楽天爺さんの気まぐれ日記

・田舎暮らしを楽しんでいます。

老子の言葉その17

2016-12-07 | 駄弁り

老子:道経:異俗第二十

絶學無憂。唯之與阿、相去幾何。善之與惡、相去何若。人之所畏、不可不畏。荒兮其未央哉。
衆人煕煕、如享太牢、如春登臺。我獨怕兮其未兆、如孾兒之未孩。乘乘兮若無所歸。衆人皆有餘。
而我獨若遺。我愚人之心也哉。沌沌兮。俗人昭昭。我獨若昬。俗人察察。我獨悶悶。忽兮若海、漂兮若無所止。
衆人皆有以。而我獨頑似鄙。我獨異於人、而貴食母。

学(がく)を絶(た)てば憂いなし。唯(い)と阿(あ)とは、相(あい)去ることいくばくぞ。
善と悪とは、相去ることいかん。人の畏(おそ)るるところは、畏れざるべからず。
荒(こう)としてそれいまだ央(つ)きざるかな。
衆人煕煕(きき)として、太牢(たいろう)を享(う)くるがごとく、春台に登るがごとし。
われひとり怕(はく)としてそれいまだ兆(きざ)さず、嬰児(えいじ)のいまだ孩(わら)わざるがごとし。
乗乗(じょうじょう)として帰(き)する所なきがごとし。
衆人はみな余りあり。而(しこ)うしてわれはひとり遺(わす)るるがごとし。われは愚人(ぐじん)の心なるかな。
沌沌(とんとん)たり。俗人は昭昭(しょうしょう)たり。われはひとり昏(くら)きがごとし。
俗人は察察(さっさつ)たり。われはひとり悶悶(もんもん)たり。
忽(こつ)として海のごとく、漂(ひょう)として止まるところなきがごとし。衆人はみな以(もち)うるところあり。
而(しこ)うしてわれはひとり頑(かたくな)にして鄙(ひ)に似る。われはひとり人に異なりて、
母に食(やしな)わるるを貴(たっと)ぶ。

こう考えるだけで、平和になる。
礼儀にやかましく、細かい神経を使う人は、返事の仕方ひとつひとつに、あれこれいうが現実問題として、唯(い・ハーイ)という返事と阿(あ・アーイ)という返事との間に、どれほどの違いがあるっていうのか?
(これって、イガ爺が一番注意しなくてはいけないこと、反省材料だと
”おいら”は思うのだが?)

膳と悪とは、相去ることいかん(老子20章)
「いい」とか「悪い」とか騒ぎ立てたところで、膳と悪のの間にどれほどの差があるというのか?と老子は、主張しているのである。
・人類は「いい」「悪い」の2つの考え方を持った為に、ほぼ5千年も前から、殺し合いの血を流してきた。この、「善と悪」という対立的な考え方を絶滅させれば、世界は平和になる。

 イガ爺、争いの火種はわが心にあり、っていうよね!!
 善い、悪いは私の判断、善いは相手に向けて、悪いは我に向けて!!
 ”おいら”やイガ爺には、大変厳しいようだが、相手に認めてもらいたいなら
 わが心を正していかねば・・・・・・ ”おいら”は、な・や・む??
                    16:08分投稿
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