですが、残念ながら、先日10月16日午後7時45分、他界しました。

直接的な死因は大腸ガンではなく、菌が血液に入り込んだ末の敗血症です。

41日間の長期にわたり、父は集中治療室で頑張りましたが、結局戻ってこれませんでした。

享年、70歳です。

父が集中治療室にいる間、僕ら家族は母を中心として、全力で看病し、最終的には神頼み(寺での健康祈願や沖縄の霊能力者であるユタによる御願(うがん)等)までやりましたが、だめでした。

父もこれが定めだったのでしょうか。

今では、父が安らかに眠ることを祈るばかりです。


ところで、僕のブログですが12月3日(四十九日)以降、できれば再開していきたいと思います。

もしかしたら、年明けになるかもしれませんが・・・

本当の大黒柱になった今、仕事もハードに頑張っておりますので、以前のように毎日の更新といういのはむずかしいとは思いますが、結願まで続けたいと思ってます。

よろしく、お願いします。

最後に、失礼ながら、この文章をもって皆様の励ましのコメントの返信とさせていただきますね。

本当にありがとうございました。

合掌
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お詫び

2008-09-06 15:55:53 | 四国遍路体験記

読者の皆様へ


大変申し上げにくいのですが、しばらく休載します。

私事で恐縮ですが、実は、父が大腸ガンと闘病中で、昨日も三途の川を渡りかけました。

幸い、この世に戻ってきたのですが、ブログを毎日のように書き続ける余裕がありません。

書く遍路の途中で、本当に申し訳ないです。

ただ、必ず、再開し、いずれ、最後まで書くつもりでおりますので、お許しください。

もしかしたら、早い段階で、再開できるかもしれませんが、一応ご報告ということで・・・

合掌。
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いよいよ、伊予へ(四国遍路〜松尾峠)

2008-09-01 12:42:19 | 四国遍路体験記

             松尾峠・県境


              四十番観自在寺・山門



僕は、ベンチに腰をおろし、息を整えながらの一休み。

少し落ち着いてきたところで、ベンチの横に立てられた木製の説明書きに気がついた。

『茶屋跡  土佐側にあった峠の茶屋跡で、旅人たちはここで一服し、眼下の宿毛湾の絶景につかれをいやした。昭和初期まで茶屋があり駄菓子やだんご、わらじ等が売られていた』とある。

残念ながら、木々が生い茂り、宿毛湾はかすかにしか見えず、絶景とはいかなかったが、峠の茶屋なんて、僕のイメージでは時代劇の中の世界であるからして、戦前とはいえ、昭和の時代まであったということが妙にうれしい。

昭和というキーワードひとつで、歴史的事実を身近に感じ、異様なリアリティーが立ち上がってくるようだ。

ちなみに、県境にあった松尾峠の説明書きには、『伊予と土佐の国境にある標高300メートルのこの峠には、南予と幡多を結ぶ街道があり、幕府の巡見使をはじめとし、旅人や遍路の通行が盛んで 享和元年(1801)の記録に、普通の日で200人、多い日には300人が通ったと記されている。 国境の石中は、伊予側のものは貞享4年(1687「)の建立で、土佐側のものはその翌年、高知で製作し、下田までは海上を船で、その後は陸上を馬車等で運んだものである。 昭和4年宿毛トンネルが貫通してからは、この峠を通う者もなくなり、その頃まであった地蔵堂や茶屋も今は跡だけが残っている』とある。

宿毛トンネルが貫通するまでは、まさに伊予と土佐を結ぶ唯一の街道、メインロードであったわけだ。

この、しんどい道がメインロードだったなんて、昔の人々の大変さに敬服する。

峠の茶屋と、200から300の通行人の往来。

往時の、にぎわいを想像すると、なぜか楽しい気持ちになった。



茶屋跡で20分ほど休憩した後、僕とKくんは出発。

少し歩くと、すぐに県境を越える。


(よし!!折り返し地点はクリアーだ!!!リタイヤせずに、ここまでよく頑張ってるよなオレ!!!)


僕は、心の中で軽くみずからを労った。


(さあ、今日から、土佐の修行を終え、いよいよ伊予の菩提の道場だ!!・・・ていうか、菩提の道場って、どういう意味なんだろう・・・・まっ、いいか、ともかく一区切りで、残り半分だ!気持ちを入れなおして、また頑張ろうか!!)


松尾峠を過ぎ、愛媛県愛南町に入ると、ゆるやかな下り道が続くが、よく整備されていて歩きやすい。(道の片側に手すりなどもある)

県境から、明らかに道の整備状況がちがう。


(愛媛のほうが、金持ってるのかなあ・・・)


僕は、下世話なことを考えたりしてしまう。

ちなみに、あとから知ったのだが、小山地区の皆さんが年間をとおして道の整備をしているそうだ。

誤解のないように言っておきたいが、僕は愛媛側の道を褒めて、高知側の道をけなすつもりではない。

高知側の道は、まさに昔ながらの遍路道といった趣で、ある意味ロマンティックである。

歩きづらいのだが、風情はこちらのほうに軍配が上がる。

一方、愛媛側の道は、遊歩道といった趣で、遍路道の風情はないが、歩きやすくて大変ありがたい道だと思う。

これはこれで、地元の方々に感謝である。

優柔不断な意見だが、本心である。


ということで、僕らは、県境からは、整備されて歩きやすい遍路道を、順調に下っていった。

峠を下り、一本松で国道56号線にぶつかる。

国道沿いの飲食店で、昼食休憩。

その後は、国道56号線を城辺町方面へと、ひたすら進む。

途中、僧都川をわたり旧御荘町の商店街を歩いた。

どこか、なつかしい雰囲気の町である。

午後4時、僕とKくんは、四十番観自在寺に到着した。

To be continued・・・

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久々の絶叫!!(四国遍路〜松尾峠)

2008-08-31 10:58:39 | 四国遍路体験記

松尾峠まで、距離1.7km、標高差290m。

リュックを背負ったままでの、久々の峠超えである。

僕は、一気に駆け上がる・・・つもりであった。


(いい加減、オレの四国遍路も折り返し地点だぜ!!知らないうちに歩く力もついているはずだよな・・・)


しかし、結論からいうと、それは甘い読みでしかなかった・・・



僕の前を歩いているKくんは、平坦な道とさほど変わらない軽やかな足どりで登っていく。

小柄で、体重が46kgしかないKくんは、(僕から見ると)まるで、重力の弱い世界を行くかのように、一歩一歩ヒョコンヒョコンと跳ねながら、進んでいた。

一方、僕はというと、ものの数分で『一気に峠まで駆け上がる』という気持ちは折れ、重い体(この時点で、初日から6kg減の74kg)を引きずるようにして、峠へとむかう。

僕は、みるみるKくんに引き離されていった。


(やっぱ、甘かったなあ・・・リュックしょってたら、オレもまだまだこんなもんだ・・・)


ヒーヒー、ハーハー、ゼイゼイ表現は何でもいい。

僕は息を切らせながら、とにかく登る。


(ちょっと、待てよ!!シャレになんないぞ!!!ほとんどが急坂じゃないかよ!!!!)


二十七番神峯寺へ登ったときに、『真っ縦の急坂』という表現を知ったが、僕から言わせれば、松尾峠への登りこそが『真っ縦の急坂』の称号にふさわしい。


(Mr.真っ縦とは、お前のことだ!!!松尾峠め!!!)


「くそ〜〜〜っ!!!!」


「どこまで、まっすぐ伸びていくんだ!!てめえ!!!ちょっとは、ゆるやかに蛇行したりとかないのかよ!!」


絶叫したり、愚痴ったり、訳の分からない独り言がしだいに増えていく。

思えば、久しぶりだ。

とにかく、この急坂は山の斜面を峠にむかって一直線に伸びていく印象しか残っていない。


「もう、勘弁してよ〜〜〜!!」


僕は、5m進むと、立ち止まって休憩し、お茶を飲む、という行為をくりかえした。(もう、この時点でKくんの姿は見えなくなっていた)

あまりに、頻繁にお茶を飲むものだから、冷凍のお茶がとけるスピードが間に合わない。

それでも、5mごとにお茶のペットボトルを口にする。


「ウォ〜〜〜〜〜!!!」


歩き始める前に、雄たけびを上げなければ、体が前に進まない。

雄たけびを、ローギアにかかる負荷へのエネルギーへと変える。

しばらく、5mごとに立ち止まるという最悪の進み方をしていたのだが、また、ヤツがやってきた。

アブだ!!


「くそっ!!今度はてめえか〜〜〜!!!ウォ〜〜〜!!!」


アブまでも罵倒しながら、そのエネルギーで前に進む。

立ち止まっていると、アブに刺されそうな気がして、怖くて休めないのである。

アブから逃げるように、必死で雄たけびを上げながら、登る僕。

アブのおかげというべきか、5mしか進めなかった僕は、一気に10m、15mと歩けるようになってくる。

しかし、それでも、峠は見えてこない

そのとき、『松尾峠まで、0.6km』の道しるべ。


「マジかよ!!まだかよ!!!松尾峠!!」


「あと、600mだと!!殺す気か!!この野郎!!」


途中、何度も、リュックやカメラを谷間に投げ捨てようかと思ったことか。(ということで、当然、写真なぞ撮っていない)

魔が差していたら、本当にやりかねないくらい、僕は苦しかった。


結局、ふもとから何十分かかったのか、まったく記憶が定かでないのであるが、ようやく松尾峠のてっぺんに到着した。


「おつかれさまです!!」


峠で、僕を待っていてくれたKくんがニヤニヤしながら声をかけた。

きっと、僕の絶叫が聞こえていたのだろう。


「いや、マジで死ぬかと思ったぜ!!!」


僕は、荷物をおろし、ベンチに腰をおろした・・・

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いざ、松尾峠!!(四国遍路〜四十番観自在寺へ)

2008-08-30 13:32:08 | 四国遍路体験記

            三十九番延光寺・山門


               延光寺・本堂


赤亀と梵鐘(※延喜11年(911年)の銘の入った梵鐘は高知県内でも古いものだ)


              延光寺・大師堂


             目洗い井戸



7月28日(お遍路25日目)、晴れ。

朝食をおえた僕とKくんは、6時40分に『民宿 嶋屋』を出発し、三十九番延光寺にむかう。(延光寺は、『民宿 嶋屋』のすぐ目と鼻の先であるが、荷物は玄関に置かせてもらった)

僕は、午前7時に納経所が開く前に、本堂・大師堂と参拝し、撮影まですませる予定でいた。

昨日、納経所の閉まる午後5時に間に合わなかったので、なるべく効率よくいきたいからである。

7時ちょうどに朱印と墨書きをもらったら、すぐに寺を出たい。



さて、延光寺であるが、正直にいうと、寺自体の印象はあまり残らなかった。

しかし、『修業の道場』といわれる土佐における最後の寺という意味での感慨はあったかもしれない。

思えば16札所しかない土佐であったが、本当に長い道のりであった。

いろいろと大変なこともあったが、とにもかくにも、今日で土佐を抜けることになる。

打ち終えた札所の数でいうと、まだ半分には達していない。

歩いた道のりでいうと、半分は超えているだろう。

ただ、僕の気持ちの中では、今日歩くことになる松尾峠にある県境が折り返し地点だという思いが強い。

よって、今日無事に松尾峠を越えることができれば、一区切りである。



予定通り、7時すぎに延光寺を出発した僕とKくんは、『民宿 嶋屋』で荷物を受け取り、松尾峠へとむかう。

国道56号線に出て、1時間ほど歩き松田川を渡ると、宿毛市街に入った。(ちなみに、宿毛は、戦後復興に活躍した吉田茂の故郷だそうだ)

僕らは、落ち着いた風情を漂わせている町を歩く。

しばらく歩いた後、国道沿いにあるコンビニで休憩。

へんろみち保存協力会の地図によると、ここから先は赤い点線で記された遍路道が10km以上続くので、当然飲み物も購入した。

ちなみに、僕は、この日初めて、冷凍されたペットボトルのお茶が売られているのを知り、迷わず2本買った。


(こんなんがあったんだなあ・・・もっと早く冷凍ペットボトルの存在を知っていたらよかった・・・でも、これで、今日は、松尾峠を越えたあとまで、冷えたお茶を飲めるかもしれない・・・)


休憩後、僕らは、国道56号線を逸れ、宿毛貝塚を通って里山に入る。

短いが急な登り坂であった。

背後に宿毛の町を見下ろしながら、小さなうねりをいくつも越える。

季節によるのか、林を歩いていると、たくさんのアブに遭遇した。

追い払っても追い払っても、追いかけてまとわりついてくる。

本当にアブには辟易させられた。

ただ、アブを避けるために急ぎ足になるので、歩行スピードが上がるという効果はあったかもしれない。

ところで、Kくんが道中出会ったあるベテラン遍路は、殺虫剤を手にしながら山道は歩いていたそうである。

遍路の心得である十善戒のひとつ、『不殺生』に反する行為ではあるが、ベテラン遍路の気持ちは、本当によく分かる。

アブはメチャメチャうっとうしいのだ!!




大深浦まで来るとブンタンの畑の中を通って、いよいよ松尾峠の登りにさしかかった。

ふもとで、遍路道を右にそれると、子安地蔵のお堂がある。

土地の人々がきれいに整備しているそうなので、休憩にはいいかもしれない。

僕らは休憩せずに、そのまま峠越えに突入したのだが・・・


さあ、いよいよ、標高差290mを登らなければならない。


「よっしゃ!!!!!!!」


僕は、みずから気合を入れるために、腹から声を出した・・・

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Kくんの人徳(四国遍路〜『民宿 嶋屋』)

2008-08-28 11:04:51 | 四国遍路体験記
『民宿 嶋屋』

素朴な雰囲気の宿である。

僕は、2階の部屋に案内された。

部屋でしばらく休憩した後、お風呂へ。(Kくんが順番を譲ってくれたので先に入ることになった)

大きな湯船のある風呂場で、疲れを癒す。

洗濯機に汚れ物を入れ、部屋に戻り、また休憩。

タバコを吸いながら、あったかいコーヒーを飲む。(廊下の端に、共同で利用できるインスタントコーヒーやお茶が設置されていた)

のんびりしていると、民宿の庭でKくんとおかみさんが談笑しているのが見えた。

何やら楽しそうである。

すぐに人と打ち解けるKくん。

これも彼の人徳がなせる業なのであろう。

ある意味で、一種の才能と言ってもいいかもしれない。


Kくんが風呂から上がるのを待って、一緒に食堂へ行く。

食堂には7,8人の先客がいた。

とはいっても、遍路ではない。

何人かの方は作業服だったので、遠方から建設や工事のためにやってきている現場関係の人たちにちがいない。

わいわいがやがやと賑やかである。



「そういえば、さっき、Kくんとおかみさんが話してるのを見たんだけど、すっごく盛り上がってる感じだったねえ」


「ああ、いろいろ世間話をしてたんですけど・・・出身とか年齢とか彼女がいるとかいないとかの話になって、しまいにはおかみさんの姪っ子を紹介したいとかいわれちゃって・・・・」


「ガッハッハッハッ!!!冗談で?」


「いや、けっこうマジでしたよ!」


「おかみさんに気に入られちゃったんだ〜〜!!」


「なんか、そうみたいっすね。なんか、よくわかんないですけど、かなり気に入られたようで・・・」


「初対面なのにねえ!!すごいじゃない!」



やはり、初対面の人間に、すんなり受け入れられるのだから、Kくんは何かそういうオーラを持っているのだろう。

本人が意識しているか否かは分からないが、無条件、無防備で人の懐に入っていく人懐っこさは魅力的である。

無意識のうちに、他人から心を隠すというかガードを固めてしまう僕からすれば、うらやましいと思う。


(道中、Kくんから学ぶこともたくさんありそうだなあ・・・)


僕は、心の中でそう思った・・・

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三十九番延光寺へ(四国遍路)

2008-08-25 12:54:43 | 四国遍路体験記
脱水症状気味だったKくんは、危機一髪(?)で回避、ようやく落ち着きを取り戻していた。

僕らは、木陰で涼みながら会話を続けている。


「ところで、伊波さん、昨日はIさんから電話ありましたか?」


「いや、なかったよ・・・」


「そうすか・・・」


「あの人のことだから、平気な顔して『今、どこそこにおるけん明日会おうとか、どこそこで待ってるわ』なんて電話がかかってくると予想してたんだけど・・・結局、連絡はなしだったよ・・・」


「そうなんすか・・・」


「しょうがないんじゃない・・・流れにまかせることにするさ・・・」


「なんか、残念ですね・・・せっかく知り合えたのに・・・」


「矛盾してるんだけど・・・オレ的には、あの人は一緒にいたらいたで、振り回されるし・・・いなきゃいないで、どっか寂しさを感じる不思議なひとだね・・・まっ、いいさ!連絡があれば、また一緒に歩けばいいし、なければないで、それぞれのペースややり方でまわればいいし・・・どっちでもいいよ」


冷静な僕のコメントは、Kくんにとって少々冷たく感じられたかもしれないが、この時点での僕の本音である。

そして、Kくんには言わなかったが、僕はみずから連絡するつもりはなく、今後の展開はIさんのアクションに委ねようと決めていた。



さて、木陰での長い休憩をおえた僕とKくんは、12時半頃出発。

三十九番延光寺にむかって、再び歩きはじめた。

途中、天満宮を通り過ぎ、三原村役場へむかうルートを進む。

てっぺんまで来ている太陽の日差しがきつい。

気温は、ますます上昇しているはずだ。

4kmほど歩いていただろうか、僕らは村の中心部を抜け、ガソリンスタンド近くの店の前で休憩。

ふたりとも、アイスクリームを食べ、体を冷却した。

僕らは、その後も県道21号線を進む。

梅の木公園・三原村いこいの森、梅ノ木トンネル(中筋川ダム近辺)を抜け、黙々と歩く。

僕は、足の速いKくんについていくのが精一杯で、思考は停止状態であったと思う。

この区間の印象は驚くほど薄いようだ。

とりたてて記憶に残るものはなかった。

途中、ダムの管理事務所だったか(記憶が不明瞭)、公共建物の陰で一度休憩。

僕とKくんは、けっこう長い時間、いろいろな話をした。

僕が過去におこなった旅(特にインドについて)、哲学や宗教、仕事について等、とりとめもなく、僕らは話し続けた。

語るのが大好きな僕とKくんの会話は、気をつけないと永遠に続きそうである。


「Kくん、そろそろ、行こうか!」


「そうっすね!」


四国遍路のようにゴールにむかって日々歩かねばならない旅でなければ、何時間でも話したいところであるが・・・


僕らは、再び歩きだす。

しばらく、行くと県道21号線は、国道56号線にぶつかり、僕らは左折。

延光寺へと向かう。


・・・が、僕らの長話が仇となったのか、結局午後5時の納経所の閉鎖時間に間に合わず、『民宿 嶋屋』へ。(Kくんも道中、予約を入れていた)

さいわい『民宿 嶋屋』は延光寺のすぐ近くであったので、参拝は明日の朝に行うことに決めた。

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Kくん陽炎に揺らめく(四国遍路〜三十九番延光寺へ)

2008-08-23 11:21:04 | 四国遍路体験記
時折、下ノ加江川を眺めながら、僕は県道21号線を歩いた。

ぐんぐん、気温は上昇している。

ペットボトルや水筒の中は、すでに空だ。

体は、オーバーヒート気味で、咽喉はからからに渇いている。


(暑い・・・けど、もう少しだ・・・竹内商店まで・・・)


僕は、ヘロヘロ状態であったが、地図上にある竹内商店のおかげで、気持ちは前向きであった。


芳井の休憩所から1時間ちょっと歩いたであろうか。

僕は、ようやく竹内商店にたどりついた。


(やった〜〜!!着いたぞ!!!お茶、がぶがぶ飲んでやる!!!)


僕は、2ℓのペットボトルを購入すべく店の中に入る。


「すいませ〜〜ん!2ℓのお茶置いてますか?」


「あ、はいはい、2ℓの飲み物は、表の自動販売機に入ってますよ!」


「あっ、そうなんですか」


僕は、店を出て、自動販売機にむかう。


(おっ、ほんとだ!!あるじゃん!!2ℓサイズを売ってるジハンなんて珍しいな・・・)


はたして、僕は、2ℓのお茶を購入する。

ちょうど、11時半であったので、昼食もかねて、竹内商店むかいの木陰で休むことにした。


(さて、まずは・・・当然・・・お茶でしょう!!)


僕は、まずペットボトルのキャップを開け、一気に冷たいお茶を咽喉元に流し込む。


(ヒャ〜〜〜!!!!!最高!!!!!!極楽だよ!!これが!!!)


1ℓちかくのお茶を飲んだ僕は、冷たさの快楽にしびれた。


「ふぅー たまらんな・・・」


ようやく、熱を冷ました僕の体は、落ち着いてくる。


(よっしゃ、おにぎりでも食べようか・・・)


僕は、『久百々』のおかみさんが持たせてくれたおにぎりを食べはじめた。

炎天下ながら、木陰では心地よい風まで感じることができる。


(なんか、幸せだなあ・・・)


先ほどまでの苦しさとのギャップからなのか、「木陰でおにぎりを食べる」というありきたりの行為に、ほのかな喜びを感じる僕がいる。

僕は、あまりの気持ちよさに、30分ほどボーっとしていた。




(さて・・・そろそろ出発しようか・・・)


そう思いはじめた矢先、遠くからこちらに向かっている遍路の姿に気がついた。


(誰かなあ?)


しばらく、眺めていると、背格好から、それがKくんだと分かる。


(おっ、Kくんだ!!やっぱ、追いついてきたな・・・)


アスファルトからちらちらと立ち上る陽炎による錯覚なのか、Kくんが揺らめきながら近づいてきているように見える。


(・・・ていうか、ほんとにフラフラしてんじゃないの!!!)


Kくんが、こちらに近づくにしたがって、錯覚ではなく、実際にKくんがふらついているのが分かった。


「おつかれ!!ていうかKくん!!大丈夫か?思いっきりふらついてるよ!!」


僕は、Kくんに声をかけた。


「はあ、はあ・・・・・・ヤバいっす・・・」


Kくんは、それだけを発すると自動販売機へむかい飲み物を購入。

すぐに、木陰へやってきて、彼は500mℓのお茶を一気に飲み干した。


「フゥ〜〜〜!!」


「落ち着いたか?」


「ヤバかったっす・・・・」


「えっらい、暑かったもんな〜」


「いや、水、足りなくって・・・最後らへんは、頭痛にめまい・・・口ん中がからからで、唇まで渇いてきちゃって・・・」


「・・・って、それ、まるっきり脱水症状そのまんまじゃん!!!」


「いや、ほんと危なかったですよ!!」


「途中、水飲み場みたいなところ、あったでしょう?補給しなかったの??」


「いや・・・なんとなく大丈夫だろうと思って、スルーしちゃったんですよ・・・」


「危ねーな・・・」


「ていうか、ほんと死ぬかと思いました・・・」

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最終処分施設?(四国遍路〜三十九番延光寺へ)

2008-08-22 11:54:24 | 四国遍路体験記
僕は、三十九番延光寺へむかって県道21号線を歩いている。

というか、とりあえず三原村の中心部にむかって歩いていると言ったほうが正しいかもしれない。

竹内商店を目指している、と言っても過言ではないだろう。

竹内商店まで行けば、まちがいなく冷たい飲み物を確保できるはずだ・・・

さきほどの水飲み場で補充した水は、まだ少し残っているが、完全にぬるくなっている。

「冷たいお茶をがぶ飲みして〜〜!!」という自らの欲望をエネルギーにして、僕は歩いた。


水飲み場から1時間ほど歩いたであろうか。

僕は、芳井(三原村)という小さな集落に入った。

民家が何軒かあるのだが、人には会わないし、県道を走る車もほとんどない。


(ほんと、静かな集落だなあ・・・)


ただ、しばらく、歩くと民家の敷地の一角に遍路のために提供されている東屋があったので、ここで休憩をとることにした。

腰をおろし、へんろみち保存協力会の地図を開く。

竹内商店まで、あと5kmほどだ。

のんびり歩いても1時間半では着くだろう。


(あれ?そういえば・・・三原村って放射性廃棄物の最終処分施設の候補地じゃなかったっけ?)


僕は、ふと地図を眺めながら、ひょんなことを思い出した。

ニュースかドキュメントのテレビ番組だったか雑誌だったか記憶が定かでないが、三原村とか旧中村市の山中が候補地(もしくは立候補だったっけ?)になっていたこと(なっている?)を知っていたからである。


(こののどかな風景に、放射性廃棄物の最終処分施設というのは、すごく違和感を感じるよな・・・)


のような余所者(よそもの)は、高レベル放射性廃棄物の最終処分施設など、三原村には似つかわしくないと感じてしまうのだが、財政難等、村にもいろいろな事情があったのであろう。

候補地として名乗り出る苦渋の選択というのもあったかもしれない。

実際、遍路ルートを歩いていても、山中の村や漁村など、どう考えても税収の少なそうな集落はたくさんあった。

「日本の田舎って、こんなに廃れていってるんだあ」と、正直驚くことも多い。

四国に限らず、日本中に自治体運営が立ち行かないところは、無数にあると思われる。


(好きで、放射性廃棄物の最終処分施設なんか誘致する村なんてないよなあ・・・背に腹は変えられぬ的な選択だったんだろうけど・・・なんか、せつないな・・・)


僕はひるがえって、わが故郷沖縄のことを思う。


(沖縄だって、税収なんて全国最低レベルだろうけど・・・それほど廃れた印象がないのは、米軍基地を引き受けているおかげの間接的な援助なんかもからんでいるんだろうし・・・有名観光地として本土や外資の大資本がつぎこまれているからなのかもしれないし・・・基地や原発、最終処分場・・・誰ものぞんじゃいないけど・・・金がない・・・みたいな・・・ウ〜〜〜ン・・・・分からん!!)


理想と現実のはざまの複雑な問題に、僕はふたをして、考えるのをやめた。

政治音痴で経済音痴の僕は、この手の話は苦手なので、はっきりとした結論や意見をいうことを避けることが多い。

ただ、いつも、せつなさだけが胸に残る。


さて、休憩後、僕は再び歩きだし、竹内商店を目指す・・・

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水分補給(四国遍路〜三十九番延光寺へ)

2008-08-20 12:41:16 | 四国遍路体験記

              下ノ加江川


              水飲み場
            


『久百々』を出発してすぐに、板前Kくんの泊まっている『いざりび』を通り過ぎる。

Kくんとは、今日も一緒に歩こうか、という話にはなっていたのであるが、『いざりび』の朝食時間は6時半ということだったので、とりあえず今日は単独で歩くことにしていた。


(まあ、彼の方が足が速いから、そのうちいい感じで追いつかれるだろな・・・)


僕は、道中Kくんと会えることを確信しつつ、歩く。



しばらくすると、国道321号線は、下ノ加江中学校を過ぎた後、下ノ加江川の上流へと向かう。

『久百々』を出発して1時間ほど経っていたであろうか。

ぽつんと自動販売機が道沿いに設置されていたので、僕は迷わず2本のお茶を購入した。(『久百々』から4kmくらいの地点だったと思う)

僕は、県道21号線を三原村に向かうルートを選択するつもりだったのであるが、へんろみち保存協力会の地図を見ると、三原村の中心部まで、水分補給のポイントがなさそうな予感がしたからである。

真夏遍路に何度も痛ぶられている僕の「水分補給」に対する危機意識は高い。

何よりも、飲み物がないと不安である。


さて、国道321号線を逸れ、五味橋を渡った僕は、三原村方面に向かい県道21号線を歩きはじめた。

水分補給の不安もあるので、日が高くならないうちに少しでも先に進んでおきたい。

とりあえず、サボらずに黙々と歩く。

昨日とは違い今日はリュックも背負っている。

良くて最高時速4kmといったところであろう。

地図によると三原村に竹内商店という店がある。

三原村中心部の端っこに位置する店だが、そこまで13.4km。

僕の足だと、休憩を含めて最低4時間はかかりそうだ。

最悪の場合、2本のお茶でそこまでもたせなければならない。

僕は、お茶のがぶ飲みをできるだけしないように、心がけようと思った。

しかし、冷たいお茶が咽喉を流れはじめると、ついつい我慢できずに、多めに摂取してしまう。

必要以上に水分を摂っていることは分かっているのだが、体を冷たいもので冷やす気持ちよさ、この欲望を抑えきれないのだ。

早くも1本目のペットボトルのお茶は底を突いている。

そして、僕は2本目のお茶にも手を出しはじめていた。


(ちょっと、お茶が減るペースが速すぎるかなあ・・・ていうか、絶対速いよなあ・・・)


分かってはいるのだが、なかなか欲望に打ち克つことができない。

晴天の今日、みるみる気温が上昇していくのが分かる。

アスファルトの照り返しも、次第に厳しくなっていくだろう。


県道21号線を歩きだして1時間ちょっと歩いていただろうか。


(あれ???なんだ?)


僕は、水飲み場をらしきものを発見した。

湧き水なのか、川の水を引いているのか分からないが、近づくと黒いチューブから水が出ている。

地元の方の心遣いなんだろうか、すぐ傍には水を飲むためのコップがいくつか置かれていた。


(おお!!ラッキー!!水じゃん!!!)


僕は、水をがぶ飲みした。


(最高!!しかも、けっこう冷たくて美味い!!)


もちろん、冷蔵庫の水より冷たくはないが、真夏に歩いている僕にとっては、十分な冷たさであった。

僕は、地べたに座りながら、しばしの休憩をする。(しかも、ちょうど水飲み場は陰になっていた)


(いや〜〜ほんと、助かったよ〜〜!!)


僕は15分ほど休憩し、ペットボトルに水を詰め込み、ふたたび歩きはじめる。


(さあ、がんばろうか・・・)


To be continued・・・

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