人情と笑いを兼ね備えた時代小説連作集の八巻目。本所おけら長屋に飛び込んでくる無理難題を長屋の住民が力を合わせて素敵に解決します。その壱「すけっと」やその弐「うらしま」のように、最後にサゲをしっかりとかましている、まさに落語のシナリオ然としているものがあるかと思いきや、その参「ふところ」、その四「さしこみ」、その五「こしまき」の如く、人情たっぷりに涙を誘う作品まで、ゆったりと安心して読める小説。
今回も生きる上での名言が散りばめられています。
《我慢して生きるしかない。我慢して生きるしかないのだ。そうやって生きていれば、必ず良いことが訪れる》
「人っていうのはよ、見たもの、聞いたものに、すべからく関わりを持っちまうものなんでえ。そんな関わりに武家も町人もねえんだよ。」
「人には、人の心の底を見抜くことが難しい。見掛け、地位、お金、そんなものに惑わされる。犬にはそれがないわ。犬には心しか通じない。本当に優しい人、本当に面倒をみてくれる人に懐くんだわ。」
その五「こしまき」には泣かされましたね。犬の「富士」(飼い犬名)の飼い主である郷田豪右衛門への忠臣ぶり、信頼の行動は、人には決して見せない、飼い主の惻隠の情を十分に理解している賜物。人情だけでなく、犬情も使うとは、さすが畠山健二先生の腕の見せ所です。
応援している心が通じていらっしゃるのか、新刊刊行の度に来店して下さる畠山先生。毎年、いかなごの季節に来られ、昨年は我が妻のくぎ煮をお渡ししましたが、今年は解禁直後の高級魚のため、お渡しできませんでした。「帰りの新幹線のアテにするつもりだったのに。」と捨て台詞を残していかれました。
『本所おけら長屋 第八巻』(畠山健二著、PHP文庫、本体価格620円)